第320回

日本式で行こう!



 CES取材のため、2日に成田を発った。年の初め、2日ともなれば、みんなきっと自宅や実家でゆっくりしているに違いないと思ったら、高速道路も空港も普段より遙かに混雑していた。空港職員によると意外なほど成田が混む日なのだとか。

●iTMSの成功と、あまりに情けない……

8月に日本向けサービスが開始された「iTunes Music Store」
 昨年、IT業界での一番の成功例は、個人的には「iTunes Music Store」だろう。あれだけ頑なだった音楽業界が変わりつつある事は、少しづつだが楽曲を提供する音楽出版社が増えている事からも明らかだ。

 「iTMSに比べるとMoraは少しがんばらないと」というコメントが出る事もあるが、これはあまりにも遠慮しすぎだ。実際のビジネスサイズとなると、NetMDからのユーザーやアジア系メーカーの安価なプレーヤのユーザーも取り込むMoraもそれなりに売り上げを伸ばしてはいるが、サービスとしての“質”となれば圧倒的に差があるのが現実だ。また、楽曲販売量は、どれだけ多くのヒットメーカーを抱えているかに依存する部分もあるため、実際には出ている圧倒的なシェアの数字よりもさらにiTMSの方がユーザーに食い込んでいる、あるいはiPodユーザーの方がより音楽配信サービスを積極的に利用しているとは言える。

 願わくは日本からも、iTMSに匹敵する音楽配信サービスが巣立ってほしいとは思うが、今のままでは多少サービスを改善したところで焼け石に水と思えるほどの差がある。本来、ユーザーのニーズに細かく対応し、細かなところまできちんと行き届いたサービスや製品を提供できるのが日本企業だったのではないか。これではあまりに情けない。

 通常のWebページとほとんど同じユーザーインターフェイスや楽曲の検索性、購入時のクリック回数の多さなど、数多くMoraを使ってみると滅入るところがあるが、何より不足しているのは、“ゆるやかなコミュニティ”を形成する意識に欠ける点だ。

 これに対してiTMSは、ユーザー間のコミュニケーションやユーザーと配信サービス側のコミュニティ、関係構築を大切にしている印象が強い。iMixのシステムはユーザー同士の緩やかなコミュニケーションを生み出すし、セレブリティプレイリストはみんなが知る有名人とユーザーをつなぐ。アローアンスは子供に決まった金額だけ、毎月、好きな音楽を買い与えるために使っている人も多いようだ。

 もちろん、もっとも大きな長所はiTunesと統合されたユーザーインターフェイスの良さだが、それだけではない。

 機能だけで言えば、ベタにコピーすれば一応は追いつける。しかし、なぜ差があるのか。その根本の部分から考えないと、その差は埋まらない。必要なのはオリジナリティ。ユーザーに対して、どのような利点を提供するかを考えていれば、自然発生的に新しいサービスの形ができあがるものだ。

●日本式で行こう

 もっとも、iTMSのマネをすれば良いという話でもないだろう。

 このところのAppleには、旧来の米国企業にあった大味なイメージはなく、きめ細やかなユーザー指向の製品やサービスを提供している。中には「今のソニーよりも、Appleの方が昔のソニーらしい」と言う人もいるほどだ。スティーブ・ジョブズ氏は、以前の盛田ソニーに対する敬意を隠さない。ジョブズ氏は日本企業的なきめ細やかさと米国企業の合理主義をうまく融合している。

 しかし、それはあくまでも“Apple式”であって、本来の日本製品が持っている品質の高さをそのまま反映しているわけではない。あくまでAppleは北米の企業文化が基礎になっている。これをマネしたところで、サービスや製品をApple以上に魅力あるものにできるわけではなかろう。

 1つの問題は、テクノロジ業界においての"日本式"が失われてきているところにある。合理主義の塊のようなPC市場の世界観では、価格対性能比は極限まで上がっていくが、収益のモデルは食うか食われるかの弱肉強食型で、俯瞰して全体を見るとプラットフォームを提供する側に利益が集中する構造となる。

 この構造に対応し、突き詰めていったところに日本のメーカーが良い製品を生み出す環境があるとは思えない。そもそも、メーカーが持っている強みが異なるのだ。

 昨年末にレポートした松下電器 神戸工場の取り組みなどは、実に日本的ではないか。世界標準のPCプラットフォームの上で、あえてプロセッサパワーなどのデジタル部分以外で勝負しようとしている。NEC米沢工場での、純日本製パソコン復活なども含め、どこまでできるのか、その動向を見守りたい。

 筆者は国粋主義者というわけではないが、日本の企業にとって良い環境が生まれなければ、モバイルPCのような“道具”としての性格が強い製品において、日本人にとって使いやすい製品が生まれないのではないか。

 同じ事はサービスにも言える。iTMSに関しても技術的な要素やユーザーへのアプローチの手法は大いに参考にすべきだろうが、何もiTMSが作り上げたルールの上で勝負する必要はない。

 前述したように、昨年のサービストレンドの一つが緩やかなものからタイトなものまで、ユーザー同士あるいはベンダーとユーザーとの関係を強化するコミュニティ機能だったとするなら、そこに“日本式”の入り込む余地はある。

 領地を取り合う、プラットフォーム化から利益を上げる狩猟民族的手法でやり合うのではなく、畑を耕すがごとくよい環境を作り出し、ユーザーの心地よさを演出する農耕民族的なアプローチを突き詰めることができれば、日本以外の文化にも入り込めるはずだ。

●IT企業とは何か

 もう1つ、昨年から気になっていた事があった。

 今、世の中でIT企業と言えば、真っ先に名前が出てくるのがライブドアや楽天といった企業名だろう。しかし一応はIT業界の片隅で取材をしている身としては、少々違和感を感じている。ライブドアがIT企業? う~ん、そうは思わないんだがなぁと感じるからだ。

 以前のネットバブルの際も、なぜか携帯電話販売のインセンティブで成長した光通信を“IT株”として取り上げられていた。その事業内容を見ればIT企業ではない事は明白なのだが。株とお金の話ばかりが先行した昨年のIT企業の話題だが、おそらくIT業界に身を置いている者なら、みんなが違和感を感じているのではないだろうか。

 同じようなことは過去、米国シリコンバレーでも起こっていた。ドットコムバブルの時代、ベイエリアはどこか浮ついた雰囲気で、ドットコム化すれば何でも儲かるような錯覚に陥っていた。しかしその後の経過はご存知の通り。生き残れたのはごく一部。きちんと“実業”のノウハウを持っていた、あるいは実業を重視してきちんとアライアンスや買収戦略を実施できた企業のみだった。

 昨年末、インターネットマガジンでも活躍しているジャーナリストの小池良次氏から「最近のシリコンバレーは、株と金の亡者が逃げ出して落ち着きを取り戻し、以前のような技術オタクの街に戻ってきたように思う」とメールをもらった。技術オタクの街へと回帰した結果、もしかするとシリコンバレーから再び新しい歴史を生む企業が生まれるかもしれない。

 もっとも、それらをまねたサービスを日本でもやればいい、と提言するつもりはない。IT企業とは一体なになのか? が見直されるようになれば、自然とバブルも泡と消えて淘汰され、中身のあるところだけが残っていくだろう。

 たとえばYahoo!。

 通信と放送メディアの融合を掲げ、大手TV局の買収や提携に打って出たのがライブドアと楽天だったが、Yahoo!は複数のメディア企業と提携を進め、ポータルやインフラ、ネットビジネスのノウハウを提供することで協業する道を模索しているようだ。放送事業を何も知らない企業がTV局にちょっかいを出すよりも、よほど現実的でIT企業らしい。

●ネットサービスの利点

 そもそも通信と放送メディアの融合とは何なのだろう。

 たとえばTVを見ながらノートPCで関連情報にアクセスする行為は通信と放送の融合なのか? そうではないなら、何をやりたいというのだろうか。実業が伴わないうちに、タテマエだけが先行しすぎているためか、今1つ各社が何をやりたいのか見えてこない。

 オーソライズされた情報を片方向に流す放送と、双方向のコミュニケーションを生み出すネットサービスは、ある意味、正反対の存在でもある。

 2005年を振り返ってみると「はてな?」やブログも流行した。これらが生み出すダイナミズムは、片方向の情報の流れだけでは生み出すことができない。では、放送にネットコミュニティが生み出すダイナミズムを付加してうまく行く、なんて事があるんだろうか。

 ネットコミュニティの力は確かに大きい。自分の専門分野しかわからないが、むしろある面では新聞報道よりも掲示板投稿の方が正確だと感じる事も(まれに)ある程だ。しかし、ネットコミュニティの情報は断片的すぎ、またどれが正しい情報なのかもわからない場合がほとんどでもある。不確実で危ういのである。

 自分ならばその取捨選択を正確にできる?

 いや、正確にそれができるならば、ネットで情報を集めたりはしないだろう。元の情報を知っていなければ、それがどこまで確認された情報なのか、サッパリわからない。コストをかけてオーソライズされた情報に、ネットをそのまま融合させても、ほとんどの人にとっては単なるノイズにしかならない。

 結局、生きた情報を現在のネットコミュニティからは得られないというのが、個人的な結論だ。では全く無理なのかと言うと、コミュニティの幅を狭く取れば、情報の確度は上がってくる。

 ネットの本質的な利点が双方向のコミュニケーションだとするなら、その形態を保ちつつ、情報の質を高める工夫を盛り込んで行くことで長所を伸ばす方が、放送との融合よりも先に考えるべき事じゃないだろうか。

 そこにこそ、日本人が日本の企業文化を活かしたサービスや製品を生み出すカギがあるように思う。

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(2006年1月5日)

[Text by 本田雅一]


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