先々週掲載されたCLIEに関する記事は、多くの人に読んでいただけたようで、書いた身としても嬉しい限りなのだが、あの記事には1つ欠点があった。それは部屋の外でテストしていない、ということだ。何しろ発売前の製品だけに、その扱いは慎重にしなければならない。うっかり外に持ち出すわけにもいかず、現実の利用環境でテストできなかったことが心残りだった。そこで今回は実際に外で使ってみての感想を書くことにしたい。テストに用いたフィールドはサンフランシスコのIDFだ。 そもそもIDFのスケジュールは2月17日から19日の3日間だが、初日の朝のキーノートの重要性を考えれば、前日には着いておきたい。自ずと日本を出発するのは遅くても前日の16日ということになる。これに対してPEG-TH55(以下TH55と略)の発売日は14日だから、準備を考えるとやはり発売日にゲットしておきたい。万が一受け取り損ねた場合のリスクを考えて、通販は止めて朝イチでショップに出かけ店頭で購入することにした。筆者が出かけた新宿西口の量販店は、午後には(少なくとも一度は)完売したらしいが、朝から出かけたため無事に購入することができた。 そこまでして今回のIDFに間に合わせようと考えたのは、基本的にIDFが無線LAN使い放題の環境であるからだ。キーノートを行なうホール、テクニカルセッションを行なうセミナールーム、プレスルームはもちろん、通路にいたるまで会場のありとあらゆる場所でIEEE 802.11a/b/gが利用できる(ただし日本から持ち込んだ機器では802.11aの利用はできないが)。802.11bに対応したTH55をテストするのにこんなにふさわしいイベントはない。日本を出発してからおおよそ1週間、IDFの会場を中心にTH55を様々な形で利用した。 ●携帯性に優れ無線LANを重宝
まず最初に挙げておきたいのは、やはり薄型・軽量なのはいい、ということだ。これは分かっていたことだが、実際に現場に出てみないと実感できない。会場ではTH55にネックストラップをつけ、シャツの胸ポケットにTH55を入れていたが、こうした使い方ができるギリギリの大きさ・重量だと思う。少なくともこれまで使ってきたPEG-NX73V(以下NX73Vと略)ではその気になれず、普段はユニクロの小さなショルダーバッグにACアダプタといっしょに入れて持ち歩いている。 次に気に入ったのは、液晶が見やすいことだ。透明アクリルのカバー越しに見るとやはり暗いのだが(当たり前)、カバーを開けばシャープで見やすい。NX73Vの液晶よりベターだと感じる。それ以上に見やすいのは、前回も触れたCLIEオーガナイザの予定表だ。図1は今回筆者が実際に使ったデータだが、イベントの重なり具合がよく分かる。また、イベントは色分けしており色が濃い順に重要度を高くしてみた。つまりキーノートが一番高く、特定プレス向けのイベント(11:15からのものなど)、一般プレス向けのイベント(画面ではちょっと見にくいが薄い色がついた10:15からのイベント、TH55上ではもっと見やすい)、一般のテクニカルセッション(背景は白のまま)となっている。 これがPalmの標準予定表(図2)だと、いったいいつ、どこにいれば良いのかサッパリ分からない。イベントの一覧性は高いかもしれないが、これではメモ帳にイベントを箇条書きしたのとたいして変わらない。もちろん重なったイベントに同時参加できるハズはないが、たとえば最初の1時間はこちらに出席して、それからこちらのイベントに参加しよう、といった戦略を立てるには、新しいCLIEオーガナイザの予定表が必要だ。
この予定表だけでもTH55を無理やり持っていった甲斐があったと感じるほど、CLIEオーガナイザは良くできたソフトだ。確かに他のアプリケーションとの切り替えには多少時間がかかるかもしれないが、全体的な完成度の高さは、とてもこれが最初のリリースだと思えないほど。何というか、作り手の想いが伝わるような気さえする。このあたり、Pocket PCはもっとドライな気がするのだが、だからこそ大企業の一括導入等には向くのかもしれない。 それはそうと、内蔵の無線LAN機能だが、事前に予想した通り、とても重宝した。会場を移動しながら、あるいは会場での時間待ちの際にちょっとメールをチェックというのが簡単にできる。確かにノートPCやCFカードタイプに比べると、若干感度は低目な印象はあるが、小ささと消費電力を考慮すれば十分合格点だ。少なくともIDFの会場内で接続に苦労したことはなかった(これはTH55に感謝すべきなのか、Intelに感謝すべきなのか)。おかげで、何時からのセッションはキャンセルになりました、とか部屋が変わりました、といった電子メールによる連絡を確実に受け取ることができた。 おおむね筆者の1日は、朝のキーノートを皮切りにプレス向けのイベントに参加しながら、合間を見て一般のテクニカルセッションに参加する、というもの。この間、イベントの重要性に応じてVoice Recorder機能を使ってメモリースティックに録音したり、予定表を見て次の移動先を確認しつつ、1~2時間に1回程度メールを確認する、というのがTH55の利用形態だった。IDFの会場を後にするのはだいたい夕方の6時前後だが、こうした使い方をする分において、バッテリ寿命を気にする必要はほとんどなかった(Voice Recorder使用中はHOLD機能により画面表示をオフ)。中には数MBの添付ファイル付きメールを会場で受信したりもしたが、おそらくバッテリ残量が80%を切ったことはほとんどなかったのではないかと思う。 そういう点において、搭載するCPU(Handheld Engine 123MHz)の持久力は高い。瞬発力はNX73Vが採用するXScale 200MHzに及ばない印象だが、どちらが重要かと言われれば、サステイン可能な持久力の方だろう。それでも、もうちょっと瞬発力が高くてもバチは当たらない気はする。 また内蔵カメラも、案外といっては失礼だが利用した。31万画素CMOSセンサのカメラに大きな期待をしてもしょうがない(少なくともキーノートの登壇者を内蔵カメラで撮ろうなどとは思わない)が、メールに添付する写真を撮るにはこれで十分だったし、これくらいのサイズなら内蔵無線LAN機能でストレスなく送信できる。
●操作感には不満も
ただ(さぁ、ここからが不満点だ)、この内蔵カメラのレンズバリアのスイッチをよく間違えて操作した。レンズバリアのスイッチが使いにくい場所にあっては困るのだが、TH55の場合最も操作しやすい特等席にある(筆者の手の大きさ、NX73Vのジョグダイヤルの位置etc)。ついレンズバリアを解除して、撮影用のアプリケーションであるCLIE Cameraを立ち上げてしまう、ということが何度もあった。しかも、あわててレンズバリアを閉じてもCLIE Cameraは終了しないから、人差し指でバックボタンをまさぐる、ということの繰り返しとなる。レンズバリアを閉じたら必ずCLIE Cameraを終了する、という仕様にする必要はないが、オプション設定でそういう仕様を選択可能にして欲しい。 それにしても、なぜ特等席がレンズバリアで、その下がメモリースティックスロットなのだろう。TH55ではメモリースティックスロットはフタがされており、頻繁に出し入れしないことが前提になっているハズだ。このため筆者も、NX73Vでの3枚ローテーション(通常使用用128MB、Voice Recorder用128MB、ビデオ録画用256MB)から、2枚ローテーション(通常使用用256MB、ビデオ録画用256MB)に変更した。要するに普段TH55に入れっぱなしにするメモリースティックで録音も行なう、ということである(ビデオ録画用はメモリースティックビデオレコーダーでの予約録画時に入れっぱなしにすることを考えると統合できない)。メモリースティックスロットの位置と電源スイッチの位置は逆の方が良いのではないかと思う。 レンズバリアと同様なことはVoice Recorderの録音ボタンにも感じる。電源スイッチの下にあるVoice Recorderスイッチ1つでソフトが立ち上がり、録音が始まるのは良いのだが、オプション設定で録音中もう1度操作することでアプリケーションの終了、あるいは録音の停止のいずれかをサポートして欲しい(可能ならどちらにするか、選択したい)。音楽再生と違って録音はバックグラウンドで処理できない(つまり手書きメモを取りながら、録音することはできない)のも今後改善して欲しいところではあるが、それにはソフトウェア的な改良に加え、手書きによるノイズを拾わないよう外部マイクをサポートするなど、ハードウェアの改良も必要だろう。ちなみに内蔵マイクによる録音の音質はNX73Vには及ばないように思うが、小型化と軽量化を考えればやむを得ないのかもしれない。その点でも外部マイクオプションの利用は検討して欲しいところだ。 しかし、筆者がもっと切実に必要性を感じたのはリモコンである。NX73Vはリモコン付ヘッドフォンが付属しており、本体の電源スイッチでHOLDしていても、音楽再生の各種コントロールができる。今回TH55を使って、その有り難味が良く分かった。やはりリモコンは欲しいし、可能ならVoice Recorderとも連携して欲しい(本体をHOLDした状態でリモコンからVoice Recorderの録音を開始したい)。リモコンのコントローラ部にマイクを内蔵させても面白いかもしれない。あるいはBluetoothを用いたヘッドセットとリモコンのセットは、オプションでの提供があれば購入したいものの1つだ。国内モデルとは価格も違うが、ヨーロッパ向けモデルがBluetoothを内蔵していることを考えれば、リモコン付ヘッドフォンよりこちらの方が現実的かもしれない。問題はバッテリ寿命だが、1日使うくらいは何とかなるのではないか。 ●便利なソフトウェア
さて、IDF会場外での利用ということになると、それは自動的にサンフランシスコの街中での利用を意味する。米国はPDA先進国だけに、PDA用に便利なソフトが提供されている。図3は、日本でも東京のガイドが発行されているZagat SurveyのPDA版だ(Palm版のほかPocket PC版もある)。Zagat Surveyの評価についてはいろいろと意見があるかもしれないが、旅先でレストランを選ぶ際に、1つの目安にはなる(住所とだいたいの予算を含め)。 このPDA版は、レストラン名の検索ができるだけでなく、料理の種類や地域などでレストランを括りだし、料理の評価、内装、サービス、予算で並び替えを行なうなど、紙では実現できない機能が盛り込まれている。残念なのはご覧のように文字化けがひどいことで、これがなければレジストして送金してもいいのになぁと思う(というわけで、これは15日有効のトライアル版)。 もう1つはサンフランシスコとその近郊を結ぶBARTのユーティリティだ。Bay Area Rapid Transitの略であるBARTは、サンフランシスコ市内では主に地下を、郊外に出ると地上を走る電車である。筆者が最初にサンフランシスコを訪れた25年前にはもう存在しており、切符の代わりにプリペイド式カード(チャージ可)を使う先進性に感動した覚えがある。現在ではちょっと古ぼけてしまったが、最近路線がサンフランシスコ国際空港まで拡張されたため、旅行者の利用価値は高い。 BART Quick Plannerと呼ばれるこのソフトはPalm OS(3.0以降)とPocket PC用に提供されている旅程作成ソフトで、路線網を表示してくれる(図4)ほか、どの駅からどの駅まで、何時に出発、あるいは到着したいのか、を入力すると料金と時刻表を表示してくれるというもの(図5、図6)。以前はこの種のアプリケーションは、固定した時刻表をFirepad形式やPDFで配布するというものがほとんどで、画面サイズの限られたPDAでは見るのも一苦労だったのだが、このようなインタラクティブなアプリケーションなら快適に利用することができる。
もう1つすごいのは、これが完全なフリーウェアとして配布されていること(http://www.bart.gov/stations/quickPlanner/overview.aspからダウンロード可能)で、更新されればメールで通知さえしてくれる。米国でいかにPDAがツールとして認知され、受け入れられているかが分かろうというものだ。実際、IDFの会場でもPDAを利用しているユーザーは、参加者、主催者、展示会場での係員など、頻繁に見かける。おそらく今後はこれがスマートフォンにより置き換えられていくのだろうが、ちょっとうらやましい環境である。 ●要望はあるものの満足度は高い
というわけで、最後はちょっと脱線したが、筆者のTH55に対する満足度は高い。上では不満と書いたが、不満というよりは要望に近いものばかりだ。常時携帯するPDAとして80点以上の点数をつけられるし、IDFのコンパニオンとしてなら95点をつけたっていい。もちろんこの点数は、筆者がOutlookを使わない、ということが前提として入っているから、Outlookユーザーならもう少し点数が辛くなるのかもしれない。IDFのPalmSourceによるセッションでも、次期OSであるCobalt(これまでPalmOS 6と呼ばれていたもの)の改善点として、Outlookとの連携強化がうたわれているほど(図7)だから、現状のPalmOS 5.x(こちらは今後PalmOS Garnetと呼ばれることになる)のOutlook連携機能には問題があることをPalmSourceも認めているわけだ。Outlookユーザーはもう少し待った方が良い(あるいはPocket PCを利用した方が良い)のかもしれないが、筆者のようにOutlookを使わないユーザーなら結構気に入るのではないかと思う。 □ソニーのホームページ (2004年2月25日) [Text by 元麻布春男]
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