米Microsoftの反トラスト法裁判の行方は、米国の新聞系メディアでも大きく取り上げられている。その中で面白いものを紹介しよう。
Microsoftは、反トラスト法裁判の行方をクリントン政権ではなく、次の政権に賭けるつもりだ-そんな分析記事がいくつも登場している。
どういうことかと言うと、米国では来年が選挙の年で、2001年1月からはクリントンの次の政権に代わる。そこで、裁判を新政権との交渉で決着をつけようと狙っているのではないのかという観測だ。政権が変われば、新政権はMicrosoftと、同社にとって受け入れやすい条件で和解をするかもしれないからだ。また、Microsoftを司法省とともに提訴している19州の検事総長も、選挙で顔ぶれが変わることで、風向きが変わる可能性もある。「Appeal more likely than settlement in Microsoft case」(The Seattle Times,'99/11/7)によると、最高裁にまで持ち込むなら、簡単に裁判は2001年にまで伸びるだろうと分析している。
「Backing a winner」(San Jose Mercury News,'99/11/6)によると、政治アナリストたちは、Microsoftが、同社により同情的な大統領(おそらく共和党)が選ばれるように願って上告すると語っている。ここで共和党がMicrosoftに同情的だとみなされていると言っているのは、共和党が伝統的に「小さな政府」指向だからだ。つまり、中央政府の権限を弱めて、私企業の経済活動を自由に行なわせるという方向性を持っているからだ。実際、レーガン/ブッシュ時代には、反トラスト法訴訟の数は少なかったという。
●大統領候補はMicrosoft裁判には中立姿勢を保つ
もっとも、同記事によると、この手の戦略はうまくいかない可能性もあるという。それは、AT&Tの反トラスト法訴訟の前例があるからだ。AT&Tは民主党のカーター政権との和解を蹴って、共和党のレーガン政権との交渉に賭けたが、その結果は、レーガン政権の方が厳しく、AT&Tが分割されてしまったそうだ。このケースには、たしか、レーガン政権が市場の自由競争を促進するために、参入障壁などを取り去ることに熱心だったという背景があったようだ。
そのため、Microsoftは保険のつもりなのか、両党それぞれの政治家に対して政治献金額を増やしており、昨年から今年にかけて合計で190万ドルの献金を行なったという。「Backing a winner」(San Jose Mercury News,'99/11/6)によると、ブッシュ、ブラッドレイ、マッケインという大統領選の3有力候補者がともに最近Microsoftを訪問しており、献金を受け取ったという。そのため、候補者達は、Microsoft裁判について沈黙を守っているのだそうだ。
政治家たちにとっては、この裁判はやっかいな問題らしい。それは、Microsoftの側に立つと選挙資金の重要な源であるシリコンバレーから反発を食らうし、かといって、反Microsoft側に回ると、今度はMicrosoftからの献金を失うからだ。とりあえず、この件については、だんまりが正解という状態になっているようだ。
●ジャクソン判事はクロ判定の一歩手前でストップ
では、今回、米連邦地方裁判所(ワシントンDC)のトーマス・ジャクソン判事が示した事実認定「FINDINGS OF FACT」は、米新聞では、どう受け止められているのだろう。
「Judge Says Microsoft Wields Monopoly Power」(The Washington Post,'99/11/6)によると、ジャクソン判事は、Microsoftがシャーマン反トラスト法に違反しているかどうかの判断の手前で止まっているという。つまり、まだ違法という判断を下したわけではない。しかし、法律専門家たちは、この事実認定は違法と判決する素地を用意していると見なしているという。それは、判事が政府提出の証拠のほとんどを受け入れて、Microsoftの説明のほとんどに疑いの目を向けているからだそうだ。なかでも重要なのは、ジャクソン判事が、WindowsへのInternet Explorerの統合が消費者に利益をもたらさなかったとしたことだ。これで、昨年の控訴審の判決にあった消費者を助けるものである限りブラウザとOSを結合させることは合法という判断を、覆すことになる。
「Judge: Microsoft a Monopoly Microsoft's Silicon Valley competitors are ebullient over a federal judge's declaration that the software giant is a monopoly」(The Recorder,'99/11/5)は、この事実認定について、司法省寄りになることは予測されていたものの、100%政府側の見方を受け入れたことは予想外で驚きだとしている。
●和解の可能性は司法省の出方次第か
事実認定を発表したのち、ジャクソン判事は判決までの間に和解の話し合いを行なうように促したようだ。「Judge's Findings of Fact Signals A Rough Road Ahead for Gates」(The Wall Street Journal,'99/11/8、有料サイト)によると、判事は両サイドに、和解の可能性を含め今後のスケジュールを立てるため、来週にも自分と会うようにとプライベートに要請したらしい。しかし、記事によると、ジャクソン判事の強い物言いは、Microsoftの和解拒否の姿勢をより堅固にするかもしれないという。判事が政府寄りに立ったことで、和解条件も法廷命令も従来考えられていたよりMicrosoftにとって厳しいものになるかもしれず、その結果、Microsoftが和解しにくくなったかもしれないというわけだ。
和解が成立するかどうかは、司法省側の出方にかかっているという見方もある。「A Microsoft Settlement? The Next Move Is Joel Klein's」(BusinessWeek,'99/11/8)は、司法省が強固な姿勢ならMicrosoftは戦うし、そうでなければ取り引きの可能性があるという。例えば、司法省がMicrosoftの分割やWindowsのソースコードのライセンスといった構造的な是正措置にこだわるなら、和解は成り立たないという。同記事は、アナリストのコメントとして、Microsoftは商習慣の是正措置なら合意するだろうとする。その中には、排他的契約の権利制限や、Windowsを全顧客に定価で売る義務などが含まれるという。
Microsoftの分割案も、2つの案が上がっている。「Judge Says Microsoft Wields Monopoly Power」(The Washington Post,'99/11/6)によると、ひとつはWindowsだけを売る会社と他のソフトを売る会社に分ける方法。もうひとつは垂直に2、3個の“ベビービル”に分ける方法だという。もっとも、現実的には分割はまずありえないだろうと見る記事が多い。
●控訴審での対決に備える
それに、そもそもMicrosoftは、冒頭に説明したように、判決が出た場合も控訴する可能性が高い。「Federal Judge Finds Microsoft Has Operating-System Monopoly」(The Wall Street Journal,'99/11/5、有料)によると、Microsoft側は今回の事実認定について、「今後のプロセスの1ステップにすぎず、まだいくつもステップがある。我々は米国の法制が我々の立場を最終的には支持し、我々の行動は消費者に利益をもたらして来たと自信を持っている」と述べたという。これは、法制の認める控訴措置を取って戦い続けることを示唆していると見ていいだろう。
「Appeal more likely than settlement in Microsoft case」(The Seattle Times,'99/11/7)も、Microsoftは和解より控訴を選ぶだろうと分析する。その理由には、昨年控訴審はMicrosoft側に立った決定を下して、ジャクソン判事の決定をくつがえした、つまりMicrosoft寄りだという事実があるという。このあたりの事情は、昨日のコラムで述べた通りだ。また、ジャクソン判事がMicrosoftの証言の多くを無視しているように見える、つまり司法省に不公平に傾いていることも、控訴審で有利に働くという見方もあるという。
しかし、「Analysis: A Leap Toward Tough Rules」(The Washington Post,'99/11/6)は、ジャクソン判事が今回、かなり慎重に証拠を選りすぐっており、控訴審での攻撃に備えていると言う。記事の中で、ある弁護士は「この書類(事実認定)の足をすくうのは難しいだろう」と述べている。
●すでに裁判の影響を受けているMicrosoft
では、この裁判によって、Microsoftの活動やPC業界は影響はどのような影響を受けるのだろう。「Federal Judge Finds Microsoft Has Operating-System Monopoly」(The Wall Street Journal,'99/11/5)によると、すでにMicrosoftは裁判の影響をかなり受けていると分析する。つまり、Webベースコマースの基礎を築く重要な時期に攻撃的なことをあまりできなかったという。その結果、ソフト業界の競争は、提訴の頃予想されていたより、ずっとオープンのままだとこの記事は述べている。また、Microsoftが置かれた状況は、'70年代のIBMと似ており、反トラスト法裁判に悩まされ、身動きがにぶくなっているとする。この記事の見方は、ややMicrosoftに同情的かもしれないが、Microsoftが裁判の始まった頃と比べると、急速に求心力を失っていることだけはたしかだ。
「Analysis: A Leap Toward Tough Rules」(The Washington Post,'99/11/6)も、こうした見方を裏付ける。例えば、小さなソフト企業はMicrosoftに買収話を持ちかけられた場合、今は、諦めて従う以外の選択肢があるようになったという。
ただ、懸念されているのは、これがMicrosoftにとどまらず、ハイテク業界全体に影響することだ。同記事はベンチャーキャピタリストから「(ジャクソン判事の事実認定は)成功しすぎるなというメッセージのようだ」というコメントを拾っている。こうした意見を紹介する記事は他にも数多い。
最後にMicrosoftの株価だが、ジャクソン判事の発表が金曜だったために、米国の月曜まではどうなるか見えなかった。しかし、フタを開けたら、オープニングこそMicrosoft株は急落したが、すぐに持ち直し、結局ほとんど落ちなかった。どうやらウォールストリートでは、まだMicrosoft神話は健在らしい。
('99年11月9日)
[Reported by 後藤 弘茂]