●Rise最初の製品は266MHzのパフォーマンスレンジ
遅れてやってきた4番目のプレイヤ。それがRise Technologyだ。同社はCOMDEXで同社初のx86互換MPU「mP6」を正式に発表した。Riseは、このmP6の技術概要を10月のMicroprocessor Forum 98で発表。その際に、正確なスペックと価格をCOMDEXで発表するとアナウンスしていた。今回はその公約を果たした格好だ。
Rise Technologyの発表したmP6は、「mP6-266」「mP6-233」「mP6-166」の3モデル。ただし、266などの数字が示すのは動作クロックではなく、同社独自のパフォーマンスレート(PR)だ。mP6-266の実際の駆動クロックは200MHzで、ベースクロックは100MHz。2倍速で動作している。同社のMei Wong副社長(Sales and Marketing)は「実際のユーザーにとって意味があるのはシステムパフォーマンスだから、PRを採用した。mP6の200MHz版では、ソフトDVD再生ができる。IntelやAMDのプロセッサでソフトDVDができるのは300MHz。そこで、mP6-266としている」と説明する。
RiseがPRを採用するのは、mP6のアーキテクチャからすれば、当然のことだ。同じ動作クロックでも、他のプロセッサよりパフォーマンスが高くなる可能性が高い設計だからだ。mP6は、x86命令を3命令同時にデコードできる。このデコーダは、もっとも複雑なx86を除くほとんどのx86命令をデコードできるという。実行ユニットは、たとえば整数演算ユニットだけでも3個、浮動小数点演算ユニットは2個、MMXユニットは3個といった具合に非常に多い。これは破格の実行ユニット数で、それだけ並列に命令を実行できる可能性が高いことを示している。
10月に開催されたMicroprocessor Forumで、Rise Technologyのチーフアーキテクト、Ken Munson氏は、同クロックのmP6とPentium IIでは、「mP6の方が15%もコアパフォーマンスが高くなる(Wintune97で計測)」と説明した。実際のプロセッサでは、15%のパフォーマンスの差は、クロックでは2倍近い差となる。だから、mP6のコアパフォーマンスが本当に15%も高いとすると、PRが33%のパフォーマンスを動作クロックに上乗せするのも、誇張ではない。
●低い実際の動作クロック
だが、そのかわり、mP6のパイプラインの段数は6段と、Pentium IIの12段などと比べてずっと少なくなっている。パイプラインの段数が少ないと、原理的には高い動作クロックを実現しにくくなる。mP6ではPentium IIのようにRISC風の内部命令に変換せず、ネイティブのまま実行ユニットに発行するが、この手法は、一般的にパイプラインを深くして動作クロックをるのは難しいとされている。
実際に、mP6製品版の動作クロックが現状で200MHzにとどまっていることは、このアーキテクチャの動作クロックの上限が低いことを物語っている。もちろん、動作クロックを高める方にフォーカスするか、それとも命令の並列実行度を高める方にフォーカスするかはデザイン上の選択で、動作クロックを上げる設計を取らなかったからと言って劣っているとは言えない。しかし、'99年にはIntelだけでなくAMDもNational Semiconductor/CyrixもIDT/Centaur Technologyも、次の設計からは動作クロックを高める設計に向かう。その中で、Rise Technology 1社だけ、異なったアプローチをとっている。
●複雑なスケジューリング機構の搭載を避ける
また、mP6の実行ユニットは、数は多いが、その各ユニットがフルの機能を備えるのではなく、各ユニットの実行できる命令は限られている。たとえば、浮動小数点演算ユニットは、片方がフル機能の4段パイプラインユニットだが、もう片方はFXCH命令だけを実行できるユニットだ。MMXの3つは目立つが、これも「MUL/MAC」「シフト」「ALU」の3ユニットとなっていて役割分担している。つまり、並列実行できる可能性の高い命令に関してだけ、実行ユニットを分割したと言った方が正しい。
しかも、通常は実行ユニットの数を増やすと、アウトオブオーダー機能を搭載するのが普通だが、Rise Technologyでは、これもしない。アウトオブオーダー機能というのは、命令を並んだ順番ではなく、実行できる順番に実行する機能だ。それによって、各実行ユニットが円滑に並列動作できるようにする。
mP6ではこの機能がない。そのため、単純に言えば、命令が並列に実行できる順番に並んでいれば、そのまま3命令をストンと実行ユニットに落とすことができるが、そうでない場合は同時に発行できない仕組みになっている。
同社によると、こうしたアプローチを取ったのは、複雑でダイサイズ(半導体本体面積)の大きくなるアウトオブオーダーのスケジューリング機構を搭載するのを避けたからだという。その代わり、実行ユニットを膨大に用意して、並列に実行できる確率を高めたということのようだ。
しかし、この方法の場合、実際にどれだけ性能が上がるのかについては疑問がある。たとえば、MMXでは通常、Intelの2パイプラインに最適化されているため、mP6のMMXの3本パイプで性能が出るかどうかは、保証されていない。アプリケーションによって、かなり性能のばらつきが出る可能性もある。
●低い消費電力でノート市場を狙う
ただし、COMDEXのブースでのデモは、少なくともいくつかのアプリケーションでは、mP6のパフォーマンスが非常に高いことを示していた。mP6-266のデモでは、DVDソフト再生で28フレーム/秒を実演。ソフトモデムは、CPUの占有率が10%以下で実現していた。また、100Mbpsイーサネットでのソフトベースのビデオカンファレンシングのデモも行なっていた。これがすべて実クロック200MHzで実現されていることを考えると、mP6のアーキテクチャの有効性がわかる。
また、同社のアプローチは、トランジスタ数を抑えながら性能を上げるという意味では効果的だ。RiseはmP6のトランジスタ数とダイサイズはまだ公開していない。しかし、「IDTのWinChip 2のような劇的に小さなダイではないが、かなり抑えている」と言う。
ダイサイズが小さければ、消費電力も小さくなる。また、Riseの場合は低い動作クロックで高いパフォーマンスを出すアーキテクチャであるため、同パフォーマンスでも他のメーカーより消費電力を低くしやすい。さらに、Riseは使用していない機能ブロックを停止させることで消費電力を抑える機能も搭載している。そのため、mP6-266では「コアの駆動電圧は2.7ボルトで、消費電力は最大(Max)で8.2ワット。これは最大値で他社が使っている典型値(Typical)でないことに注意して欲しい。当社は最大でも、極めて低い消費電力に抑えている」(Wong副社長)という。
同社では、mP6の市場をベーシックPCとノートPCとして、低消費電力を武器にノート市場に切り込むつもりだ。「mP6では最初からノートPC向けに設計。それをデスクトップにもらたすという方法を取った。そうすれば、ノートPCに簡単に対応できるからだ」とWong副社長はいう。
●PGAの上にBGAが載ったパッケージ
mP6のチップは、写真のように、ちょっと変わっている。Socket 7互換のPGAパッケージの上に、BGAパッケージが載った形だ。ノートPC向けには上のBGAパッケージを提供し、デスクトップ用にはそれをPGAの上に載せたパッケージを提供するという。また、チップ本体は、チップ表面にボンディングパッドを配置するC4(Controlled Collapse Chip Connection)flip chip技術を使ってBGAの基板上に実装している。Rise Technologyはファブレス(工場を持たない)メーカーなので、これは同社の製造パートナーのファブ(工場)が、IBMのようなC4技術を持ったメーカーであることも物語っている。
Riseは、製造パートナーに関しては、まだ口をつぐんだままだ。しかし、「12月になれば、製造パートナーとともに発表を行なうつもりだ。ひとつだけ言えるのは、製造にあたってはIntelと法的な問題が起きないように気を配っている。いくつかの半導体メーカーはIntelとのクロスライセンスを持っている」とWong副社長は語った。
●次世代コアも開発中
また、Wong副社長は将来の計画に関しても一部明らかにした。現在のmP6は0.25ミクロン(Pentium IIなどと同じ)で製造する。さらに、'99年の第2四半期には256KBの2次キャッシュを統合したmP6 IIの量産が始まる。こちらは、最初0.25ミクロンで、その後0.18ミクロンに移行する予定だ。0.18ミクロン版ではダイサイズが小さくなるだけでなく、駆動電圧を1.8ボルトに下げるため消費電力がさらに減少するという。
また、Wong副社長は現在チップセットメーカーはノースブリッジチップにグラフィックスチップを統合する方向に向かっているというトレンドを指摘。mP6 IIのように2次キャッシュを統合したプロセッサとそうしたチップセットをワンチップやMCMパッケージにまとめる方向も、今後の業界のトレンドとしてありうるかも知れないと語った。
さらに、同社では、今後の展開の一部を明かした。
「われわれも次の世代の製品では、より高い動作クロックに最適化する。それは、mP6コアとはかなり異なるものになるはずだ。この次世代コアは、すでに開発中だ。来年アナウンスできるだろう」(Wong副社長)
もし、同社の製造パートナーがIBMのように銅配線技術を持っていた場合、それを利用して高速化を図ることもできる。それについてWong副社長は「銅配線については、当社も考えてはいる。ファブレスの強味は、最良のファブを選べることだ」と語った。
●メインフレームのCPU設計チームが開発
このように、Rise Technologyは独特のユニークな設計でPC市場のローエンドに風穴を開けようとしている。同社の取ったアーキテクチャなどは、これまでの他のx86互換メーカーにないもので、非常にユニークだ。どうやら、そのユニークさは、同社の開発陣の出自に関係があるらしい。
Wong副社長によると、同社の開発チームは「旧Amdahl社のプロセッサ設計チームを核に構成されている」という。そのため、メインフレームのCPU設計で培った技術を使い、優れたエミュレータを作って、徹底的に動作検証を重ねたという。その結果、ファーストシリコンからきちんと動くプロセッサができたと説明する。ちなみに、設計チームはたった35名で構成されているそうだ。また互換性に関しては、現在、MicrosoftとWindows互換ロゴを取得するための作業を行なっているという。
RiseはmP6の価格をmP6-266で70ドルと、Intelのローエンド以下、クラスとしてはM IIと同じ程度につけた。つまり、一番下のプライスレンジから攻める態勢だ。パートナーとしては、Acer LabsやEvergreen Technologies、Soyo Computerなどが名乗りを上げている。大手から中堅のメーカーを開拓する作業は、これからだ。
('98年11月19日)
[Reported by 後藤 弘茂]