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Windows CE 1本が2,000ドル? 不可解なMicrosoftとAT&Tの政治


●ケーブルTV加入者1世帯の値段は100万円?

 もし、あなたがケーブルTV(CATV)に加入していたら、それだけであなたには数十万円から百万円もの価値がある。CATVの本場米国では、今、CATV加入者が1世帯当たり5,000ドル以上の高値で売り買いされているからだ。例えば、この間は、AT&Tが業界第4位のMediaOne(約500万加入者)を、580億ドルあまりで買収することで合意した。

 たかだか月20~30ドル程度しか払わない加入者を一人獲得するのに、5,000ドル以上? CATV受信料がまるまる利益になったとしても、それじゃあ元を取るまでに20年もかかる。とんでもない取り引きだ。それなのに、高値で買収するのは、近い将来CATVが金のなる木に大化けすると信じているからだ。

 米国では、デジタル化するCATVが、総合的な双方向広帯域通信インフラになるという話で持ちきりだ。デジタル映像だけでなく、インターネットアクセス、IP電話、さらにはオンラインバンキングやショッピング、音楽配信まで、あらゆるデジタルサービスを、デジタルCATV網で一手に提供しようというのだ。そうすれば、CATV加入者がインターネットサービスプロバイダや電話会社に払う金や、これからのオンラインサービスに払う手数料を、ごっそり全部CATV会社が吸い上げることができるというわけだ。そうなれば、今の何倍もの売上げが期待できる。だから、1加入者当たり5,000ドルから1万ドルもの高値で買い取っても惜しくないというわけだ。

 というわけで、米国では、CATV会社の争奪戦が繰り広げられている。例えば、MediaOneに対しては、ちょっと前から業界第3位のComcastが買収話をもちかけていた。ところが、話が決まりかけたあたりで、AT&Tが突然、Comcastよりいい条件をMediaOneに持ちかけたのだ。困り果てたComcastは、そこで、Microsoftに救援を求めた。この展開に、米国のマスコミは、すわ、業界の覇権をかけてAT&TとMicrosoftが直接対決かと騒いだ……。

 結局、MediaOneを巡る買収合戦は、AT&TとComcast、それにMicrosoftがそれぞれ利益を分け合うことで手打ちとなった。

 まず、AT&TはMediaOneを手に入れた。Comcastは引き下がる代わりに、MediaOneの加入者のうち200万人を売ってもらうことになった。Microsoftは、AT&Tの750万台~1,000万台のSTB(セットトップボックス)に、Windows CEを載せる約束を得て、その代わり、AT&Tに50億ドル出資(転換社債)することになった。


●電話会社をCATVでうち負かそうとするAT&T

 ここで、この手打ちの内容を説明する前に、なぜ電話会社のAT&Tとソフト会社のMicrosoftが出てくるのかを説明しよう。AT&TとMicrosoft、この両巨人は、CATVを次のフロンティアと見て、もっとも積極的に攻略を進めているプレーヤーだ。

 AT&Tは、まず、CATV網自体が欲しい。自分の持つ長距離電話インフラと結合させて、電話サービスも含めたインフラに仕立てるつもりだ。そのために、すでに業界最大手のTCIを買収して約1,200万世帯の加入者を得ており、MediaOne買収はつぎの一手だ。これでAT&Tは、CATV業界でダントツのトップに躍り出た。

 AT&TがCATV網を買うのは、対地域電話会社の戦争で必要があるからだ。AT&Tは長距離電話インフラしか持っていなくて、直接利用者にアクセスする地域電話インフラを持っていない。だから、吸収合併で巨大化する地域電話会社が、インフラをIP化したりして長距離電話サービスに割安で進出してきたら、どんどん追い込まれてしまう。そのため、AT&Tは、CATV網を使って、今のアナログ電話網と同じような品質の電話サービスを提供しようとしている。

 おそらく、AT&Tの考える将来の像としては、CATV網で電話やインターネットも含めたオールインワンサービスを提供、その結果、地域電話会社の持っている市場を削り取ることだ。何と言っても、CATV網は全米の家庭の6割をカバーしているといわれるだけに、その影響力は大きい。そして、そのためにはCATV会社をある程度自分のものにしてしまうのが一番の近道というわけだ。


●デジタルCATVのシステムとサービスを売りたいMicrosoft

 一方のMicrosoftは、もともとデジタルCATVのシステム全体とサービスを提供するという夢を持っていた。'95年に、すでにデジタルCATVシステム「Microsoft Interactive TV(MITV)」を発表している。MITVには、Windows NTをベースにしたサーバー、ビデオオンデマンド(VOD)やゲーム、マルチメディアサービスのサーバーソフト、ネットワーク経由でSTBにダウンロードするSTB用OSなどが含まれていた。今、Microsoftが提供しようとしているのは、この時のシステムとは違うが、それでも、同社の究極の目的は、おそらくホールのデジタルCATVシステムとサービスの提供だろう。

 Microsoftは、この目的のために着々と準備を進めてきた。STBのOSのために、Windows CEのSTB用バージョンを開発。また、インターネットSTBベンチャーのWebTV Networksを買収して、そのユーザーインターフェイスとサービスをCATV用STBに搭載する準備を進める。その一方で、CATV会社への売り込みも行ない、昨年1月には、TCIと、デジタルCATV用STBに500万本のWindows CEを提供することで合意した。また、Comcastには10億ドルを出資もしている。


●Windows CE1本につき2,000ドル?

 こうした状況での、今回のMediaOne買収劇と手打ちだったわけだが、その内容は、なんだか変な点が多い。特に、Microsoftは何を得たのか。

 AT&Tは750万台から1,000万台の自社のデジタルCATVのSTBに、MicrosoftのWindows CEを採用すると約束した。しかし、そのうちの500万は、すでにTCIがMicrosoftに約束してあった分だ。とすると、Microsoftは250万のWindows CEを売るために、AT&Tに50億ドルを投資したことになる。この金は、もちろん投資だからムダになるわけではないが、でも計算上は「ライセンス料のWindows CE1本を売るために2,000ドルを投資した」ことになる。AT&TへのWindows CEのライセンス料がいくらかはわからないが、まあ、高くても数十ドル。これは、とんでもなく気前のいい話に聞こえる。

 しかも、AT&T側は、これは独占的にMicrosoftが提供するという契約ではなく、他のベンダーにも門戸を開くという。また、AT&Tとの契約では、Microsoftは全米3カ所で広帯域サービスの実験も行なうことになっているが、これもマルチベンダーで実現することになっている。つまり、Microsoftの得意な、自社独自の世界に縛り付ける戦略に、クギを刺すという、ご丁寧な話になっている。とても、50億ドルの巨額出資(話題になったApple Computerへの出資は1億5,000万ドル)の価値があるように見えない。

 だが、おそらくMicrosoftにとってはこれでもOKなのだ。Microsoftは、AT&Tとケンカをせずに、ここはまず“貸し”を作り、STB用OSというトロイの木馬を入れさせる約束を確実にするという手を選んだのだろう。その方が、利益が大きいと判断したと思われる。


●じつは難航していたMicrosoftのCATV戦略

 そもそも、MicrosoftのCATV業界攻略は、じつは難航していた。Microsoftは、当初、CATV会社にデジタルCATV化のための統合的なシステムやサービス、それに資金をセットで提供すると持ちかけたと言われている。しかし、CATV業界は、それを受け入れた場合のMicrosoftの影響力の増大を恐れ、話になかなか乗らなかったそうだ。

 ようやく成立した契約は、TCIへのWindows CE/WebTV供給だけだったわけだが、この話も、TCIがアプリケーションのベースにはPersonal Javaを採用すると発表してMicrosoftをけん制するというオマケつきだった。また、AT&TがTCIを買収してからは、どうもこの話自体の行方が怪しくなってきたというウワサもあった。実際、両者から何もアナウンスが出てこなくなってしまったのだ。Microsoftにとって、TCIは老獪だけれどもまだ規模的に相手にしやすかった。ところがAT&Tになってしまうと、向こうも巨人で勝手が違う。

 そうした状況で、MicrosoftのデジタルCATV戦略は、なぜか地下に潜ってしまう。'97年から'98年頭にかけては、あれだけ派手にガンガンしゃべっていたのが、ダンマリモードになってしまったのだ。そして、それと入れ替わりに始まったのが、Microsoftの共同創業者ポール・アレン氏の買収攻勢だった。

 アレン氏は昨年、中堅のCATV会社Charter CommunicationsとMarcus Cableを買収し、突如CATV業界第7位(契約者数)に躍り出た。「Paul Allen checks off cable shopping list」(Seattle Times,'98/9/3)などでは、アレン氏が契約者で1,000万、業界第3位になるまで買収を続けると言ったと報道されている。もしそれが実現したら、アレン氏のデジタルCATVシステムは、当然Microsoftのシステムになるに違いない。だが、それには時間も資金もまだまだかかる。


●わかりにくい米巨大企業同士の政治

 さて、この状況で、MediaOneの買収騒動が起きたわけだ。Microsoftは、自身がMediaOneを買うことだってできたわけだが、それでAT&Tを怒らせて得るものは少ないだろう。今現在のところは、まだCATV業界にほとんど足がかりがないのだから、業界トップになるだろうAT&Tとはむしろ融和した方がいい。500万台の契約をあやうくするよりは、それを750万台に増やした方がいいという計算ではないだろうか。バックエンドのシステムやサービスに関しては、マルチベンダーといっても、STBでAT&Tに足がかりを持つMicrosoftが有利になる可能性が高いと踏んだのだろう。ましてや、AT&Tに対しては出資もして、言ってみれば戦略的なパートナーになったわけだし。

 それに、CATV業界はFCC(連邦通信委員会)によって30%以上の独占はダメという制約がある。AT&Tは拡大しようにも限度があるわけだ。つまり、AT&Tの傘下ではない70%という芽がまだある。AT&Tに食い込んで実績を作りながら、その部分にも攻め込むことができるということだろうか。

 ともかく、こうした米大企業の『政治』は、じつにわかりにくい。とんでもない額の金が飛び交い、入り組んだ策略が交錯する。この手打ちにしても、公開されていない部分がいっぱいあるはずで、まだまだ何が出てくるのかわからない。

 ひとつだけ明らかなのは、MicrosoftとAT&Tという二人の巨人が、CATVに関しては本当に本気であるということだ。


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('99年5月19日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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