笠原一輝のユビキタス情報局

Intelが盛んにDTCP-IPをアピールすることの、“なぜ?”




9月に米国で行なわれたIDF(Intel Developer Forum)において公開されたDTCP-IPに対応したDMAのデモ

 IntelがさかんにDTCP-IP(Digital Transmission Contents Protection over IP)のメリットについてアピールしている。

 9月に米国で開催されたIntel Developer Forum(IDF)において、初日と2日目の2回の基調講演でデモしたほか、10月に日本で行なわれたCEATEC、WPC EXPOという2つの大きなイベントの基調講演でも再びDTCP-IPをデモしている。

 Intelがこうしたイベントの基調講演で繰り返し同じデモを行なうのは、今Intelが最もアピールしたいものであるからである、ということはWorld PC EXPOの基調講演レポートの中でも述べた。

 それでは、なぜIntelはDTCP-IPを盛んにアピールしているのだろうか? 今回のレポートでは、DTCP-IPの意味について再度確認するとともに、ユーザーにとってDTCP-IPがどのようなメリットがあるのかについて考えていきたい。


●デジタルホームを実現する上で障害となりかねない著作権保護技術(DRM)

 多くの人が誤解しているが、そもそもDTCP-IPはDRM(Digital Rights Management)と呼ばれる、いわゆる著作権保護技術とは異なる位置づけの技術だ。

 DRMというのは、コンテンツがPCやデジタル家電などのHDDや光ディスクなどに格納される時に暗号化技術を施し、それをほかの機器や光ディスクなどにコピーできないようにするためのものだ。

 たとえば、ソニーの「OpenMG」やMicrosoftの「Windows Media DRM」などがこれに該当する。これらの技術を利用することで、プレミアムコンテンツプロバイダーと呼ばれる、有料コンテンツ配信業者は、違法コピーを防ぎつつコンテンツの配信を行なうことができる。

 しかし、デジタルホームを実現するには、このようなDRMは邪魔者となりかねない。なぜなら、デジタルホームは、各機器がTCP/IPベースのネットワークで接続され、相互にデータのやりとりを行なう。この場合、データはファイルそのものが転送されるのではなく、ストリーム形式で転送される。

 ストリーム形式といってもデータをコピーしていることに変わりなく、(実際にやる人が多いかどうかという議論は別にして)IPネットワークを流れるストリームをキャプチャーしてそれを元にファイルを作成してコピーすることも“技術的には”不可能ではない。

 だが、DRMで保護されているコンテンツは、そのままストリーム形式でほかのデバイスに転送することはできない。

 つまり、現状ではプレミアムコンテンツプロバイダーが提供する有料コンテンツを、デジタルホームのコンテンツとしては活用できないことになる。たとえば、インターネット経由で購入した音楽ファイルが書斎のPCに入っていた場合、それをリビングのDMA(Digital Media Adaptor)から再生することはできないということだ。

 このため、Intel、ソニーなどITベンダ、家電ベンダなどが、PCやデジタル家電などの相互接続によるデジタルホーム実現を目指すための業界団体「DLNA(Digital Living Network Allaiance)」が今年6月に作成した最初のガイドライン(v1)では、当初は有料コンテンツをサポートしないという方針が示されている。いや、示されているというよりも、サポートしようがないというのが正しい言い方になるのかもしれない。

●著作権保護技術とネットワーク転送の架け橋になるDTCP-IP

 仮に、DRMで保護された有料コンテンツをサポートするのであれば、デジタルホームでネットワーク接続されるすべての機器がそのDRMに対応していなければならない。

 たとえば、PCにWindows Media DRMで保護されたビデオファイルが保存されていて、それをホームネットワーク内にあるほかの機器で再生する場合、その機器もWindows Media DRMに対応している必要がある。別のコンテンツがOpenMGで保護されているのであれば、OpenMGにも対応している必要がある……と、はっきり言ってきりがなくなる。

 PCのように、いつでもアップグレードが可能な機器であればよいが、DLNAではデジタル家電などもクライアントとして考えられている。DRM技術が追加されるたびに、デジタル家電のファームウェアをアップデートする……というのはちょっと考えられない。

 この状況を解決するには、DRM技術を1つに統一することだ。ソニーも、松下も、Microsoftも、Samsungも、すべてのベンダが1つのDRMに結束すればよい。

 だが、それが不可能なことは、世の中に複数の音楽ファイルやビデオファイルの形式が存在していることをみても明らかだ。また、この問題は、機器ベンダ側だけで決定できる問題ではなく、プレミアムコンテンツプロバイダーがどのような選択をするかにもよる。

 提供される技術がたくさんあり、そしてそれを選択する側も多数存在するという現状を考えると、DRM技術が1つに集約されるというのは考えにくい状況だ。

 これを何とかしようというのが「DTCP-IP」だ。DTCP-IPは家庭内のIPネットワーク上に限り、DRMの非互換性という問題を覆い隠してしまう。

 DTCP-IPは、メディアサーバーとメディアクライアント間のストリームデータを暗号化して著作権を保護するが、メディアサーバー側はDRMによる暗号化をDTCP-IPの暗号化に変換してクライアントに送ることになる。

 つまり、クライアント側は、すべてのDRMに対応する必要がなく、DTCP-IPに対応するだけで著作権保護されたコンテンツを再生可能になるというわけだ。デジタルホームにおけるDRMの互換性問題を解決するのがDTCP-IPと言える。

DRMとDTCP-IPの違い

●DRM技術の開発ベンダにとっては両刃の剣となるDTCP-IP

 ただし、もちろんDRM側がDTCP-IPに対応することを承知しなければ、DRMで保護されたデータをDTCP-IPに変換できない。つまり、DRM技術の所有者(OpenMGならソニーだし、Windows Media DRMならMicrosoftだ)がDTCP-IPに対して“オッケー”と言わない限り、DTCP-IPは“絵に描いた餅”になってしまう。

 DRM技術は、各社が“社運をかけて”と言ってよいほどのコストをかけて開発してきた技術だ。このため、各機器メーカーが他社のDRM技術を実装する場合には、ある程度のコストをDRM技術所有者に対して払う必要がある。

 これが、DTCP-IPさえ実装すれば、少なくともクライアントに関してはこのコストを払わずに済んでしまう。DTCP-IPそのものにはライセンス料はかからないからだ。

 逆に言えば、DRMを開発したベンダにとっては、機会の喪失ともいえる。ただし、少なくともサーバーにはDRM技術が必要になるわけだから、DTCP-IPに対応することで、サーバーからライセンス料を確実に回収できるという点はメリットとしてある。このように、DTCP-IPを認めるかどうかは“両刃の剣”であるのだ。

 今のところ、どのベンダがDTCP-IPに対して、自社のDRMに接続することを認めているかは明らかにはなっていない。ただし、DLNAが現在策定を続けている次期ガイドライン(v2)では、DTCP-IPが仕様の一部になるとみられており、それが実現すれば、当然そのメンバーであるソニーやMicrosoftのDRMは対応すると考えるのが自然な流れだろう。

●プレミアムコンテンツ保管庫としてのPCの役割

 ここまでの説明で、DTCP-IPのメリットが、デジタルホームにおけるDRM技術の互換性確保であることは分かって頂けただろう。それでは、“IntelがDTCP-IPを盛んにアピールするのはなぜか”という冒頭の命題に戻っていきたいと思う。

 ここで読者の皆さんに考えて頂きたいのは、DTCP-IPをサポートしたプレミアムコンテンツを保存する“保管庫”としてのメディアサーバーは何であるのか、という点だ。

 デジタルホームは、家庭内に敷設されたIPネットワークに、PCもデジタル家電も相互に(つまりピアツーピアに)接続され、コンテンツのやりとりを行なうことができるようになるというコンセプトだから、各機器はそれぞれメディアサーバーであり、かつクライアントにもなる。実際にはDMAのようにクライアントの機能しか持たないものもあるが、どちらにもなれる可能性があるという意味でピアツーピアだ。

 PCもDTCP-IP対応プレミアムコンテンツ保存サーバーになれるし、デジタル家電(たとえばHDDビデオレコーダなど)もDTCP-IP対応プレミアムコンテンツ保存サーバーになれる。それでは、どちらの方が適しているのか、という議論をした場合には、自ずと答えがでてくる。それはPCだろう。

 なぜ、PCがDTCP-IPのサーバーとして適しているのかということに答えるためには、両者の違いは何かということを明確にしておく必要があるだろう。

 実は、以前この質問(PCとデジタル家電の違いは何か)をIntelのビル・スー副社長(デスクトッププラットフォームグループ 共同ジェネラルマネージャ)にしたことがある。その時スー氏は、「PCとデジタル家電の最大の違いはプログラマビリティです。あとからソフトウェアを追加できるということはPC最大のメリットである」と明快に説明してくれた。

 PCは、非常に処理能力の高い汎用のプロセッサ(CPUのこと)と、ソフトウェアが追加可能なOS(WindowsやMac OS)から構成されている。これに対して、デジタル家電は、ある処理(たとえばMPEG-2エンコードなど)に特化した特定用途のプロセッサと、フィックスされたOS(TRONや組み込み向けLinuxなど)から構成されている。

 つまり前者には機能を追加できるというメリットがある反面、管理が難しいというデメリットがあり、後者には管理が容易というメリットがある反面、機能を追加できないというデメリットがあると言える。

 重要なことは、DRMの状況は日々変わっていて、現時点ではプログラマビリティが必要とされているという点だ。それこそ無数の会社がDRM技術を開発しており、かつバージョンアップも頻繁だ。おそらく、今後もそうした状況はあまり変化がないだろうと考えられている。

 ある段階で、すべてのDRMをサポートしていたとしても、1年後には時代遅れになってしまうことも十分考えられる。このような状況で、デジタル家電がインターネット経由のプレミアムコンテンツを保存しておくプラットフォームとして意味があるだろうか? それは否だろう。

 プログラマビリティを持たないデジタル家電にとって、バージョンアップというのは非常に難しい相談だ。ネットワークが普及した現在でも、ある家電メーカーはバグが発生したら、ユーザー宅まで出張してファームウェアのバージョンアップをするという。

 新しいDRMが登場したら、そのためにサポート要員がユーザー宅までいってバージョンアップするのだろうか? もちろん、それではコストに見合わないことは明らかだし、ユーザーによるバージョンアップをさせないからこそ、デジタル家電は家電なのだ。

●East Fork戦略の加速やTLP志向プロセッサへの需要の喚起

 さて、DTCP-IPのサーバーがどちらかと言えばPCの方が適しているとして、それがIntelにとってどんなメリットがあるのだろうか。

 短期的な観点では、デジタルホーム向けPCの出荷が増えるというメリットがある。実際、IntelはEast Fork(Intel内部コードネーム)というデジタルホーム向けの新ブランド戦略を検討しているというのは、以前説明したとおりだ。

 EFは、Centrino Mobile Technology(CMT)と同じように、Intelが指定するCPU、チップセット、LANチップ、そしてデジタルホーム向けソフトウェアをパッケージ化したものにつけられる新しいブランドだが、問題となるのはこの中のデジタルホーム向けソフトウェアであり、この条件にはDTCP-IPのサポートが必須となっている。

 長期的な観点では、CPUの新しいトレンドに対するデマンド(需要)の喚起という側面がある。新しいトレンドとは、従来のILP(命令レベルの並列実行)の向上を目指す従来型のCPUから、TLP(スレッドレベルの並列実行)の向上を目指すという新世代CPUへの移行だ。

 すでにIntelは2005年後半にデュアルコアプロセッサを投入することを明らかにしている。何も、それはIntelだけの新しい方向性ではなく、AMDも同じように2005年後半にデュアルコアプロセッサを投入する。つまり、業界全体としてそうした方向へ向かっているのだ。

 ILPからTLPへの移行は、簡単に言ってしまえば、これまでPCに1つの処理を行なわせて、その処理をいかに速く終わらせるかを血眼になってやってきたのに対し、これからは複数の処理を同時にたくさん実行させて、トータルでその処理を速く終わらせるようにする、という方向に転換していくということだ。

 そうした時、DTCP-IPによる負荷の増加は、スレッドが増えることにもなり、新しいTLP志向CPU向けの処理となるだろう。さらには、将来的には、PCがメディアサーバーになれば、たとえばクライアント側のDMAが再生できない形式のフォーマットである場合、PC側でトランスコード(コーデック変換)をリアルタイムで行なう、ということもできるようにする必要があるだろう。それもTLP志向プロセッサにうってつけの処理となる。

●ユーザーにもメリットがあるDTCP-IPの普及

 おそらく、Intelの幹部は、こうしたことを考えて、DTCP-IPを盛んにプロモーションしているのだと筆者は思う。ただ、忘れてはならないことは、この動きが結果的にはユーザーにとってもメリットが大きいことだ。

 DTCP-IPが普及すればDRMの互換性の問題が解消され、家庭内でプレミアムコンテンツをいつでもどこでも再生できるようになる。DRM技術の標準化を待っていたら、それこそ何年先、あるいは何十年先になるかわからないが、DTCP-IPに対応した機器の出荷はすでに開始され、2005年には多数の対応機器の登場が予想されている。ユーザーが受ける恩恵は非常に大きいと言えるだろう。

 たとえば、松下電器が発表したDVD/HDDレコーダ「DIGA」シリーズの最新モデル「DMR-E500H」には、DTCP-IPがすでに実装されている。これらはE500H同士で接続したときに、コピーワンスで録画したデジタル放送をネットワーク転送するという機能であり、その時にDTCP-IPが暗号化に利用されているのだ。

 特に、日本ではコピーワンス問題への対応が大きな焦点となっているが、DTCP-IPが1つの突破口になる可能性はあると言え、そうした観点からもDTCP-IPは要注目と言えるだろう。

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【10月25日】【笠原】Intel、デジタルホーム向け新ブランド戦略“East Fork”を展開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1025/ubiq83.htm
【10月22日】【笠原】Intel パット・ゲルジンガー氏基調講演
~デジタルホームの先にある“デジタル・ライフスタイル”
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1022/ubiq82.htm

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(2004年11月9日)

[Reported by 笠原一輝]


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