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なぜGeForce FX 5800 Ultraはこんなに安いのか




●大きく変わったNVIDIAの製品計画

参考出荷価格399ドルとされるGeForce FX
 なぜGeForce FX 5800 Ultra(NV30)はこんなに安いのだろう。GeForce FX 5800 Ultraは、NVIDIAのハイエンドチップにしては異例とも言える廉価で登場しようとしている。

 「当社はOEMを通じてボードを発売するため、エンドユーザーの手に渡る正確な価格はわからない。しかし、もうすぐ登場するGeForce FX 5800 Ultraは、399ドル近辺になると予想している」「市場には伝統的なコンシューマ価格ポイントがある。我々は、必ずそれに合わせなければならない」とNVIDIAのGeoff Ballew氏(Product Line Manager)は説明する。

 399ドル? 昨年末に書いたコラム「製造コストが非常に高い? GeForce FX(NV30)の勝算」で予想したのとは大分違う展開だ。しかし、それも無理はない。過去1ヶ月の間に、NVIDIAを巡る状況が大きく変化したからだ。

 NVIDIAは、もともとボードベンダーに対して、NV30のターゲット価格は399ドル帯だと説明していた。しかし、どのベンダーも最初からその価格帯に来るとは予想していなかったという。NVIDIAのハイエンド製品は、通常、それより2~3段高い価格をターゲットにしてスタートしていたからだ。そのため、1月上旬までは、各ボードベンダーとも699ドルといった高価格を想定した説明を行なっていた。NV30が高価格帯で登場すると書いたのは、その時点だ。

 しかし、その後、状況は変わった。まず、NVIDIAからのNV30の供給形態そのものが変わった。当初、NVIDIAはNV30チップをOEMボードベンダーに出荷、OEMがそのチップをボードにアセンブリして発売することになっていた。だが、NVIDIAは、自社でアセンブリを委託、ボードにしたものを各OEMに供給して発売してもらう形態へと変えた。つまり、ボードベンダーは、NVIDIAのボードに各社のパッケージを被せて発売することになる。

 そして、この供給形態が決まったあたりで、NV30のハイエンド製品GeForce FX 5800 Ultraの推奨価格は399ドルになったようだ。ということは、ボードベンダーには399ドルで見合う原価で提供されていることになる。

●出荷数量が減ったから安くなった?

 しかし、これは妙な話だ。というのは、複数の業界関係者からの情報によると、NVIDIAは供給形態を変更した際に、その理由をNV30の歩留まりが予想より悪いための措置だと説明していたからだ。つまり、情報の通りだとすると、NVIDIAは歩留まりが悪い=コストが上がった製品を、当初ボードベンダーが想定していたより安い価格で提供することになる。一見すると矛盾するようだ。

 だが、実はこれは矛盾しない。というのは、出荷する数量が減れば、もしNVIDIAが製造コストに見合わない、あるいはコストぎりぎりの価格でNV30を提供したとしても、経済的な影響は少ないからだ。逆に、大量に投入しようとしたら、これだけ低価格は設定できなかったかもしれない。もし、ボードが原価を割ってたりすると、大量に出したら大変なことになってしまう。GeForce FX 5800 Ultraがいきなり低価格でスタートするということは、当面は数量があまり出ないことを示している可能性がある。

 実際、あるGPU関係者は「信頼できる筋からの情報では、NV30はキャンセルになった。NVIDIAは実際に走らせてみたらNV30のパフォーマンスがターゲットに達しないことがわかったようだ」とまで言っていた。このあたりの情報は、フタを開けて(NV30が出て)みないと何とも言えないが、そういう情報が飛び交っていることは事実だ。2週間前に米国のGPU業界関係者と話した感触では、少なくともGeForce FX 5800 Ultraは数が出ないというのが共通した認識になっていた。また、ボードベンダーでも、GeForce FX 5800 Ultraが潤沢に出ると予想する関係者はいない。

 NVIDIAの場合、戦略転換が速いため、こうした情報も現時点でどこまで正確かわからない。しかし、GeForce FX 5800 Ultraが数が出ない可能性があることだけは確かだ。つまり、GeForce FX 5800 Ultraは、戦略価格のお買い得品だが、希少なボードになる可能性がある。

 そして、GeForce FX 5800 Ultraの価格戦略は、同じNV30コアのワークステーション向け製品Quadro FX(NV30GL)の戦略と重ね合わせると、さらによく見えてくる。

●Quadroの方が数量が出る可能性も

 面白いのは、PC向けのGeForce FX 5800 Ultraより、ワークステーション用のQuadro FXの方が周波数が低いこと。GeForce FX 5800 Ultraが500MHzなのに対して、Quadro FX 2000が400MHz、Quadro FX 1000が300MHzだ。このことが示す意味は明確だ。NVIDIAはNV30では、PCよりワークステーションをまずは中心にボリュームを出そうとしているのだ。

 GPUやCPUのように高周波数のチップの場合、1枚のウェハーから高周波数で動作できるチップとそうでないチップが混在して採れる。そのため、チップベンダーはチップを動作周波数で選別したスピードビンで出荷する。そして、走り始めの段階では、通常高周波数チップは採れにくい。今回NVIDIAがNV30コアで500/400/300MHzのスピードビンをしてきたことは、NV30はスピード歩留まりが悪い(高クロックチップの採れる数が少ない)ことを示している可能性は高い。おそらく、NV30コアも500MHz動作品はある程度限られ、400MHz以下なら安定して量を確保できるのだと推測される。

 だとすると、NVIDIAはワークステーション用にボリュームを確保できるクロックを用意し、PC向けに性能は高いが数を確保できない可能性があるクロックを持ってきたことになる。高価格のQuadro系の出荷数が多ければ、トータルで見るとNV30はかなり高マージンを取れそうだ。

 もっとも、NVIDIAがワークステーションを重視する理由は、Quadro系の方が高く売れるというだけではない。むしろ、もっと長期的な視野に立った戦略だろう。というのは、NVIDIAは現在、NV3xに採用したCineFXアーキテクチャの種まきフェイズにあるからだ。

 NVIDIAは、今はDirectX 9を大きく拡張したCineFXと、独自のシェーダ言語環境Cgをデベロッパに使ってもらい、彼らの支持を獲得するのを望んでいる。それは、NV30がプログラマブルなDirectX 9/OpenGL2.0世代GPUで、シェーダプログラムが差別化の鍵になるだからだ。つまり、順番としては、デベロッパにCineFXを活用したシェーダプログラムを開発し始めてもらい、その魅力で最終的にユーザーを惹きつけるという戦略だと推測される。ちなみに、ATI Technologiesも、RADEON 9700(R300)では、デベロッパの開拓に重点を置いて「FIRE GL X1」を即座にリリースした。

●NV30の製造コストを推測

 ではGeForce FX 5800 Ultraの場合、製造コストはどの程度なのだろう。

 チップのコストはダイサイズ(半導体本体の面積)とプロセス技術に影響される。NV30は0.13μmプロセスで製造され、1億2,000万トランジスタを搭載し、ダイサイズは「R300よりは若干小さく、14.3mm角(204平方mm)程度と推定している」(あるGPU業界関係者)という。これは、GPUとしては最大級のサイズで、かなり高コストにつく。

 S3 GraphicsのNadeem Mohammad氏(Marketing Product Manager)は、1月27~28日に米サンノゼで開催されたPlatform Conferenceで、NV30クラスのGPUのコスト試算例を披露している。Mohammad氏のプレゼンテーションでは、1億2,000万トランジスタクラスの0.13μmプロセスのGPU(つまりNV30相当)の製造コストは、現状では100ドルを超えるレベルとなっていた。Mohammad氏は、NV30のコストは現在はR300よりかなり高いと言う。

 この試算は納得できる。というのは、CPUでも200平方mmクラスのダイサイズ(半導体本体の面積)のチップは、100ドル以上の製造コストからスタートすると言われているからだ。ちなみに、Mohammad氏によると、現状でコストが高いのは、ファウンダリ側の0.13μmの歩留まりがまだそれほど向上していないためだという。そのため、今年後半になると、コストは下がり、0.15μmに対してコストで同等になるという。ちなみに、S3は次の「DeltaChrome(Columbia)」では、NV30と同じ台湾ファウンダリTSMCの0.13μmプロセスを使う。

 1GHzのDDR2メモリも高価格の可能性が高い。あるDRAM業界関係者は「グラフィックス用のDDR2メモリ(GDDR2)の価格はハイエンドボードでようやく見合う程度のはず」という。

●ボードは12層基板へ

 こうしたデバイスコストに、GeForce FX 5800 Ultraでは排熱機構のコストがかぶさる。0.13μmプロセスは駆動時リーク電流が多いためNV30の消費電力は多い。それだけでなく、NVIDIAが採用したSamsung ElectronicsのGDDR2メモリも消費電力が大きい。これは、Samsungの第1世代のGDDR2の電源電圧が2.5V(メインメモリ用は1.8V)と高いためだ。Samsungが製造キャパシティが空いた古いプロセスにGDDR2の製造を割り当てたためだと思われる。

 また、ボードの基板自体も高コストだ。それは、基板層数が変わったからだ。昨年の11月のCOMDEXのGeForce FX 5800(NV30)発表時には、NVIDIAは「ボード発売時には8層基板になる」(NVIDIA、Tony Tamasi氏, General Manager, Desktop GPUs)と説明していた。ところが、12月の日本の発表会では「当社は8層基板のデザインはリリースしていない。現状では10層のデザインだけだ」(NVIDIA、Ballew氏)と変わった。そして、現在、NVIDIA自身が供給するボードは12層基板になる。基板層数が増える分だけコストは増える。

 層数が増える理由は明快だ。「500MHzのコアクロックと1GHzのメモリでは、信号が非常に高速になる。信号品質が非常に重要となるため、基板層数を増やさなければならない。そのために、GeForce FXではチップのパッケージもフリップチップにした。従来のワイヤボンドパッケージでは、信号品質のためにこの周波数で走らせることはできなかったからだ。同様にボードデザインも、パフォーマンスの制約にならないように層数を増やして確実にしなければならない」とBallew氏は10層基板の理由を説明していた。それをさらに12層にしたということは、10層でも不安があったということを示している。

 もっとも、Ballew氏は8層から10層へのチェンジではそれほど大きな影響はないと言っていた。「10層基板は8層基板よりちょっと高コストになるが、そんなにではない。メインストリーム製品は8層でなければならないが、パフォーマンス製品では、我々は最高性能を出せるようにする方を選ぶ。そうした製品では、1~2ドルを節約できても意味がないからだ。OEMにしても、『(性能が上がるなら)2ドル余計にかかってもいい』と言うだろう」

 ともかく、こうして検証すると、GeForce FX 5800 Ultraの399ドルがいかに厳しいかわかる。特にGPU自体の高コストを考えると、ぎりぎりの価格設定だろう。NVIDIAとしても、かなり悩んだ決断だったかもしれない。

□関連記事
【2002年12月18日】【海外】製造コストが非常に高い? GeForce FXの勝算
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1218/kaigai01.htm
【1月31日】NVIDIA、GeForce FXのプロトタイプを公開
~参考出荷価格も明らかに
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0131/nvidia.htm
【2月5日】NVIDIA、ワークステーション向けGPU「Quadro FX」を国内初公開
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0205/nvidia.htm

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(2003年2月10日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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