山田祥平のRe:config.sys

10フィートユーザーインターフェイスとリモコン



 マウスとキーボードは、パソコンと対話する上で欠かすことのできないデバイスだ。けれども、昨今は、それにリモコンが付け加わろうとしている。

 10フィートユーザーインターフェイス、すなわち、パソコンの画面から約3メートル離れての操作を想定した操作方法が、新しい世代のGUIとして注目されるようになり、そこでは、ランダムなオブジェクト指向よりも、シーケンシャルなメニュー選択がよいということになっているらしい。

●キーとボタンのインターフェイス

 実をいうと、ぼくは、リモコンが苦手だ。機能がひとつひとつのキーに割り当てられているために、操作するときに、どうしても、手元を見なければならないからだ。

 ちなみに、うちのDVDレコーダーのリモコンには55個のキーが装備されている。これだけの数のキーがあっても易々と操作できる猛者も少なくないようだが、それにためらうということは、年をとったということなのだろうか。

 リモコンや携帯電話に装備されたキーは、キーというよりも、形状、機能性を含め、どちらかといえばボタンに近い。ボタンは押すものだから、押しっぱなしにしても何も起こらない。たとえば、電話番号の入力時に、特定の数字を押し続けても、番号はひとつしか入力されないのだ。

 パソコンのキーボードは違う。キーにはリピート機能があって、特定のキーを押しっぱなしにすると、連続してそのキーが何度も押されたものと見なされる。だから、本当は、ボタンと違って、キーは押すのではなく、叩くと表現したほうがわかりやすい。これは、キーボード操作に慣れていない初心者が陥りがちなトラブルだ。

 ともあれ、携帯電話のボタンも、ぼくは、ボタン表面の印字にたよらなければ入力ができない。ところが、少なくとも、ぼくの携帯電話のボタンは、見られることを前提に作られていない。

 というのも、表面の光沢加工が光を乱反射して表面の印字の視認性を損なっているのだ。かといって暗闇だとよく見えるかというと決してそうではない。今度は自光照明が暗すぎてよく見えない。

 以前使っていた携帯電話はキーの表面がツヤ消しだったので、こんなことはなかった。携帯電話の液晶がモノクロからカラーになって炎天下での視認性が著しく落ちてしまったのに加えて、今度はボタンまで見にくくなっていく。いったい技術の進化は、どこまでモノを使いにくくしていくのだろうか。

 キーの視認性など、最初に製品のモックアップを作る時点ですぐに判明するはずだ。つまり、そもそも、キーが見られることが想定されていないのだ。実際、携帯電話のデザインに携わっている人に聞いてみたことがあるが、視認性を犠牲にしても、とにかくキラキラしていないと、ショップの店頭で目立たないため売れ行きに影響するのだという。

 たった25個しかボタンのない携帯電話でさえそうなのだから、その倍近いボタンが用意されたDVDレコーダーのリモコンを、タッチメソッドで使うのは不可能だ。

 ブラインドタッチができるはずのパソコンのフルキーボードでも、真っ暗闇では叩くのに苦労する。ホームポジションから指が出張しなくてもすむ文字キーはともかく、遠く離れたファンクションキーなどは、薄暗いところでは、目的のキーを指が探す。そういうものなのだ。ノートパソコンの液晶バックライトも、意外にキーボードは照らしてくれない。

 その点、画面は常に明るい。ポインティングデバイスを動かせば、画面上でポインタが移動する様子ははっきりと見える。だから、どんなに初心者でも、ポインティングデバイスを操作するときに、デバイスそのものに視線を向けるユーザーは見たことがない。まなざしは、常に、画面に向けられている。

 だから、うまくポインタが動いてくれないと、夢中になって、マウスを机の上からはみ出させてしまったりするわけだ。宙に浮いた状態のマウスが底面のセンサーで移動を検知できるはずがない。仕組みをわかっていれば簡単なことだが、初心者にはなかなか理解しづらいだろう。

●モーダルとモードレス

 リモコンや携帯電話のボタンのうち、もっともよく使うのは上下左右の方向ボタンだ。さすがのぼくもこれだけはブラインドでタッチできる。しかも、ほかのボタンと違って、リピート機能もついている。

 方向ボタンの役割は、矢印方向にフォーカスを移動することだ。メニューの選択などにはわかりやすいが欠点もある。1の次はたいていが2で、その次は3、4、5と続く。だから、1から5にフォーカスを移動するには、多くの場合、4回もボタンを押さなければならない。これがポインティングデバイスならスッとポインタを移動して、一度のクリックですむ。ところが、それではわかりにくいという感覚もあるわけだ。

 秘密はモードにある。たとえば、スタートメニューを開くとき、スタートボタンを押してメニューの階層をたどる間、ぼくは、マウスの左ボタンから指を離さない。Windowsの仕様としては、ここでボタンから指を離してもかまわないようになっている。メニュー選択のときも同様だ。ファイルメニューから名前をつけて保存を実行するようなときにも、ずっとマウスのボタンは押しっぱなしだ。

 こういう操作をするのは、自分自身が、メニュー選択というモードの中にいることを明確にするためだ。ユーザーインターフェイスの世界では、こういう操作の違いを「モーダル」、「モードレス」という言葉で表現するらしい。

 モーダルなユーザーインターフェイスとして代表的なものに、ダイアログボックスがある。ダイアログボックスが表示されている間、それを呼び出したプログラムは、いっさいの入力を受け付けない。このとき、プログラムは、プロパティの設定などのモードに入っているからだ。これがモーダルなダイアログボックスである。

 かつて、Lotus Super Officeの各アプリケーションは、このモーダルなダイアログボックスがわかりにくいとし、書式設定などのダイアログボックスを、すべてモードレスにした。ダイアログボックスを閉じなくても、設定はダイナミックに編集画面に反映され、開いたままでも編集作業を続行できる。この改革は斬新だった。

 ぼく自身の感覚としては、ポインティングデバイスでの操作はモードレスで、リモコンや携帯電話の操作はモーダルだ。ところがWindowsは、モードレスの世界に、モーダルな操作を折衷している点で潔くない。

 一方、AV機器のリモコンは、本当なら方向ボタンだけで操作ができるのに、実際にひとつのボタンにひとつの機能を割り当てていった結果、55個などという馬鹿にならない数のボタンを装備しなければならなくなってしまっている。こちらは、メニュー選択というモーダルな操作の中に、ダイレクトに機能を選択できるモードレス操作を折衷した結果だ。

 ある意味でモーダルな世界に徹している携帯電話は、現時点でもっとも潔いといえるかもしれない。それとも、コンパクトであることが求められなければ、ボタンの数はどんどん増えて、モードレスな操作が装備されるようになるのだろうか。キーの数を増やさずに機能を増やすために、長押しという概念を取り入れているところを見ると、本当は、モードレスな方向に行きたがっているようにも感じる。

 いずれにしても、リモコンが主役になってしまうようでは、10フィートユーザーインターフェイスは一種の退化じゃないだろうか。家電とPCの融合は大歓迎だが、迎合はどうかと思う。アッと驚くような、誰もが使いやすく感じる進化を遂げた画期的な操作デバイスは、もう登場しないのだろうか。


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(2004年10月22日)

[Reported by 山田祥平]

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