大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ソニーがエアボードの名を捨てた背景




●ロケーションフリーテレビのデモを開催

前田悟事業室長
 ソニーは、2月18日、報道関係者を対象に、「ロケーションフリーテレビ」のデモンストレーションを行なった。

 デモンストレーションの会場となったのは、NTT東日本の無線LANサービス「フレッツスポット」が利用できる東京・外苑前のエスコルテ青山。2月1日にソニーが国内市場向けに投入した7V型のワイド液晶を搭載したLF-X5の実機を持ち込み、これを無線LANで接続。ソニーのオフィスに設置されたベースステーションには、スゴ録を接続し、これをBフレッツで結んだ。

 つまり、ソニーのオフィスにあるスゴ録に搭載してあるコンテンツを、外苑前のカフェで、ロケーションフリーテレビを操作しながら、無線LAN環境でストレスなく見られるという実演をしてみせたのである。

 メーカーが行なう最近の新製品デモストレーションの多くが、大画面でハイビジョン画像を見せるということの繰り返しだっただけに、その「慣れ」の観点からすると、画質面での見劣りは仕方がない。

 それでもモバイル環境で簡易的にTV画像を見るという点では、以前よりも画質が改善されてきていることがわかるものとなっていた。

 ソニーの出井伸之CEOは、自らの別荘がある軽井沢で、ロケーションフリーテレビを使用しているというが、地元放送局の電波状況が悪く、画像が乱れやすいのに比べて、ロケーションフリーテレビとブロードバンド回線の組み合わせで閲覧できる、都内のTV放送の方が見やすいと語っているという。こうしたTVの難視聴地域の解決策としても、ロケーションフリーテレビは活用できるというわけだ。

 ロケーションフリーテレビを開発したホームエレクトロニクスネットワークカンパニーTV事業本部LFX事業室 前田悟事業室長は、「ある日の午前中。ニューヨークの空港ラウンジで、ロケーションフリーテレビを見ていたら、何人かの日本人が集まってきた。なぜか。そこには、ちょうどこの時間に日本でやっているNEWS23の筑紫哲也さんの映像が映っていたのですから」と自らの体験を語る。

 海外で日本のTV映像をリアルタイムで見られるというのも、ロケーションフリーテレビの大きな特徴。このデモストレーションではそうしたメリットも訴えて見せていた。

●触ってもらって訴える

国内出荷が発表された「LF-X5」。左がロケーションフリーワールドの核となるベースステーション
 今回の会見は、カフェを利用して行なわれたということもあり、製品に自由に触れる時間を取っていたのが特徴的だ。それはロケーションフリーテレビの良さを知るには、やはり体験してもらうことが手っ取り早いと考えたことに起因する。

 「全米に12店舗を展開している直営店のソニースタイルストアでは、昨年10月10日のロケーションフリーテレビの出荷を開始以来、平均するとソニースタイルストア全店が1日1台ずつ販売している実績を持っている。まだ積極的な広告展開などをしていないにも関わらず、ここまでの出足を見せたのは、実際に触ってみて、この良さを体験できる場があるからだ」と前田事業室長は語る。

 日本では、ソニースタイルストアは大阪・梅田の1店舗だけ。もちろん、銀座やお台場のショールームでもロケーションフリーテレビは閲覧できるが、その場での販売は不可能。また、量販店での展示についても、いくつかの店舗にデモ機を配布しているが、実際に製品のコンセプトを的確に説明できる店員が少ないことから、棚の上の方に展示されてしまい、結果として、販売に結びつかないということにつながっている。これまでにない、新たなコンセプトの製品だけに、TV売り場にも、パソコン売り場にも置きにくく、適切な展示場所がない、というのもマイナス要素に働いている。

 今回の会見で、報道関係者にとにかく触ってもらおう、としたのは、こうした反省に基づいたものだったのかもしれない。

●会見で触れた3つのポイント

 今回の会見では、3つのポイントがあった。

 ひとつは、これまで使われていた「エアボード」という名称をとりやめ、全世界でロケーションフリーテレビの名称を使用すると宣言したことだ。

 「エアボードという名称も定着しつつあったが、ロケーションフリーテレビという名称の方が、その用途をはっきりと示せると考えた」と前田事業室長は語る。

 ロケーションフリーには2つの意味がある。ひとつは、家庭内のどこにでも持ち運んでTVが見られるというロケーションフリーである。これは、エアボードで最初に打ち出した、インターネットやメールも、家庭内のどこからでも簡単に利用できるという使い方に共通したロケーションフリーだといえる。

 そして、もうひとつのロケーションフリーが、日本国内のみなならず、全世界でのブロードバンドが接続可能な場所であれば、日本で放送されているTV番組をリアルタイムで閲覧できたり、自宅のサーバーやDVDレコーダーのなかに蓄積されたコンテンツも自由に引っぱり出して見ることができるという「究極のロケーションフリー」(前田事業室長)を実現している点だ。

 無線LANスポットの全世界規模での普及をはじめ、ブロードバンド環境が広がっていることが、ロケーションフリーの世界の広がりを支えており、これからの戦略は、むしろここがクローズアップされることになるだろう。

 前田事業室長が率いるロケーションフリーテレビの担当部門は「LFX」の名称が付けられている。これは、ロケーションフリーXという意味。つまり、組織名の「LFX」のXという部分には、製品の広がりを予感させ、ロケーションフリーというコンセプトの上で、いくつかの製品化が進められることになる。

●ロケーションフリーワールドを推進

ソニーが描くロケーションフリーワールド
 2つめのポイントは、その製品の広がりについて言及したことだ。

 これまでにも、一部では、今後の製品展開についても話題にはなっていたものの、前田事業室長が会見の場でこの点に言及したのは初めてのことだ。

 前田事業室長は、「今日、用意した資料はこれだけです」と1枚の資料を配布した。

 そこには、「LocationFree World」という文字とともに、「新しいAV機器市場を切り拓く」と併記され、TV以外の領域にもロケーションフリーが広がることを示している。

 ベースステーションを核にして、さまざまなAV機器が映像や音声を配信していくという考え方だ。

 今年1月の米国CESのソニーブースでは、パソコンで日本のTV放送を閲覧できるソフト「ロケーションフリーテレビアプリケーションソフトウェア for PC」を展示し、注目を集めていたが、これがロケーションフリーワールドの第一歩となる。

 わざわざロケーションTVを持ち歩かなくても、パソコン上で地元のTV番組が見られるようになることは、出張の多いビジネスマンにとっては大きな魅力となる。画像はMPEG-4となるため、ロケーションフリーテレビの画像に比べると明らかに劣るが、それでも十分楽しめる画質を実現している。

International CESで展示された「ロケーションフリーテレビアプリケーションソフトウェア for PC」。日本で放映されるTV画像がパソコンで閲覧できる 同じくCESのソニーブースから、日本において置いてあるスゴ録のコンテンツを検索中の画面

 また、図には、携帯電話端末やカラー液晶を搭載PDAらしきもの、オーディオ機器、ラジオなどが描かれている。また、プレイステーション事業を統括する久夛良木健副社長が、PSPにもロケーションフリーの機能を搭載することで検討していることに言及しており、これもロケーションフリーの浸透を後押しすることになりそうだ。

 ロケーションフリーのコンセプトは、これまでにない使い方を提案するもの。それがソニーが提案するあらゆるモバイル機器を大きく進化させることになるというのがソニーの考え方だ。そこにソニーらしい製品づくりができると見ているのである。

●併存する新たなカテゴリー製品に

 そして、3つめのポイントは、前田事業室長が、「開発に対する想い」をあえて語ったことだ。

 前田事業室長は、ソニー社内からも「ソニーのスピリットを伝承する技術者のひとり」と言われる人物。「30歳の頃から、上司から仕事を与えられたことがない」と言うように、社内での製品開発では、かなり柔軟に取り組んできた経緯を持つ。

 通信畑ひと筋で、キャプテン端末や文字放送、米国でのデジタルコードレス電話などの開発に携わった経験を持つ人物でもある。

 その前田事業室長は、「新たな製品企画には、2種類ある」と語る。

 ひとつは、従来の製品を否定し、置き換えていくもの。CDがその一例だという。

 「CDは、LPを置き換えていくことを狙った製品。この使命を持った製品は、企画段階で、きちっとリプレースしていくことを考えなくてはならない。HDDレコーダーは、VHSを置き換えることを狙ったものだったが、VHSには、録画するとともに、パッケージメディアを再生するという目的がある。HDDだけではそれが実現できないため、リプレースは不可能だった。だが、DVDを付加することでそれが実現される。リプレースするにはどういった製品企画が必要かをきちっと捉えていかなくてはならない」と語る。

 もうひとつは、併存していく製品だ。その例としては、ウォークマンをあげる。ホームオーディオや高級オーディオとは併存する一方で、モバイル環境で音楽を聞くという新たな市場を切り開いたのがウォークマンだからだ。

 これまで前田事業室長が取り組んできた製品の多くも併存型である。そして、このロケーションフリーテレビも併存型の製品だと位置づける。

 「併存型製品で大切なのは、新たなライフスタイルの変化を自分でイメージできるかという点。それが描けないようだと失敗する」と前田事業室長は語る。

 ロケーションフリーテレビは、前田事業部長の頭のなかで、さまざまな利用シーンが具体的に描かれているという。

 ただ、それは、ロケーションフリーテレビという範疇だけでなく、先にも触れたようなさまざまな機器との連動があって実現されるものだ。

 「TVやラジオというのは、ローカル放送の域を出ない。しかし、ロケーションフリーの機能を使えば、それが全世界のどんな場所でも視聴可能になる。また、自宅に蓄積されるコンテンツの多くをモバイル環境で閲覧できるようになる。それによって、我々のライフスタイルは大きく変化する」

 「エアボード」から「ロケーションフリー」へと名称を変えることを宣言したのも、ライフスタイルの変化を象徴する名称にしたかったからだ。

 2000年12月から国内市場に投入された「エアボード」は、5年目に突入して、いよいよ本当の意味での進化に踏み出したといえる。

□関連記事
【2月1日】ソニー、ワイド7V型液晶付属の「ロケーションフリーテレビ」(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050201/sony1.htm
【2004年1月19日】ソニー、インターネット経由でTVが見られる新エアボード
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0119/sony.htm
【2000年9月28日】ソニー、無線LAN搭載のインターネット液晶TV「エアボード」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000928/sony.htm

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(2005年2月21日)

[Text by 大河原克行]


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