これは、筆者にとって極めて意外なニュースであった。というのも、AMDがK6-2プロセッサの量産を委託したIBMは、銅配線技術においても高いレベルを持っている。なぜ、つきあいのあるIBMではなく、Motorolaを選ぶのか、その必然性が良く分からない。しかも、一説によると、いったんはIBMへ製造委託したK6-2だが、現在その引渡しを凍結しているのだという。筆者の素人考えでは、IBMに製造を委託するくらいである以上、IBMの銅配線技術を導入するのが一番自然に思える。単に条件が折り合わなかったのか、それとも何か理由があるのだろうか。以下は、筆者による邪推である。
AMDのK6-2 300MHzプロセッサ |
筆者は、AMDのK6-2を、技術的に劣った価値のないプロセッサだとは思っていない。2次キャッシュの遅いSocket 7(あるいはSuper 7)アーキテクチャを用いながら、同クロックのPentium IIに匹敵する整数演算性能を達成していることは、浮動小数点演算性能を犠牲にしていることを割り引いても、立派なものだとさえ思う。だが、プロセッサが優れているだけでは、最終的なシステムの性能は向上しない。優れたチップセットと組合せることなしに、プロセッサの性能を引き出すことは不可能だ。
IntelがSlot 1(あるいはGTL+バス)へ移行したのに対し、互換プロセッサベンダがいまだにSocket 7やその発展型を使いつづけなければならないことは、互換プロセッサに非常に大きなハンデとなっている。すなわち、もはや互換プロセッサベンダは、Intel製のチップセットをアテにできない、ということだ。PCIバスの登場以降、PCに用いられる新技術の大半は、Intelが開発したか、Intelが開発に協力したものばかりだ。AGPしかり、PC SDRAM規格しかり、UltraDMA/33しかり、という具合である。これらの新機能は、まずIntel製チップセットにインプリメントされ、自動的にデファクトスタンダードが確立される。IntelがSocket 7対応の新しいチップセットをリリースしない以上、互換プロセッサはこのデファクトスタンダードを利用することができない。
ALiのAladdin Vチップセット
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VIAのApollo MVP3チップセット
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現状でもこのような状況なのに、将来はもっと厳しい。特にAMDにとっては人一倍厳しくなることが分かっている。それは、AMDのみがIntel互換(Slot 1互換)の道を歩むことが、正式に拒絶されているからにほかならない。かつて、IntelとAMDが特許紛争において和解した際、AMDが所有するIntelとのクロスライセンス契約から、Pentium Pro以降の技術が除外されることを和解条件として認めているからだ。CyrixやIDTは、Intelとのクロスライセンスを持つ企業(具体的にはNational SemiconductorやIBM)に量産を全量委託することで、この問題を回避できるが、AMDではそれも難しい。大枚をはたいた自社ファブが意味をなくしてしまうからだ。
これに対するAMDの回答が、K7に採用される見込みの、AlphaのEV6バスプロトコルを採用したSlot Aであった。しかし、Alphaの開発元であるDigital Equipmentは、半導体事業をこともあろうにIntelに売却し、自らもCompaqに買収されてしまった。AMDがEV6の採用を決めた時とは、環境が大きく変化している。今EV6を採用したところで、誰がチップセットを開発するのだろう。VIAと提携したもののその後はトンと話を聞かないように、AMDのチップセット開発能力は、極めて限定的なものに過ぎない。互換チップセットベンダは、Intelの後追いがやっとで、独自バスのサポートなど到底おぼつかない。だが、Motorolaなら、技術的、体力的に、独自バスをサポートしたチップセットの開発ができる可能性がある。日の目を見なかったとはいえ、CHRPのチップセットを開発した実績だってある。
もちろん、Rambusインターフェイスをサポートしたチップセットを、Rambusのライセンスなしに製造することは可能だ。たとえば、NECや東芝といったライセンスを持つメーカーにチップセットの製造を委託し、Rambusインターフェイスは、こうしたメーカーのスタンダードセルを利用すれば、理屈の上ではRambusをサポートしたチップセットを提供できる。実際、Direct Rambus DRAMが主流になる時代は、多くのグラフィックスチップベンダ(ほとんどがファブレス)が、この手法を用いてグラフィックスチップを開発するのではないかと言われている。
だが、3Dグラフィックスのアルゴリズムなど、他の部分が主役を務めるグラフィックスチップに対し、メモリインターフェイスはチップセットの中核となる機能である。これを他社からブラックボックスとして購入していて、はたしてIntelと戦えるだろうか。メモリインターフェイスが脇役に過ぎないグラフィックスチップベンダでも、S3のようにRambusライセンスを取得している企業すらあるのが現実である。
Rambusのライセンスは、初期(創業間もない苦しい時代)に契約した企業ほど安価で、最近(Intelの採用で成功が確実視される時代)になればなるほど高くなっている(これは企業として当然のことであろう)。ALiを除き、企業規模が決して大きいとはいえない互換プロセッサベンダに、払えるかどうか疑問が残る。
となると進むべき道は、Rambus以外の高速メモリということになる。確かにRambus以外にも、SLDRAM(旧称Sync-Link DRAM)やDDR SDRAMなど、他の技術はなくもない。だが、いずれの技術も、Intelが検討した上で、実用化時期が遅かったり、メモリとしての動作は可能でもメインメモリのようなユーザーアップグレーダブルなモジュール化が難しかったり、といった理由で採用しなかった技術である。これをモノにするには、相当の開発能力が必要だが、互換プロセッサベンダにそこまでの力があるだろうか。また、技術的に可能だったとしても、それをマーケティングし、市場の末端までモジュールを流通させる力が果たしてあるだろうか。
Motorolaなら可能かもしれない。同社は、技術力、政治力ともに非常に高いものを持つ。つまり、AMDとMotorolaの提携は、チップセットなども含めた、非常に広範なものだとしたら、少なくともAMDのメリットは大きい。組込み用途はともかく、PowerPCがPC/ワークステーション向けのプロセッサとして大成功する可能性が事実上なくなったMotorolaにとっても、それほど悪い話ではないかもしれない。
[Text by 元麻布春男]