4月27日、相模大野のホテルに、大和事業所のポータブル・システムズ・ディビジョン百数十名の社員が集まっていた。 「HELLO Lenovo!」と題されたこの集いは、レノボへ移籍するThinkPad開発部隊の、いわば、キックオフパーティーだった。 「我々は大きな変化に挑むことになる。この変革を、飛躍するチャンスへとつなげよう」 日常の仕事をこなしながら、新会社への移行準備を進め、それがようやく完了した安堵感とともに、新生レノボの船出を控えた前夜。不安も入り交じった複雑な気持ちの社員が多かったはずだ。 だが、このパーティーに出席した「大和」の多くの社員に共通していたのは、むしろ「期待」であった。 「IBMではできなかったことが、レノボならばできるようになるかもしれない」 この半年の移行期間の間に、エンジニアたちの間には、その可能性に対する期待感が膨らんでいったといえる。 ●継続するThinkPadならではの物づくり
5月1日付けで、大和事業所のThinkPad開発部門は、レノボ・ジャパンの製品開発研究所へと名称を変更した。 総勢200人強。引き続き、ThinkPadの研究、開発を担うことになる。 では、レノボにとって、「大和」は、どんな存在になるのだろうか。 レノボ・ジャパン製品開発研究所 小林正樹常務執行役員は、「大和がしっかりしなければ、レノボは生き残ることはできないだろう」と語る。そして、「レノボ製品のクオリティを決定づけるのは、ThinkPadであり、その役割は、ThinkPadの研究開発を担当する大和が担うことになる」とも語る。 ThinkPadの開発体制は、IBM時代と変わらない。もちろん開発基準も変わらないという。 「ThinkPadには、守り続けてきたThinkPadならではの基準がある。大和の技術があれば、他社よりも薄く、軽いノートPCを作ることはできる。だが、それを作らないのは、ThinkPadだからこそ実現するセーフティな仕様、ThinkPadならではのキーボードへのこだわりなどは絶対に譲れないからだ。これは、レノボに移行してからも変わらない」(小林常務執行役員)。 旧レノボでも、中国市場向けにノートPCは生産していた。これは、新レノボになってからも、レノボブランドで中国市場向けに継続的に投入されることになる。だが、この製品にThinkPadのブランドが付けられることは絶対にないという。 「ThinkPadを作れるのは、いまは大和だけ。それ以外の製品には、ThinkPadのブランドは使用されることはない」と、小林常務執行役員は断言する。 製品開発研究所では、ThinkPadのクオリティ、生産プロセス、コストの見直しは引き続き行なうことになる。だが、それは、すべて改善方向へと向かうものであり、機能を削って低価格化を図るというような、マイナスを指向するものではない。 小林常務執行役員は次のように話す。 「むしろ私は、現在のThinkPadの開発基準となっているIBMスタンタードで満足していないか、とエンジニアに対して、疑問を投げかけている。利用シーンが変化すれば、求められる仕様も変化する。IBMスタンダードに到達していればいいというのではなく、それを超えるレノボスタンダードを新たに作り上げ、その上で開発された製品を市場投入していかなくてはならない」 これまで以上のクオリティを実現することが、ThinkPadに課せられたテーマだと小林常務執行役員は語る。 ●レノボとIBMのシナジー効果とは では、レノボとIBMのシナジー効果はどんな点で発揮されるのだろうか。 レノボの特徴は、優れた調達力やスリムな経営体質を背景としたコスト追求面での強み。そして、IBMが撤退した経験を持つコンシューマ分野での実績だ。 調達力という点では、部品の多くを中国市場から調達できる現状を考えれば、中国地盤の旧レノボの強みはいかんなく発揮されることになる。「レノボがどんな調達の仕方をするのか、どれぐらいのコストメリットを出せるのか、実は、いまからその点が楽しみだ」とは、ある同社幹部の声。IBM側は、この調達力に大きな期待を寄せている。
レノボ・ジャパンの向井宏之社長は、「バリューは、品質を価格で割ったもの。価格は重要な要素であり、レノボ・ジャパンでも、この点にこだわっていきたい」と語る。 ThinkPadのユーザーのなかで、低価格を購入理由にしたという例は極めて少ない。それは同社の購入者調査の結果からも明らかだ。だが、コストメリットが出せれば、これまで以上に、競争力が高まるのは紛れもない事実。これまでIBMが弱かった、調達力および大量生産を背景にしたコスト削減という大きな武器を手に入れたことになる。 もちろん、ThinkPadの中国市場への販売強化という点でのスケールメリットも期待される。中国には、「T-CLUB」と呼ばれるThinkPadユーザーたちがいるという。このTは、「ThinkPad」の「T」ではなく、最上位機種のTシリーズから来ているものだという。つまり、中国でも高級指向のThinkPadユーザーが数多く存在しているというわけだ。レノボによって、こうしたユーザー層の拡大も、今後期待されるところだ。 また、「中国、韓国といった市場がフォーカスされることで、2byte圏に対する重要性が高まる。エンジニアにとっては、以前に比べていい体制が整うといってもいいのではないか」(小林常務執行役員)ともいえるだろう。 さらに、大和の製品開発研究所にとってみれば、日本の販売/マーケティングを担当するレノボ・ジャパンとの連携が、日本IBM時代以上に強まることから、日本ローカルの仕様にあわせて、ソリューションを付加したような提案型の製品づくりも行なえるようになるという。 これもレノボになって実現される新たな取り組みだといえる。●コンシューマ分野にも乗り出すのか レノボとのシナジー効果として期待される、もう1つのコンシューマ分野への展開についても、レノボ・ジャパンとしての市場再参入の可能性が出てくるのは明らかだろう。 「現時点では具体的なプランがあるわけではないが」と向井社長は明言を避けるが、「グローバル戦略のなかで、コンシューマ製品の世界展開は前向きに取り組んでいる検討課題の1つ。そのなかで、日本ではどんな扱いをするのかは、今後、決定されることになる」と話す。 同社関係者への取材では、「レノボが、来年2月に開かれる冬季トリノオリンピックのワールドワイドスポンサーを務めていることから、本社では、その前に認知度を高められる製品の投入を検討している」という事実が明らかになったほか、「日本においても、改めてコンシューマ市場に参入する価値があるかどうか、その点についてのリサーチを開始している事実はある」というコメントを得ることができた。 また、小林常務執行役員も「ThinkPadのブランドを使わずに、別のブランドとして、コンシューマ市場を意識したノートPCの製品化の可能性が絶対にないとはいえない」と語る。 だが、コンシューマ向けのノートPC戦略1つを捉えても、世界戦略としての本社での意志決定を待って、そこから製品化がスタートされるとなると、早くとも、製品投入は2007年になる可能性が高い。 いずれにしろ、ThinkPad基準を持ったコンシューマノートPCの投入にも期待しているユーザーは多いだろう。 そして、コンシューマという切り口では、旧レノボが中国で展開してきたデジタル家電の領域に含まれる製品群の世界展開も気になるところだ。 旧レノボでは、LEOSと呼ばれる独自のOSを搭載したPCや、IGRSと呼ばれる中国独自仕様のデシタル家電およびPCなどを相互接続するワイヤレス通信規格を搭載した製品を用意している。 「ワイヤレスで接続可能な液晶プロジェクターがあると聞いて、ThinkPadを持っていったが、30分かけていろいろやっても、結局ワイヤレスではつながらなかった」と向井社長は苦笑するが、これも、中国独自の通信規格に則った製品だったのが理由だ。 「まずは、世界で通用することを前提とした製品化や規格策定が必要。旧レノボは、中国国内だけを視野に入れていたため、こうした考え方をしてこなかった。旧レノボのデジタル製品群を、日本に、そして世界に持っていくには、そこから変えていかなくてはならない」(向井社長)と語る。 この点では、まだ時間がかかるかもしれない。だが、世界へ展開するための技術改良、そして、これらの技術の吟味役として、レノボを支える研究開発拠点となる「大和」が果たす役割は大きくなりそうだ。 これも、冒頭、ThinkPadの開発エンジニアが触れた「IBMではできなかったが、レノボならばできること」につながってくる。当然、これらの製品が具体的に投入されるとなれば、新たな販売網の開拓や、コンシューマ領域もカバーできる日本IBM以外のサポートパートナーによる体制確立など、新たな取り組みも必要になってくるだろう。 この点でも、日本IBMではできなかった、新たな動きの「芽」がある。 次回は、ThinkPadの生みの親である内藤在正副社長が設立記者会見で示した、ThinkPad、そして新生レノボに対する想いについて触れる。
□レノボ・ジャパンのホームページ (2005年5月18日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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