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●IntelにとってStrongARMは戦略的に重要と宣言
「IntelにとってStrongARMは戦略的に重要だ。これが、いちばん言いたいことだ」
7月30日に開催された、米IntelのStrongARMに関する事業計画の説明会で、StrongARM-IMI Products部門のアジアパシフィック地区・日本担当のジョー・ラヴェル氏は、力を込めてこう言った。実際に、説明会の中身は、具体的な製品内容などの発表ではなく、戦略、つまり“IntelがStrongARMを積極的に推進する”という姿勢の表明に終始した。
StrongARMは、英Advanced RISC Machines(ARM)が開発したARMアーキテクチャをベースに、米DECがARMと開発した高性能な組み込みRISC MPUだ。ARM系MPUは、もともとMPUコアの小ささと低消費電力、それに多くのメーカーにコアをIP(知的所有権)としてライセンスするユニークな戦略で高く評価されていた。しかし、組み込みRISCがパフォーマンス競争に入ってからは、相対的なパフォーマンスが低いことで影が薄れ始めていた。そこへ登場したのがDECのStrongARMだ。StrongARMは、MPU単体製品「SA-110」の200MHz版で、230 MIPSの性能を発揮し、Pentiumクラスの組み込みMPUとして一躍注目を浴びた。
ところが、DECは昨年10月にIntelとの広範な提携を発表。そのなかで、StrongARMの開発チームや製造工場も含めた半導体部門の大半を、Intelに売却することで合意してしまった。しかも、この取引は大型買収だけに、米政府の審査が必要で、Intelは買収が完了するまでStrongARM戦略を明確にできなかった。Intelは、一応、ARMからのライセンスの取得は発表したものの、どこまで真剣に他社アーキテクチャのMPUを推進するかわからず、IntelはStrongARMをやめるのではという観測まで流れた。そのため、ようやく採用が始まったばかりのStrongARMは、宙ぶらりんの状態に置かれてしまったのだ。
今回の戦略発表で、Intelがこうしてやる気を強調したのには、こうした不安や憶測を払拭しようという狙いがある。
●x86と補完関係にあるStrongARM
では、Intelが本気で推進しようというStrongARMとは、どんなMPUなのだろう。一言で言えば、x86系MPUと完全な補完関係にあるMPUだ。Intelのx86系MPUは、膨大なソフトウェアなどの資産を持つかわりに、過去との互換のためにコアが大きい。そのため、消費電力が大きく価格も高い。資産があまり重要ではなく、それよりもコストと消費電力が重視される組み込みMPUの世界では、x86は明らかに劣勢だった。
ところが、StrongARMは、消費電力比のパフォーマンスと価格比のパフォーマンスがどちらも極めて高い。しかも、パフォーマンス自体も高く、その上、周辺回路を組み込んだシステムLSI的な製品もラインナップしている。そのため、StrongARMは、これまで、Intelが入れなかった(あるいは、かつてはIntelのものだったのに手放してしまった)市場の扉を開くカギとなりうるのだ。
●StrongARMのターゲットは?
IntelがStrongARMで狙うと宣言した市場は下の3つだ。
また、ハイパフォーマンスの組み込みマーケットは、そもそも組み込みRISCのメイン市場なので、ここも、StrongARMの性格を考えれば狙うことに何の不思議もない。特に、StrongARMでは、ハイパフォーマンスを武器に、スイッチやルーターといった分野に切り込むという。ただし、この組み込み分野では、IntelのもうひとつのMPU系列「i960」とも競合することになるだろう。
重要なのは、2つ目にIntelが挙げたインターネットアクセスデバイスだ。この領域では、Intelはスクリーンフォンやビデオフォンなどの電話デバイスと、もうひとつセットトップボックス(STB:TVに接続するデバイス)を挙げている。そして、「デジタルSTBは、StrongARMにとって非常に重要なキーターゲット」と強調する。それは、もちろんTVのデジタル化の波を見据えているからだ。
●Intelが攻めたいデジタルSTB市場
じつは、昨年の終わり頃、米国の技術系ニュースサイトでは、IntelがデジタルCATV(ケーブルTV)用のSTBに、MPUを売り込んでいるという報道がかなり流れた。この同じ時期には、MicrosoftもデジタルSTBにWindows CEを売り込んでおり、STBでもWintelが覇権を握るのではと話題になった。ところが、フタを開けてみると、Microsoftの方はうまくSTB市場に食い込むことに成功したのに、Intelを採用するという発表はどこからも出てこなかった。STB業界最大手の米General Instrument(ソニーと提携している)は、MIPSベースのMPUを採用する大口の契約を発表したし、他のSTBメーカーも非IntelのMPUで開発を始めてしまった。
Intelが、StrongARMの戦略発表で、デジタルセットトップ市場を大きなターゲットとして強調したというのは、こうした状況を巻き返そうという意図があると見ていいだろう。そして、その切り札となるのは、DEC時代からStrongARMチームが開発してきた「SA-1500」だ。
●デジタルSTBに最適なSA-1500
IntelがDECから継続した現在のStrongARMは、「SA1」(現在の第1世代目のStrongARM)というアーキテクチャの製品群で、そのなかには単体MPUの「SA-110」の他に、派生製品としてPDA向けの「SA-1100」、それにデジタルSTBなど向けの「SA-1500」が含まれている。SA-1500は、今年2月の「ISSCC (IEEE国際固体回路会議)」で詳細が発表された製品で、SA-110コアのほかに、2個の積和演算を並列処理できるメディアプロセッサ(独立したレジスタを備える)を集積、MPEG-2ビデオのソフトデコードもできるようにしているという。Intelによれば、SA-1500では米国のデジタルTV放送のHDTVのデコードがソフトで可能になるそうだ。また、SA-1500はDRAMコントローラなども内蔵しているため、これに、DRAMと、あといくつかの周辺チップを足せば、それでデジタルSTBができてしまう。つまり、MPUの他にデジタルTV用デコーダーLSIを搭載する必要がないわけだ。
Intelはこれで、家庭のリビングルーム(ファミリルーム)を狙う。ラヴェル氏は、StrongARMベースで400ドル以下のセットトップコンピュータ(STC:IntelではデジタルSTBをこう呼ぶ)を実現。デジタルTVの受信とデコード、インターネットアクセス、EPG(電子番組ガイド)、データ放送などに対応するとしている。ヴィジョンとしては、TV放送やCATV放送のデジタル化を機に、このSTCを、これまでx86ベースのPCが入り込めなかった家庭のリビングルームに浸透させようということ。基本ラインは、MicrosoftのWindows CEベースのデジタルSTB戦略と同じで、違うのはMicrosoftがMPUフリーを打ち出しているのに対して、IntelがOSフリーを打ち出していること。互いに、パートナーをばらして、同じ市場を狙っているというわけだ。
Intelがこの市場を重視するのは、もちろん“大化け”する可能性があるからだ。もう2年ほど前になるが、英ARMの幹部は来日した際に「TVと同数だけARMが出るようになってもおかしくない」と言っていた。組み込み系MPUメーカーは、みな、デジタル家電時代の到来で一気に市場を広げようと狙っている。
●大きく変わったIntelのSTB戦略
さて、StrongARMの登場で、IntelのSTB戦略は大きく塗り替わった。これまではどうだったかと言うと、Intelはこの市場にはCeleronプロセッサを“一応”当てはめていた。たとえば、IntelのConsumer Products Group本部長兼副社長のマイク・エイマー氏は、3月末に行なわれたMicrosoftのカンファレンス「WinHEC 98」で、Intelのセットトップ構想を次のように説明している。
しかし、DECの買収が完了したあとは、IntelはCeleronでSTCとは言わなくなってしまった。そして、今回の発表では、このローエンドのSTCの領域とその下にStrongARMベースのSTCが登場したわけだ。もっとも、これは、当然の話で、じつは、Celeronファミリでは当面デジタルTVのHDTVのソフトデコードがフルにできない。しかも、コスト的にも、Celeronでは、組み込みRISCの数10ドルというラインに対抗するのは難しい。だから、当然予想されていた展開だ。
じつは、Intelのエイマー氏も、来日時に「400ドルというのは、STBとしてはまだ高い。私は、その下に400ドルから100ドルまでの市場があると考えている。StrongARMが使われるとしたら、その市場ではないだろうか」と語っている。Intelとしても、始めからこの死角を埋めるためにStrongARMを持ってくるつもりだった、あるいはそのためにStrongARMを求めたのだ。
●次世代StrongARMの開発チームを2チーム編成
Intelは、このように、DECから受け継いだStrongARMで、これまで入れなかった市場に攻めに出る。しかし、それだけではない。同社はさらに、StrongARMを強化発展させるつもりでいる。
ラヴェル氏は、「Intelは次世代の『SA2』コアを開発するチームを完全に編成、さらに、次の『SA3』コアの開発チームも結成し始めた」と言う。もっとも、実際にはDEC時代にSA1コアの開発は終わって、次のコアの開発にかかっていたと想像できるので、SA2チームというのは、それをある程度継承した可能性が高い。興味深いのは平行して次世代コアを開発するチームも編成したことで、これはIntelのPC/サーバー系MPUファミリの開発体制と同じだ。Intelは、1ファミリにつき2世代の開発チームを作り、平行して互い違いに開発をさせている。そのため、IntelのMPU開発サイクルは平均4年と長いにも関わらず、2年ごとに新製品を発表できるわけだ。現在Intelは、x86系で2チーム、IA-64系で2チームを持っているが、同じことをStrongARMでもやろうというわけだ。ここからも、IntelがStrongARMに力を入れるつもりであることがわかる。
●SA2からは全Intel工場で製造可能に
また、現在のSA1系StrongARM製品は、すべてDECから受け継いだハドソン工場(ファブ17)で作っている。これはもともとDECのプロセスに合わせて設計されているからで、ハドソン工場が十分なキャパシティがあるため、Intelの他のファブに移植する必要がない(そうしないとハドソン工場が遊んでしまう)という。
しかし、SA2からの世代は、Intelのどの工場でも製造できる、つまりIntelのプロセスに合わせて開発するという。Intelのビジネスモデルでは、最先端のラインはマージンの非常に高いPC/サーバー/ワークステーション用MPUを製造して稼ぎ、減価償却が終わったあとで、グラフィックスチップやチップセット、組み込みMPUを作るというスタイルになっている。そうでないと、Intelの強気の設備投資は成り立たない。SA2以降は、StrongARMもこのモデルの中に収まるようになる。これもIntelが本腰を入れることの証拠だろう。
ちなみに、「SA2コアのStrongARM製品は2000年ごろには市場導入されてゆくだろう」(ラヴェル氏)ということなので、SA2はおそらく0.18ミクロンプロセスを前提にする(初期のバージョンだけ0.25ミクロンで製造するかも知れない)ことになるだろう。ということは、現在の0.35ミクロンのStrongARMよりも大幅に性能が向上する可能性が高い。
●Intelにとってはジレンマも
このように、StrongARMはIntelにとって新機軸であり、これまでにない市場を切り開く重要な役割を果たすことになる。しかし問題もはらんでいる。
まず、Intelのx86系MPUの高価格は、過去の資産があるから成り立っている。資産の継承があるから、原価が数10ドルであっても数100ドルの価格をつけることができるわけで、その利益があるから、Intelは積極的な設備投資ができる。
しかし、StrongARMを含む組み込みRISCがどんどん性能が向上し、それを組み込んだデジタル家電が普及して、最終的に、今PCが家庭で占めている位置まで浸食し始めると、Intelにとって困ったことになる。つまり、PCだったらMPU 1個あたり数100ドルの儲けがあったのに、それがデジタル家電に置き換わると、数10ドル、あるいは数ドルの儲けになってしまうということも考えられるわけだ。しかも、市場をIntelが独占できない。
だが、Intelとしては、x86でデジタル家電を切り開くことが難しい以上、選択肢がない。それを認識しているということが、StrongARMへの注力宣言となったということなのだろう。おそらく、Intelの今のシナリオとしては、x86と「IA-64」ではどんどん市場の上を切り開き、より高付加価値の市場を獲っていく。そこで大きな利益を得て、その一方で、下はデジタル家電が浸透して来ることに備え、その市場でもキープレイヤーになれるように準備をする。そしてデジタル家電市場では、ボリュームをかせぎ、そこそこの利益を確保する。
そのためには、StrongARMにも、他の組み込みRISCに対して優位になる付加価値をどんどん加えて行かなければならない。しかし、そこで問題になるのは、ARMはIntelが開発したアーキテクチャではないということだ。アーキテクチャのライセンス元であるARMは、StrongARMに採用されている4世代目の命令セット以降も、命令セットを拡張するかもしれない。では、Intelの方は、ライセンス上、どれだけ自由に命令セットやアーキテクチャを拡張できるのだろう。今回の説明会では、この部分はクリアにはならなかったが、Intelが本腰を入れてStrongARMを推進する以上、かなりIntelにとって有利な契約が結ばれているのかも知れない。
('98/7/31)
[Reported by 後藤 弘茂]