笠原一輝のユビキタス情報局

米国と日本でこんなにも違うリビングPCへの評価




 筆者は今、International CES 2005に参加するため米国に来ている。例年よりちょっと早めに現地入りしたため、地元にあるPC関連の小売店や量販店などを覗いてみたのだが、多くのショップでPCを大画面テレビに接続してコンテンツをみる、という使い方が提案されているのを見て、筆者はちょっとショックを受けた。

 本連載では、そうした使い方が新しいPCの使い方だと提案してきたつもりだが、残念ながらまだまだ日本では受け入れていない。日本の量販店がこのような使い方を提案していないことからも、違いは明らかだろう。

 これまで、コンシューマPCに関しては世界をリードしてきたと言われる日本のPCベンダだが、どうやらリビングPCという用途での提案に関しては、米国に後れを取っているようだ。


●AV機器風のデザインを採用したEntertainment PCが昨年秋より登場

HPのHP z545 Digital Entertainment Center。米国では1,899ドル(約20万円)で販売されているePC

 米国のロサンゼルスにあったBestBuy(家電量販店)では、HPのWindows XP Media Center Edition 2005搭載PCを中心としたホームシアターシステムの展示を行なっていた。液晶テレビにPCを接続し、Windows XP Media Center Editionに保存してあるオンラインコンテンツをリモコンで視聴するというシステムで、実際に店員がお客に対してそのメリットなどを説明していた。

 システムの中核に据えられていたのが、HPのEntertainment PC(以下ePC)である、HP z545 Digital Entertainment Centerだった。HP z500シリーズはHPが昨年の10月にリリースした製品で、Windows XP MCEのステータスを表示する液晶がついたAV機器風の黒色のケースを採用したPentium 4ベースのePCで、z545はz500シリーズの最高峰製品。1,899ドルで販売されている。

 Entertainment PC(以下ePC)は、2004年の1月に行なわれたInternational CESにおいて、Intelの社長兼COO(最高執行責任者)であるポール・オッテリーニ氏により明らかにされた構想で、外観をAV機器風にすることで、AVラックなどに収納しても違和感のないPCをデザインするという取り組みだ。

 その後、プロトタイプは3月にドイツで開催されたCeBIT、そして6月に台湾で開催されたComputex Taipeiなどで各社が公開してきたが、昨年の秋以降、米国では前述のHPが、日本では富士通がFMV DESKPOWER Hシリーズなどとしてリリースし、実際の製品が登場し始めている。

 Intelが進めているePC構想は、要するに“PCをリビングへ”というかけ声にほかならない。というのも、一般的な家庭内でAVラックがある場所は、言うまでもなくその家で一番大画面のテレビがあるところであり、大画面テレビがあるところはリビングにほかならないからだ。

 Intelとしては、PCをリビングにも置いてもらうことでPCの出荷量を増やし、ひいてはCPUの売り上げ上昇を目指すという狙いがあるものと考えられている。

●日本のPC業界関係者が口をそろえる、“2004年はデジタル家電にやられた”論

 では、日本ではPCがリビングへ入っていけるのか。これは現在、日本のコンシューマPC業界の関係者にとって課題となりつつある。なぜかと言えば、今やコンシューマPCは、HDDレコーダなどのデジタル家電と競合状態にある、というのが多くのPC業界関係者の認識だからだ。

 日本のPC業界の関係者は「2004年にコンシューマPCの売り上げが振るわなかったのは、アテネ五輪などの影響でデジタル家電の売り上げが伸びたからだ」と口をそろえている。特に、第3四半期(7月~9月期)の売り上げが厳しかったと言われており、その原因をアテネ五輪特需に沸くデジタル家電に、消費者が予算を使ってしまったため、PCに回らなかったからだとする関係者が非常に多いのだ。だとすれば、その処方箋は1つしかない。PCもリビングへ進出し、リビングのテレビにつないでもらうことだ。

 はたして、それは可能だろうか? むろん、技術的には可能だ。実際、この連載でも2回(「HDTVとPCのよい関係」「2005年型PCの標準機能!?」)にわたり、PCをテレビにつなぐ方法、技術的な問題点などに触れてきたが、実際やってできないことはない。

 しかし、PCメーカーにとって「やってできる」ということと「買ってもらえる」ということは同義ではない。大事なことは、どうやってコンシューマに購入してもらえるようなPCを作るのか、ということだ。

 PCは、どうしてもHDDレコーダに比べると高価になってしまう。売れ筋のコンシューマPCの価格は10万円台後半~20万円台前半であるのに対して、HDDレコーダの売れ筋は5~10万円台だ。PCはディスプレイがついてくることを割り引いても、やや高いことに変わりはない。従って、その分の価格差を正当化するだけの何かがなければ、HDDレコーダの代わりに買ってはもらえないだろう。

 もちろん、PCはビデオだけではなく、写真や音楽を撮り貯めることもできるし、AV以外の用途、例えばワープロで文章を作ったり、Webブラウジングなどもできるだろう。しかし、それだけでは、消費者が新たにリビング用PCを購入する動機としてはやや弱い。

 やはり、何らかのキーアプリケーションが必要だ。問題は、それが何かということだ。

●米国ではプレミアムコンテンツのブロードバンド配信が急速に立ち上がる

 実は、米国では1つのキーアプリケーションがすでに現実のものとなりつつある。それが、プレミアムコンテンツ(著作権で保護されているコンテンツ)のブロードバンド配信だ。

 米国でiPodがものすごい勢いで普及しつつあるのは、iTunes Music Storeにその一因があるとされているように、米国では音楽配信のビジネスは急速に立ち上がりつつある。

 さらに、動画配信に関しても、徐々に立ち上がりつつある。例えば、動画配信で有名なCinemaNowMovielinkなどが、動画配信を始めている。これらのサービスは、Windows Media PlayerないしはReal Playerを利用して配信が行なわれており、中にはHDクオリティの動画も配信されている。

 余談になるが、これらのサービスは今のところ日本から利用できない。なぜかと言えば、コンテンツの配信は地域ごとに行なわれている関係上、オンライン配信もユーザーの居住地域を限って実施されているからだ。

 購入時にクレジットカードの発行地域をチェックしており、日本で発行されているクレジットカードしか持たない日本のユーザーには、こうした米国のサービスは利用できない。

 ただ、すでに米国の量販店では、オンラインサービスを利用するためのプリペイドカードも販売されている。iTunes Music Storeのプリペイドカードは有名なのでご存じの方も多いと思うが、CinemaNowやMovielinkのものもすでに販売が開始されている。

米国の量販店ではすでにオンラインコンテンツのプリペイドカードが普通に販売されている iTunes Music Storeの15ドル分の音楽コンテンツ購入用プリペイドカードとCinemaNowの20ドル分動画コンテンツ購入用プリペイドカード

 話を戻すと、PC業界にとって重要なのは、今のところプレミアムコンテンツの保管庫としては、PC以外考えられないということだ。すでに以前の記事(「Intelが盛んにDTCP-IPをアピールすることの、“なぜ?”」)で解説した通り、複数のDRM技術やファイルフォーマットが併存する現状では、プレミアムコンテンツを保存・再生するプラットフォームとしてPC以外の選択肢は無いに等しい。

 そこで、大画面テレビと、それにつながるPCを購入すれば、コンテンツをオンラインで購入して楽しめますよ、という提案ができることになる。

 これは、ユーザーにとっては大きなメリットであり、かつメーカー側にとっては大きな売りになることは間違いなく、米国でePCが注目を集める理由の1つであるのだ。

●コンテンツのブロードバンド配信がなかなか花開かない日本の事情

 それでは、日本でもコンテンツのブロードバンド配信サービスをもっとやればいいのではないか、という声がでてくると思うのだが、話はそれほど簡単ではない。

 実際、日本でもブロードバンド配信サービスはすでに開始されているが、いずれも試行錯誤の段階で、ビジネスとして成り立っているかといえば、そうではないというのが現状だ。それにはいくつかの理由がある。

 1つには、著作権の2次利用に関して、まだまだ複雑なプロセスが必要で、なかなか整理が進んでいないことがあげられる。日本で有望なコンテンツと言えば、やはりテレビ番組の2次利用だと思われるが、出演者全員に許諾を取るとしても、すでに役者業を廃業していたりして連絡が付かなかったりとかなり大変な作業になっているというのは、これまで何度も指摘されてきたことだ。

 ブロードバンドによる配信の場合、放送による2次利用、例えば地上波で放送したものを衛星放送で流す、という場合と異なり、別の許諾を取る必要があるなど、さらにややこしいという。このあたりの法改正なども含めて、さまざまなことを整理する必要がある。

 また、これもよく言われていることだが、日本ではレンタルビデオ店という安価にコンテンツを配信する独自の仕組みが発達していることも話を複雑にしている。

 米国におけるブロードバンド配信のメリットは、低コストとオンデマンドだ。国土が広い米国では、DVDを販売する販売店まで遠いため、通販で購入することが少なくない。また、10~30ドル程度のセルDVDが流通の中心であるため、2~3ドル程度と低コストのオンライン配信はユーザー側にも大きなメリットがある。

 ところが、都市部に人口が集中している日本では、多くの場合、近所に24時間営業のレンタルビデオ店があるし、かつコンテンツを安価(たいていの場合はブロードバンド配信よりも安価)にレンタルできる。この点が、米国の事情とは決定的に異なっている。

 だからこそ、日本では、米国とは違うメリット(例えば、セルやレンタルになる前のコンテンツを配信する、レンタルよりも安価など)をブロードバンド配信に持たせない限り、ブロードバンド配信が花開くのは難しいのではないだろうか。

●ISPやブロードバンド配信業者との協業も重要になるPCビジネス

 筆者は、このようなコンテンツ流通の事情の違いが、米国と日本のリビングPCへの期待度の違いとなっているのではないかと思う。

 それでは、日本のコンシューマPCメーカーはどのようにしていけばいいのだろうか。残念ながら、現時点ではその明確な答えはないと思う。ただ、明らかなことは、昨年のコンシューマPCの売り上げを見る限りは、テレビ録画できます、というだけでは、もうコンシューマ向けPCの未来はないということだ。

 そのためには、PCベンダが積極的にコンテンツのブロードバンド配信業者やISP(インターネットサービスプロバイダ)と協業していく必要があるだろう。たとえば、有線ブロードネットワークスが行なっているブロードバンド配信サービスのShowTimeでは、最近巷で話題の韓国ドラマ「冬のソナタ」の配信を行なっており、それが理由で女性の加入者が急激に増えたと聞く。

 そこで、「我が社のPCを買い、かつ有線の光ファイバーに加入すると、冬のソナタが1年間見放題サービス!」などという、わかりやすいマーケティングはどうだろうか。こうしたマーケティング方法は、コンテンツ配信業者、ISPにとってもメリットは大きく、かつPCを売れるというメリットがある。

 また、今年には、DLNA(Digital Living Network Alliance)の次のガイドライン(おそらくバージョン2になる)において、ホームネットワーク上でプレミアムコンテンツのDRMを有効にしたままストリーム配信を行なうことを可能にする「DTCP-IP」が規格化され、一気に実用段階に進む可能性が強い。「いつでも、どこでも」コンテンツを楽しむ環境が現実のものとなる可能性も高く、その時代に備えた“ホームサーバー”としてのPCの魅力を高めていくことも重要な課題となるだろう。

 来年の今頃には、「去年はPCの売り上げがまた伸びたね」という明るい話題ができるように、今年こそはぜひともPCベンダの皆様にがんばって頂きたいものだ。

□関連記事
【2004年12月27日】【笠原】2005年型PCの標準機能!?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1227/ubiq89.htm
【2004年12月13日】【笠原】HDTVとPCのよい関係
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1213/ubiq88.htm
【2004年11月9日】【笠原】Intelが盛んにDTCP-IPをアピールすることの、“なぜ?”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1109/ubiq85.htm
【2004年3月22日】【CeBIT】Entertainment PCなどデジタルホーム関連製品が多数展示
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0322/cebit09.htm

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(2005年1月7日)

[Reported by 笠原一輝]


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