大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ケンウッドのPC市場への挑戦は成功するか!?


●ケンウッドがパソコン業界に本格参入

 「パソコン業界、東奔西走」のタイトル通り、このコラムでは、パソコン業界の動きを追っている。

 だが、今回取り上げるのは、AV機器メーカーであり通信機メーカーであるケンウッドである。

 なぜ、ケンウッドなのか。それは、この2月から、ケンウッドが、いよいよパソコン事業に本腰を入れ始めるからだ。


イーヤマとのジョイント商品
AVENUE MPX-710
 ケンウッドは、2月から、「Music PC System AVENUE MPX-710」を発売する。

 イーヤマとの提携によって、イーヤマが初めて投入するB5ファイルサイズのノートパソコンと、ケンウッドの本格オーディオを組み合わせた同製品は、パソコンとオーディオ機能を連携させた使い方が可能になるのが特徴だ。価格は、オープンプライス。実売価格は、20万円台半ばになる見込みだ。

 細かい機能などについては他稿に譲るが、今回の製品で、ケンウッドが、初めて本腰を入れてパソコン市場に乗り出したという意味では記念すべき製品だといえるのだ。

一昨年に発表されたAFiNA AV
 ここで、読者のなかには、「すでにケンウッドは、ソーテックとの提携でパソコン市場に参入しているはず。初めてパソコン市場に参入するというのは間違いではないか」と指摘するかもしれない。

 だが、ソーテックとの提携で投入されたAFiNA AVは、オーディオ部分に関して、ケンウッドからソーテックへのOEMによって実現されたもの。正確には、ケンウッドブランドを残していることからOEMという言葉はふさわしくないかもしれないが、乱暴な言い方をすれば、AFiNA PCが売れようが売れまいが、ケンウッドは、一定数量の製品をソーテックに納めれば、それで事業が完結するという仕組みだったのである。

 今回のイーヤマとの提携で発売される「AVENUE」への取り組みに対して、あえて「本腰を入れて」という言葉を使ったのも、実は、そのスタンスが、ソーテックの時とは大きく異なるからなのである。

 今回の製品は、イーヤマとケンウッドが、ともに事業責任を負う形で製品化したものだ。設計、開発、生産はもとより、営業体制についても両社が共同で展開している。

 パソコン売り場での取り扱いに関しては、イーヤマの営業担当者にケンウッドの営業担当者がついて販売店開拓を行ない、オーディオ売り場の展示販売に関しては、ケンウッドの営業担当者にイーヤマの営業担当者がついて、製品説明を行なうという体制をとっている。

 ケンウッドの営業担当者が明確な目標数字をもち、それを達成するために自ら販売店開拓をすすめる、初めての「オーディオパソコン」なのである。

 「もう一度、あの頃の勢いをもつ需要を生み出したい」-今回の製品企画は、ケンウッドのこんな思いから始まった。そこに、低価格競争に走っていたパソコン産業において、付加価値型製品の投入を目論んでいたイーヤマが参加した。イーヤマにとっても、後発でパソコン本体事業に参入する上では、新たな付加価値が必要だったからだ。


●オーディオ機器への関わり方も変えたい

 では、ケンウッドのいう「あの頃」とはいつなのか。

 もともとオーディオ業界では、新入学シーズンに、お祝い需要として20万円前後のシステムコンポが飛ぶように売れた時期があった。これがオーディオ業界の躍進を支えたといってもいい。

 ところが、その後のオーディオの低価格化によって、新入学需要の特別な商品という位置づけから変化、同時にオーディオ業界は価格競争へと陥っていった。現在、売れ筋となっているオーディオ製品は4~5万円程度。かつての高価格帯で推移していた面影はまったくなくなった。

 その一方で、新入学祝いに欲しい商品の変化も追い打ちをかけた。いま、大学生などが欲しい商品は、大学で必須となっているパソコンだ。

 「市場調査をしたところ、大学の休講の連絡やレポート提出もパソコンとインターネットを利用しているという例が極めて多いことがわかった。パソコンは、教科書と同じぐらいに必須のアイテムになっていた。こうした利用環境のなかでは、オーディオだけで、マーケットシェアを高めていっても限界がある。新たな利用形態を考えた上で、新入学需要をターゲットとした製品を投入すべきと考えた」(ケンウッド)。

 その回答がオーディオパソコンである。

 価格帯という側面で見た場合も、ノートパソコンの実売価格が20万円前後という点で、まさにかつてのオーディオ機器が主戦場としていた領域となっている。

 大学生が大学で使うために適したB5ファイルサイズのノートパソコンにしたこと、価格帯を20万円前後としたこと、そして昨年末に製品発表しながらも、製品発売時期を2~4月までの3か月間をターゲットとしたのも、新入学需要を狙うという明確なコンセプトの上で練り上げられたものだ。

 オーディオとパソコンとの融合で、「かつての需要を生み出したい」というのが、今回の製品にかけるケンウッドの思いなのである。

 もちろん、ただ闇雲にパソコンとオーディオの融合を図ったわけではない。

 そのベースには、今後、パソコンとオーディオ機器の融合は、当然の成り行きとの考えがある。

 周知のように、インターネットを利用した音楽配信は徐々に活発化しつつある。ブロードバンドの浸透とともに、ますます利用シーンは増大するだろう。

 事実、オーディオ機器は、メディアの変化とともに成長してきた経緯がある。

 レコード、テープ、CD、MD、DVDと変化してきた音楽メディアの次のターゲットが、インターネットとハードディスクの組み合わせだ。

 ケンウッドでもそれを想定した製品展開として、今回の商品化に至っている。

 これは、オンキヨーの「U7」、ソニーの「ビットプレイ」も同様だ。

 オンキヨーはパソコン周辺機器として、パソコンとオーディオの融合を図り、ソニーはオーディオにパソコン機能を組み込むという形でこの分野に参入している。各社ともアプローチの手法は異なるが、次世代の新たな音楽メディアへの対応を見越したパソコンとオーディオの融合という点では同じといえる。

 そして、ケンウッドには、もうひとつの側面がある。

 それは、「オーディオ機器に対する利用者の関わり方を変えたい」という思いだ。

 ケンウッドでは、最近のオーディオ利用者の傾向を、「受け身になった」と表現する。

 「かつては、イコライザーをいじったり、スピーカーを変えたり、編集したりといったように、人が機器に介在して、音の変化を楽しむ能動的な側面があった。これが、商品を進化させることにもつながり、商品が生きてくるということにつながった。だが、最近では、デザインや価格ばかりが優先され、音を聞くことに関しては、完全な受け身という形になった。だが、パソコンとの融合によって、能動的なオーディオ機器への関わり方が復活してくるのではないか」

 オーディオの進化のために、利用者には能動的になってもらいたい--そんな気持ちも、この製品に込められている。


●あまりに違いすぎるパソコン業界の速度

 だが、今回の製品化に伴って、ケンウッドの体質転換も求められている。

 最大の変化は、事業のスピード化だ。

 もともとオーディオ業界は、1年間という製品寿命のなかで、設計、開発、生産、販売が行なわれる。だが、パソコンの場合は、3か月単位での製品サイクル。実に4倍速での事業展開が求められるのだ。

 ケンウッド社内では、この体質転換に戸惑ったようだ。

 「1年の商品サイクルのうち、最初の半年で約8割を販売し、残りの半年で、処分価格を徐々に打ち出しながら、商品寿命を完結させるというのがオーディオ製品の売り方。パソコンの製品寿命サイクルはあまりにも異例すぎる」というのも当然だ。

 イーヤマとの提携によりオーディオパソコン事業に乗り出したのが、いまから1年半前。「その間、パソコン業界のマーケティング、販売ノウハウを、社内に積極的に取り込んだ」と振り返る。イーヤマとケンウッドの会議は週3回のペースで開催され続けている。時には、徹夜になることもあるという。

 今後、パソコン事業を本格化させるに従って、事業速度も速まってくるだろう。

 一方、営業現場でもいくつかの壁に当たっている。

 最大の問題は、パソコン産業とオーディオ産業の商習慣の違いだ。

 パソコンでは、薄利で短期間に売り切るというのか基本的な考え方。オーディオが1年間をかけて、手厚い利益構造のなかで商売をするのとはまったく異なる売り方が求められる。当然、仕切率も薄利型のものに転換する必要がある。

 また、オーディオ売り場においては、パソコンに関する知識を教え、パソコン売り場では、オーディオに関する販売知識を提供するという販売店支援なども求められている。

 オーディオパソコンという新たな領域の製品だけに、メーカー側にもこうした新たな手間がかかるのだ。

 3か月間での販売目標は15,000台。月平均5,000台の販売ペースとなる。

 一部では、2月発売予定が、3月にずれ込む可能性があるという話も出ているようだが、発売が1か月ずれ込めば販売目標も大きく変化することになる。なんとか、2月の発売に期待したいところだ。

 「オーディオPCという新たな領域を切り開きたい。そのためには、自らがパソコンの事業責任をもつという痛みをもって乗り出したい。そうした決意のもとで投入した製品」と、ケンウッドでは今回の製品を位置づける。

 いよいよ、ケンウッドの新たな挑戦が、火蓋を切って落とされようとしている。

□関連記事
【2001年11月28日】イーヤマ、ノートPCとオーディオユニットをセットにした「AVENUE」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20011128/iiyama.htm
【2000年10月4日】ソーテック、ケンウッドと共同開発のAVパソコン
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20001004/sotec.htm

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(2002年1月18日)

[Reported by 大河原 克行]


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