キヤノンEOS Kiss Digitalがセンセーショナルな価格設定で9月20日に発売された。価格はオープンプライスだが、ボディー単体で約12万円、標準ズームの18~55mm付きでも約14万円程度で、レンズ一体型カメラと競合する値段だ。 しかし、Kiss Digitalはれっきとしたレンズ交換式一眼レフ。広角系ではレンズ一体型を凌ぐし、ファインダの見え方もとくに動体撮影に向く。とかく低価格だけに目が向きがちだが、実力はどうなのだろうか。価格差を無視して、EOS 10D(ボディのみで実売20万円弱)との比較を交えながらレポートする。 なお、このKiss Digitalは編集部が交換レンズやアクセサリとともに購入したものである。また、10Dとレンズは筆者のものを使用した。 ●操作系はEOSユーザーにはやや複雑だが
カメラは質感、手触り感、そして操作性が大事だ。これはデジタルカメラになっても変わらないところである。 外観は銀塩カメラのEOS Kiss 5に近いと言える。もちろん、デジタル化したぶんだけ大きくなっているが、10Dと比べると小さい(写真A)。装着してあるレンズが違うせいもあるが、ひと回りは小型化された。ホールドした感じも手になじみ、手の小さな筆者にはこれぐらいがいい。重さは560g(電池、記録メディア別)と、ペンタックス*ist Dよりも10g重い。 外装はプラスチックで、マグネシウム合金の10Dの手触り感には遠く及ばない。しかし、実際に手にしてみると、意外と高級感がある。ただ、少し光沢を抑え気味にしたほうが、もっと質感が良くなるのではないかと思う。銀塩カメラのKissシリーズはこのところクローム仕上げで、その特徴をこのカメラも受け継いでいる。たしかに、目立つのだが、ブラック仕上げも欲しいところだ。 アメリカ市場では「Rebel(反逆者)」と挑戦的なネーミング。じつは銀塩のKissのときから、このネーミングを使っている。たしかに、価格は挑戦的だが、外観はかなりオーソドックスだ。
いままでのEOSシリーズのデジタル機(EOS Digital)と比べて大きく変わったのは、背面の大型サブコマンドダイアルがなくなった点だ。かわりに十字キーが付けられた(写真B)。これによって、いままでのサブコマンドダイアルの役目、たとえばメニューを選んだり、画像を送ったりするのに使う。また、ISO感度設定とWB設定もこの十字キーの上下とメインコマンドダイアルで行なう。 EOS Digitalのユーザー(もちろん銀塩EOSのユーザーも)は、大型サブコマンドダイアルの使いやすさになじんでいた。いや、これこそEOSの象徴とも言うべき操作部材だったのだ。これを十字キーに変えたのは、コストダウンのためなのだろうか。それとも、銀塩Kissに合わせたのだろうか。いままでのEOSユーザーはとまどうだろうが、これから購入するユーザーはどうだろう。 メインのモードダイアルは大型で回しやすい。銀塩カメラと同じ右に来ていて、10Dなどとは逆だ(写真C)。その右にメインスイッチがある。これはわかりやすくていい。EOSのスイッチは伝統的にボディー背面だったが、上に持ってきたのは評価される。 その右にセルフタイマー/リモコンと連写の切り替えがあるが、この位置はどうだろうか。連写はいいと思うが、セルフタイマー/リモコンはファミリーユースを意識してなのだろうか? むしろ背面にある絞り/露出補正ダイアルをここに持ってきて欲しかった。また、オートブラケットは相変わらずメニューで設定するが、これは外部のボタン操作のほうがよかったのではないか。 10Dを使っていると、情報が右の液晶パネルに表示され、わかりやすい。ところが、このKiss Digitalでは背面(アイピースの下)へ置いている(写真D)。なんだか、最高級機のEOS-1Dsを使っているようだ。これはほめているのではなく、異議を唱えているのだ。たしかにスペースの面、それに銀塩のKiss 5の継承という面からは、この場所がいいのかも知れないが、サブ電子ダイアル同様、いままでのEOSユーザーには違和感がある。
10Dと比べて、操作性が向上したのは、測距点の選択である。同じ7点測距だが、選択ボタンを押して、メインのコマンドダイアルだけで順ぐりに選べるようになった。10Dでは、ヨコ方向がメインコマンドダイアル、タテ方向がサブコマンドダイアルに分かれていて、これはとっさの場合に面倒だった。こんどはダイアルひとつで選ぶことができる。これは進歩であると思う。 液晶モニタは1.8型であるが、見やすい。ただ、初期設定では明るくセットしすぎで、露出の参考にはならない。メニューでモニタの明るさを1段落として使ったほうがいい。また、モニタの左側には上から、MENU、INFO、JUMP、再生、削除のボタンが並ぶ(写真E)。10Dでは削除ボタンのかわりに移動ボタンがあった。Kiss Digitalでは再生のつもりがうっかり削除ボタンを押してしまう。まあ、これは慣れて解決できる問題だろう。INFOボタンを押すと、ヒストグラムと撮影データが表示される(写真F)。このあたりは10Dと同様で使いやすい。
液晶モニタの話が出たついでに、メニューについて見ておこう。10Dなどでは、メニューがいっぺんに表示された。ところが、このKiss Digitalでは4つのサブメニューに分かれている(写真G)。これはコンパクトデジカメがだいたいそうなので、それに倣ったものだろうか。それとも、十字キーの採用で、こうしたほうが使いやすくなったのか。まあ、いちばん使うメニューがトップに来ているから、それほど問題ではない。ただ、サブコマンドダイアルで一発で選べる10D愛用者としては、不満な点だ。
●価格相応のスペックだが、専用レンズは魅力的 レンズマウントはいままでどおりで、電気接点の数も変わらない(写真H)。ただし、ミラーはスイングバック式で、後退しながらはね上がる方式になった。これは標準ズームの18~55mmがほかのレンズよりも後ろに出っ張っている(バックフォーカスが短い)からだ。このため、このレンズはほかのEOS Digitalには使えない。ミラーがぶつかってしまうからだ。このレンズを使いたければ、Kiss Digitalを買うしかないのだ。 バックフォーカスが短いと、それだけコンパクトで、性能のいいレンズができる。あえて専用レンズとしたのだろうが、やや釈然としない。後で見るが、なかなかいい性能のレンズなので、10Dなどにも使いたいところだ。なにしろ実質約2万円で190gという軽量だから、旅行などに持って行くには最高だ。 内蔵ストロボはかなり高い位置までアップする(写真I)。このため、後述するように、かなりの接写でもだいじょうぶだった。ただし、使用説明書には、18~55mmで1m以内での内蔵ストロボ撮影はケラレが出るおそれがある、と書いてある。 記録メディアはType1、2のCFカードでFAT32対応。4GBのカードでも、もっと大容量が出てきても対応できる(写真J)。ただし、PCとの接続はUSB 1.1で、2.0ではないのが残念だ。
電源は専用のリチウムイオン電池(写真K)。また、別売アクセサリーでバッテリグリップが用意され、リチウムイオン電池が2個入る(写真L)。このグリップを付けると、かなりカメラの高さが増すが、旅行などでは安心だ(写真M)。バッテリグリップを使う場合には、別売の2個同時充電のできるコンパクトパワーアダプタも買うべきだ。
撮像感度はISO1600までとなって、10DのようにISO3200までの拡張はできない。同じ有効630万画素のCMOSイメージセンサーを使っているのだから、拡張モードは欲しかった。たとえば、子どもの室内スポーツを撮るときなどには有効だろう。 AFはS(シングル、キヤノンではワンショット)とC(コンティニュアス、キヤノンではAIサーボ)が自動的に切り替わる。手動で切り替えができないのは残念である。 また、連写速度は10Dの毎秒3コマから毎秒2.5コマと少し遅くなっている。そして、何よりも残念なのはバッファメモリが少ないため、最大4コマまでしか連続撮影できない点だ。子どもの運動会などを撮る場合には銀塩カメラよりもシャッターチャンスのつかみ方がむずかしいだろう。10Dなみに9コマは欲しいところだ。
露出補正はプラスマイナスの手動補正(1/3ステップ)、AEロック、オートブラケットと揃っている。 ファインダはペンタミラー方式の割には明るく見やすい。ただし、少し青みがかっているのはアルミ蒸着のため。10Dは相対的に黄色っぽいが、これはペンタプリズムで、銀蒸着のためだ。ここらあたりのコストのかけかたもちがう。 レンズはKiss Digital専用の18~55mmのほかに、EF55-200mm F4.5-5.6 IIも試用した。こちらも廉価(4万円)で軽量コンパクトだ(写真N)。Kiss Digitalにはよく似合う。 【お詫びと訂正】初出時に露出補正のステップが誤っておりました。お詫びして訂正いたします。
●意外とよく写る標準と望遠ズーム 実写はいつもの定点観測からである。なお、Kiss Digitalの初期設定はパラメータ1で、彩度、コントラスト、シャープネスがプラス1になっている。PictBridgeでプリンタに直接出力する場合を考慮してだろう。原則として、撮影はこのパラメータ1にしてある。パラメータ2では10Dと同じになるので、比較撮影の意味がない。 定点観測の第一は、新橋駅前ビルでレンズの描写チェック。EF-S18~55mmF3.5~5.6とEF17~40mmF4Lという、ある意味、無茶な比較をした。約2万円と約10万円のレンズだから、同じ土俵に上げるのは無理があるのは承知だ。 条件をなるべく揃えるため、絞り開放と、絞り開放から2段絞った状態で撮影した。つまり、18mm側ではF3.5またはF4とF8、40mm側ではF4またはF5とF8である。ピント合わせは両方ともAF中央1点測距。AEでオートブラケットをして、ベストの露出を選んでいる。 18~55mmの18mm側の絞り開放(F3.5)ではややコントラストが低く、歪曲も少しあるが、とても2万円相当のレンズとは思えない優秀な画像だ。17~40mmの絞り開放(F4)と比べて、見るからに劣るという画像ではない。F8に絞ると良好な画像になり、コントラストも上がる(写真1)。 望遠側は写る範囲を揃えるために、40mmで撮影した。18~55mmを40mmにすると、開放F値はF5だが、これもかなりいい画質だ。コントラストは17~40mmのF4開放よりもやや低いが、たいした差ではない。歪曲は少しあるが、それほど目立たない。F8に絞るといい画質になる(写真2)。こうして比較撮影してみて、考え込んでしまった。約2万円と10万円、この価格差は明るさと、ほんの少しの画質差でしかない。 つぎの定点観測は夜のレインボーブリッジ。ノイズリダクションは画像エンジンのDIGICで行なわれていて、とくにON/OFFのスイッチがあるわけではない。目立ったノイズはなく、すっきりした画像になっている。細かくみると、夜空の部分がわずかにノイズっぽいが、気にならない程度のわずかなもの(写真3a)。 CMOSはノイズが多いと言われたEOS D30の時から比べると、隔日の感がある。しかし、まだ3年しか経っていないのだ。技術の進歩はほんとうにすごいものである。 同じ条件で、10Dでも撮影してみたが、これもノイズがほとんどない(写真3b)。点光源の表現などに差はあるが、Kiss Digitalの画像は悪いとは言えない。画面周辺では「コマフレア」というレンズの欠点が少し出ているが、気になるほどではない。2万円相当のレンズでこれだけ写れば上出来だろう。 ●動体やポートレートの撮影には差が 定点観測のもうひとつの定番は特急列車の通過を撮るもの。これでAFの動体追従能力がわかる。かなりのスピードで通過するため、きびしいテストだ。このときには35mm換算で約100mmで撮影するが、今回使用したレンズは70~200mmF4で、いつもより1段暗い。それだけピントの合う確率は高くなり有利になる。ただし、70mmで撮影しているので、35mm判換算は約112mmとなり、そのぶんが少し相殺される。 結果は4コマ目が後ピンになったが、それほど大幅ではない。これだけ見ると、まずまずの追従能力と言えるだろう(写真4a~4c)。ただ、後ピンよりは前ピンのほうが絞り込めばいいので、ちょっと問題だ。 10Dで撮影すると、もっとピント精度がいい。しかも、より近距離まで追うことができる(写真5a~5c)。これはバッファメモリが多く、9コマまで連続して撮影できる点が大きい。もちろん、Kiss Digitalの毎秒2.5コマに対し、10Dが毎秒3コマという連写能力も影響している。そして、たぶんAFの動体追従能力も10Dのほうが優れていると推測される。 少なくとも、連続撮影能力が4コマは少なすぎる。このようなシビアな条件でなくても、運動会のゴールインの瞬間を撮るには、慣れが必要だろう。できれば、バッファメモリ量を増やして、せめて5割増しの6コマ程度にして欲しい。 今回から、もうひとつの定番撮影を付け加えた。それは人物撮影で、肌の再現性とか、彩度、あるいはホワイトバランスをチェックする。まず、逆光でレフ板で照明して、Kiss Digital+55~200mmF4.5~5.6IIと10D+70~200mmF4Lで比較撮影してみた。 Kiss Digitalのほうが彩度が高く設定しているにもかかわらず、肌の調子は10Dで写したLレンズのほうがいい(写真6a、6b)。やっぱりこういうところでは、低価格レンズと高価なレンズでは差が出てしまう。色の具合も55~200mmはやや黄色がかっているようだ。背景のボケ具合、いわゆる「ボケ味」もやはりLレンズのほうがいい。 つぎはEF-S18~55mmF3.5~5.6とEF17~40mmF4Lでの比較撮影だ。これは撮影条件がシビアでないせいもあるが、彩度を高く設定してあるKiss Digitalのほうが鮮やかに写った。もっとも、露出に1/3段の差があるので、そのせいもあるが、いずれにしてもあまり差はない(写真7a、7b)。この低価格ズームレンズはじつはあまり期待していなかったのだが、案外と言っては語弊があるが、よく写る。 Kiss Digitalと10D比較撮影の最後はホワイトバランスだ。タングステン光で照明されている室内で人物撮影。オートホワイトバランス(AWB)では予想どおりに、両方とも赤みを残した色再現になった。これはタングステン光の雰囲気を残すためと、朝夕の赤い光を忠実に再現するためである。 そこで、マニュアルホワイトバランスを電灯光に設定してみた。そうすると、Kiss Digitalのほうがやや黄色みが出て、10Dのほうが補正が効いていた。ただし、彩度はパラメータ1で1段上げているKiss Digitalのほうが鮮やかだ(写真8a、8b)。レンズの色再現性も関係しているのだろうが、マニュアルホワイトバランスは10Dのほうが精度が高い感じだ。 Kiss Digitalは彩度などを1段上げたパラメータ1と、10Dと同じ標準設定のパラメータ2とがある。それを同じ被写体で撮り比べるとどうか。大きな差はないが、やはり彩度のちがいははっきりわかった(写真9a、9b)。 ダイナミックレンジに関しては、いつもより明暗の差の激しい被写体になってしまった。このため、白飛びしているが、この条件ならしかたがないだろう(写真10)。もう少し明暗の差が少ない被写体なら、白飛びは抑えられるはずだ。ダイナミックレンジはデジタル一眼レフとしては標準的な広さだ。 Kiss DigitalはISO1600まで感度を上げることができるが、これで撮影した場合のノイズはどうだろうか。室内の暗い場所で撮影してみたが、ノイズは気にならなかった(写真11)。ノイズはあるが、これぐらいなら許容範囲である。 また、内蔵ストロボは18mm側で撮影距離1m以内はケラレが生じると説明してある。しかし、約50cmの距離で撮影しても、ほとんどケラレはない(写真12)。ストロボを上げた位置が高いことが生きているのだ。とはいうものの、やはり広角側での近距離撮影はできるだけ避けるべきだろう。
さて、Kiss DigitalはRAW撮影もできる。このクラスに必要かどうかは疑問のあるところだが、File Viewer Utilityなどで現像が可能だ。10DのRAW画像も扱える。そこで、むずかしい条件を選んで撮影し、RAW現像してみた。モアレは出ているが、これがまた面白い(写真13)。このFile Viewer Utilityは設定項目がやや少ない。とくに、トーンカーブの補正などが欲しいところだ。 では最終的にはEOS Kiss Digitalか、10Dか? Kiss Digitalはよくこの価格でできたと思うぐらいまとまっている。しかし、細かいところを見ていくと、価格相応の部分もある。とくに、動体撮影では10Dとはっきり差が出る。また、ポートレートなども10DにLレンズを組み合わせるのがいい。そのほかの被写体なら、Kiss Digitalでも間に合う。来年はまたどうなるかわからないので、Kiss Digitalを買うなら、早いうちがいいだろう。 □キヤノンのホームページ ■注意■
(2003年10月6日)
【PC Watchホームページ】
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