ホームネットワーク。そんな言葉が使われて久しい。Universal Plug&Playが話題に上り始めた'98年頃は、まだ家庭におけるデジタルメディアの普及は限定的で、シロモノ家電へのネットワーク機能搭載など、実験的な動きはあったものの、ホームネットワークがどのようなものになるのか。リアルに想像することは難しかった。 ホームネットワークが再び脚光を浴び始めたのは、'99年以降になってから。無線LAN技術の普及や高速化の見込み、各種コンテンツのデジタル化、技術的な進歩によるデジタル家電の高性能化などの要因がホームネットワークへの期待を加速させたからだ。 '99年春、パームスプリングスで行なわれた春のIDFでは、当時デスクトッププラットフォームを担当していたIntelのパット・ゲルシンガー氏が、IEEE 802.11a/b技術のPCへの取り込み、デジタル家電との接続、そしてPCと家電の融合に向けてソニーとの提携を行なう意向を発表していた。 それから早4年が経過した。果たして悲願の“ホームネットワーク市場創出”は準備万端ととのったのだろうか? ●立ち上がりそうで立ち上がらないホームネットワーク市場 ホームネットワークを構築し、様々なデジタルメディアを共有。PCの持つパワーと大容量、家電の持つスマートさ、使いやすさ、A/V品質の高さを互いに活用できる環境を整える。そんなことを'90年代に思いついた人は多かったハズだ。
実際、'98年ごろにはUPnP対応ラジオ、ネットワークMP3プレーヤの試作機が登場していたし、2000年になると以前この連載で紹介したこともあるTurtle Beachのネットワークオーディオプレーヤも発売された(今でもこの製品、AudioTronは我が家のリビングルームにある)。成功したとは言えないものの、2002年にはバイオMXとルームリンクが登場し、テレビやビデオをネットワークで見る時代になった(ちなみにルームリンクも発売直後からリビングルームに鎮座している)。 昨年になると、こうしたネットワークプレーヤを構築するためのコストが急激に下がり、台湾メーカーや日本のPC周辺機器ベンダーからいくつも製品が登場したのはご存じの通りだ。再生品質や使いやすさ、安定性などを求めていると、なかなか“コレ”という選択は難しいが、'90年代終わりから実験的な製品が続いてきたこの手の製品も、ずいぶんこなれては来ている。 しかし、これらの製品が一部へのウケが非常に良いにもかかわらず、ホームネットワークでデジタルコンテンツを共有する使い方は、未だにマニアの世界から抜け出せていない。 自宅でネットワークを組む事自体がマニアック。なんとなく難しそう。世の中、まだそこまでデジタル化していない。様々な意見があるが、ここ4年ほどホームネットワーク製品を使い続けてみて、以下の3つが問題だったように思う。 まずほとんどの製品が、PCを前提にした製品作りをしていることだ。PCがサーバ役をするというのは、選択肢のひとつとして必ず入っているべきだとは思う。PCのパワーがあれば、デジタルコンテンツのフォーマットをトランスコードすることも可能だろうし、大容量のハードディスクはデジタルコンテンツを蓄積するのに好都合。 しかし、他の選択肢がないというのは困る。これが僕の自宅なら、仕事用に常時稼働しているサーバが置かれているが、普通の家庭でPCを常にオンにしたままじゃなければ使えないとなると敬遠する人の方が多いだろう。 次に相互接続が全くといっていいほど考えられていないことも挙げられる。いや、全く考えられていないわけではない。ごく一部の製品はUPnPのプロセスを通じて、機器同士が通信しているし、いくつかの用途に関してはUPnPのベーシックな取り決めの上に、アプリケーションを実現するための標準的な手順を実装している。UPnP A/VやUPnP Remote I/Oといった手順がこれに相当する。 しかし、実際にはうまくいっていない。たとえば、前述のソニー ルームリンクは写真共有以外、UPnP A/Vに準拠している製品だが、同じくUPnP A/VをサポートするPhilipsのPC用サーバソフトとの互換性は完全なものではない。同様に静止画、動画、音声のフォーマットに関して、何ら規定されていないことも問題かもしれない。ホームネットワークを構築し、1カ所にコンテンツを置いておいても、プレーヤを買い換えたらコンテンツのエンコードをやりなおし、では困る。 最後にコンテンツ保護に関する問題も、ここにきて大きくクローズアップされている。以前から音楽出版社が強硬にCCCD化を進めていることも問題ではあったが、何の予告、デジタル機器業界との話し合いもなく、一方的にすべてのデジタル放送にコピーワンス信号を付加すると発表したことは、TV録画機能を持つPCに大きな打撃を与えている。 ご存じのように、地上波アナログ放送は当面続けられるものの、デジタルコンテンツとして録画したビデオを活用するシナリオに修正を加えなければならなくなった。複製が許されないコンテンツの扱いは、自由度の高い機器ほど難しい。PCはもちろんだが、ネットワークへの配信方法など問題は山積みとなったのである。 ●懸念事項は潰した……ハズ さて、ちょっとネガティブな話が過ぎたかもしれないが、4年も市場の立ち上がりを待ち続けていて、待ちくたびれてしまったというのが正直な感想だ。しかし、やっと解決への兆しが見え始めている。 昨年、組織された業界団体のDHWG(Digital Home Working Gourp)は、Intel、ソニー、Microsoftが中心に進めていたデジタル家電とPC技術の融合に関する取り組みを、関連する多くの企業を取り込むことで急速に市場として立ち上げることを目指したものだ。幹事会社16社(今年になってGatewayが脱退した)に加え、90社がDHWGに加わっており、合計で100社を越える企業がDHWGに取り組んでいることになる。参加企業はPCベンダー、家電ベンダー、ソフトウェア、ネットワーク機器、半導体製造、電話会社、研究開発組織など幅広い。 冒頭にも述べたように、'99年にIntelとソニーの提携話があった。当時、具体的な提携の項目としてはメモリースティックに関するものが目立った程度だったが、そのころにソニーが将来のバイオに搭載するネットワーク機能をデモしたことが発端だと言われている。Microsoftによると、同様のデモをソニーはMicrosoftの関係者にも見せてたようだ。 IntelとMicrosoftが、デジタルホーム、あるいはeHOMEといった言葉で、デジタルメディアとデジタル家電を含むホームネットワークの構想をほぼ同時に口にし始めたのが、ちょうど'99年ぐらいの事。当然、先に挙げたような懸念事項ぐらいは、見据えた上でDHWGを組織していると考えられる。 まずDHWGのホームネットワーク構想の中で、PCはひとつの要素にしか過ぎない。「PCはOne of them。PCが無くてもデジタルホームが成り立つ枠組みを作っている」と話すのは、ソニーIT&モバイルソリューションズネットワークカンパニー、メディアテクノロジ開発部、ネットワーク担当部長の富樫浩氏だ。同氏はWi-Fiアライアンスのボードメンバーでもある。 DHWGの最初の仕様は今年6月ごろに登場する見込みで、その後、プラグフェスタ(相互運用テスト)などを通じて製品の仕上げを追い込み、早い製品は年末に間に合うと言われるが、ソニーとしては「発表は年内だが、様々なソニー製品がDHWG準拠で登場し始め、積極的に市場に働きかけるのは来年(2005年)になる(富樫氏)」計画だという。 追加ソフトウェアで対応が可能なWindowsに関しては、Microsoftが6月の仕様決定後の早い段階で、Windows Media Connect(Windows用のDHWG準拠メディアサーバソフトウェア)を配布開始すると言われている。 しかし「DHWGが構想しているデジタルホームは、PC中心の世界ではなく、様々なデジタルデバイスが相互に接続される世界。特定の機器が中心になることはない(富樫氏)」という。実際、1月のInternational CESで東芝が参考展示していたホームサーバは、ハイブリッドレコーダの形態を取りながら、DHWG準拠のサーバにもなるという製品だった。ソニーが昨年投入したPSXが、同様の機能を備えるようになる可能性もある。
PCが無ければどうにもならない、という状況から、様々な種類の機器の特徴や使われ方によって、役割の分担を柔軟に行えるようになるなら、最初の懸念は解決されることになる。 また、互換性に関しても、少なくともDHWG 1.0で定義される内容に関しては、ある程度保証されることは間違いない。DHWGではロゴプログラムを推進し、Wi-Fiと同じようにDHWGマーク同士の接続を安心して行なえるようにするという。UPnP(UPnP A/VやUPnP Remote I/Oなどを含む)をIEEE 802.11とするなら、DHWGはWi-Fiと同じ役割を果たすというわけだ。 すでに明らかになっている通り、DHWGの最初の仕様は規定されている範囲が狭く、CODECの選択肢も少ない。画像フォーマットのPNGが直前で仕様落ちしたり、動画CODECに高圧縮のCODECが含まれないといった問題が指摘されている。しかし、好意的に解釈すれば、互換性を取りやすい仕様とも言えるだろう。 必須CODECが少なすぎるのではないか? との質問に富樫氏は「サポートしないフォーマットは、別のフォーマットにトランスコードすればいい」と応えた。トランスコードには、それなりに大きなプロセッシングパワーが必要となるが、必須CODECを増やして端末機器の原価やテスト費用が増大するのと、サーバ側の負荷が上がるのとを比べたとき、後者の方が経済的との判断があるのだという。またPNGやH.264に関しても、(オプショナルながら)来年以降に追加される可能性はあるようだ。 “まずは互換性”という観点から見れば、問題はなさそうだ。HD映像や高品質オーディオのサポートに関して、どこまで考えられているかが疑問点ではあるが、とりあえずでも相互接続が実現できなくては話が始まらない。 著作権保護に関しても、IPネットワーク上でDTCP(IEEE 1394で使われている機器認証、暗号化技術)を実現することで、問題解決が図られる見込みではある。が、本当にそれだけでいいのか? と首をかしげる人もいるだろう。 PCはその仲間に入れるのか? 将来、DHWGの仕様はどこまで発展させることを考えているのか? DHWGの世界が立ち上がったとき、PCはどのような“立ち位置”を見つけることができるのか? このあたりの話は、次回に詳しくお伝えすることにしたい。 □関連記事 (2004年4月12日) [Text by 本田雅一]
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