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圧倒的なデモに静まり返った次世代プレイステーション発表会



●エモーションシンセシスが次のテーマ

 会場は静まり返っていた。聴衆は声を失い、ただ黙りこくってデモに魅せられた。これが、3月2日に開催された次世代プレイステーションの概要発表会の情景だった。

 聴衆は、ゲーム業界関係者や報道陣が中心で、素人ではない。にもかかわらず、圧倒されたのは、そのデモの内容があまりにも、今のゲーム機の水準からかけ離れていたからだ。

 その内容を、言葉で表現するのはほとんど不可能に近い。グラフィックスの品質は、今のオープニングムービー--ハイエンドグラフィックスワークステーションで作成しているあの3Dグラフィックスを想像してもらえればいい。ただし、違うのは、そのグラフィックスが、試作ボードの上でリアルタイムに生成されていた点だ。

 そして、その高画質グラフィックスのキャラクタが、微妙な表情、微妙な動作で動く。オールポリゴンで、細部まで緻密に描き出される。あるいは、ゲーム世界のオブジェクト同士が自然な動きの干渉をする。これが、この日のデモで示された方向性だ。

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)によると、この次世代プレイステーションで実現しようとしているのは、エモーションシンセシスだという。これは、情緒やニュアンス、場の環境を合成するといった意味合いだ。ちなみに、SCEIでは、プレイステーションが実現したのはグラフィックスシンセシス、つまり、すべての画像を演算してリアルタイムに3Dグラフィックスを生成することだと形容する。それに対して、エモーションシンセシスは、より微妙でやらかな、「そのキャラクタの知性や感情が伝わってくるような」動きを生成するという。また、CGで生成したゲーム世界を、物理シミュレーションで構成、「メディアそのものを計算」してしまうという。ISSCCでのチップの発表の時は、ビヘイビアシンセシス(Behavior Synthesis)といった表現も使っていたが、内容はほぼ同じだ。

 もっとも、こうした表現では、抽象的すぎて、とてもじゃないがSCEIの描く次世代コンピュータエンターテイメントの姿は伝わってこない。そこで、彼らは映画を引き合いに出して説明を重ねる。観客が、主人公に共感して映画世界に引き込まれる、あの感覚をコンピュータエンターテイメントに持ち込むのだという。

 デモを見ると、彼らの言っている意味がある程度わかってくる。短期間で作った、今のプリミティブなデモでさえ、非常に説得力がある。キャラクタが微妙な表情を作り、やわからに関節を動かし、あるいは魚が波に揺れ、羽根が風に舞う。これらのデモを見ると、今までの3Dゲームが、紙芝居のように見えてくる。荒い3Dグラフィックスとぎこちないモーションでは表現できなかった、細かなニュアンスや自然な動きが再現されている。


●超リアルな表現のデモ

 では、実際にはどんなデモが行なわれたのか。まず、SCEI自体の技術デモは、エモーションシンセシスという点に重点を置いたデモがほとんどだった。次世代のコンテンツの技術的な方向性を示す、シンプルだが非常に印象的なデモだ。デモの静止画像は、【3月2日】「次世代プレイステーションの基本仕様を公開。国内発売はこの冬を予定」で見てほしい。

 たとえば、毛玉や羽根が無数に画面を舞っている。一見なんでもないようだが、妙にリアルだ。それもそのはず、毛玉それぞれの900本の毛、あるいは羽根の半透明の一筋一筋が、きちんと描画されているのだ。しかも、それぞれが物理属性を持ち、風が吹くと毛玉がコロコロと吹き飛び、羽根が宙を乱舞する。羽根が乱舞するところは、もう、どうやってもCGには見えない。

 それから、花火がパチパチと火花を散らし、火の粉が軌跡を描いて地面に落ち跳ね返る。これも一見なんでもないようだが、火の粉が妙にリアルだ。それもそのはず、飛ぶ火の粉は600フレーム/秒で演算され、それを次世代プレイステーションの実際の描画速度である60フレーム/秒に落とし込んでいるのだ。10倍のフレームのなかでの火の粉の軌跡が、モーションブラー(motion blur)技術で、やわらかなブレとなって表現されている。これも、なかなかCGには見えない。

 あるいは、フラクタルな地形に湖が形成されていて、湖面に波紋が広がっている。一見なんでもないようだが、波が妙にリアルだ。それもそのはず、水は物理シミュレーションで計算され、その上で起きた波は、海底の凹凸のデータと干渉して、複雑に広がっているのだ。そして、その波打つ湖面に空の照り返しがマッピングされている。さらにズームして水を透かすと、その下に魚が泳いでいる、波にゆらぎながら。この水の世界の、すべてが、アルゴリズムで計算されているのだ。

 また、流し台で、アヒルのおもちゃと潜水艦のおもちゃが泳いでいる。これも、なんでもないように見えるが、動きが妙にリアルだ。それもそのはず、ここに描かれいているオブジェクトは、いずれも物理シミュレーションされ、物理法則に従って動いているのだ。例えば、アヒルのおもちゃが泳ぐと、波が立ち、その波で他のおもちゃが揺れる。アヒルが止まると、やがて波が静まりおもちゃは動かなくなる、ゆっくりと流される以外は。また、流し台の栓を開けると、渦を巻いて水が吸い出されていく。浮いていたアヒルや潜水艦のおもちゃは、流し台の底に横たわってしまう。そこで、じゃぐちをひねると、また水が流し台にたまり、おもちゃが浮かび上がる。

 そして、夜の街をクルマが疾走する。これも、一見なんでもないようだが、CGだと考えると驚異的だ。無数の点光源を含む風景が、ボティに映り込む。流れる背景の光源がぶれるところ、遠ざかる風景がかすむところも再現されている。


●次世代ゲームアプリケーションをかいま見せる

 SCEI以外にも、初期の開発キットを受け取っている、ナムコ、スクウェアといった大手メーカーがデモを公開した。こちらは、オープニングムービーなどをベースにしたグラフィックスを、リアルタイムで描画・操作するなど、画質やポリゴン数で度肝を抜いた。

 例えば、プレイステーションのヒットゲーム「鉄拳」の移植版では、ダイナミックに躍動するキャラクタのまわりを、さらに30キャラクタの観客が取り囲む。観客も、かなり精緻に描画され、もちろんそれぞれが動いている。今のプレイステーションなら、せいぜい3~4キャラクタを画面に出せればいいとこなのに、目標では観客を100人まで出してみたいという。これなら、そのうちモブシーンも登場するかも知れない。人間の骨格や皮膚、髪の毛や服の揺れ、表情の変化もつけたいと言っていた。

 格闘ゲームでは、このほか、合計8体の精緻なキャラクタが、点光源が散らばる舞台でアクションするというものもあった。

 「ファイナル・ファンタジーVIII」のデモでは、メインキャラが踊るシーンをリアルタイムに描画。画質はサンプルを見てもらえばわかる通り。これをリアルタイムに描画、角度やキャラクタを変えて見せた。動き自体ははモーションキャプチャだ。

 また、デモでインプレッシブだったのは、キャラクタの顔の表現だ。「R4」の女性キャラクタや、スクウェアの顔のアニメーションでは、髪の毛一本一本までラインで描かれ、肌の質感まで表現された精緻なキャラクタの顔がアップになる。髪の毛が、動きに合わせてふわっと揺れたりする情景を再現。また、にやりと笑う、気むずかしい顔をする、ウインクするといった微妙な表情も見せた。

 このほかにも、もやにいたるまでフルポリゴンで描かれた、骸骨がうごめく墓場を、点光源の妖精が飛び回る情景といったデモもあった。SCEIによれば、パーティクル・オブジェクトで、最終的にはたばこのけむりの粒子のひとつひとつを表現できるようになるだろうと言う。

 これだけの表現を可能にする次世代プレイステーションのターゲットとして、SCEI、いやソニーが考えているのは、ゲームという狭い世界ではない。これは、“次世代のコンピュータエンターテイメント機器”だ。そのコンテンツは、おそらく今までのゲームに止まらず、さまざまなコンテンツが登場する可能性がある。

 SCEIでは、このとてつもない次世代コンピュータエンターテイメント機器を実現するために、カスタマイズしたプロセッサ、レンダリングエンジンなどを東芝とともに開発した。プロセッサの概要は、ISSCCのレポートで解説したが、それは「コンピュータエンターテイメントがコンピュータをいちばん使うテクノロジドライバとなる」(久多良木健SCEI副社長)という宣言にふさわしい内容となっている。今回は、そのプロセッサに加えてレンダリングエンジンや、全体の仕様も発表となった。仕様の概要は前述の記事にあるが、ここではポイントでもう少し解説を加えよう。


●超並列DRAM混載のレンダリングエンジンを発表

 今回の発表の中で、デバイス的にはいちばんの驚きは、レンダリングエンジン「グラフィックス・シンセサイザ(GS)」だった。なにがすごいかと言うと、それは4MBのDRAMを混載、さらに16パラレルのピクセルエンジンを搭載していることだ。

 DRAM混載では、メモリインターフェイスのビット幅を大きくできるが、GSでは、それを利用してメモリインターフェイスを2,560ビットにしている。これはミスタイプではない。PC用グラフィックスチップではDRAM混載でもせいぜい256ビット程度だったのに、いきなりその10倍。メモリバンド幅は48GB/秒という、冗談のような数字だ。3Dグラフィックスチップは、ほとんどの場合、メモリ帯域が性能のボトルネックになることが多いが、このチップの場合は、それが起こりようがない。

 それに加えて16並列のエンジン。ちなみに、フィルレートは2.4Gピクセル/秒で、これもMピクセル/秒のミスタイプではない。ようは、桁がひとつふたつ違っているわけだ。

 集積トランジスタ数は約4,300万。このうち、DRAMセルだけで単純計算で3,355万トランジスタになるので、ロジックやバッファは1,000万トランジスタ弱といったところだろうか。今のPC用レンダリングエンジンが、いずれも600~800万トランジスタ程度。トランジスタ数だけを見ても、やはりトップクラスだ。


●メインプロセッサは300MHzに

 メインプロセッサの「Emotion Engine」は、基本的にISSCCで発表したものと同じだ。ただし、量産版のクロックは250MHzから300MHzに上がるという。また、Direct RDRAMのインターフェイスは2チャネルであることが明らかになった。Intelが9月に発表すると見られている次期チップセットIntel 820の2倍だ。ちなみにメモリの量は32MB。ということは128MビットのDirect RDRAMチップを2個使うことになりそうだ。


●I/Oプロセッサはコンバージェンス時代をにらむ

 このほか、次世代プレイステーションはI/Oプロセッサを積む。これには、インターフェイスとしてUSB、IEEE-1394、PCカードなどが含まれる。

 また、このIOプロセッサは、今のプレイステーションのチップを提供しているLSI Logicが作る。そして、現在のプレイステーションのメインプロセッサをそっくりそのまま入れ込んでしまう。このハードウェア互換戦略は、会場で開発者から拍手喝采を受けていた。現実問題として、LSI Logicは、このチップを現在のプレイステーションのコアに、各種インターフェイスのマクロセルを集積したものとして作ることになるだろう。


●最初は高コストで生産量も限られる?

 では、次世代プレイステーションのチップ数はどうなるのだろう。意外と少ない。

・メインプロセッサ「エモーション・エンジン」
・レンダリングエンジン「グラフィックス・シンセサイザ」
・I/Oプロセッサ
・サウンドチップ「SPU2」
・Direct RDRAM 2個

 と6個構成になる。これに、D/AコンバータやPCカード内のモデムチップなどを加えてできあがりだ。

 では、コストはどうなるのだろう。おそらく、最初はコストはかなり高く、量産できる数も限られる。現在の半導体技術で無理なく量産できる仕様のDreamcastと比べると、次世代プレイステーションのハードルは高いからだ。

 まず、メインプロセッサのエモーション・エンジンは、現在の仕様ではゲート長0.18ミクロンで製造、チップサイズは240平方mm、消費電力15ワットとなっている。それから、グラフィックス・シンセサイザは、4MBと膨大なDRAMを搭載するにも関わらず、設計ルール0.25ミクロンのプロセスで279平方mmとなっている。どちらもダイサイズ(半導体本体の面積)は非常に大きい(Pentium IIIの約2倍)。

 当然、ダイサイズが大きいと歩留まりが悪くコストが上がる。また、DRAM混載は、一般に歩留まりが悪い場合が多い。また、大きな消費電力は発熱も大きいことを意味しており、冷却が大変だ。家庭用ゲーム機でファンを入れるのはなかなか受け入れられないため、冷却装置も最初は高くつく可能性がある。今の仕様を見る限り、少なくとも2万円くらいで毎月200万台生産できるような気があまりしない。

 もちろん、このままいくわけではなく、今後、マスクに手を入れてダイサイズを小さくする、あるいは光学的にシュリンクする、製造プロセスを次世代プロセスに変えるといった方法で、チップサイズを小さくするのは間違いない。実際に次世代プレイステーションの出荷が始まる時点でどの程度のチップサイズになっているかわからないが、2年3年後を考えれば十分リーズナブルなチップサイズになっているだろう。

 ソニーは、コンピュータエンターテイメント機器のサイクルを5~6年と考えているフシがある。とすると、その間に、プロセス技術は0.18ミクロンから0.15ミクロン、さらに最終段階では0.13ミクロンになるわけで、それなら、今のプレイステーションと同じ1万円台で十分売れるだろう。逆に言えば、彼らは、次のプロセス世代で量産がしやすくなり、その次のプロセス世代でさらにコストダウンできることを前提に設計しているように見える。だから、最初の日本国内でのみの発売時は、価格は戦略的に設定する可能性があるとしても、供給量はある程度限られることになるかも知れない。

 また、このプラットフォームの機能を100%活かすソフトを開発するのは、とても大変だ。そのため、SCEIは今回、ツールやミドルウェアメーカーも引き込む戦略に出た。だが、サードパーティからのツールやミドルウェアが整い、それを各コンテンツメーカーが使いこなせるようになるまでにも、タイムラグがあるだろう。こうしたことを考えると、本当の意味での立ち上げは、2000年のクリスマス時期になるのではないだろうか。


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('99年3月4日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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