「いよいよ、これからが本番です。レノボとしての新たな船出を、ぜひ楽しみにしていてください」 レノボ・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任した向井宏之氏は、取材の場に現れるなり、開口一番、こう切り出した。 2004年12月8日、中国レノボ・グループによるIBMのPC事業の買収が発表されてから半年。2005年5月1日付けで、その買収が正式に完了。年間出荷台数1,400万台、従業員数19,000人を誇る、世界第3位のPCメーカー・レノボが誕生した。米国、欧州、アジアなど全世界17カ国の拠点で一斉に新生レノボがスタート。日本では、レノボ・ジャパン株式会社が設立された。 この半年間に渡って、日本IBMのPC事業部門としての現業をこなしながら、日本法人であるレノボ・ジャパンの設立準備を進めてきた向井宏之社長以下、約640人の社員。「全世界で見ても、日本法人の移行が最もスムーズに進んだ。この半年間に渡る準備期間を経て、いよいよ、レノボ・ジャパンとしての第1歩がスタートすることになる。これまでの日本IBMのPC事業では出来なかったPC専業メーカーとしての施策にも果敢に挑みたい」と向井社長は熱く語る。 ●たゆまぬイノベーションに取り組む 5月1日、向井社長は、レノボ・ジャパンの社員に対して電子メールを配信した。そのなかで、「たゆまぬイノベーション」という言葉をキーワードに使った。 「IBMは、全世界で23万人の社員、日本IBMでも2万人の社員規模のなかでの経営体制だった。だが、新会社となったことで、全世界で19,000人、日本法人では640人というスリムな体制のなかで推進される。経営の非効率性を徹底的に排除した小回りが利く体制が整うことになり、迅速な意志決定ができるようになる。この体制を土台として、たゆまぬイノベーションに取り組んでいくことが、レノボにとって最も重要な取り組みになる」と向井社長は語る。 日本IBMのPC事業体制では実現できなかった施策も、この体制ならばできるようになるというのだ。 例えば、その1つがユーザーの要求仕様にあわせた柔軟な物づくりだ。ThinkPadを例にあげれば、従来は、世界戦略の上での物づくりとなっていたため、各国のユーザーの要求仕様ごとの対応は、事実上、不可能だった。メインフレーム、サーバー、ストレージと同じ製品化の考え方の上で推進されており、ThinkPadだけが、そうした特別な体制を組むことはできなかったといえる。 だが、新生レノボとなったことで、PC事業を中心としたレノボ独自の方針のもとで、ユーザーの要求仕様にあわせた製品化もできるようになる。ハードだけでなく、ソリューションと組み合わた製品提案なども増えていくことになるだろう。レノボ・ジャパンでも、早くも、こうした体制が模索されているのだ。 「イノベーションが止まった段階で、レノボは失速することになる。言い換えれば、イノベーションを続ける限り、レノボは成長し続ける」と向井社長は語る。 IBMが社内に培ってきた「変化を恐れない体質」を維持しながら、新生レノボでは、より身軽な経営体制によって、イノベーションが推進されることになる。 ●変化しないことの重要性 だが、その一方で、向井社長は、「変わらないことも大切である」と語る。 「イノベーション」を課題に掲げながら、その一方で、「変化しない」というのも矛盾する話だが、実は、「変わるもの」と「変わらないもの」とのバランスこそが、レノボに求められる最大のポイントだといえる。 個人、企業を問わず、IBMのPCユーザーが、レノボへの事業移管で、もっとも気にしているのが、「IBMの品質を維持できるのか」、そして、「IBMのサービス、サポートレベルは維持されるのか」といった点だ。 中国のPC市場では、高級ブランドに属するレノボだが、世界的に見れば、やはり低価格路線のイメージが強い。ノートPC 1つをとっても、ThinkPadとレノボのノートPCでは、品質に大きな差があるのは明らかだ。それだけに、レノボになって、ThinkPadの品質が落ちてしまう可能性に、多くのユーザーが懸念している。 これに対して、向井社長は、「これまでのIBMのPCに対して、ユーザーの方々が期待していただいたものは、すべて継承する」と断言する。そして、「それが実現できる体制が整っている」と続ける。 ●レノボは中国のPCメーカーではない 向井社長がそう断言する大きな理由が、IBMのPC事業をそのまま引き継いだ経営体制となっている点だ。 「新生レノボは、多くの人が中国のPCメーカーだと思っているが、それは誤った認識だ。本社は、米国ニューヨークにあり、CEOには、IBMのPC事業を率いてきたスティーブ・ウォードが就任している。また、COOのフランや、ワールドワイドセールスを担当するラビ、コーポレイトストラテジーのディープも元IBMのエグゼクティブ。そして、日本法人も私をはじめ、日本IBMのPC事業部門から移籍した社員で構成される。研究、開発、製造拠点もそのまま引き継ぐ。一方、PC事業に関するファイナンスや、調達といったレノボが得意とする分野の担当役員には、旧レノボのエグゼクティブが就任した。グローバル戦略や企業向けといったIBMが得意とする領域と、レノボの中国における実績と、個人ユーザーを対象とした成功経験は、まさに補完関係にあり、経営体制でもそれが実現されている。いわば世界初のインターナショナルカンパニーともいえる体制が整っている」 そして、日本においても、いくつかの変化しない点に、具体的に言及する。
「日本法人の本社は、日本IBMと同じ場所。つまり、私の名刺に書かれている住所も、電話番号も変わらない。また、ThinkPadをはじめとするThinkブランド、本体のロゴもIBMのまま。今後90日間は、梱包の外箱も同じ。そして、営業担当者、サービス担当者、サービスメニューについても一切変更はない」 また、サポート窓口についても、IBM PCヘルプセンターの名称や電話番号、体制はそのまま引き継がれる。 「サービス、サポートに関しては、すべて日本IBMが引き続き担当する。ユーザーは、IBMのサポートレベルのもとで、IBMブランドのPCを購入し、長年に渡って安心した環境で利用できるという点では一切変更がない」 変わるところといえば、PC本体裏面のラベル表記が、4月30日以降に出荷された製品については、「Manfactured for/by IBM Corporation Armonk,NY,USA」から、「Manfactured for/by Lenovo」に変更される程度だといえるだろう。 そして、事業運営そのものにも変化がない。 日本IBMは4月20日に、ThinkPadの新製品として、X41をはじめとするThinkPad Xシリーズ3モデルを発売したが、これも、新会社への移行を前提とするならば、新会社設立後の製品投入となるはずだ。 「社内的な事情を明かせば、4月30日までは日本IBMの売り上げ、5月1日からはレノボ・ジャパンの売り上げになる。手続きの手間や、レノボの売り上げを増やしたいと思えば、5月に入ってから新製品を投入した方がいいに決まっている。だが、ユーザーのことを考えれば、少しでも早く市場に投入する方がいい。この新製品投入は、日本IBMからレノボ・ジャパンに変わっても、なんら変更なく、事業を継続していることの証と捉えてもらってもいいだろう」 会社の引き継ぎとは関係がなく、これまでどおりに、事業が推進されていることの証左とも言えまいか。 ●Produced by Lenovo,Serviced by IBM 向井社長は、「Produced by Lenovo,Serviced by IBM」という言葉を持ち出す。 インターナショナルカンパニーである新生レノボが、IBMで培った経験とレノボが持つ実績とを組み合わせて、製品をプロデュースし、ユーザーはその製品を、IBMのサポートレベルのなかで利用できるという意味だ。 「IBMは、業績が悪化したPC事業をレノボに売却した、と言われるが、この体制を見てもわかるように、単なる売却ではない。IBMとレノボによる新たな会社が誕生したと考えてもらっていい」 向井社長は、そう強調する。 では、その新会社から、果たしてどんな製品が誕生することになるのか。IBMとレノボのシナジー効果はどんな形で製品に表れるのか。次回は、レノボの製品づくりを追う。
□レノボ・ジャパンのホームページ (2005年5月17日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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