三浦優子のIT業界通信

ようやく適職をみつけたTablet PC
~対前年で10倍を目指すマイクロソフトの戦略




 2002年に発売になったTablet PCは、手書き入力機能などが特徴を集めたものの、日本市場に大きく定着したとは言い難い。日本語の手書き入力の認識率といった問題と共に、Tablet PCを普及させるキラーアプリケーションといえるものが確立していないことも要因の1つだろう。

 また、最近ではマイクロソフト自身がTablet PCをアピールする機会も減ってきていると感じていた。2002年の発表から時間がたって、日本でTablet PC普及が容易ではないことをマイクロソフト自身が痛感したのだろうと勝手に思っていた。

 しかし、実際にはマイクロソフトはTablet PCをあきらめていたわけではなかった。10月21日に開催されたマイクロソフトの年末商戦向け戦略説明会で、Tablet PCに関する新施策が発表された。

 会場には、従来製品に比べ小型軽量が特徴となる富士通の新しいTablet PC「FMV-P8210」など、大手メーカー製の新しいTablet PCが並んだ。

富士通の小型軽量Tablet PC「FMV-P8210」 年末商戦に向けたプレス説明会でサードウェーブから参考展示されたデスクトップタブレットPC

 さらに、DSP版の提供が開始になり、アプライド、サクセス、クレバリー、サードウェーブなど、大手ショップがTablet PC搭載製品の発売を発表した。DSP版には、これまでなかったデスクトップ版のTablet PCも登場する。

 また、11月11日から、「拡張パック for Tablet PC Editon」の無償ダウンロードサービスが始まった。この拡張パックには、「インク デスクトップ」、「Snipping Tool」、「Send to OneNote 2003」、「Hexic Deluxe」という4つ機能と、「エナジーブルーテーマ」というデスクトップテーマが含まれる。

 発表以来の充実ぶりともいえるTablet PCに関する新施策は、どういう背景から登場したのだろうか。

●昨年度までのバーチカル市場向け戦略を今年度は軌道修正

飯島圭一 シニアプロダクトマネージャー

 「実は昨年度(2004年7月~2005年6月)フォーカスしていたのは、特定用途向けのバーチカル市場だった。だから、目標値をクリアするなど順調にビジネスしていたにも関わらず、Tablet PCは地味な印象となってしまったのではないか。だが、今年度(2005年7月~2006年6月)はフォーカスを広げ、一般市場に打って出る」

 マイクロソフトでTablet PCを担当するWindows本部ビジネスWindows製品部 飯島圭一シニアプロダクトマネージャーはTablet PCが取り巻く現状をこう説明する。

 そして、今年度については、「対前年度比で10倍の数量出荷を目指す」と思い切った目標を掲げる。

 マイクロソフトがここまで思い切った数量増を明言するのは珍しい。それだけに前年の10倍という目標値を達成する根拠はあるのかが気になる。

 「まず、これまでのバーチカルマーケット(特定市場)から、ホリゾンタルマーケット(一般市場)開拓を本格的に行なうことで市場が広がることは間違いない。さらに、Tablet PCを搭載したPCのラインアップの拡充、これまで手がけていなかったDSP版の提供開始という側面だけとっても、従来よりもマーケットが拡大できると見込んでいる」と飯島氏は説明する。

 だが、正直なところ、フォーカスを広げたり、PCのラインアップが増えるだけでTablet PCの普及が拡大するとは考えにくい。もっと具体的にTablet PCの利用を訴える施策を打つ必要があるのではないか。

 こうした疑問に、飯島氏も同意する。そしてユーザーの声を聞いた上で、普及のための施策をとることとなった。

 「実はPCメーカーや、販売パートナーからも指摘されたのが、『Tablet PCがノートPCに比べてどんな違いがあるのか、5分間で明確に示すことができなければ顧客を獲得するのは難しい』という点。そこで今年5月から7月にかけて、調査を実施。さらに実証実験を行って、ユーザーの生の声を拾っていった」(飯島氏)

 まず、Tablet PCの利用に適した用途として、次の3つの利用シーンを想定した。

 (1)プレゼンテーション
 プレゼンテーション実施の際にTablet PCを利用

 (2)レビュー
 文書や図などに対する校正や指示を書き入れる場合

 (3)モバイル
 立った状態や狭い場所でも操作しやすい

 Tablet PCはペン入力が可能となるため、「ペンで入力した場合の文字認識率はどのくらいか? 」という点に注目が集まる。だが、上記の3点は、ペンによる入力を行なうことがメインではない。

 「ペン入力による文字認識エンジンを搭載しているが、その点をクローズアップすると、逆にキーボード入力に慣れている人からは、『自分には関係のない製品』と見られてしまう。入力スピードで比較すれば、現状ではキーボードがペン入力を上回ることも事実で、ペン入力を前面に出すのではなく、もっと違う強みがあることを強調する意味もあって、この3つの機能をアピールしている」という。

●プレゼンテーションで強みを発揮

 (1)のプレゼンテーションは、Tablet PCの用途としてよく引き合いに出される。プレゼンテーションを行なう側にとってもTablet PCとペンを使って操作を行ない、書き込みを行なうことができるので、通常のノートPCなどを利用するよりもプレゼンテーションがしやすいとされている。

 マイクロソフトでは実証実験を行ない、プレゼンテーションを受ける側の反応の違いを調査した。「紙の資料を配付」、「ノートPCとプレゼンテーションソフトを利用」、「Tablet PCを利用して強調したい部分などを書き込みながらプレゼンテーションを実施」という3つの方法によってプレゼンテーションを行なうと、はっきりと反応に差が出た。

 紙の資料を配付と、Tablet PCを使ったプレゼンテーションを比較すると、「プレゼンテーションをされた商品を購入したいと思ったか」という質問に対して、「購入したい」と答えた人はTablet PCを使ったプレゼンテーションの方が紙の資料のみの6倍上回った。

 「ノートPCとTablet PCで比較しても、Tablet PCによるプレゼンテーションの方が効果が高いという結果が出た。ノートPCでのプレゼンテーションでは、PowerPointの機能を生かしてアニメーションを使うなど視覚効果を取り入れている。だが、プレゼンテーションを見る側にとっては、アニメーションを使ってもあくまでもBGM的に捉えてしまうようだ。手書きによって注意を喚起することで、中身が印象に残るという結果がはっきりあらわれた」

 今回の取材も、PowerPointを活用したプレゼンテーション資料を使って行なわれたが、確かに手書きで書き込みが行なわれると印象が強くなるという印象を受けた。おそらく、最初から書き込みがあっても印象は変わらないだろう。プレゼンテーションの最中に、書き込みが行なわれることで、その部分に目がいく。その場で書き込みを加えることは、プレゼンテーションのインパクトが高くなる。

 また、資料にはないプラス要素を説明することも可能だ。取材の際には、マイクロソフトが行なった実証実験の結果の資料を見ながら説明が行なわれた。

 例えば、「プレゼン方法による理解度」について、「タブレットPC」、「ノートPC」、「配付資料」という3つの方法で比較された棒グラフ。9段階に分けて理解度を調査すると、「大変よく理解できた」の最高9を選択した回答者は35.5%、次の8を選択した人も35.5%で、ノートPC、配布資料を大きく上回る。その点を配付資料のデータにすることは難しいが、プレゼンテーションの現場で強調すべきポイントとして書き込んで紹介することは可能である。

プレゼンテーション手法別の理解度 Tablet PCの総合評価 Tablet PCを使用すれば仕事効率の向上にもつながる

 「その点を強調するために、9と8の理解度を選択した人が計70%存在するということを書き込むことができる。資料にはない点をアピールできるのが、ノートPCにはないメリットといえるのではないか」

 書き込みはマウスで行なうことも可能だが、操作性という点でタブレット+ペンが上回ることは当然だ。しかも、Tablet PCと無線対応のプロジェクターを接続することで、壇上ではなく、プレゼンテーションを受講者の中を歩きながらプレゼンテーションをすることも可能となる。確かにノートPCにはないプレゼンテーションが実現する。

 (2)の文書や図などへの指示のしやすさについては、これまで行なってきた方法とTablet PCを使った方法とを比較する調査を行なった。

 その結果、紙を利用した指示入れ、Wordの校正機能の利用などと比較しても、Tablet PCを利用した方がよいという回答が38.7%となり、普段行なっている方法の方がよいの3.2%を大きく上回った。

 この結果は飯島氏自身も、「予想を上回る好結果だった」という。「プレゼンテーションに関しては、ある程度、好結果が出るという自信があった。だが、指示の書き込みについては、ここまで好結果が出るとは考えていなかった」

 普段利用している方法よりも、Tablet PCを使った方が効果が高いという評価は意外とも思える。だが、紙やWordの校正機能を利用する場合の弱点をカバーすることができるのがTablet PCの強みのようだ。

 「紙を使って指示を出す場合、指示を出す相手が近くにいれば問題はないが、遠くにいる相手にはFAXを使ったり、バイク便活用など物理的な移動が必要となる。FAXは文字がかすれて見にくいといった問題が起こる可能性があり、バイク便などを使えばコスト、時間がかかるという問題がある。Wordの校正機能は、文字校正に適しているが、図などの修正には使いにくいという欠点があった。Tablet PCを活用することで、こうした欠点をカバーすることができる」

 (3)の通常のモバイル用途としては、富士通のFMV-P8210がコンバーチブル型ながら1kgを切る小型軽量を実現。さらに、(1)のプレゼン用途でのメリットとあわせて、「持ち運びが容易になり、出先でのプレゼンなどに適している」という点をアピールしていく。

●自社サイトにオンラインデモの掲載も

 調査を行なうとはっきりとした効果があらわれるTablet PC。しかし、利用すればそれほど効果が高いにもかかわらず、普及が進んでいないのはなぜなのか。

 この点について、飯島氏は、「Tablet PCの効果は、視覚的なもので、見なければ理解できないという弱点があるからではないか」と分析する。

サイトで公開されているTablet PCのオンラインデモ

 そこでマイクロソフトのサイトに飯島氏自身が登場するオンラインデモを掲載した。

 「サイトでは、プレゼンテーション、レビュー、ミーティングという3つのシナリオに沿ったオンラインデモを掲載した。その結果、ページビューが大幅にアップした。やはり、見てもらうことには大きな効果があると感じている」

 Tablet PC本体は、ビジネスPCとしてカテゴリーされているため、量販店には展示されていない。そのため、製品を手にとって効果を試すといった機会がないことも弱点となってきた。

 しかし、DSP版を投入したことで、秋葉原をはじめとしたPC専門店にTablet PCが並ぶことが予測される。また、DSPではこれまで需要がありながら、存在していなかったデスクトップ版のTablet PCも登場する予定だ。

 「メーカーに比べ、需要に応じて比較的早期に製品を投入してくれるのがDSPの強み。DSP版の投入により、従来よりもハードウェアのラインアップが増強されることは間違いない」と飯島氏も指摘する。

 マイクロソフトではこうした一般マーケットに加え、教育、医療など特定マーケットにも注力。ターゲットを明確にしていくことで、Tablet PCを前年の10倍の売り上げとする計画だ。

 「現在までのところ、反応は良好。手応えを感じている」と飯島氏。今年度はTablet PCにとって勝負の年となりそうだ。

□Tablet PCのホームページ
http://www.microsoft.com/japan/windowsxp/tabletpc/
□関連記事
【11月11日】マイクロソフト、Tablet PC用の拡張パックを無償公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1111/ms.htm
【10月21日】マイクロソフト、年末商戦に向けたプレス説明会を開催
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1021/ms.htm
【10月13日】富士通、重量約990gのキーボード付きタブレットPC
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1013/fujitsu.htm
【2004年8月26日】Microsoft、Windows XP Tablet PC Edition 2005を提供開始
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0826/ms.htm

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(2005年12月9日)

[Reported by 三浦優子]


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