ノートPCの“性能”を評価するというのは、簡単そうに見えて難しい作業だ。これまでは、ノートPCの性能と言えば、2つの軸を元に語られることが少なくなかった。1つはアプリケーション利用時の処理能力であり、もう1つがバッテリによる駆動時間だ。 しかし、TransmetaのCrusoe、そしてそれを迎え撃つ形で開発されたIntelのCentrinoモバイル・テクノロジなど、モバイルに最適化したコンポーネントが続々と投入されることで、これらの評価基準は移り変わりつつある。本レポートでは、ノートPCの新しい評価基準について考えていきたい。 ●バッテリ駆動時の処理能力と電力利用の効率を評価したい
冒頭で紹介した、これまでの2つの評価基準という点だが、それも徐々にチェックする観点が変わりつつある。例えば、その処理能力については、ACアダプタで駆動している時の処理能力なのか、バッテリ駆動時の処理能力なのかで意味合いが違ってくる。 というのも、最近のノートPC向けCPUは、いずれもSpeedStepテクノロジ、PowerNow!テクノロジ、LongRunテクノロジなどの省電力機能を備えており、ACアダプタ駆動時とバッテリ駆動時では処理能力に若干の違いがあるからだ。 従って、一口に処理能力といっても、ACアダプタに接続して利用している場合の性能と、モバイル時などにバッテリで駆動している場合の性能とは分けて考える必要がある。 さらに言うなら、少ない電力でどれだけ効率よく処理を行なっているか、という観点も加える必要があるだろう。どんなに低消費電力であっても実用に耐えないほど処理能力が低いシステムでは意味がないからだ。 また、バッテリ駆動時間に関しても、これまでは単純にその“時間”だけが優劣をつける数字として利用されてきた。だが、もし“時間”だけが問題であれば、バッテリの電力量を大きくすれば時間をのばすというアプローチも可能だ。 現在のノートPCは、ほとんどの製品でリチウムイオンバッテリを利用しているため、容量の大きさは重量に比例する。つまり、電力量を増やせば、重量が増えてしまう。持ち歩くことを考えると、容量が大きいバッテリで長時間を実現されてもあまり意味がないということになる。 従って、駆動時間に代わる、「同じ時間で消費している電力がいかに少ないか(つまり低消費電力であるか)」という観点に発想を変えてみる必要も出てくるだろう。 ●バッテリ駆動時の処理能力とバッテリ駆動時間を計測するMobileMark2002
ACアダプタ駆動時の性能に関しては、デスクトップPCで利用されているようなSYSmark2002などのベンチマークで計測することができる。 これに対して、バッテリ駆動時の性能を計測するベンチマークには、BAPCoのMobileMark2002が利用できる。MobileMark2002の特徴は、バッテリ駆動時の処理能力とバッテリ駆動時間の両方を一度に計測することができることだ。 これまでのノートPC向けのベンチマークは、バッテリ駆動時間を計測するものしかなかった。有名なところではZiff-Davisの“BatteryMark”、あるいはJEITAが策定した“JEITAバッテリ動作時間測定法”などがある。これに対して、MobileMark2002では、以下のアプリケーションを実際に動作させながら、同時にバッテリによる駆動時間を計測する仕組みになっている。 ・Microsoft Word 2002 このアプリケーション実行は90分1クールになっており、基本的には最低でも90分間はバッテリ駆動できないと、処理能力の計測はできない。 MobileMark2002では、こうした実在のアプリケーションを利用して、実際のユーザー利用モデルに近いシナリオを利用してベンチマークが実行されるため、比較的ユーザーの実感に近い処理能力とバッテリ駆動時間を計測することができる。 ●MobileMark2002の結果から計算できる“平均消費電力”と“電力あたりの処理能力”
このMobileMark2002では、処理能力を示す“Rating”というスコアと、バッテリ駆動時間を示す“Battery Life”という2つのスコアを結果として出してくれる。Ratingの方は、処理能力を示す相対的な数値で、モバイルPentium III-M 1GHzを搭載したノートPCを100としており、相対的にそのノートPCが持つ性能を教えてくれるものだ(なお、日本語OS上で動かすと若干のオーバーヘッドがあるようで、モバイルPentium III-M 1GHzを搭載したノートPCでも100以下となる)。 “Battery Life”の方は、そのままで時間(分)を示しており、何分間バッテリで駆動したかをしめしている。なお、MobileMark2002では、液晶の輝度が70cd/平方m前後でテストを行なう必要があり、テスターが輝度を計測し、合わせて行なうため、公平なバッテリ駆動時間の計測ができる(もちろん、テスターは輝度計を用意する必要があるため、若干ハードルは高い)。 このMobileMark2002と、各マシンのバッテリ電力量の数値を利用すると、“平均消費電力”と“電力あたりの処理能力”という2つの数値を計算することができる。
平均消費電力とは、冒頭で述べた「同じ時間で消費する電力がいかに少ないか」を示す数値で、数値が小さければ小さいほど低消費電力であり、優れたシステムであることを意味している。平均消費電力とは、バッテリの電力量をバッテリ駆動時間で割ることで計算できる。 ちなみに、バッテリの電力量(Wh)は、簡単に計算できる。ノートPCのバッテリには、必ず電流量(4,400mAh=4.4Ahなど)と電圧(10.8V)が記載されている。電力量(Wh)はこの電流×電圧で計算できるので、この場合は4.4Ah×10.8V=47.52Whという計算になる。平均消費電力の計算方法は下記の通り。 ・平均消費電力=バッテリ電力量(Wh)÷バッテリ駆動時間(h) このシステム平均消費電力は、平均的にシステムでどの程度の電力が消費されているのかを示す数値だ。この数値が低ければ低いほど、同じバッテリ容量であれば長時間駆動することができるということになる。 念のため、解説しておくと、よくCPUなどの解説に、熱設計消費電力(TDP:Thermal Desgin Power)という電力量がでてくるが、これは、ノートPCのデザインを行なうときに利用する、電力の最大出力のようなもので、実際にシステムが動作している時には、こんなには電力は消費していない。 実際に、PCが動作している時の平均的な消費電力を示すのが、今回取り上げている平均消費電力(Average Power)と呼ばれる電力量で、この平均消費電力をいかに下げるかがバッテリ駆動時間をのばすためのキーなのだ。 さらに、この平均消費電力の数字を利用すると、電力(1W)あたりの処理能力を計算できる。 ・電力(1W)あたりの処理能力=MobileMark2002 Rating÷システムの平均消費電力 つまり、この数字が大きければ大きいほど、いかに少ない電力で高い処理能力を発揮できているか、つまり高効率なCPUであるかを知ることができる。 ●低消費電力なシステムであるかを判断する材料になる平均消費電力
グラフ1、2、3、4に筆者が各PCベンダのモバイル向けノートPCを利用して計測した結果だ(テスト時期の関係で、夏モデルは入っていない)。グラフ1、2がMobileMark2002のRating(処理能力)とBattery Life(バッテリ駆動時間)、グラフ3、4がそれらを元に計算した平均消費電力と電力(1W)あたりの処理能力の結果だ。なお、各PCの輝度は筆者の手元にあった簡易輝度計で70cd/平方m前後に調節し、基本的にはほぼ同じ環境にして計測している。また、グラフ中に1D、2Dと書いてあるのは、1Dが1スピンドル、2Dが2スピンドルという意味である。 なお、低電圧版モバイルAthlon XP-Mを搭載したMebius MURAMASAは、36Whという他のマシンに比べて少ない電力のバッテリしか搭載していなかったため、90分バッテリで駆動しなかった。このため、MobileMark2002 Ratingのスコアがなく、グラフ1とグラフ4の結果はない。 【表1:各製品のバッテリのスペック】
グラフ1とグラフ2に関しては、別連載の“AKIBA PC Hotline! HotHotレビュー”でレビューした時のベンチマーク結果などからまとめたもので、レビューの段階では試作機だったためベンチマークがとれなかった機種などもまとめて入れてあるので参考にして欲しい。 注目はグラフ3の平均消費電力だ。これを見ると面白いことがわかる。まず、モバイルPentium 4-MとPentium Mの比較だ。 同じような製品であるThinkPad T30とT40の比較が最もわかりやすいと言えるが、モバイルPentium 4-Mを搭載したT30の平均消費電力が16.2Wであるのに対して、Pentium M 1.60GHzを搭載するT40が11.83W、Pentium M 1.50GHzを搭載するT40が10.97Wとなっている。特に、グラフィックスチップも同じMobility RADEON 7500(M7)を利用しているT30とT40(Pentium M 1.50GHz搭載)を比較すると、Pentium Mの通常電圧版がモバイルPentium 4-Mに比べていかに低消費電力であるかがわかる。 また、TM5800を搭載したバイオU1は、7.84Wとなっており、超低電圧版Celeron 600A MHzを搭載しているバイオU101に比べて省電力になっていることがわかる。液晶サイズやグラフィックスコントローラなどが若干異なっているため、直接比較することはできないが、TM5800が平均消費電力の観点で、Intelのプロセッサよりも優れているという同社の主張も頷けるだろう。 ちなみに、今回は松下電器産業のLet'snoteシリーズを、マシンの手配のタイミングの関係で入れることができなかった。例えば、Let'snote W2は、前回の松下電器へのインタビューでもわかるように、バッテリ容量は48.8Whで、松下電器が公表しているJEITAバッテリ動作時間測定法によるバッテリ駆動時間は7.5時間となっている。 仮にこの数値を元に計算してみると、48.8÷7.5=6.5Wという計算になり、Crusoeを使っているバイオU1よりも平均消費電力が低くなる可能性が高い。このことからも、いかにLet'snoteシリーズが省電力であるかということがわかるだろう。 この点に関しては、実機を手に入れ次第、改めてテストしていきたい。 ●やや高めの平均消費電力になっている低電圧版モバイルAthlon XP-M搭載マシンだが今後に期待
なお、低電圧版モバイルAthlon XP-Mを搭載したMebius MURAMASAは28.54Wと、やや厳しい結果となった。AMDの名誉のために補足しておくが、この結果がイコール低電圧版モバイルAthlon XP-Mの平均消費電力が高いということを意味しているわけではない。 AMDはモバイルAthlon XP-Mのスペックシートを公開していないため、どの程度の消費電力になっているかは、明らかにはなっていないが、AMD コンピュテーションプロダクトグループ プロダクトマーケティングエンジニアのジョン・クランク氏によれば、低電圧版モバイルAthlon XP-Mの平均消費電力は「2W前後」であるということだ。もしそれが正しいとすれば、原因は他にある可能性が高い。 考えられるのは、チップセットやあるいはシステムボードのデザインなどに原因があるということだろう。Mebius MURAMASAは、チップセットに世代的にかなり昔のProSavage KN266を利用しているが、OEMメーカー筋によればこのチップセットの平均消費電力は決して低くないという。 より世代が新しいモバイルAthlon XP-Mを搭載したノートPCでは、ATI TechnologiesのRADEON IGP 320Mチップセットが採用されている。同じ統合型チップセットでも世代が新しいRADEON IGP 320Mは、平均消費電力もProSavage KN266に比べて下回っていると言われており、すでに夏モデルとして発表されている富士通やNECの低電圧版モバイルAthlon XP-M搭載ノートPCに採用されている。そちらを入手し次第、再度、低電圧版モバイルAthlon XP-Mの評価をしてみたい。 ●電力あたりの処理能力で見えてくる各モバイルプロセッサの効率
また、グラフ4の電力あたりの処理能力を見ると、こちらも面白い結果となっている。モバイルPentium 4-M 1.80GHzを搭載するThinkPad T30は、Pentium M 1.60GHzを搭載するThinkPad T40の半分程度の結果して残していないことがわかる。 さらに、T30は、1スピンドルであるため直接の比較はできないが、モバイルPentium III-M 1.20GHzを搭載しているThinkPad X30と比較しても下回っている。こうした結果を見ると、モバイルPentium 4-Mは、平均消費電力の点で見ても、電力あたりの処理能力で見ても、“モバイル”という観点から見ると、前世代のCPUをも下回るCPUであるということが見えてくる。 これに対して、Pentium Mは超低電圧版の900MHzでも、モバイルPentium 4-M 1.80GHzやモバイルPentium III-M 1.20GHzを上回っているだけでなく、Pentium M 1.60GHzは、ちょうど一年前にリリースされたモバイルPentium 4-M 1.80GHzに比べて2倍の“電力あたり処理能力”を実現している。つまり、高効率なCPUなのだ。これが、Pentium Mが、PCベンダのエンジニアから高い評価を受けている理由だ。 TM5800に関しては、今回1GHzのTM5800を搭載したシステムが入手できず、1年前の製品であるTM5800 800MHzでのテストとなったので、Pentium Mと比べてどうなのかという評価は難しいが、それを考慮に入れてもPentium Mとの電力あたりの処理能力における差は小さくない。 これが、これまで多くの人が指摘してきた。Crusoeの弱点を客観的に示したデータであるとも言える。だが、逆に言えば、Crusoeはそこを犠牲にしても低消費電力であることことを標榜したCPUであると言い換えることも可能だろう。 こうした状況を挽回する武器が、内部実行が256bit化されたTM8000だ。TM8000の投入で、この状況を挽回できる可能性もないとは言えないだろう(それもTM8000のパフォーマンス次第だが)。ぜひ早期にTM8000が投入され、かつそれが期待に違わない処理能力を発揮することを期待したいところだ。 ●ノートPCの評価基準に“平均消費電力”と“電力あたりの処理能力”を加えよう
以上のように、“平均消費電力”と“電力あたりの処理能力”という新しい視点をノートPCの評価に加えることで、どのマシンが低消費電力で、かつ高いエネルギー効率のマシンであるかを客観的に評価することができる。 筆者はその元データとしてMobileMark2002を利用しているが、これらの評価はMobileMark2002を利用しなくてもできる。例えば、平均消費電力はバッテリ電力量を調べることができれば、各ベンダが発表しているJEITAバッテリ動作時間測定法によるバッテリ駆動時間で割れば簡単に計算することができる。 ただし、電力あたりの処理能力を計測するには、別途何らかのベンチマークプログラムを用意する必要はある。 今後も、各PCベンダはCentrino、Crusoe、低電圧版モバイルAthlon XP-Mを搭載したPCを発表していくだろう。そうした時に、エンドユーザーの側が低消費電力であること、エネルギーあたりの処理能力が高いことを付加価値だと考えなければ、PCベンダの側も低消費電力の研究に対する投資を正当化できなくなり、いつまでも低消費電力で、かつ高い処理能力を持つノートPCというのは実現されない。 エンドユーザーの側で、平均消費電力、そして電力あたりの処理能力という観点に注意を払うようになれば、ベンダの側でも積極的にそういう製品を開発していくという好循環が生まれるだろう。 そういう意味で、今後は“平均消費電力”、“電力あたりの処理能力”の2つの基準、これこそがモバイルPCを評価する上での“鍵”であると言え、今後とも注目していきたい。
(2003年5月23日) [Reported by 笠原一輝]
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