第19回:それでもAMDにはがんばってもらう必要がある |
そして現在のPCのカタチを作っている会社は……というと、ソフトウェアの面ではマイクロソフト、ハードウェアの面ではIntelの果たしている影響が強いことは言うまでもない。たとえばPCIバス、AGP、USBなどなど、Intel主導でPCの標準となった技術は非常に多い。そしてこれからも、メモリアーキテクチャの変更から、果てはPCのフォームファクタに至るまで、IntelはPCのアーキテクチャに関わりつづける。
もちろんこれは、PCをより高付加価値の製品とし、世の中に広く普及させるという狙いがあるからだ。PCが普及するということは、Intelの製品が売れることを意味している。PC業界が成長しつづけることがIntelの成長を支えるならば、本業ではなくとも予算をかけて技術開発を行なおうというわけだ。
■ Intelを刺激できる唯一の競合ベンダー
ただ、これまでPCの付加価値を高めることに懸命だったIntelも、絶対的な価格引き下げはできる限り緩やかに行なおうとしていた。高い利益率を保ったままで、その利益の多くを将来の開発投資に充て、ライバルよりもさらによりよい製品を提供しようというのがIntelの戦略である。
しかし昨年、Intelが大きな戦略の組み直しを迫られたのは周知のことだ。安物のPentium IIをローエンド向けに販売すればいいと考えていたIntelは、自らの戦略の過ちを認めてCeleronの機能強化とクロックアップの両方を同時進行させ、さらに価格を猛烈に引き下げていったのだ。
その原因は、言うまでもなく米国店頭市場におけるAMDシェアの急伸だ。それまで競争がほとんどなかったところに競争が起こることで、CPUの価格は大きく下がり、PC本体の価格にも影響した。ハイエンドのデスクトップPC市場においても、AthlonがIntelを刺激することで、大きな変化がIntelに現われることを期待したい。
そもそも、IntelにとってAMDは永遠のライバル。x86互換ベンダーがさまざまな理由で姿を消していく中、現在Intelを脅かす可能性(あくまでも可能性だが)を残しているのはAMDだけだろう。かつてi286やi386の時代に、AMDがライセンス生産するプロセッサが本家Intelのi286を大きく上回り、ビジネス的にIntelはかなり苦しい立場に追い込まれた時期があった。国内のPCベンダーも、ほとんどはAMD製造のプロセッサを搭載していたのだ。
その後のいざこざ(Intelが起こした訴訟によりAMDは製品の出荷が著しく遅れ、それにより資金回収と投資のサイクルが崩れた上、さらに市場ではIntel製プロセッサの認知度が広がりPentiumアーキテクチャへの移行が進んだ)など、(特にAMDにとっては)単なる競争相手という以上にお互いを意識する存在だ。
しかしながら、モバイル向けプロセッサに限っては、まだ競争といえる段階にまで達していない。K6系のノートPCも出荷されてはいるが、消費電力、ラインナップなどの面で、AMDはまだまだIntelのライバルと呼べない。
現在のままでは、Intelを刺激することはほとんどできない。AMDは唯一の対抗策として、10Wを超えるような消費電力のモデルを用意することで、プロセッサのクロック周波数でナンバーワンを維持しようとしているが、それもIntelがCeleronブランドに限って消費電力の上限をはずしたため今後はどうなるか怪しい。
■ それでもAMDにはがんばってもらう必要がある
もっとも、モバイル向けプロセッサの分野でAMDがIntelのライバルになったからといって、デスクトップPCの時と同じように、急激な低価格化が起こるかといえば、それは難しい状況だ。理由は2つある。
まずIntelが0.18ミクロンプロセスへの移行で少しもたついていること。3週前にもお伝えしたが、モバイルCoppermineは当初予定していた電圧よりも、高めに定格を設定しなければ高速な動作が期待できないようなのだ。予定より高い電圧を要求するということは、当初の予定よりも消費電力が大きくなり、それによってプロセッサの出荷計画にも制限を受けることを意味する。
通常は製品を出荷しながら製造プロセスを改良していくことで、低電圧動作のままで高クロック品を作り、新製品として出していく。しかし、今回は最初に躓きがあるため、Intelにも余裕がない。予定より高い(と思われる)消費電力で製品を出荷し、さらにそれを今後高速化していかなければならないのだ。
つまり、たとえAMDがこの隙をうまく突くことができたとしても、Intelには製品を前倒しにして高性能化を図ったり、AMDが不得手な低消費電力化でアピールするという戦術を取ることはできない。唯一期待できるのは、Celeronブランドの高クロック化や価格低下だけだろう。
第2に、たとえプロセッサの価格が下がったとしても、魅力的なノートPCが驚くほどの安さにはならないはずだ。モバイルPentium IIなどの上位ブランドでは、Intelも高めの価格設定をしているが、モバイルCeleronブランドのプロセッサはノートPCの価格全体に占める割合が低い。デスクトップPCと比較すると、液晶パネル、バッテリーなどプロセッサ以外の部品で高価なものも多く、設計や製造もより複雑になる。
もちろん、プロセッサの価格は製品に少なくはない影響を与えるだろうが、それは「驚くほど」ではないだろう。しかし、それでもAMDにはがんばってもらう必要がある。
前述したように、IntelはPCのアーキテクチャに関して、牽引車的な役割を担っているからだ。Intelが刺激を受けることにより、ノートPC向けの新技術開発をより強く推し進めてくれるかもしれない。
■ 詳細なサポートが強みのIntel
サブタイトルのとおり、PCベンダー各社に話を聞いてみると、Intelの技術サポートは詳細まで入り込んだ優秀なものだという。サポートは単に電気的な設計上の問題だけではなく、たとえば熱の逃がし方やBIOSによる互換性の問題回避、そしてチップセットを含めた全体の設計指導なども含まれるという。
中にはこれらを「余計なお世話」と感じる技術者もいるようだが、そうしたプロセッサ以外にも踏み込んだサポートが、PCベンダー全体の底上げをしていることは間違いないだろう。またチップセットを含めたシステム全体にわたるサポートを行なえる点も大きい。
プロセッサそのものの性能差などもあるが、IntelがノートPCにおいて強い力を発揮している背景には、上記のような理由もあるはずだ。
もちろん、それは大きな危険もはらんでいる。Intelがプロセッサからチップセットまでを提供しているため、ノートPCのアーキテクチャをIntelがある程度自由にできてしまうからだ。
しかしIntelがAMDに刺激を受け、プロセッサ以外での差別化をさらに進めようと考えれば、そこに新たな技術やコンセプト導入が行なわれる可能性もある。もしくは将来提供しようとしていた製品を、前倒しで投入してくるかもしれない(たとえばグラフィック機能を統合したモバイル向けチップセットなど)。
これではAMDが当て馬になってしまうが、今現在の率直な感想としてモバイル向け市場においてAMDがIntel以上の製品とサービスを提供できるとは思えないのだ。AMDは年末に0.18ミクロンで製造するモバイルK6-IIIを出荷する予定というが、果たしてそれがどのようなスペックになるのか、本当に多くの数量を出荷できるのか、AMDを完全に信用できるという人は少ないだろう。AMDはデスクトップ向けのK6-IIIさえも、大量には出荷できていないのだ。
せめてIntelを動かすぐらいの存在になって欲しい。そうすれば、今はちょっとした躓きにも平然としていられるIntelも、何かの動きをするはずである。
来週、米国カリフォルニア州パームスプリングスでは、今年2回目のIntel Developers Forumが開催される。ここではノートPC向けのプロセッサはもちろん、PC全体のアーキテクチャに関しても多くの技術トラックが用意されている。僕の予想では、モバイル向け製品に関してAMDを意識した戦略の変更は行なわれない(モバイルCeleronの高速化を除く)と思うが、願わくばその予測がはずれて欲しいものだ。その結果は再来週のコラムでお伝えしたい。
[Text by 本田雅一]