以前予告していたように、国内で唯一のPalm OS搭載デバイスを製品化しているソニー・ハンドヘルドコンピュータカンパニーのプレジデント吉田雅信氏に、新製品「クリエ PEG-TH55」を起点にしたインタビューを受けていただいた。 実は吉田氏とは昨年、キーボード付きのクリエPEG-UX50の時にもお話をさせていただいたことがある。当時、吉田氏は「来年、新しいコンセプトを盛り込んだPDAを発売する。すべてが揃うのは、その次の年(2005年)になるが、そのときにはきっと気に入ってもらえる製品を出せるはず」と話していた。 今回のインタビューは、そのときに話していた“来年の新しいコンセプトを盛り込んだPDA”が、TH55ではないか? と思ったことから端を発したものだ。完成形が2005年になるとして、その一端として製品に組み込まれたのが、オリジナルPIMソフトの「クリエオーガナイザー」だろうと考えたからである。 ●TH55は“新しいクリエ”の第1弾
PEG-TH55は、吉田氏が昨年話していた新コンセプトのクリエなのだろうか? まずはストレートに尋ねてみることにした。 「クリエには、今後もさまざまなアプローチを盛り込んでいきますが、TH55はそのうちのひとつを盛り込んだ製品です。その心は無線LAN内蔵などのハードウェアパッケージではなく、ソフトウェアにあります。クリエオーガナイザーは、紙の手帳を置き換えるために、どのような機能、ソフトウェアが必要か。そのコンセプトに対する解決策を組み込んだ、先駆けとなる製品です」。 クリエオーガナイザーは手書きメモや画像の貼り付けなど、これまでのPalm OS系ソフトウェアにはないメディアリッチな機能が組み込まれている。高解像のディスプレイを活かしてソフトウェアを再設計しているため、情報の見通しも大きく改善された。では吉田氏はこれで満足しているのか? 「いえ、個人的には考えている機能の1/3しか達成していないと思っています」。 「誤解を恐れずに言えば、PDAというデバイスはAppleのNewtonにはじまり、その後多くの製品が登場していながら、たいした進化はしていません。その間、ハードウェアは大きく進化しました。メモリも当時からは考えられない量を積み、プロセッサも高速になっているのに、商品としてのまとめ方はほとんど変わっていないのが実情です」。 「そこで我々は、PDAを“ある意味における家電化”することを目指しました。自分自身で考えながら使いこなすのではなく、ボタンを押すだけ、○○するだけといった手軽さです。今回のターゲットはPDAのPIM機能を紙の手帳にどこまで近づけることができるか? でした。普段、手帳で普通にやっている使い方をそのまま電子化するというアプローチです。一番最初にPIM機能に手を付けたのは、PDAにとって一番基本的な機能だからです」。 PDAを家電的に使いやすくしようと考え、その一歩目として独自に開発を進めたクリエオーガナイザー。今回の製品で、吉田氏のいう“新しいコンセプトのクリエ”のうち、PIM部分に関しては一応の完成に至ったと考えていいのか? ●PDAはまだまだ“使いこなしが難しい”製品 「いえ、まだ完全に満足したわけではありません。コンセプト実現の入り口に立ったところです。我々はクリエシリーズを3年半前に始め独自に進化させてきましたが、その中で進化を封印した部分があります。それこそがPIMの部分でした。PIMの基本部分はPalm OSに含まれていましたから、そこには手を付けず、(Palm OSには無かった)エンターテイメント機能を付加していくことに力を注いできました」。 「エンターテイメント機能を充実させ、PDAをより楽しい製品にすることで、PDAの購買層が広がってくれないか? そう考えたからです。しかしお客さんの反応を見ていると、ビデオや音楽は充実させても購買層は広がっていません。クリエ単独はともかく、PDA市場全体を見渡すと、むしろユーザーが減っていました。そこで“これはアプローチ変えないといけない”と気付き、根っこの部分から改革を進めたわけです」。 「ではどのように変えるべきか? 1年前に出た結論は、“デジタル技術で手帳を作ること”でした。実は、クリエの事業を開始した当初から、現場のエンジニアからは、独自の使いやすいPIMを開発したいという声がありました。そこで、それまでの開発リソースをPIM開発に振り分け、独自PIM開発の封印を解いたのです」。 では、クリエオーガナイザーの最初のバージョンをリリースしつつ、まだ不満だと感じている部分。吉田氏は、どの部分を不足と感じ、今後の開発の課題としているのか。 「クリエオーガナイザーは、画像を貼り付けたり、手書きイメージを直接埋め込んだりと、コンセプトの“さわり”の部分は実装しています。しかし、我々はもっとマルチメディア化を図るべきだと考えています。また、携帯電話機能など通信インフラとの統合も課題として持っています」。 「また、操作面、使いこなしに関しても難しいところはあると認めざるを得ません。文房具屋で手帳を買って、ペンで情報を書き込んで再利用する。そうした使い方と比べられるぐらいに簡単になるには、まだまだ多くの作業が残っています。たとえば、Palm DesktopやIntelisync for CLIEなどPCとの同期ソフトも、その扱いは一般ユーザーには難しい。最終的には、“PDAとはどのような製品なのか”を知らなくてもいいぐらい、簡単な製品にしたいと思っています」。 ●Palm OS 6の採用は慎重に進める ターゲットとする市場の違いはあるものの、ライバルと目されるPocket PCと比較した場合、PCとのデータ同期、サーバとの直接同期といった面で、クリエは遅れを取っているように見える。 「“PC”は、すでに立派な社会インフラになっています。(PDA単独での完結を考えるのではなく)PCとのより良いシンクロ機能がなければPDAは成り立ちません。ところが、PDAについてきちんと理解し、データ構造の違いなどを知っていないとうまく同期ができない。クリエオーガナイザー for PCを開発しましたが、これはユーザーから見える部分の演出は変化していますが、同期システム自身の中身は変わっていません。もちろん、ユーザーが利用することの多いサーバとの直接同意などもサポートし、簡潔さを飛躍的に進化させる必要があります」。 メールやスケジュール、アドレス帳などをサーバと直接同期したり、より柔軟な同期エンジンを組み込むなどの対策を施すには、現在のPalm OS 5は柔軟性に欠ける面がある。より多くのシステムとの統合を意識し、根本的なアーキテクチャに手を入れたPalm OS 6(Cobalt)を採用する必要があるのではないか? 「Palm OS 5は、OS 4を忠実に移植することに優先度が置かれていました。パフォーマンス面ではARMのネイティブコードが走っていないなどの問題があり、信頼性の面でも堅牢な構造を取っていません。しかし、Palm OS 6はMacで言えばMacOS Xのようなものです」。 「確かにPalm OS 6は、技術的な進歩という面ではかなり力の入ったOSで、ヘビーユーザーや企業ユーザーには、パフォーマンスや堅牢性、柔軟性で大きなメリットをもたらすでしょう。しかし、“一般ユーザーにとって簡単なシステム”になったわけではなく、その部分は別途、積み上げていかなければなりません。Palm OS 6は、まずは企業向けで成果を上げるOSです」。 「従って、ソニーは急いでPalm OS 6を導入することはしません。Palm OS 5の上で、クリエオーガナイザーをはじめとする“ソニーの作った皮”をもっともっと良くすることを目指します。PDAの家電化を目指すと言いましたが、そのためにPalm OSが持つユーザーインターフェイスではなく、クリエ独自の“顔”を見せたいと思っていからです」。 ではどのような手段で、同期をよりスマートな方法へと変えていくのか? ソニーとしてPalm OS 6搭載機はやらないということなのだろうか? たとえば、クリエ独自のソフトウェアを積み上げていくとして、その開発はどのOSバージョンをターゲットとしているのだろう。 「企業向けにはPalm OS 6が有効でしょう。実は企業向けにクリエを活用するためのセミナーも、ソニーマーケティングのB2B営業部隊がビジネスユーザーに向けて行なっており、そちらでPalm OS 6を案件に応じて使うことはあるかもしれません」。 「しかしコンシューマ向けクリエは、OSのバージョンに依存しない使い勝手や価値があると考えています。そこで考えているのは、携帯電話サービスとクリエの統合です。ワイヤレスで。アジェンダとしてはスマートフォンは入れている。技術的な準備は進めていますし、その分野に対する熱意は非常に大きなものです」。 Palm OSベースのスマートフォンは、海外ではいくつも事例がある。ソニーから日本市場向けに登場すればインパクトはあるかもしれないが、新しい切り口とも言えないように思うが? 「米国であれば、ハンドスプリングのTreoがあります。しかし、我々はTreoが“携帯電話とPDAの融合”というテーマを完全には消化し切れていないと見ています。中途半端というのが率直な感想です。自惚れているわけじゃありませんが、ソニーが培ってきた“家電ベンダーのセンス”があれば、もっと製品コンセプトを磨き上げることができる。Treoの二番煎じにはならないことは約束します」。 ●今年は量より質で勝負の年 PDAの“手帳化”が、吉田氏が考える新しいクリエに対する想いの1/3を実現したのだとすれば、残りの2/3はどうなるのだろう? 「手帳という基礎ができたら、その後はAV系のアプリケーションセットも必要になるでしょう。AV系の新アプリケーションも、単体プレーヤを搭載するなどのアプローチではなく、クリエオーガナイザーで行なったように複数の機能をシームレスに連結・統合します。これが1/3。さらに残りの1/3は、前述した通信サービスとの統合です」。 「たとえば現在の状況を見渡すと、PCでのインスタントメッセージ、携帯電話のショートメッセージ、複数種類のメールサービスなどなど、様々なネットワークサービスが多数混在しています。それら通信サービスを共通のフロントエンドとして統合します。また、各アプリケーションセットの中で閉じるのではなく、それぞれの間で密な連携が取れる設計を行なっています」。 最後に、今年のクリエシリーズがどのように展開されるかを聞いてみた。TH55で初めてクリエオーガナイザーが搭載され、その後のアプリケーションセットがどのように加えられていくのか? 「未発表の製品に関して、この場で案内はできませんが、怒濤の商品群を続けざまに出していく時期は卒業しました。年内の新製品はありますが、量よりも質で勝負したいと想っています」。 「ハードウェアの面では、液晶パネルをねじったり、折りたたんだりと、ギミックに凝った時期もありました。しかし、ユーザーからの反応は、少しサイズが大きいとか、使いやすくないという話もあり、逆にギミックのないストレートな実装のTH55が高い評価を受けています。様々な案の中から、厳選したモデルをリリースしていきますよ」。 「1年前に見直しを初めてから、我々の開発チームは様々な基礎的な部分を、個々の開発者自身が掘り下げてチューニングを行なえるようになってきました。たとえば、TH55の無線LANアクセスはさくさくと動作しますが、消費電力は非常に小さい。以前の実装では、今よりも消費電力が大きく、パフォーマンスも低かったのですが、スペックを満たすだけでなく、そこから自分自身が納得のいくレベルにまでチューニングを行なっています」。 ラインナップの面では、NX系が少々古くなり、新製品への切り替えを期待しているユーザーもいるようだ。 「様々な要素を詰め込んだNX系の製品は、まだ収束していないと個人的には思っていますが、あれほど大げさなメカが良いとも思っていません。ですから、NXの直接の後継モデルはないでしょう。しかし、キーボード付きのモデルは新しいものが投入されます」。 □関連記事 (2004年3月29日) [Text by 本田雅一]
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