9月の下旬、米国発の1つのニュースが遠く秋葉原にまで直接の影響を及ぼした。ハードディスクメーカーのWestern Digitalが、主力製品であるIDEハードディスクのCaviarシリーズのうち、1枚あたり6.8GBのディスク(プラッタ)を採用したものをリコールしたのである。8月27日から9月24日にかけて生産された上記のドライブは、用いられているチップの不良により6~12ヵ月の使用後、パワーアップしなくなるという。該当するドライブの生産量は40万台にも及んでおり、当然わが国にも流通している。リコールの影響は避けられなかった。
さて、このWestern Digitalだが、同社ほどドラスティックに会社の業態を変えてきたところはないだろう。上述の通り、今となってはWestern Digitalはハードディスク専業メーカーとなってしまったが、かつては様々なPC関連事業を手がけていた。大げさな言い方をすれば、最初に買ったWestern Digital製品が何か、をたずねれば、その人のPC歴が分かるといっても過言ではない。おそらくほとんどの人にとって、Western Digitalの代名詞といえばハードディスクだが、同社がこの事業をスタートさせたのは、'88年にTandonを買収してからのこと。どちらかというと後発の部類に入る。
■ビデオチップメーカとしてのWestern Digital
もうちょっとPC歴の長いユーザーなら、Paradiseブランドのビデオカード、あるいはWestern Digital製のビデオチップを覚えているかもしれない。
同社製のイーサネットカードは、ビデオカードよりはわが国においてポピュラーだったかもしれない。LinuxやFreeBSDはもちろん、NetWareが日本語化されるずっと前、UnixベースのネットワークにPCを接続させる際(つまりDOSベースのTelnetユーティリティやFTPユーティリティを使う場合)、Western Digitalのイーサネットカードは定番といっても良い存在だった。ただ、これも安価なNE2000互換製品の氾濫と、Intelによるイーサネットカードの低価格化により、Windowsネットワーク時代を迎える前に消えてしまった。
この頃のWestern Digitalのもう1つの製品ラインは、チップセット(コアロジック)事業と、それを使ったマザーボードだ。'87年のFaraday Electronicsの買収により進出した事業分野だが、PCIの時代を迎える前に消えてしまった。ただ、LPXタイプのマザーボードの別名として、Wester Digitalタイプの異名が残るのみである。
■忘れ難いWestern Digitalのハードディスクコントローラ
しかし、これら以上に筆者にとってWestern Digitalといえば忘れられないのは、ハードディスクコントローラだ。どうも、一部にIBM PC/ATのハードディスクはIDEである、といった間違いが流布しているようだが(まぁ、こうした間違いがまかり通るほど、昔の話になってしまった、ということなのだろうが)、いわゆるIDEというハードディスクが登場してきたのは、386の時代(それも、おそらく'90年あたり)のことであり、'84年にデビューしたPC/ATには到底間に合わない。
PC/ATに使われていたハードディスクコントローラは、Western DigitalのWD1003と呼ばれるものであった。MFMエンコーディングとST506インターフェイスを採用したこのコントローラは、PIO方式による高速なデータ転送を特徴とした。ちなみに、PC/XTのハードディスクインターフェイスは、SASIをベースに、データ転送にDMAコントローラを用いていたのだが、某国産機もこの構成をソックリ真似していたのは、知る人ぞ知る話である。
WD1003の後継として登場したのがWD1006だ。WD1006は、1:1のディスクインターリーブをサポートした高速版としてデビューした。WD1006はMFMエンコーディングに対応したWD1006-MM1/2と、RLLエンコーディングに対応したWD1006-SR1/2(いずれも型番末尾の1はフロッピーコントローラなし、2はあり)の2種類があった。WD1006-SRとWD1006-MMは、インターフェイスが同じで、違うのはディスクの記録方式のみ。ハードディスクによっては、WD1006-MM用のMFMハードディスクでありながら、WD1006-SRでローレベルフォーマットし、RLLエンコーディングを施すことで、性能、記録容量ともに5割増になるという、当時としては夢のようなトリックが使えたため、WD1006-SRは隠れた大ヒットになったものだ(「夢」といっても20MBのハードディスクが30MBになり、450KB/secのデータ転送速度が675KB/secになるという、今となっては取るに足らない? ものなのだが)。
筆者の手元にも、WD1006-SR1が1枚残っている。フラットケーブル用のコネクタが3つあるのは、34ピンのコントロールケーブル(2台まで接続可)と、2台のハードディスクそれぞれに独立した20ピンのデータケーブル用のものだ。空きパターンは、SR1では搭載されていないフロッピーコントローラ用のものである。
いわば標準コントローラとでも呼ぶべきWD1006の性能に飽き足らなくなったら、選ぶべきはSCSIかESDIと、当時は相場が決まっていた。このうちSCSIは、8bitバス対応の廉価で性能も低いが手軽な価格のアダプタカード(SeagateのST01/02が代表)か、400ドル前後もする高価で高性能なアダプタカード(AdaptecのAHA-1540AやWestern DigitalのFASSTが代表)に2分されており、後者は筆者の手に届かなかった(WD1006は100ドル~150ドル程度、ST01/02は80ドル前後だったと思う)。
それから10年以上の月日が流れ、PC向けのハードディスクといえば、ATA/ATAPI-4対応が当たり前になった。ATAのルーツとでも言うべき初期のIDEは、今回触れたWD1006相当のコントローラ機能をハードディスク上に持ち、簡単なグルーロジックのみでISAバスに接続可能にしたものだ。データ転送方式も、DMAからPIOになり、今やバスマスタ方式が当たり前になりつつある。一時は、IEEE-1394がATAの後継になるのではと期待されたが、その線はほぼ消えてしまった。現在、予見されうる将来において、内蔵ハードディスクの接続にはATA/ATAPI-4とその後継インターフェイスが使われ続けると考えられている。後継インターフェイスの本命は、ATA/ATAPI-4のプロトコル互換性を維持したまま、物理層をシリアル化したものだといわれており、WD1003以来の伝統は当面の間継承されるわけである。
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【9月29日】Western Digital、CaviarシリーズHDDの一部に不具合
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/990929/wd.htm
('99年10月13日)
[Text by 元麻布春男]