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第31回 : モルディブからの電子メール



 先日、書評の仕事でノンフィクション作家山根一眞氏のDIMEでの連載をまとめた「モバイル書斎の遊戯術(小学館)」を読んだ。山根氏は僕のようなバーティカルな世界(パソコン界)でしか生きられない人ではない。電脳人間ではない真っ当な人間の感覚で、それでいて技術音痴ではない、そしてもちろん作家としてのウィットに富んだ文章はなかなか楽しめる。
 その中にモルディブからのインターネット接続に関するくだりがあった。氏は昨年の11月にモルディブへと出かけたそうだが、僕もさらに遡ること1年、'97年の12月にモルディブからのインターネット接続を試みたことがある。


■ 送り忘れた原稿送ります

 「人間として最低のことはしてください」なんてことを言われる時は、たいてい絶縁状をたたきつけられる直前なのだが、モルディブへの久々のお出かけで浮かれた僕は、物書きとして最低限の「ちゃんと原稿を送ってから遊ぶこと」をすっかり忘れていた。原稿は出来上がっていたのに、それを送信していないという不始末。
 絶縁状を叩きつけられてからでは遅いので、なんとか原稿を編集者に届けなければならない。そう気づいたのはモルディブへ向かう途中、クアラルンプールでトランジット待ちするホテルの中でのことだった……ならば良かったのだが、すでに我が身はモルディブの首都マーレへと向かう飛行機の中だったから大変だ。

 前述の書の中で山根氏は「私は日本で一番アマゾンを愛している人間である(たぶん)」と記しているが、僕は日本で1番モルディブを愛している人間である(たぶん違う気がする)。ここ数年、モルディブもずいぶん都会化が進んだなぁと思うし、それに伴って現地で感じる雰囲気も変わってはきている。

 それはさておき、モルディブからどうやって原稿を送るべきか。モルディブからインターネットに接続することがいかに難しいかは、よく知っているつもりだ。念のため、荷物を減らしたい妻に大反対されながらもパソコンとモデムは持ってきていたのだが、当然のようにイリジウムなどの衛星電話など持ってきているわけではない。モルディブでの滞在で、通信環境など期待することはできないのだ。なにしろ首都マーレのあるレストランで「カプチーノとエスプレッソ」を現地で10年働いているフランス人が見つけたとき「モルディブにもこんなモノを出す店があったのか?」と驚いていたほど、なにもない場所なのである。
 幸いなことにこのときの滞在先は、空港から遠いアリ環礁はハラベリ島。日本から出発すると必ず夜に到着するモルディブへの行程でアリ環礁に行くためには、首都のマーレ(首都と言っても歩いて回れるぐらい小さな島だが)に1泊しなければならない。が、この1泊でなんとかインターネットへの接続が行なえるかもしれない。
 1泊だけの宿に到着後、まだ校了していないことを知っている僕は、さっそく国際電話「今、モルディブなんだけどね。送り忘れた原稿送ります」と電話したら、ダイバーでもある編集担当嬢はいたく不機嫌になってしまったのだがOKとのこと。なんとか絶縁状を叩きつけられずに済んだが、ここからが大変だ。夜中の間に接続先を確保しなければ、翌日の朝にはヘリコプターでアリ環礁に向かわなければならない。


■ もうダメだと思ったら

 首都マーレでの滞在は、現地ガイド曰く「マーレで一番高級なホテル」とのことだったが、日本で言えば駅前の安いビジネスホテルといった雰囲気。カプセルホテルよりは高級だが、かといって従業員の半分ぐらいは英語も通じないし、忙しくてあまり相手もしてくれない。というよりも、PCそのものが普及していない中では、インターネットへの接続方法そのものを理解してもらうことがとても難しい。
 「モバイル書斎の遊戯術」によれば、現在はモルディブの現地インターネット接続プロバイダにAT&TのWorld netから毎分20円でローミング接続できるとのことだが、僕が行った当時はそれもなかったらしい。あとからわかったことだが、夜中に急にインターネットに繋ぎたいと思っても、あの時点ではモルディブからインターネットに接続する手段がなかったのである。

 ところがあきらめの中、島の周囲を歩いて15分もかからない小さなハラベリ島に到着してから運が向いてきた。ジャングルの中に作られた簡素なリゾートのオフィスでチェックイン作業をしながら世間話をしていると「いや最近はインターネットがあるから、時代遅れにならずに済むよ」なんてことを、聞き取りやすい英語で喋ってくれるイタリア人が言い出したのだ。
 彼が言うにはイタリアにある本社との連絡に使い、滞在予約などを電子メールでやりとりしているのだそうだ。「ちょうどダイビング小屋にあるPCのプリンタが調子悪いんだ」なんて話(原因は単なるインク切れだったのだが)で、到着早々にPCのメンテナンスに駆り出されることになったのだが、その代わりにインターネットへの接続をさせてもらえることになった。

 近代化が進んできているとは言え、まだまだ田舎なモルディブの、それもあまり豪華ではない(逆にいえば自然のままの)リゾートの、しかもジャングルの中にあるダイビングサービスの中に、インターネットにアクセスできるPCが置かれていたのは驚いた。モルディブのことを知る読者なら、あの国のどこにインターネット接続プロバイダがあるのだろう? あったとして、何100マイルも離れた離島で、果たしてモデムが正常につながるのか? といった疑問を持つだろう。
 実はモルディブには、モルディブインターネットサービスというダイヤルアップIP接続専門のプロバイダが1つだけ存在するのだという。品質はというと、現地のスタッフいわく「ベリー・ベリー・スロウ」で、実際にアクセスしてみると、接続速度は14.4Kbpsにも満たない程度。島とマーレの間はケーブルではなく無線による接続というから、ノイズによるエラーでさらに遅くなっているはずだ。マーレから上流(さてどこに接続されているものやら)となると、どのような手段でつながっているものかもわからない。
 しかし、インド洋の真ん中の、なにもない島の中からインターネットに接続できるのだから、東京でインターネットを使っているのとはまた違う感慨がある。

■ 調査怠りなきよう

 僕の不注意から原稿が遅れるところだった2年前のトラブルは、運の強さが幸いして難を逃れたわけだが、実際にはそれほどうまくいくことばかりではない。モルディブにあるリゾート施設のコテージには、ほとんどの場合、電話回線が来ていない。電話機が置いてあったとしても、それは内線通話にしか使えないものだ(むろん時代は変わるので新しいリゾートには電話があるかもしれないが)。したがって、AT&Tのインターネット接続サービスに加入して、アクセスポイントさえ確保すればリゾーターが気軽にアクセスできる……というわけではない。

 しかし、あらかじめ調べておけば、なんとかインターネットに接続できることも確かだ。モルディブに限らず、滞在先によっては電話がないことなどごく当たり前だったりする。特にヨーロッパのリゾートなどは、先進国だからといって安心してはいけない。家族経営のこぢんまりとした古いホテルは、ヨーロッパの田舎に滞在する魅力のひとつでもあるが、一方でモジュラジャックが存在しないこともよくあるのだ。何事も油断禁物である。
 モルディブに限った話だが、ACブラグの形にも気を付けておきたい。モルディブのACプラグは基本的にゴツゴツとした英国タイプなのだが、滞在するリゾートによっては形が異なることもある。これはモルディブのリゾートが、基本的にひとつの島にはリゾートしか存在しないため、島を所有しているオーナーのお国柄が色濃く出るためである(ちなみにこのとき滞在したハラベリ島はイタリア系で、四六時中イタリア語が飛び交い、半分ぐらいの人は英語で話しかけてもこちらの話をわかってくれなかった)。
 遊びの時ぐらい、PCから解放されたい気持ちもあるが、念のためインターネット接続の調査は怠りなきよう心がけたい。どのような地域でも、インターネットへの接続手段があったりするものだ。

[Text by 本田雅一]


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