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ハイテクが変える“米国移民像”


●シリコンバレーで成功を収める移民たち

 ニューヨーク沖、エリー島--映画『ゴッドファーザー Part2』で、コルレオーネ少年は米移民事務所のあったこの小さな島に、イタリア系米移民としての第一歩を記した。今、アメリカンドリームを目指す移民たちは、シリコンバレーで第一歩を踏み出す。コルレオーネ少年は、マフィアにしかたどり着けなかった。しかし、バレーの新移民たちは米国人に伍した、いや、一部の米国人の頭を飛び越えた生活を送ることができる。

 シリコンバレーで石を投げればインド人か中国人のハイテクエンジニアにあたる、というのはよく聞くたとえだ。人材不足に悩むハイテク企業は中国・台湾やインドだけでなく、イスラエル、ロシアなど、世界中からハイテクに秀でた人材をかき集め、高サラリーにストックオプションまで提供している。ハイテク産業は昨年、政府に、ハイテクワーカーなどのビザ枠をそれまでの年65,000人から115,000人に拡大させることに成功したが、それでもまだ足りなくて、今度は年20万人という法案も提出されている。


●ハイテクが可能にした、“高い位置”からのスタート

 労働人口が不足すると、それを補うための外国人を“輸入”する--これは建国以来の米国伝統の策。でもこの豊かなハイテク移民の姿には、今までの移民との大きな違いがある。

 伝統的な米国移民は、成功するまでに3代くらいかかった。
 ステレオタイプで見ると、英語をまともに話せず市民権もない移民1世は、鉄道・港湾などの労働者、子守、農家の手伝い、料理店の皿洗いといった底辺から米国社会に入るしかなかった。これでは、たいていの場合、はい上がってもたかが知れている。米国で生まれる2世は初めから市民権を持つが、まだ親から引き継いだ文化の影響も強いし、幼少の頃は貧しいことが多い。3世代目くらいになってようやく、米国に溶け込んだ、安定した環境で育つようになり、“生粋”の米国人とほぼ同じスタートラインから出発できる。ただし、それでもマイノリティ(少数民族)というハンディはつきまとう。

 それを変えたのがハイテクだ。ハイテクの知識さえあれば、英語がつたない移民1世にも、ハイテク企業は喜んで高給の仕事をくれる。

 UCバークレーのAnnaLee Saxenian教授によれば、シリコンバレーでは移民が一国一城の主になることも増えている。'95年から'98年の間に起業したシリコンバレーのハイテク企業のうち、2,775社(全体の29%)のトップがインドか中国からの移民だというのだ(「Silicon Valley's Money, Mindset Spur Exodus of Asia's Top Talent」Wall Street Journal, 9/21)。他の国からの移民を合わせれば、ゆうに3,000人以上の移民のトップがいることだろう。



移民の中で生じる“デジタルデバイド”

 こうしてハイテクのわかる移民は、米国社会の中~上流に簡単に入ってしまえるようになった。それでは“底辺の移民”という図はなくなったのだろうか。そうではない。今度は、ハイテクがわからない移民やマイノリティが底辺に置いてきぼりにされるようになりつつある。

 例えば、昨年夏の米政府の調査(「FALLING THROUGH THE NET II: NEW DATA ON THE DIGITAL DIVIDE」)は、米国人の間にハイテクへのアクセスや知識を持つ者と持たざる者の格差--「デジタルデバイド(デジタルによる分かれ目)」--が広がりつつあることを明らかにした。その調査によれば、ヒスパニック(中南米からの移民が多い)や黒人は、パソコンの保有率やインターネット加入率が白人やアジア系より低く、ハイテクからより遠いところにいた。ヒスパニックや黒人にも裕福な層はあるが、全体的に見るとやはり貧しい層が多い。

 これまでは、どんな人種でも移民はみな同じような低い場所から出発し、上の階層にはい上がっていった。ところがハイテク社会では、ハイテク知識の有無で、出発地点もリッチになれるかどうかも決まってしまう。移民とWASP(アングロサクソン系プロテスタントの白人)に代表される米国人の格差が縮まったかのように見える中で、移民・マイノリティ同士でのデジタル格差が開きつつあるというわけだ。



ゲイツ氏の奨学金寄付の意図は


●ゲイツ氏、10億ドルをマイノリティへの奨学金に寄付

 だが、そのデジタルデバイドを埋めようと尽力する人々もいる。例えばハイテク産業の帝王、ビル・ゲイツ氏……。

 え、あの、自分の会社の利益にしか興味がないようなゲイツ氏が? と、思うかもしれない。ゲイツ氏が個人的に移民やマイノリティの幸せを日夜、願っているかはともかく、事実として、ゲイツ夫妻は黒人、ヒスパニック、ネイティブ・アメリカンなどのマイノリティの大学生に奨学金を出すことにしたのだ。それも、向こう20年で10億ドル(約1,050億円)という、単一の奨学金としては史上最高の額だ。特に、数学、科学、エンジニアリング、教育、図書館学専攻の学生は大学院生になっても続けて奨学金を受けられるという(「Gates Family Donates $1 Billion To Fund Minority Scholarships」Wall Street Journal, 9/17)。


●アファーマティブ・アクションの代わり

 この奨学金は、マイノリティにとって、新しい「“デジタル”・アファーマティブ・アクション」になるかも知れない。
 米国には以前から、マイノリティのハンディを解消するため、大学や企業に、人口比などに応じて半強制的にマイノリティを受け入れるようにさせるアファーマティブ・アクション(積極行動)という政策があった。簡単にいうと、大学のある地域にヒスパニックが7%いれば、100人の新入生枠のうち7人はヒスパニックを優先的に入学させようという政策だ。だが、最近では白人などから、アファーマティブ・アクションは本当に入る資格のあった者を閉め出す逆差別だとの声が高まり、この政策をなくす州が増えてきている。シリコンバレーのあるカリフォルニア州はその先鋒だ。

 確かに白人の声にも一理はあるのだが、貧しいことが多いマイノリティからアファーマティブ・アクションを取り上げれば、高等教育や良質な雇用のチャンスが奪われるのも確か。マイノリティの若者がハイテクや教育関連の高等教育を受けやすいようにするゲイツ氏の今回の奨学金は、その代わりになるというわけだ。

 もっとも、世界一の金持ちゲイツ氏の動機は、図書館の普及や奨学金に尽力したロックフェラー氏のように歴史に名前を残したいという欲なのかも知れない。それに、昔からアメリカンドリームを達成した者は、その富を(一部でも)貧しい者に分け与えるのが半ば義務のようなもの。逆に、慈善活動をしなければ守銭奴呼ばわりを免れない。ゲイツ氏の寄付はそのためなのかもしれない。もちろん、たとえ義務感からとしても、それを当然と受け入れて寄付をすること自体、日本のお金持ちには見られない、立派な行為なのだけれども……。

●Wall Street Journal Interactive Edition(ペイパービュー)
http://interactive.wsj.com/
●「FALLING THROUGH THE NET II: NEW DATA ON THE DIGITAL DIVIDE」
http://www.ntia.doc.gov/ntiahome/net2/falling.html

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp