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変わる勇気とペナルティ




 もしも、あのThinkPadのキーボード中央に配されたポインティングデバイス、トラックポイントが撤廃されるようなことがあったとしたら、もしかしたら暴動が起こるんじゃないか。そのくらい、あの赤いスティックは、ThinkPadを象徴し、そのアイデンティティのひとつとなっている。

●レノボになってThinkPadに変化の兆し

 ThinkPadのZシリーズが発表された。驚くのは、従来のThinkPadのイメージが多くの面で一新されている点だ。

 まず、一部モデルでチタン天板が採用された。ダイヤモンドの次に堅いというチタンは、10円玉でひっかいても、傷つくのは10円玉の方という硬度を実現したそうだが問題はその色。一見すると、いわゆるアルミの銀パソに見えるのだ。

 過去において、ThinkPadがブラックのCFRP以外の素材を使った例として、s30とiシリーズがある。ボリュームゾーン狙いのiシリーズはIBMではなく“1BM”だと陰口をたたかれたくらいだからイレギュラーと考えよう。だが、ピアノ風塗装のs30は、評判はよかったことから、継続を検討したが、工程がかかりすぎてディスコンにせざるを得なかったのだというが、本当だろうか。

 さらに、WXGAのワイド画面である。さすがに、画面を美しく見せるためのツルツル液晶ではないが、すわ、ThinkPadがコンシューマー狙いに転じたのかと勘違いしそうだ。だが、レノボによれば、このワイド画面はビジネス用途にも必ず貢献するという。

 そしてキーボード。パッと見た感じで変わっているようには見えないが、よく観察するとWindowsキーとアプリケーションキーが増えていることがわかる。ワイド画面の採用によってキーボード幅に余裕ができたこともキー増設の理由らしいが、この2つのキーを採用してこなかったThinkPadの頑固さを振り返ると、ちょっと意外だ。

 アプリケーションキーはともかく、Windowsキーはそれなりに便利だ。Windows+D、M、Windows+K、L、T(ログオン設定によって異なる)などは、けっこうよく使う。だから、ThinkPadを使うときは、ちょっと不便に思っていた。ちなみに、現行のThinkPadには、キーボードカスタマイズ・ユーティリティが用意され、左右Shift、左右Alt、左右CtrlをWindowsキーとしてアサインできるようになっている。

 実は、このほかにも、あまり大きな話題にはなっていないが、ポートリプリケータの端子形状も、電源アダプタのプラグ形状も変わっている。ほとんどの周辺機器が共通で使えるThinkPadのユニバーサルルールはこれで破られてしまった。

●イノベーションをいざなう変化

 発表会会場で、ThinkPadの『変化』について質問したところ、レノボ・ジャパン取締役副社長、研究・開発担当の内藤在正氏が答えてくれた。ユーザーに変化を強いるということは大変なことである。でも、それを怖がっていたらイノベーションは起こせないというのがその論旨だ。

 それでも、恐る恐るという印象は免れない。メインストリームのThinkPadがフルモデルチェンジしたならともかく、Zシリーズという、いわば新参者からのスタートだからだ。顧客にそっぽを向かれたら、すぐに引っ込められるようにしてあるといわれても仕方がなかろう。つまるところは試金石だ。

 でも、内藤氏がいうように、ここで変わろうとしないと、ThinkPadはいつまでたっても変われない。そうでなければ、レノボになった意味がない。いつまでたっても、IBMの影を引きずり続けなければならなくなるだろう。そういう意味では組織変更もあった今は、けっこういいタイミングなんじゃないかと思う。

 いつもいうように、うまくいっているものを変えるのはたいへんなことだ。最近見た例ではMicrosoft Officeの新しいUXを思い出す。11月にもベータテストが始まるというOffice 12では、従来のメニューバーとツールバーによるUXが一新される。しかも、従来と同じ使い勝手を提供するクラッシックモードは用意されないという。これも大きな冒険だ。

 もしかしたら、多くの企業がそれをよしとせず、バージョンを上げることなく、以前のバージョンをそのまま使い続けるリスクもある。それを補って有り余るほどの魅力を別のところで提供できなければならないのだから大変だ。でも、それをやらなければ変われないし、イノベーションは起こせない。アプリケーションの新時代は永久に訪れなくなる。ちょうどWindows Vistaの登場と重なることでタイミング的には絶好だ。だからこそ、Microsoftは、この判断を選んだのだろう。

●コストを強いる変化のペナルティに打ち克たなければ時代は前に進まない

 ThinkPadに起こった変化は、それらがユーザーに媚びを売るものではなく、それぞれ理詰めといってもいいくらいに明確な理由を背負っている。その点はとても好ましく感じる。おそらくはThinkPadのユーザーは、その作り手以上に頑固なのだろう。そうした人々を説得しなければならないのだから大変だ。ただ、企業内で使われることの多いThinkPadである。ユーザーは歓迎しても、システム管理者はどうだろうか。今までのThinkPadと違うThinkPadを選ぶだろうか。

 はっきりいって、システム管理者の仕事は大変だ。システム管理者は自分の仕事が増えないようにすることが、TCOの削減につながる。つまり、極端な話、自分がラクをできるようにしておけばいいわけだ。こんなことを言うとまじめに仕事をしているシステム管理者の方に怒られそうだが、ユーザーから見ると、もっと働けよというイメージを持たれかねないのだから気の毒だ。

 でも、その気持ちもわかる。パソコンを使う際の自由度を大きく奪われ、作業効率が2倍にあがるアプリケーションがあるのがわかっていてもそれは使えない。息抜きに好きなインターネットサイトも覗けない。双方ともに仕事なのだから当たり前のことなのだが、それに釈然としない企業内ユーザーは、パワーユーザーであればあるほど多いんじゃないだろうか。

 管理コスト、教育コスト、運用コスト。変革は常にコストを強いる。たかがワイド画面、たかがドッキングステーションの仕様変更、たかが新しいキーレイアウトの採用といっても、それがおよぼす影響は半端なものではない。でも、ThinkPadがそれをやったということは、こうした風潮にもちょっとした変化が起こる兆しになるかもしれない。そもそも、企業ユースにせよ、パーソナルユースにせよ、これからThinkPadを使うユーザーは、過去において、別のパソコンを使っていた可能性が高いのだ。そこが10年前とは徹底的に違う。

 レノボによるThinkPadがこれからどんな道を歩いていくのか、その行く先が、ほんの少し垣間見えたような気がする。

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【10月5日】レノボ、新シリーズ「Z」発表会で、こだわりを強調
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/1005/lenovo3.htm
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(2005年10月7日)

[Reported by 山田祥平]


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