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Cyrix、復活をかけた次期プロセッサ「MXi」を来年5月に投入



●COMDEXではMXiをプライベートブースでデモ

Mulan Desktop Manufacturing Kit
Mulan採用のデスクトップPC
 
マザーボード
 
マザーボード
 National Semiconductorの子会社Cyrix社は、いよいよ次期プロセッサコア「Cayenne(カイエン)」を搭載した統合チップ「MXi」を'99年の5月から量産開始する。動作周波数で333~400MHz(PRではない)を達成し、エントリ市場でハイパフォーマンスとローコストを両立させる同社の切り札だ。National Semiconductorは、開催中のCOMDEX/FallでこのMXiのアルファバージョンと、デスクトップ用マザーボードのリファレンスデザイン「Mulan」を顧客に公開している。さらに、同社はSocket 7版のCayenneコアプロセッサ「Jedi」も366~450MHzで投入する。'99年6月には、PCに必要なほとんどの機能をワンチップに集積した「PC-on-a-Chip」も、いよいよ出荷する。だが、それだけではない。National Semiconductor/Cyrixは、'99年中に、さらに次の世代のプロセッサコア「Jalapeno(ハラペーニョ)」を使った製品までサンプルを出す予定でいるのだ。'99年のNational Semiconductor/Cyrixはアグレッシブだ。

 Cyrixにとって、'98年は恵まれない年だった。National Semiconductorの子会社となった(昨年のCOMDEX/Fall期間中に買収が完了)ことで、強力なバックと製造設備は手に入れた。しかし、National Semiconductorのファブ(工場)への移行と、そのファブ自体の立ち上げのタイムラグのために、当初予定していたCayenneコア製品の'98年後半出荷という計画は果たすことができなかった。また、IBMがCyrixコアのプロセッサの安売り攻勢をかけたために、M IIはすっかりローエンド向けというポジションが定着してしまい、少なくとも日本では影が薄くなってしまった。

 だが、'99年のNational Semiconductor/Cyrixは、うって変わってアグレッシブに攻める可能性が高い。冒頭で述べたように、数多くの製品を矢継ぎ早に発表、さらに、製造面では一気に次世代の0.18ミクロン製造ラインを立ち上げる予定だ。このシナリオ通りにいけば、同社の製品ラインは一気に上下に広がり、製品の動作クロックも跳ね上がる。そして、PC-on-a-Chipで情報家電という新しい市場も開けてくる。大きく盛り返す可能性を持った'99年のNational Semiconductor/Cyrixの戦略が、COMDEXで明らかになった。


●Cayenneコアではマルチメディア性能がアップ

 '99年にCyrixは3つの製品カテゴリで新製品を投入する。そのなかで“伝統的”なPC市場に向けるのは、'97年の「Microprocessor Forum」で発表したCayenneコアを採用した製品だ。Cayenneコアは、6x86MX(M II)のコアを拡張、MMXユニットをデュアル実行可能にし、浮動小数点演算ユニットを新設計に替え、3DNow!にも対応したものだ。Cyrixのプロセッサの弱点だったマルチメディア性能が大幅に改善された、言ってみれば、6x86MXコアのマルチメディア処理強化バージョンだ。

 Cyrixは、Cayenneコアを、まず、統合プロセッサのMXiで市場にもたらす。これは、MXiにはデスクトップ版とポータブル版があり、まず、デスクトップ版が5月、次にポータブル版が6月か7月にデビューする。両者のコアは同一で、パッケージと動作クロック、発熱量などが異なる。ポータブル版の方が1から2グレードほどクロックスピードのグレードが落ちるという。ロードマップではデスクトップ版のクロックは333MHzから始まっているので、ポータブル版は266MHzか300MHz程度から始まると思われる。

 MXiではCayenneコアを中核に、メモリコントローラやPCIインターフェイスといった、いわゆるチップセットのノースブリッジの機能を統合。さらに、3Dグラフィックスチップの機能(レンダリングハードウェア)なども搭載している。'97年の発表を見ると、MXiのグラフィックス機能には、バイリニア/トリリニアフィルタリング、アルファブレンディング、MIPマッピング、パースペクティブコレクション、Zバッファリングなど、現在のベーシックな機能のほとんどを網羅している。デモを見る限り、一般的な3Dゲームには十分対応できる性能を備えている。ちなみに、MXiに搭載した3Dグラフィックスエンジンの複雑度はプロセッサコアと同程度になっているという。

 また、MXiはシステムメモリの一部をグラフィックスメモリとして使い、さらにAGPメモリに割り当てることもできる。その場合、AGPメモリからグラフィックスコアへのデータの転送はチップ内部のバスで行なわれるため、AGP 4X相当のメモリ帯域を確保できるという。AGPに対応するソフト側は、MXiでAGP相当のポートがチップに内蔵されていることを意識する必要はないそうだ。

 MXiの統合化の大きな利点は消費電力だ。CyrixはMXiを0.18ミクロンプロセスで量産する予定で、これだけの機能を集積していてもかなり小さなダイサイズ(半導体本体の面積)に抑えることができるという。ダイが小さければ消費電力が下がる。また、AGPはインターフェイス自体の消費する電力が多いが、これがなくなることも大幅な消費電力の低減につながる。その結果、Cyrixでは「統合化によって同じクロックでも20~25%も低い消費電力となる」という。

 消費電力が少なくなることは、バッテリライフが伸びることを意味するため、MXiはノートPC市場での展開が期待できる。また、統合化によって、チップ個数が減るため実装面積を小さくできることは、モバイルでは大きな利点だ。


●'99年末までにJalapenoコアのサンプルを開始

 だが、CayenneコアがCyrixのラインナップのスターでいられる期間は短い。National Semiconductor/Cyrixは、'99年の末までに、次の世代のプロセッサコアJalapenoを使った統合チップ「M3」のサンプル出荷を始める予定だからだ。M3の量産開始は2000年前半の予定だ。

 Jalapenoは、6x86のコアを拡張したCayenneとは異なり、完全に新しいコアとなっている。最大の違いは、11段の深いパイプラインを採用したことだ。Microprocessor Forumでの発表によると、これによりJalapenoでは600MHz以上の動作クロックを実現できるという。その代わり、同時にデコードできるx86命令の数は2個に止めた。Jalapenoでは、x86命令を「Node」と呼ばれる内部命令に変換、それをアウトオブオーダー実行する。浮動小数点演算ユニットは全く新しくなり、パイプライン化され基本的な演算はスループット1のレイテンシで実行できるようになった。また、2次キャッシュを256KB搭載する。

 M3では、このJalapenoコアに、MXiよりさらに強化した3DグラフィックスエンジンやDirect RDRAMのコントローラ2チャンネルを統合する。メモリ帯域は3.2GB/秒と、3Dグラフィックスエンジンの統合に十分耐えられる広さとなっている。また、M3に組み合わせるI/Oブリッジチップも用意、ブリッジチップとM3の間は、専用の高速インターフェイスで接続する。0.18ミクロンで製造することで、ダイサイズは120平方mmになるという。動作クロックは600~800MHzの見込みだ。また、同社では、Jalapenoの次世代MPUコア「Serrano(セラーノ)」と、同コアを使った統合チップM4の開発も始めているという。


●Cayenneコアの単体プロセッサJediも登場

 しかし、'99年にはNational Semiconductor/Cyrixは、再びSocket 7市場でも精力的に製品を繰り出す。プロセッサ単体(スタンドアローン)製品では、「Jedi(ジェダイ)」が登場する。これは、10月のMicroprocessor Forumで、National Semiconductorの会長のブライアン・ハーラ氏がアナウンスした製品だ。同社はそれまでSocket 7ベースのCayenneコア製品の計画については、明確にしてこなかった。Cyrixでは、同社のスタンドアローンプロセッサ製品の戦略について次のように説明する。

 「この市場に製品を出す理由は、これだけ大きなマーケットに入らないでいる理由はなにもないからだ。スタンダードのチップセットやマザーボードなどのインフラを利用できる。当社は、今後もスタンドアローンの製品を出し続ける」(ナショナルセミコンダクタージャパン、取締役兼サイリックス事業本部本部長、マイク・ポラチェック氏)

 National Semiconductor/Cyrixでは、スタンドアローン製品をレーシングカーに例える。ポルシェのようにハイエンドのスペックの製品開発を続けることで、最先端の技術を取り込んだ次世代のコアを開発し続けることができるというわけだ。

 という状況で、Cyrixブランドのプロセッサが、業界標準のマザーボード/チップセットインフラから消えることはなさそうだ。また、同社の今後の戦略で注目されるのは、Intelが年内にイントロデュースすると見られる、PPGA版Celeron用の370ピンSocketを、次のJalapenoコアのスタンドアローン製品で採用するかどうかだ。

 「その質問はよく受けるが、まだ何も言えない。しかし、当社はいいポジションにいる。それはNational SemiconductorがIntelと広範なクロスライセンスを持っているので、Intelのバスを利用できることだ」とポラチェック氏は言う。

 370ピンSocketが大きなインフラに育てば、同社が対応する可能性は高いだろう。Jediは0.18ミクロンで製造され、動作クロックは366~450MHz(PRではない)以上とされている。


●PC-on-a-Chipで情報家電市場を切り開く

 ハイパフォーマンスのスタンドアローンプロセッサJedi、パフォーマンスとインテグレーションを両立させたMXi/M3。National Semiconductor/Cyrixは、この両系統のほかに、'99年6月、可能な限りの集積化を目指すPC-on-a-Chipを発売する。最初のPC-on-a-Chipは、MediaGX(5x86)コアに2Dグラフィックスエンジン、MPEGデコーダ、メモリコントローラ、RAMDAC、TVエンコーダ、そして、PCI、AC-Link、IDE、USBなどのインターフェイスを集積する。PC-on-a-Chipは0.25ミクロンで製造され、クロックは233~300MHzが予定されている。0.25ミクロンで製造するのは、0.18ミクロンでは入れられない機能ブロック(コア)があるからだという。

 PC-on-a-Chipは、x86 PCの機能をワンチップに詰め込んだものだが、National Semiconductor/Cyrixによると、この製品のターゲットは“伝統的”なPCのマーケットではないという。ハーラ氏は、PCが組み込みタイプになり、インフォメーションアプライアンス(情報家電)へと移行する流れがあると指摘。PC-on-a-Chipこそ、その新市場を開くカギになるというビジョンを、Microprocessor Forumで描いて見せた。つまり、400MHzといった高クロックが必要ない、コンシューマ向け製品で使われていくというわけだ。例えば、今回National Semiconductor/Cyrixは表のブースで、MediaGXを搭載したペンベースデバイスのコンセプトモデルを公開しているが、こうしたデバイスは将来PC-on-a-Chipを使うことを想定しているという。

 このペンベースデバイスに代表されるような、モバイル用途では、PC-on-a-Chipは大きな期待ができる。というのは、PC-on-a-Chipでは、システム全体の消費電力を小さくすることができるからだ。ただし、PC-on-a-Chipでは、いわゆるPCのレガシー機能の一部を持たないため、そのままではノートPCには使えないという。しかし、Microsoftなどが、レガシーのインターフェイスなどを取り去ったレガシーフリーPCのコンセプトを進めれば、PC-on-a-Chipを使ったノートPCが実現する可能性もあるという。

 また、同社はPC-on-a-Chipを最初はASSP(特定用途向け標準製品)として提供するが、'99年末までには、顧客のニーズに応じてセミカスタム化できるASIC(特定用途向けIC)展開も始めるという。その際に、顧客の持つIP(知的所有物=コア)を取り込むこともできるようにするという。ただし、National Semiconductor/Cyrixの持つコア自体を、IPとして外部に売ることは原則としてしない。
 情報家電では、このところデジタルTV(DTV)関連が盛り上がっているが、この市場でもPC-on-a-Chipは可能性があるという。
 「それは、当社には3つのアドバンテージがあるからだ。1つ目はx86コアで、インタラクティブなサービスに必要なスタンダードなOSやソフトが豊富に利用できる。2つ目はRISCエンジンで、MPEG-2デコードが実現できる。3つ目はNational Semiconductorが伝統的に強いアナログ回路だ。これは、映像を実際に出力する場合に重要になる」

●0.18ミクロンへの移行は'99年後半

 PC-on-a-ChipでのDTVへの展開は、セミカスタム製品で実現されるだろうという。

 こうした製品計画のもと、National Semiconductor/Cyrixは'99年の後半に0.18ミクロンプロセスでの量産立ち上げを目指す。同社によると、競合他社よりもファブ自体が少ないNational Semiconductor/Cyrixでは、0.18ミクロンへの移行がより短期間で済むという。だが、もし、National Semiconductor/Cyrixが計画通り0.18ミクロンへの移行をスムーズに済ませることができたとしても、市場で再び強力な競争力を持つのはそう簡単ではない。それは、'98年に失ったマーケットシェアとマザーボードメーカーやPCメーカーのロイヤリティ、ユーザーの認知度、これらを回復するのは並大抵ではないからだ。


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('98年11月20日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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