三浦優子のIT業界通信

IT系専門誌サイト「f/x」が示すもの


 面白いサイトがある。「f/x IT media tank」。“IT系メディアのバーティカル・ポータル”という通称の通り、IT系メディアの動向を俯瞰したサイトである。

 このサイトを見ていると、IT系メディアの動向を把握することができる。IT系媒体の発行部数、新しい雑誌の創刊、編集長の交代、媒体特性の変更、そして廃刊……IT系メディアに携わる人が多い筆者の周辺では、このサイトを定期的にウォッチしている人が少なくない。

 ある人は面白半分に。ある人は、「新媒体を立ち上げるんで、媒体概要を掲載してくれるよう頼んできた」と戦略的に。ある人はプレゼンテーションに利用する情報収集用に。

 利用方法はさまざまだが、「一体、どんな人が、どんな目的でやっているサイトなんだろう」という興味は共通していた。

 筆者自身もこのサイトには、興味があった。果たして、このサイト運営者は、どんな目的でITメディアを俯瞰しているのか。


●当初は自分の備忘録のつもりでサイトをスタート

f/x IT運営者 舩津章氏

 「いやあ、何も考えないでサイトを作っているんで、実際に話を聞いたらがっかりされちゃうんじゃないかと思いますけど」

 苦笑いをしながらそう話すのは、このサイトの運営者である舩津章氏。本業は広告代理店を営む。

 「決して、戦略的に運営しているサイトじゃないんですよ。自分自身が好きだからということと、起こったことをきちんと覚えていられないので、自分自身の備忘録代わりにこのサイトを活用しているんです」

 備忘録代わりにというのは本当らしい。「このサイトはいつからスタートしたんですか」という質問を投げると、「えーっと、いつだったかなあ……」とサイトを見直す。その結果、ドメインを取得したのは2000年の3月で、その前身となるメールマガジンを開始したのは'99年12月であることが明らかになった。

 「個人でホームページをもつようになったのは'96年頃でしたが、当時は独自ドメインではなく、プロバイダーの内部でサイトを作っていました。まだ自分で広告の仕事を始める前、会社員だった頃ですね」

 自分で独立する以前、舩津氏はIT系に強い広告代理店に勤務していた。そして、広告代理店時代を次のように振り返る。

 「自分にとっては10個目の会社だったが、性に合っていたんでしょうね、そこの会社には平成2年から6~7年はいたと思います。次の会社でも、IT系専門誌の広告代理業務をしていましたから、自分で仕事を始めるまででも10年間以上、この仕事を続けてきました。今では、専門広告という仕事は、自分の天職だと思います」

 10個目の会社に腰を落ち着けたのは、「それまで勤務していたのが印刷業など、広告代理店にノウハウを生かすことができる業務であることも幸いした」からだとはいうが、子供の時から身近にコンピュータが存在し、一読者として専門誌を読み続けていたという歴史があったことも見逃すことはできない。

 「子供の頃、使っていたのはシャープのMZシリーズ。当時の状況を考えれば、NEC製品を使いそうなものだけど、僕自身はNEC派ではなく、シャープ派でしたね。もっとも、買ったのは僕ではなく、父親だったんだけれど(笑)。当時は『Oh!mz』とかを趣味で読んでいました。『ログイン』の創刊号にワクワクしたり……」

 子供の頃から、コンピュータが身近にある環境ながら、「自分でプログラミングを手掛けると、ああ、自分には向いていない」と思ったという。あくまで、趣味としてコンピュータと向かい合うというのが最適だったということなのかもしれない。そうなると、まさにコンピュータをはじめとしたテクノロジーと向かい合いながらも、プログラミングをはじめとした技術そのものを作るという仕事ではない、現在の広告代理店業務が天職だったというのも頷ける。

 しかも、それだけコンピュータとのつきあいが長いだけに、他の担当者が喜ばない、言語系の媒体や広告主を担当することも苦痛ではなかった。広告代理店に勤務した当初は、言語や開発系の媒体や広告主を担当していた。

 「現在、担当しているところも、言語や開発系のツールを作っているところが多い。こうしたベンダーの製品については、誰よりも深く理解しているという自負があるからこそ、一人でも仕事をしていくことができるのだと思っている」


●広告がなければ媒体は成立しない!それなら正確な部数が欲しい

f/xのホームページ
 しかし、広告代理店の業務と、f/xというサイトが出している情報を見ると、必ずしも利害が一致するとは限らないのではないかとも思える。

 f/xには、各IT系媒体の発行部数の推定や、雑誌や新聞の発行部数を調査する社団法人 日本ABC協会の調査による発行部数の紹介など、媒体にとっては刺激的なデータも並んでいるからだ。

 実際にサイトへの批判めいた意見も少なくない。「なんで、こんなことを明らかにするんだ」という厳しい意見が実際に寄せられたことも何度もある。

 にもかかわらず、このサイトを続けるのは、「根底にあるのは専門誌が好きという気持ちがあるのだと思う。大好きな専門誌が、不透明な数字に踊らされて不透明な立場となっていくのは、決して専門誌にとってはプラスではないと考えている」からだ。

 もちろん、媒体を計る上で、部数という数字が大きくものをいう世界があることは否めない。例えば、取材を行なうにあたっても、発行部数が多い媒体から取材が優先されるという現実もある。広告であればなおさら、部数の多い媒体が優遇されることが現実だ。

 だが、「数字だけでは、計れない価値をもっているのが本来の専門誌なのではないか」と舩津氏は指摘する。

 「専門誌とは、その名の通り、ある分野に特化したもので、あらゆる人が読者対象ではない。そのかわり、広告を出すにあたっても、ターゲットに適した読者だけが読んでいるという約束が成り立っている。にもかかわらず、現在のIT専門誌はITバブルの影響で、本来の専門誌を読む人よりも多い読者を想定してしまっているのではないか。その結果、本当とは違う読者数が踊ってしまっている。これは決して専門誌にとってもプラスではない」

 特に広告を担当してきた立場から、「媒体を支えているのは、編集担当、広告担当、そして営業と全ての部署であり、それらの部署全てが一体にならなければ、媒体を大きく伸ばしていくことはできないのではないか」と指摘する。

 媒体というと編集部分のみがクローズアップされることが多いものの、収益の点からも広告抜きに成り立っている媒体はほとんどない。そうした現実を考えれば、「広告を出す側に信用を与える、正しい部数情報が出るのが望ましい」と舩津氏は主張しているのだ。


●嘘のない部数の公表は実現できるか

 f/xのニュースコーナーを見ると、ABC協会が調査した昨年下期のIT系メディアの発行部数一覧が掲載されている。ほとんどの媒体が部数減となっている厳しい数字が並ぶ。

 しかも、日本雑誌協会では、出版社の自己申告部数ではなく、印刷会社が証明する印刷部数による発行部数掲載するとの方針を打ち出している。部数減に悩む媒体にとっては、発行部数を明らかにすることに抵抗を感じるところも多いだろう。

 「この件に関するasahi.comの記事では、少部数でも購買力のある専門誌が部数の公表に消極的になっているというと書かれていた。この部分を最初に読んだ時、よく意味がわからなかった。本来は購買力があるのであれば、部数だけには頼らないとなるのが本来のはずなのに……」と舩津氏はクビを傾げる。

 「少部数ではあるが、根強い読者を抱えているのが専門誌の強みであるはずなのに、その強みをアピールできていないということではないか」

 確かに、ブームが一巡した現在、IT専門誌は曲がり角を迎えている。それだけに数々の媒体の動向は、外野としても気になるし、当事者達もナーバスになっているところだろう。

 舩津氏は、「出版業もサービス業ではないか」と問いかける。この意見には、反論もありそうだが、特に専門誌の場合、読者と作り手の距離がファッション誌やビジネス誌に比べ、明らかに近いはずだ。専門誌ならではの、読者への応え方を考え直さねばならないタイミングに差し掛かったのかもしれない。

□f/x IT
http://www.fx-it.com/
□日本ABC協会
http://www.jabc.or.jp/

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(2004年5月27日)

[Text by 三浦優子]


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