ジェットコースターのように上昇と下降を繰り返すDRAM価格。PC Watchの『メモリ製品相場情報』を見ていても、毎週毎週、劇的に価格が変わる。特に、128MBのPC100 SDRAMのDIMMが3万円台に急上昇した9月末はすごかった。しかし、ここへ来て128MB DIMMも2万円を割って事態は落ち着いてきたようだ。
この推移を見ていると、「きっとこれで、DRAM高騰に泣いていたPCメーカーもほっと一息ついただろう」と思うかもしれない。ところが、そうではない。PCメーカーは、じつは今まさにDRAM価格の高騰に泣いているのだ。それは、PCメーカーが仕入れるDRAM価格が高騰しているからだ。
DRAM価格は、大きく分けて、コントラクト(大口需要家)価格とスポット価格の2つがある。秋葉原のDRAM価格は、このうちのスポット価格と連動している。ところが、PCメーカーが仕入れるDRAM価格は、コントラクト価格の方だ。そのため、秋葉原でメモリが高騰しているからといって、必ずしもPCメーカーの仕入れるDRAM価格が上がっているとは限らない。逆に、秋葉原でメモリが安くなったからと言って、PCメーカーが安くDRAMを仕入れられるようになるとは限らない。つまり、PCメーカーのPC価格を決める重要な要素の1つであるDRAMの仕入価格は、秋葉原のメモリ価格を見ているだけだとわからないのだ。
●連動しないコントラクト価格とスポット価格
現実に、コントラクト価格とスポット価格の関係を見てみると、なかなか面白い。
例えば、今週は、64Mビット品のPC100 SDRAM(x8)のスポット価格は先週から11ドル台になっている。128MB DIMMの完成品は180ドル前後だという。秋葉原で128MB DIMMが2万円を切っていることからも、これは実感できる。それに対してコントラクト価格は同じ64Mビット品のPC100 SDRAM(x8)で、スポット価格をわずかに上回ると言われている。まあ、スポットとコントラクトはほぼ同じレベルだと考えていいだろう。
では、これが9月21日の台湾大地震の直後はどうだったかというと、スポットの価格は64Mビット品のPC100 SDRAM(x8)がピークで21ドル程度で、128MB DIMMは300ドル以上に高騰していたという。秋葉原で128MB DIMMが3万円を越えていた時がこのポイントだ。ところが、同じ時期の9月末から10月初旬のコントラクト価格は、その半分程度だったと言われている。つまり、スポット価格の方がずっと高かったのだ。
面白いからもう1つ、秋葉原のメモリ価格が底を打った6月下旬から7月上旬はどうだったか比較してみよう。この頃のスポット価格の底は64Mビット品のPC100 SDRAM(x8)で4ドル台で、128MB DIMMは70ドル台だったそうだ。秋葉原で128MB DIMMが8,000円だった時がこれだ。ところがコントラクト価格の方は、この時点では6ドルかそれをちょっと切った程度だったと言われている。この時点では、スポット価格の方がかなり安かったのだ。
この動きを整理すると、次のようになる。スポット価格もコントラクト価格も、どちらも夏頃が底だった。そして、コントラクト価格は夏以降ぐいぐいとコンスタントに上昇しており、底の時期と較べると2倍になっている。それに対して、スポット価格はコントラクト価格以下の底から、いったん急上昇してコントラクト価格よりはるかに高くなったあと、今はコントラクト価格と同レベルにまで下がっているというわけだ。夏からの上昇傾向は同じだが、この2つの価格は連携していない。
●市場も仕組みも全く異なる2つの価格
では、コントラクト価格とスポットは何がどう違って、こんなに動きの違いが生じるのだろう。
まず、違いをひと口に言ってしまうと、コントラクト価格は“オモテ”の価格でスポット価格は“ウラ”の価格だ。
もう少し詳しく説明すると、コントラクト価格は、DRAMベンダーから大手のパソコンメーカーや大手のメモリモジュールメーカーに売られる時の価格だ。言ってみれば、正規の取り引きルートで、価格はDRAMベンダーと顧客の間で決められる。だから、この価格がいくらなのかは、なかなかわからない。また、顧客によって価格が異なる場合もある。
それに対して、スポット価格は、スポット市場と呼ばれる、ブローカー経由で取り引きされるDRAMの価格だ。コントラクトのような正規ルートの取り引きではない、言ってみれば裏ルートの価格だ。買い手は、コントラクトでの取り引きができない中小のモジュールメーカーなどだという。また、価格は報道されることも多い。
コントラクト価格とスポット価格は、このように取り引きの形態も違えば、買い手も異なる。実際にはコントラクトで取り引きされる量の方が圧倒的に多いので、本来的に言うなら、コントラクト価格が本当のDRAMの価格だ。しかし、秋葉原へ流れてくるノーブランドのメモリモジュールは、スポット価格で仕入れたDRAMで作られる場合が多い。そのため、秋葉原のメモリ価格はスポット価格が反映される傾向が強く、スポット価格=メモリ価格となっている。
●需給のバランスで変わるスポット価格とコントラクト価格
さて、秋葉原のメモリ価格は乱高下は、すでに説明した通り、スポット価格が乱高下したためだ。では、なぜスポット価格はそんなに急変動するのか。それは、スポット市場ではDRAMの供給が安定していないからだ。そのため、需給のバランスが大きく変わり、価格が極端に変動することが多い。
業界関係者によると、スポット市場でのDRAM供給が安定していないのは、スポット市場がそもそも余剰品をさばくためのルートだからだという。メモリは生産量の調節が難しいシロモノなので、しばしば供給が需要を上回ることがある。そうすると、DRAMベンダーは、余剰品をただ寝かすわけにも行かないので、ブローカーに放出する。あるいは、PCメーカーなどが在庫のDRAMやモジュールを流すこともある。
こうした構造のため、スポット価格とコントラクト価格の関係はどうなるかというと、需給の状態で変わってくる。原則的には、供給過剰の時はスポット価格はコントラクト価格より低くなり、その逆に、供給が足りない時のスポット価格はコントラクト価格よりも高くなる。
もう少し詳しく説明すると、DRAMの供給が過剰で需要を上回る時は、余剰品が大量にDRAMがスポット市場へ流れ込んでくる。そのため、スポット市場の規模自体が大きく膨らんで、品がだぶつくのだそうだ。DRAMベンダーもチップを寝かしておくよりは放出した方がマシなので、安く出すために価格は下落する。
ところが、その逆にDRAMの需要が高くて供給を上回る場合は、余剰は生じない。そのため、スポット市場へDRAMがほとんど流れてこない。そのため、スポット市場の規模自体が縮小して、供給は極めてタイトになる。DRAMベンダーも、スポット市場に安く出す理由はなにもない。そのため、スポット価格は高騰するわけだ。
さらに、こうした需給関係による値動きに加えて、投機的な動きもスポット価格を左右する場合がある。つまり、値上がりが見込めそうだとなると、スポット市場でDRAMを買い漁り、価格が上がりきったと見極めがついた時点で放出する業者もあるのだという。そのため、よけいスポット価格は上下が激しくなる。
では、最近のスポット価格の激しい動きはなぜ起きたのか。そのあたりの事情や、もっと長期的なDRAM価格については、また別な機会に説明したい。
('99年11月4日)
[Reported by 後藤 弘茂]