山田祥平のRe:config.sys

ウソのようなフォントの話




 紙の上のインクのシミという意味での文書は、とりあえず普遍だ。経年変化で薄くなったりかすれたりすることはあるかもしれないが、文字の字体が別のものに置き換わってしまうことはないだろう。手書きでも、インクジェットプリント、トナーによるレーザープリントの出力でもこの点は変わりない。だが、文字コードを元に、ダイナミックにレンダリングされるデジタル文書ではそうはいかない。

●ClearTypeがやってくる

 Windows Vistaには新たなフォントとして「メイリオ」が搭載される。日本語フォントとして、初めてClearTypeに対応しているのが嬉しい。

 Windows XPでは、「画面のプロパティ」のデザインタブで効果ボタンをクリックすると、「次の方法でスクリーンフォントの縁を滑らかにする」という項目を設定することができる。ここに用意されている選択肢は「標準」と「ClearType」の2種類だ。

 「標準」が一般的なアンチエイリアシングであるのに対して、「ClearType」ではディスプレイ上の個々のピクセルが複数のRGB画素によるサブピクセルで構成されているのを利用し、より細かい階調表現を実現する。XPに実装されたClearTypeは初期バージョンだが、Vistaでは、それをさらに進化させ、サブピクセルレンダリングと呼ばれる技術を採用し、より滑らかな表現が可能になるという。

 Windowsで一般的に使われているMS P明朝、MS Pゴシックなどの日本語フォントは、スケーリング処理を回避し、表示スピードを稼ぐために、16ポイント以下のサイズに対してビットマップデータが埋め込まれ、表示にはそちらが使われている。ワードプロセッサで作成する文書などでは、通常10.5ポイント前後のフォントを使うだろうし、ブラウザが表示する一般的なページの文字も同様だ。すなわち、ぼくらが画面上で目にするフォントのほとんどはビットマップデータであることになる。

 ところが、ClearTypeはビットマップデータに対しては処理を行なわないために、日本語フォントを多用する環境では、その恩恵が受けられないでいた。だが、メイリオが提供されることで、限定的な環境とはいえ、ようやくClearTypeの恩恵が受けられるようになるわけだ。

●メイリオの絶妙なデザインがもたらす可読性

 個人的にはこの「メイリオ」というフォントをかなり気に入っている。このフォントはSans Selif、すなわち、角ゴシック系のフォントで、レギュラーとボールドの2つのウェイトがちゃんと用意される点も嬉しい。今までの日本語フォントにボールドを設定した場合、文字は太るのだが、それは単に計算によって作られた字体にすぎず、実にみっともないものになっていた。ところが、強調のために明朝体のフォントをボールド指定することが当たり前のように行なわれるようになり、文書の見かけを悪くしていた。強調したいのなら、ちゃんとそこにゴシック系のフォントや、別の太字フォントを設定するべきなのだ。

 そんなこと気にする方がおかしいと言われそうだが、ちょっと許せない気持ちでこの傾向を見ていた。だから、メイリオにきちんとボールド体が用意されるのはとても嬉しい。これで少なくともボールド指定に関しては欧文フォントと対等になれる。欲をいえばイタリックも別に用意してほしかったところだが、使用頻度を考えれば、まあ、今回はよしとすることにしたい。

 メイリオでは、全角のフルボディに対して、縦横比を95対100とすることで、ボディ内での文字の位置が以前よりも5%上にシフトしている。文字を横組みにした状態での水平整列線や欧文におけるベースラインがない日本語の文字に整列感を与えるための工夫だ。

 結果として、メイリオは若干横太りのフォントとなったが、同じ行間隔の場合、以前よりも間隔が広く確保されているように見える。ブラウザ等で文章を読む場合にも、行がビッチリとくっついたようにならず、実に読みやすい。ワードプロセッサ等で自分で文書を作る場合の行間隔は自由に設定できるが、ブラウザでのページ表示はそうはいかない。だが、メイリオならClearTypeの効果と工夫されたデザインによって、ページの可読性が格段に向上するのだ。

 メイリオの開発にデザイナーの河野英一氏が参加したのは、2002年の4月だったという。スタート時点では、ゴシック系と明朝系どちらを作るかという選択肢があったはずだが、結果としてゴシック系が選ばれた。ディスプレイ上での可読性を高めることが目的であったことから、Pocket PCや電子ブックリーダーのような解像度の低いディスプレイでも読みやすいこと、そして、そのレンダリングに要するプロセッサパワーなどを考慮した結果、ヒゲがあるセリフ系で複雑な字形になりやすい明朝系よりも、ゴシック系がベターとされたということだ。5年先よりも10年先を予測して開発をスタートしていれば、結果はこうはならなかったかもしれない。

 現行のInternet Explorerでは、デフォルトのフォントがMS Pゴシックだが、一般的な文書や、新聞、雑誌、書籍といった活字メディアの多くは、本文書体として明朝系の文字が使われている。ぼく自身も、読みやすさということを考えて、表示フォントはMS P明朝に変更している。

 最近でこそ、印刷物にもゴシック系の本文が使われることが多くなったが、世の中はまだまだ明朝系が主流だ。だから、メイリオが明朝系のフォントとして開発されていれば、受けられる恩恵はもっと大きなものになっていたはずだが、当時としてはいたしかたがなかったということなのだろう。

 もっとも、河野氏によれば、今回のメイリオで基本コンセプトが決まったことから、明朝系のフォントを開発するために要する時間は2年程度ですむという。仮に、今、開発をスタートすれば、2008年夏には完成するだろう。Vistaのアップデート時に、新フォントとして提供されるようになることを期待したいものだ。

●文字コードと字体の変更

 メイリオはJIS X 0213:2004に対応している。MicrosoftはVista以降のOSで、JIS2004文字セットを採用するとアナウンスし、新フォントであるメイリオはもちろん、MS 明朝や、MSゴシックなどのフォントも、フォント名はそのままで2004文字セットに移行する。2004文字セットでは、約900文字の漢字、約200字の非漢字が追加されるほか、96文字が印刷標準字体に変更される。

 この変更というのがクセモノだ。その内訳は、第一水準漢字で93文字、第二水準漢字で3文字となっている。これによって同じコードに割り当てられている文字の見かけが変わってしまうことになるのだ。

 Microsoftでは、Vista用に旧JIS90互換書体をダウンロードセンター経由で提供する予定なので、必要ならば、古い見かけのフォントを使い続けることもできるのだが、コンシューマーがそこまですることは考えにくい。そこから発生するさまざまな問題点に関しては、Internet Watchで連載されている『小形克宏の「文字の海、ビットの舟」――文字コードが私たちに問いかけるもの』に詳しいので、そちらを参照していただきたい。

 少なくとも一般的な文書が、PCや携帯端末などのディスプレイ上で、文字コードを元に、その場でレンダリングして表示される以上、今、作った文書で使われている字形が、将来もそのままであることが保証されなくなってしまう。これは紙の文書ではありえないことだ。

 デジタル的にこの現象を回避するためには、いろいろな方法がある。文書をプリントアウトして保存するという手は、もっとも確実だが、それではデジタル化した意味がない。画面をキャプチャしたり、デジカメで撮影して保存しておくというのもなさけない。それに、これらの方法では、検索性が著しく落ちてしまう。

 現実的には、フォントを埋め込んだPDFを作る方法くらいしか思いつかない。だが、それでは文書を編集加工しての再利用が制限されるというデメリットもある。それに、検索時にどちらの字形で検索するのかという問題も残る。検索にヒットしたはずの字形が、指定した字形と異なっているということになりかねないからだ。

 歳月が経過しても、コピーを何度も繰り返しても、劣化などがありえないデジタル文書だが、それを表示する環境と、そのタイミングによって、書き起こされた当時とは別の文書が目の前に再現されるという現実がそこにある。

 もし、100年後の未来に、何度かのJIS改正を経て、現代の文書を表示させたとき、果たして文書はその原型をとどめているのかどうか。Webページとて例外ではない。来年以降、数年の間は、同じ文書を表示させたとしても、パソコン、OS、デバイスなどが異なれば異なる結果が表示されることになるだろう。世の中の多くの人々にとっては、たった96文字の字体変更など関係のない話だが、こういうことがあってもいいのかどうかと問われれば、長年、デジタル化をヨイショしてきた立場のぼくとしては、複雑な気持ちになってしまうのだ。

□関連記事
【5月16日】マイクロソフト、Vistaの新フォント「メイリオ」について説明
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0516/ms.htm
【2005年7月29日】マイクロソフト、Windows Vistaの日本語フォントをJIS2004対応に
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0729/ms.htm
【2004年3月30日】【小形】特別編18 JIS X 0213の改正は、文字コードにどんな未来をもたらすか(1)
http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/sp18.htm

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(2006年5月19日)

[Reported by 山田祥平]


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