元麻布春男の週刊PCホットライン

また、1つPC業界の老舗が消えた


■かつて大ヒットを飛ばしたHercules

 合併や買収が日常茶飯のPC業界において、老舗の企業が無くなることは、決して珍しいことではない。また、1つPC業界の老舗が消えた。今度はビデオカードのパイオニアであるHercules Computer Technologyだ。同社が設立されたのは、'82年のことだから、初代IBM PCが登場した翌年ということになる。同社は、わが国に現地法人を設けたわけでもなく、日本での知名度がそれほど高かったとは言いがたい。だが、古くからPCを使っているユーザーなら、必ずその名前を1度は聞いたことがあるハズだ。

Stingray 128/3D
グラフィックスカードの背面に描かれたHerculesのロゴ。写真のStingray 128/3Dは、3Dfx InteractiveのVoodoo Rushチップを用いたもの
 同社の名前を一躍有名にしたのは、Hercules Monochrome Graphics Adapter(以下Herculesアダプタと略記)というビデオカードの存在である。IBMがPCに用意していたビデオカードは、Monochrome Display Adapter(MDA)とColor Graphics Adapter(CGA)の2種類であった。MDAは720×348ドットと、当時としては比較的高い解像度を持つものの、グラフィックス表示能力を全く持たない(テキスト表示しかできない)、モノクロ表示専用のカードだった。一方のCGAは、最大16色のカラーグラフィックス表示が可能であったものの、最大解像度でも640×200ドットと低解像度で、テキスト中心のビジネス用途には不向きであった(MDAとCGAが1台のPCに、相互に干渉せず共存できるようになっていたのは、ちょっとしたアイデアではあったが)。

 Herculesアダプタのウリは、MDA互換のモノクロアダプタに、独自のグラフィックス表示機能(つまりCGA互換ではない)を加えたことだ。今風?に言えば、Super VGAならぬSuper MDAカードを売り出したのである。このHerculesアダプタは大ヒットし、おそらくサードパーティによるPC市場初の業界標準となった。Herculesアダプタが、ここまで支持された理由(キラーアプリケーション)は、DOS版のLotus 1-2-3である。データのグラフ化をサポートしたこの表計算ソフトが、高解像度テキストとグラフィックスを安価に両立させたHerculesアダプタなしに、表計算ソフト分野での業界標準になれたかは疑問だ。逆に、Lotus 1-2-3なしに、Herculesアダプタが業界標準になれたかどうかも分からない。いずれにせよ、Windows時代が到来する前の米国のビジネスPCには、HerculesアダプタとLotus 1-2-3(もちろんDOS版)が、必ずといって良いほどセットでインストールされていた。それで十分だったのである。

 Herculesアダプタが大ヒットした同社が次にリリースしたのは、In Colorカードと呼ばれるカラーグラフィックスカードだ。しかし、筆者はこれが大ヒット商品になった記憶がない(もはやどのような仕様だったか覚えてもいない)。そして、Windows時代の到来とWindowsアクセラレータの隆盛を受けて、同社も社外のビデオチップベンダのチップを搭載したビデオカードを販売するカードベンダの1つになった。だが、この市場でも後発のベンダに押され気味で、近年はとにかくめぼしそうなビデオチップを片っ端から採用する苦しい姿が目に付いた。また、ドライバ等の完成度がまだ十分でない時点で、製品をあせってリリースすることもあったようだ。同社が買収先を探しているというウワサも何度か耳にした。


■買収した独ELSAは米国市場への本格進出を果たすか

 そのHerculesを買収するのは、ドイツのELSAだ。買収金額は850万ドル(約12億円)。カードベンダといっても、実際にはファブレスで(自社で工場を持つビデオカードベンダは、STB Systemsくらいでごくわずか。なので筆者は通常ビデオカード「メーカー」という言葉よりビデオカードベンダを用いる)、従業員も50人程度の規模であることを考えれば、このくらいの金額が妥当なのだろう。ドイツのビデオカードベンダによる米国ベンダの買収というと、かつてもVideo7/Headland TechnologyがSPEAに買収されたことがあった。そのSPEAは、やがてDiamond Multimediaに買収され、今ではDiamondのヨーロッパ事業部となっている。FireGLシリーズは、基本的に旧SPEAが手がける製品である。

 かつて、Herculesアダプタを支えたLotus 1-2-3は、Windows時代になってMicrosoftのExcelに表計算ソフトの標準の座を明け渡し、Lotus自身もIBMに買収されてしまった。だが、Notesの会社として、今も市場で確固たるポジションを占めていることは間違いない。ELSAに買収されたHerculesが、Lotusと同じようなシナリオを描けるのかどうか、また買収したELSAがSPEAのような道を辿らず、Herculesの買収を足がかりに米国市場への本格進出と成功を収めることができるのか、注目されるところである。

[Text by 元麻布春男]


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