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後藤貴子の 米国ハイテク事情

ハイテクで管理主義が強まる米国オフィス

●社員のメールを読む会社が急増

「あなたの私用メールはあまりに内容下劣だ、明日から社に来なくてよろしい!!」
 会社のメールボックスを立ち上げると、こんなメッセージが人事部から届いている日が来るかも知れない。

 米国では似たようなことがすでに起きている。米Xeroxでは今年に入り、約40人の社員を解雇したという。勤務時間中に会社のシステムを使ってポルノサイトやギャンブルサイトに行なったり、オンラインショッピングをするなどして、「インターネットの過度の乱用」をしていたからだ(「Web Improprieties Moved Xerox To Fire 40 People in U.S. This Year」The Wall Street Journal, 10/7)。

 Xerox社側に社員のWebサーフィンの状況がわかったのは、この春からWebなどのモニタリングソフトを導入したからだ。そしてXeroxに限らず、社員一人一人がどんなサイトに行なっているのか監視したり、それどころかやり取りしているメールの内容まで監視する会社が米国では増えている。

 雇用者の団体American Management Associationがこの春行なった調査では、回答してきた1,054社のうち27%が社員の電子メールの記録とレビューをしている。'97年調査の15%の2倍近くになり、今では4社に1社はチェックをしていることになる。


●プライバシー重視ゆえに生じる厳しい管理

 メールを会社がチェックする。これは、“プライバシー重視の米国”というイメージとは正反対の行為だ。しかし、米国企業には、実は日本よりも徹底した管理主義の一面もある。日本より管理はずっとシステマチック。そして、従業員は管理しないと怠けて何をしでかすかわからないという、性悪説に立っている。

 雇用者による社員の監視はインターネット以前からあった。例えば、レストランの従業員が手を洗ったかどうか監視する装置(ソープディスペンサーを押さないと、身につけているバッジが反応してマネジャーに報告されてしまう)なんて製品が登場している。また、会社の備品を持って帰ったりさぼったりしていないか見張るため、ロッカールームに監視カメラが備えてある会社は比較的多い。さらに、日本ではこの夏、東芝のカスタマーサービス係の電話応対が話題になったが、米国ではカスタマーサービス係やテレマーケッターの通話内容を上司が記録し、チェックするのはよくあることだ。日本から見ると息が詰まるようなオフィスに暮らしているのが、米国のサラリーマンたちなのだ。

 だが、この“矛盾”は、プライバシーや管理に対する米国の考え方が日本と違う点から来るのかも知れない。簡単に言うと、日本よりプライバシー重視だからこそ、システマチックな管理が必要なのだ。


●パーティションの米国 対 大部屋の日本

 米国のオフィスでモニタリングが必要になるのは、社員のスペースが半個室化されているからだ。

 映画などでよく見るように、米国の会社では普通社員一人一人の机が低いパーティションで区切られている。Microsoftのようにほぼ完全に個室制の会社まである。それは企業側が、プライバシーがないと社員のストレスがたまり、生産性が落ちると考えているからだ。また、雇われる側もプライバシーを求めている。人種のるつぼで、個人の独立を重んじる社会なため、人との軋轢はトラブルの元になりかねないし、一人一人の昇給や昇進が評価次第で大きく変わるため、回りに自分の仕事ぶりが逐一見えるような環境はストレスフルだからだ。

 しかし、パーティションの中では、低い声でなら私用電話もできるし、パソコンでちょっとゲームしてもばれにくい。つまり、パーティション制は、落ち着いて仕事ができる反面、サボリが抑制されない。だからマネジャーは、システム的に管理する必要が生じるわけだ。

 これに対して、日本は大部屋制だ。これは、企業側が社員間のコミュニケーションがないと生産性が落ちると考えているからで、雇われる側も、うるさくプライバシーを求めない。何につけ“均一”な日本では、人との摩擦によるトラブルも米国ほど深刻にはなりにくいし、上司の評価による昇給・昇進の差などもまだそれほど大きくないからだ。

 大部屋制では誰が何をしているかすぐわかり、通話内容を聞かれたくない電話など絶対できない。私用メールならまあ何とかなるが、ポルノサイトへ行くのはちょっと難しく、オフィスでのプライバシーはないに等しい。反面、まわりの社員の目と上司の目がサポリの抑制となるので、管理職はシステム的に管理する必要がない。


●ネットでサボリも管理もエスカレート

 もっとも、このような違いがあっても、これまでなら米国でもマネジャーはパーティション越しに管理する程度ですむことが多かった。

 ところが、ネットワークは、“パーティションの中の自由”をエスカレートさせてしまった。自宅より高速の快適な環境でオンラインショッピングやWebサーフィンができてしまうし、社内でのうわさ話などのメールも打ち放題。そこでマネジャー側も、モニタリングのようなエスカレートした管理をせざるを得なくなってきたというわけだ。

 それに、管理者がモニタリングを導入するには、生産性以外の理由もある。会社の秘密漏洩を防ぐというのがひとつ。それから、いかにも米国らしい理由として、社員が社のアドレスを使って性差別・人種差別のメールをやり取りしていた場合、社の管理責任が問われる恐れがあると言われ、それを防ぐ目的もある。

 しかしモニタリングソフトでは、これまでになく、細かく正確に、社員の行動が雇用主にわかってしまう。そのため、米国でもまだこれをどう受け入れるかで、社会は揺れている。

 まず、最も強硬なプライバシー保護派は、社員が性差別発言等をしても会社に法的責任はないはずだとして、モニタリングに全面的に反対する。だが、もっと多いのは、事前に通知すればいいという穏健意見。それを反映したのが先ごろ、カリフォルニア議会が可決した法案だ。これは、企業が通告なしに秘密裏に従業員のメールやコンピュータファイルやWebサーフィンの状況をモニタすることを禁止するものだったが、州知事に拒否権を発動された。雇用主の権利を守るというのがその理由で、これが最も雇用者寄りの右派意見というところ。

 ハイテクで自由を得た社員たちと、ハイテクでそれを追う雇用者たち。プライバシーと管理。このせめぎ合いの決着はまだつきそうにない。

●Wall Street Journal Interactive Edition(ペイパービュー)
http://interactive.wsj.com/
●「More U.S. Firms Checking E-Mail, Computer Files, and Phone Calls, Says American Management Association Survey」
http://www.amanet.org/usindex.htm

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp