今年の年末商戦は、PCにとってここ数年で最悪のものになりそうだ。
年末は、一年でいちばんPCが売れる時期のひとつ。日本だけでなく、米国でもこのホリデーシーズンにはPCがバカ売れする。だから、世界中のPCメーカーが、このシーズンに向けたモデルに力を入れてきたし、PCを買う側にとっても、もっとも魅力的なシーズンだった。
ところが、今年の年末商戦は、ちょっと様子が違う。PCメーカーは、力を入れようにも入れられない。自分たちにコントロールできない要因で、ホリデーシーズン向けの魅力的な新モデルを出すことができないという苦境に陥っている。それは、台湾地震による部品不足/値上がり、Intel 820チップセットの延期による混乱、Windows 2000の出荷遅れという3つの要因だ。
●じわじわ利いてきた台湾地震
まず、台湾地震で部材の生産が遅れた。これは、台湾に半導体ファウンダリ(委託生産)やマザーボードメーカーの工場など、PCに欠かせない部材の生産施設が集中しているからだ。この影響を公式に表明するメーカーはまだ少ない。しかし、PCメーカーで一部の製品で遅れが生じると警告したという報道(「Compaq Warns of 'Spot Delays' Due to Earthquake in Taiwan」The Wall Street Journal,'99/10/14、有料サイト)や、どのメーカーも価格を引き上げるかスペックをダウンするかどちらかを選ばなければならないだろうという報道 (「PC prices taking an unusual turn: up」 San Jose Mercury News,'99/10/19)が飛び交っている。また、Dell Computerは、台湾地震以降に急激に上昇したDRAM価格により、業績が悪化する見通しを発表している。
しかし、PCメーカーにとってもっと深刻だったのはIntel 820のトラブルと延期だ。820のリリース日程は、まだいつになるかアナウンスされていないが、0.18ミクロン版Pentium III(Coppermine:カッパーマイン)には間に合わないようだ。PCメーカーにとって理想は、Coppermine登場に合わせて133MHz FSB(フロントサイドバス)で820搭載機を年末商戦向けモデルのハイエンドに据えることだった。しかし、820の延期で、その戦略も崩れた。そのため、VIA Technologiesチップセットを採用しないメーカーは、440BXや810Eという、Coppermineの魅力を出し切れないマシンで、とりあえず年末商戦は乗り切ることになりそうだ。
さらに、Windows 2000の出荷も遅れている。当初ウワサされていた米国で10月完成、11月リリースというラインが遠のいたことで、米国でも年末商戦を完全にスリップした(日本ではもともと年末商戦に間に合わない)ようだ。これも、多少はPCメーカーの戦略にある程度影響を与えそうだ。
●Intel、Microsoft、台湾に頼るPC業界
というわけで、年末商戦は、次期OSはないし、新CPUを活かす次世代プラットフォームもないし、もしかすると価格も高くなるという状況にある。新OSはいらないという人は多いだろうが、それにしてもCoppermineを活かすプラットフォームが不在というのは寂しい。それに、メモリの価格を考えただけでも、年末商戦モデルはお買い得とはなりそうもない。
こうして見ると、今年の年末商戦は、PC業界がいかに、Intel、Microsoft、台湾、この3つに頼っているかを浮き彫りにしたようだ。CPUを作るIntelと、OSを供給するMicrosoft、そしてCPU以外の部材を供給し、ボードに実装する台湾、この3極のどれが欠けても今のPCは成り立たない。日本メーカーも米国メーカーも、PCを出すことができない。
面白いのは、Microsoftの遅れはいつものことで折り込み済みなので意外と影響が小さくて、その一方で、Intelと台湾の影響の大きさが実感されたこと。実際、台湾の地震と820延期が重なった9月下旬の業界の大騒動ぶりはなかなかすごかった。誰も彼も、台湾の被害状況を正確に掴もうと必死になっていた。それだけ、台湾の供給する部材の必要性が高いということだ。世界のPC工場は実質的には台湾なのだから、これも当然だ。
●増大した台湾の影響力
台湾が重要である理由は、以前はマザーボードだった。しかし、今では、ファウンダリサービスの存在感も大きい。グラフィックスチップなど、ロジック系チップのメーカーは、以前は日本の半導体メーカーのファウンダリサービスもよく使っていた。しかし、今ではほとんどが台湾のファウンダリに移行している。これは、ファウンダリのコストが圧倒的に安いからだ。また、ここ1~2年で台湾ファウンダリの技術が向上したことも、台湾ファウンダリへの移行の大きな理由になっている。例えば、台湾の大手ファウンダリは、すでに業界最先端の製造プロセスである0.18ミクロンでチップを製造している。そのおかげで、グラフィックスチップメーカーは、高性能なチップを作れるようになった。
あと、面白いのは台湾地震以降、DRAMの価格が上がっていること。台湾で生産しているDRAMの量なんて限られているので、その生産量が減っても影響はそれほど大きくないはずだ。しかし、需給がタイトで、しかも年末商戦を控えた状態ということで、台湾地震がちょうどいいきっかけになったのか、さらにDRAM価格が上がったようだ。このあたりの経緯は、もっと調べてみると面白そうだ。 それも、今上がっているのは、スポット価格ではなく大口需要家(コントラクト)価格というところが興味深い。大口需要家価格は、DRAMベンダーから代理店などを通じて大手のPCベンダーやモジュールメーカーに直接渡される時の価格で、供給も品質も安定している。そのため、スポット価格と違って価格はそれほど大きく変動しない。それが、今はぐいぐい上がって64Mbit品(×8)が1個12ドルとも言われている。これが今、大手PCメーカーのコストを押し上げているわけだ。
今は、逆にスポット価格の方が、台湾地震の影響によるマザーボード供給量への不安から、コントラクト価格よりも下がってきているという。価格が下がるも上がるも、台湾の影響というところが面白い。
('99年10月22日)
[Reported by 後藤 弘茂]