笠原一輝のユビキタス情報局

Windows XP MCEが日本のPCベンダに浸透しない“理由”




 マイクロソフトのWindows XP Media Center Edition 2005(以下Windows XP MCE 2005)のチャネル向けバージョン(いわゆるOEM版やDSP版と呼ばれるバージョン)の販売が開始されて1カ月がたった。すでに読者の中にも入手した方が少なくないと思うが、PCをAVコンテンツ再生機器にするためのソフトウェアとしてなかなかよい出来に仕上がっていると思う。

 それなりの出だしを見せるDSP版に対して、PC OEMにおけるWindows XP MCE 2005の採用は思うように進んでいない。大手PCベンダのWindows XP MCE 2005の採用例は、富士通が1製品を発表したくらいで、NECとソニーはリリースしていない。

 日本のコンシューマPCは、もともとTVチューナを搭載するなど、Windows XP MCE向けの製品といってもよいのだが、残念ながら浸透しているとは言い難い状況だ。それはなぜか、そしてそれを解消するにはどうしたらいいのだろうか?


●国内大手PCベンダの製品は1モデルという現状

 マイクロソフトのWebサイトで、Windows XP MCE 2005搭載PCが紹介されているが、国内大手PCベンダの製品は、富士通の1製品(それも数あるラインナップのなかのわずか1製品)のみで、外資系のデルを除くと、残りはいわゆるホワイトボックスメーカーだけとなっている(11月15日現在)。残りの大手PCベンダのNECやソニーは、いずれも製品をリリースしていない。

 米国ではDellやHPといった大手PCベンダのコンシューマ向けモデルの多くで採用されいるほか、日本ではMCE搭載モデルを出荷していないソニーも、米国では「VAIO type R」の一部モデルでMCE搭載モデルをラインナップしている。そうした米国の状況に比べると、日本の状況はかなり異なっていると言ってよい。

 なぜ日本でMCE 2005の採用が進まないのか? よく言われているのは、すでに日本のPCには、MCEのようなテレビやオーディオ、ビデオの再生といった機能が、メーカー独自のアプリケーションで実現されており、MCE 2005の必要性が無いからという点だ。

 Home EditionとMedia Center Editionの違いは、リモートデスクトップ機能などProfessionalの一部機能が実装されているという点はあるが、もっとも大きな違いは10フィートUIによるAVメディアコントロール機能として“メディアセンター”が搭載されている点だ。

 すでに'99年あたりから、“テレパソ”に取り組んできた日本のPCベンダにとっては、MCEで実現された機能は、すでに独自のアプリケーションで実現済みであり、もうMCEは必要ないというのは頷ける。ソニーに至っては、“Do VAIO”と呼ばれる10フィートUIを採用しており、いまさらMCEなど必要ないと考えるのも無理はない。

●自由度の低さと価格というPCベンダ側の不満

MCEの標準インターフェイスとなる“メディアセンター”

 だが、大手PCベンダがMCEの採用に消極的なのはそれだけが理由ではないようだ。なぜなら、実際にPCベンダの担当者と話してみると、決してMCEへの評価は低くないからだ。「メディアセンターは機能の切り替えは高速だし、使い勝手は決して悪くない」(あるPCベンダ関係者)との評価を下す人は少なくない。

 実際、Do VAIOという独自の10フィートUIを導入したソニーは別として、NECや富士通などに搭載されているTVや音楽再生ソフトは、それぞれが別々のアプリケーションになっているので、機能を切り替える時にはアプリケーションを終了して新たなものを起動する形になっている。

 このため、各機能をシームレスに利用しやすいという点ではMCEに分がある。それでもMCEが採用されないのは、そのメリットを打ち消すようなデメリットが、現状のMCEにはあると言える。

 前出のPCベンダ関係者は「MCEには自由度がない」というのが最大の理由だと指摘する。たとえば、スタート画面の問題がある。

 メディアセンターのスタート画面は、ブルーをバックにした画面となっている。PCベンダはメニューのリストに新しいメニューを追加することはできるが、PCベンダのニーズに合うように、壁紙を変更したり、メニューのフォントを換えたりということはできないという。

 日本のPCベンダは、ユーザーインターフェイスの独自性を重視するので、こうした部分を変えられないことに不満を抱いているという。「PCベンダが独自にMCEに実装されていない機能を実装しようとするとできないことが多い」(前出のPCベンダ関係者)という声は少なくない。

 また、そもそもMCEの価格自体がHome Editionに比べて高めに設定されているというのも問題だ。すでにDSP版が販売されたことで明らかなように、MCEの価格は、Professionalよりやや安価で、Home Editionよりは高価という設定。実際のPCベンダレベルでの差額は、DSP版のように千円単位ではないようだが、それでも数百円単位の差はあるという。

 「1円でも……」とコスト削減に取り組んでいるPCベンダにとって、現在Home Editionを採用している低価格なグレードに採用するのは難しいのは言うまでもない。

●エコシステムの立ち上げに苦労するMedia Center Edition

 そして、PCベンダ関係者が指摘しているMCEの最大の問題点は、MCEが悪いスパイラルに入ってしまっているという点だ。「MCEは昨年の時点でうまく立ち上がらなかったことで、悪いイメージがついてしまっている」(前出のPCベンダ関係者)と、そのイメージを克服することが重要な課題であると指摘する。

 この“悪いイメージ”は、具体的にはMCEがマイクロソフトの強みであるエコシステム(生態系)の構築がうまくいっていないということを意味している。

 なぜ、PCベンダはWindowsを採用しているのかと言えば、それはWindowsという“標準”の下に、無数のISV(独立系ソフトウェアベンダ)とIHV(独立系ハードウェアベンダ)が存在しているからだ。ISVは星の数ほどのWindowsアプリケーションを作り、IHVも星の数ほどのWindows対応ハードウェアを作成する。そして、それは安価にPCベンダに提供され、安価に魅力的なPCを作り上げることができる……こうしたエコシステムができあがっていることがWindowsの魅力だ。この点で、ほかのOSはWindowsに全くかなわない状態にあると言っても言い過ぎではないだろう。

 では、Windows XP MCE 2005の特徴といえる“メディアセンター”はどうかと言えば、残念ながら対応したアプリケーションの数も少ないし、対応したハードウェアもまだまだ少ない。つまり、日本のPCベンダが今自分で作り上げたAV用アプリケーションを捨ててまでMCE 2005に乗り換えるようなエコシステムができあがっているかと言えば、そうではないのだ。

 なぜ米国のベンダがMCEを採用しているのかといえば、彼らは自社でAVパソコンを開発してこなかったため、マイクロソフトが開発したものをそのまま使っていると考えるのが妥当だと思う。

 つまり、採用ベンダが少ない日本では、出荷台数がWindows XP Home EditionやProfessionalに比べて圧倒的に少数で、ISVやIHVも対応アプリケーションやハードウェアを作れる状況にない。そのため、ベンダはさらにMCEを採用しにくくなる、というスパイラルに入ってしまっている。それが、MCEの“悪いイメージ”だ。

●マイクロソフトに求められている役割は“鶏”か“卵”を作り出すこと

 繰り返しになるようだが、大手PCベンダ関係者の間でMCE 2005の評価は決して低くない。また、この連載で何度もMCEを取り上げてきたことからもわかるように、筆者個人としてもAVコンテンツの再生プラットフォームとして柔軟性があり、かつリモコンと10フィートUIで手軽に操作できる点を評価している。

 近い将来(それもここ1、2年)に、ユーザーが手軽にオンラインコンテンツを楽しんだりする時代がくれば、魅力的なプラットフォームになると考えている。

 最大の問題点は、すでに述べたように、エコシステムが構築できていないことだ。これは、常にこの業界で問題となる“鶏と卵”の問題であって、MCEという鶏が増えないから、アプリケーションやハードウェアという卵が増えないのだ。

メディアセンターに用意されているコンテンツ配信用のメニューであるメディアオンライン。11月15日時点では、Sonic SolutionsのPrimeTime(MCE用のDVD書き込みソフト)への紹介ページへのリンクしか用意されていない Windows Media Player 10ではMSN Musicなどプレミアムコンテンツ配信のサービスが開始されている 米国のMCEでは、このCinemaNowのようなプレミアムコンテンツ配信サービスがMCEから利用できるようになっている

 それでは、そうした状況を打開するためにどうしたらよいのか?

 “卵”を増やすアプローチをとるというのであれば、ISVやIHVに対して働きかけてソフトウェアやハードウェアを作ってもらうことは当然として、音楽配信や映像配信のプラットフォームとしての魅力を増していけばよい。

 メディアセンターには標準機能として、“メディアオンライン”という機能が用意されており、コンテンツサービスプロバイダがエンドユーザーに対してコンテンツ配信ができるようになっている。しかし、11月15日現在、日本のMCE 2005向けにはこのサービスは全く提供されていない。

 米国では、Windows Media Player 10向けに採用されているサービスがMedia Center Edition向けにも提供されていることを考えると、かなり寂しい状況と言える。これも考えてみれば当然で、ほとんどのWindowsユーザーが導入していると考えられるWindows Media Playerに比べれば、Media Center Editionのインストールベースは圧倒的に少ないからだ。この状況では、コンテンツプロバイダ側もサービスを提供しにくいと考えるのは致し方ないところだろう。

 だからこそ、ここはマイクロソフトが積極的に投資などをして、コンテンツプロバイダの参入を促す努力が必要だろう(そもそもマイクロソフトが運営している「MSN Music」までMCE向けサービスが提供されていないのはなぜなのだろうか……)。

 “鶏”を増やすアプローチをとるというのであれば、Internet ExplorerやWindows Media Playerでもそうしたように、“メディアセンター”だけを無償で配布するという方法もある。ただ、メディアセンターそのものはOSと非常に密接に結びついているので、単体で配布するのは現実的に難しいかもしれない。

 であれば、MCEをHome Editionと同価格でPCベンダに提供すればよい(あるいはHome EditionをベースにしたMedia Center Editionを作るなど)。そうすれば、PCベンダは付加機能がありそれに追加コストがかからないというのであれば、喜んで採用してくれるだろう。

 PC業界がマイクロソフトに求めているのは、“業界の巨人”として“鶏”なり“卵”なりを作り出すことだ。米国では、そもそもAVパソコンのようなソリューションが無かったので、MCEという“鶏”を作りだすことに成功した。

 日本では、残念ながらすでに別の“鶏”(AVパソコン)がすでに市場にあったので、MCEの居場所が無くなってしまった。したがって、別の手段を講じる必要があったが、それがうまくいかなかった。要するにそういうことだろう。

 この状況を覆すには、日本だけは別の価格体系をとる、あるいは巨額の費用をかけてMCE向けのコンテンツ配信サービスを充実させる、といった思い切った解決方法をとる必要があるのではないだろうか。MCEの持つ可能性を評価している筆者としては、今後マイクロソフトが思い切ったマーケティング戦略に打って出ることに期待したいところだ。

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【10月13日】Windows XP Media Center Edition 2005搭載PCを自作する(後編)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/1013/ubiq80.htm
【9月29日】Windows XP Media Center Edition 2005搭載PCを自作する(前編)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0929/ubiq79.htm

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(2004年11月18日)

[Reported by 笠原一輝]


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