シャープが、パソコン事業で新たな一歩を踏みだしはじめた。 それは、今年5月に発表した夏モデルから、同社パソコンのブランドであるMebiusの「メビウスの輪」のデザインが、同シリーズ発売以来初めて変更されたことにも象徴される。その点だけをとっても、第2ステージへと突入しはじめたことがわかるだろう。 では、新たな一歩とはなにか。 ひとことでいえば、パソコン事業においても、シャープの強みである「液晶」を徹底的に活用しようというものだ。そして、それを具現化するための組織が、今年4月に新設されているのである。 液晶IT事業部。液晶モニタ事業部門と、パソコン事業部門を融合して新設した同事業部門の狙いは、同組織の英文表記に込められているといえる。 液晶IT事業部を英文で表記すると、「LCDベースド・コンピューティングシステム・ディビジョン」。つまり、今後のパソコン事業は、液晶をベースにして推進しようというわけだ。「液晶のシャープ」としての強みを生かした事業展開を開始することを明確に示した組織名だといえよう。 ●液晶で勝負する姿勢を明確に示す
シャープにおいて、液晶をベースとしたパソコン事業の片鱗は、少しずつ具現化しはじめている。 例えば、5月に発売したXVシリーズは、500cd/平方mという高輝度を実現したASV方式ピュアクリーン・ブラックTFT液晶を搭載。店頭で並んで展示される様子を見れば、その液晶の明るさは、他社との明確な差になって表れている。 また、A5サイズモバイルパソコンのPC-CV50に搭載した7.2型ワイド液晶は、屋外で使用することを前提として、晴天時でも比較的見やすく表示するための工夫を凝らすといった差別化に取り組んでおり、液晶技術におけるシャープならではの優位性を発揮した製品づくりが徐々に形になってきている。 新組織によって、この方向性がさらに加速するのは間違いがないだろう。そして、同事業部においては、このほかにもいくつかの新たな動きが出始めている。 ●事業部内事業部となるパソコン事業推進センターを設置 ひとつは、設計、開発、調達、生産、販売体制に至るまでのサプライチェーンの見直しだ。 同社では、今年4月の液晶IT事業部の新設に伴い、同事業部内に「パソコン事業推進センター」を設置した。 20代、30代の社員で構成される同センターは、社内的には、シャープ初の「事業部内事業部」と位置づけられるもので、実質的には独立採算性での事業推進を前提としている。 同センターは、設計から販売までのサプライチェーンにおいて、コスト削減、スピード化といった事業改革とともに、製品企画、開発、生産といった物づくりにまでタッチしており、シャープのパソコン事業を根本から見直す役割を担う。 さらに、シェア拡大も同センターの重要なミッションのひとつと位置づけられており、コスト削減、利益確保とともに厳しいシェア目標が設定されている。具体的には、ノートパソコン市場における現在6%のシェアを早期に10%にまで引き上げる考えだ。 同社では、「当社の現在のシェアや、置かれた位置づけを考えれば、シェア拡大と利益確保は同時に進めなくてはいけない課題だ」として、競合する大手パソコンメーカーが、ここ数年に渡って利益確保優先の事業戦略を推進しているのとは異なる姿勢で臨んでいる。 だが、パソコン事業推進センターの存在が、社内に危機感と緊張感、他部門との連携という新風を送り込んでおり、同社の今後の製品づくりにも大きな影響を与えるのは間違いなさそうだ。 もうひとつ見逃せないのが、液晶IT事業部において、異なる部門から数多くの人材を集めていることだ。 例えば、液晶IT事業部を統括する情報通信事業本部・中川博英本部長は、かつてのMZシリーズに携わったのち、最近3年間に渡り、中小型のシステム液晶モジュール事業に携わった経験をもつほか、液晶IT事業部の谷口実事業部長は、3月まで6年間に渡りシャープスペースタウンを担当していた、シャープには数少ないインターネットビジネスの経験者。 また、戦略的組織であるパソコン事業推進センター・笛田進吾所長も営業部門で高い実績を持つ切り札的存在。さらに、現場では液晶テレビのAQUOS部門の技術者との交流、配置転換なども進められており、これまでパソコン事業部門だけに閉じていた組織づくりから、あらゆる部門の「血」が入り込むような組織体制となった。 また、従来、奈良県・大和郡山の事業場内に点在していたパソコン事業部門を、4月からの液晶IT事業部への移行に伴い、5月からは全社員を1フロアに集結。すべてのパーティションを取り払うことで、社員間の連携を取りやすい環境とした。 まさに、新たな組織体制で、シャープの新たなパソコン事業がスタートしたともいえるのだ。 ●外部のデザインを積極的に採用 シャープのパソコン事業の変化はデザインにも表れている。 これまでは社内のデザイナーによって行なわれていた製品デザインを、CV-50では、パソコンとしては初めて外部デザイナーを登用した。デザインを担当したのは、独フェニックス・デザインのトム・シェーンヘル氏である。 モバイルパソコンは、持って歩く際のデザインが重視されるが、CV-50では持ち歩くことを前提とすることによって、社内のデザイナーでは考えつかないような、驚くようなデザインが採用されたといえる。 例えば、シャープにとって、液晶は、見やすさとともに、いかに薄くするかが大きなテーマ。当然のことながらデザイナーもそれを前提としたデザインをする。だが、シェーンヘル氏がCV-50で採用したデザインは、天板の中央部分を盛り上げ、液晶の薄さよりも、女性が持つ化粧用のコンパクトのようなデザインを生かした。 また、一般的には液晶を大きく見せるために、狭額デザインを採用するものだが、CV-50では広めの額を採用し、これまでのパソコンとは一線を画するデザインとしている。 こうした外部のデザイナーを採用することで、社内では生まれにくいデザインの製品を投入し、ラインアップの幅を広げていく取り組みにも積極的に取り組んでいるのだ。ここにも、従来には見られなかったシャープの挑戦があると言っていいだろう。
●シャープが目指すデジタルAVノートパソコンとは こうした新たな体制の下で、シャープはパソコンの新たな方向性を模索しようとしている。それは、デジタルAVノートパソコンである。 これまでのシャープのパソコンのイメージは、「モバイル」であったといえる。Mebius MURAMASAに代表されるように、薄型軽量のノートパソコンが、シャープの代名詞ともいえた。 だが、今年秋以降、同社のパソコン戦略は、デジタルAVノートへと転換することになりそうなのだ。 同社情報通信事業本部・中川博英本部長は、「これまでのイメージをモバイル9割とすれば、今年秋以降はモバイル3割、デジタルAV7割という戦略へシフトチェンジしたい」と話す。まさに、方向性の大転換である。 液晶IT事業部の英文名で示されるように、シャープが今後推進するパソコン事業のベースを液晶とするのであれば、その威力を最大限に生かせるのが、デジタルAV分野への取り組みであるのは明らかだ。さらに、各組織との融合戦略により、液晶テレビ事業で培った絵づくり、AV事業で培った音づくりのノウハウがパソコン事業に生かせるというわけだ。 また、ホームサーバー「ガリレオ」も、これまでのセットトップボックスタイプのスタイルだけに留まらず、液晶との組み合わせによって、新たな形へと進化することも容易に想像できる。 すでにデジタルAVノートを主軸とした事業戦略の仕込みは始まっているといっていいだろう。 シャープの新たなパソコン事業体制によって繰り出される製品は、今年秋以降が本番となりそうだ。 □関連記事 (2004年7月2日)
[Text by 大河原克行]
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