【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

2000年に“1GHz MPU”を目指す熾烈なレース
-AMDとMotorolaの技術提携でIntelはどうする?-


●K7で1GHzを狙うと宣言したAMD

 米AMDと米Motorolaの技術提携が、半導体業界の大きな話題になっている。それは、この提携に、Motorolaが銅配線技術をAMDにライセンス供与することが含まれているからだ。AMDは、この技術を使い、2000年に“1GHz”の「AMD-K7プロセッサ」を製造することを目指すという。同社は、現在ドイツのドレスデンに新工場「Fab 30」を建設中だが、ここでまず0.18ミクロンプロセスで銅配線MPUを製造し始めるという。1GHzはMPUの動作周波数の次の目標として浮かび上がっている数字だが、AMDはMotorolaの力を借りることで、いち早くこのレースに名乗りを上げたというわけだ。

 ここでポイントとなっている銅配線技術は、昨年の夏以来、半導体技術の大きな焦点のひとつとなってきた。それは、オーバー1GHzプロセッサを製造するための重要なカギのひとつと見なされているからだ。


●MPU高速化の前に立ちふさがる配線遅延

 MPUに使われる半導体技術は、これまで微細化を繰り返し、その度に動作周波数を向上させてきた。Intelを例に取ると、0.6ミクロンではPentiumプロセッサで120MHzを達成、0.35ミクロンではPentium IIで300MHzを達成、0.25ミクロンでは来年前半には500MHzを達成する見込みだ。ほぼ倍々で動作周波数を上げてきたことになる。ところがこの先は、こう簡単にはいかなくなる。それは、微細化が進むにつれて、配線遅延が動作周波数の向上を妨げるようになるからだ。

 この問題は、ここ1~2年、多くの半導体業界関係者が指摘している。例えば、昨年9月に開催されたIntelの開発者向けカンファレンス「Intel Developer Forum」のキーノートスピーチでは、当時Intel会長だったゴードン・ムーア氏が「(プロセス技術は)0.35から0.25へと移りつつあり」「トランジスタ遅延が(チップのパフォーマンスを)左右するポイントから、配線遅延が左右するポイントへと来た。そして、道の先を見ると、どんどん、配線がパフォーマンスを支配するようになる。このことは、われわれに、できる限り抵抗と(配線間)容量を減らす素材を見つけるように要求している」(トランスクリプトより)と語っている。

 つまり、微細化が進むと、配線ピッチを小さくしなければならなくなり、その結果、配線の抵抗と配線間の容量が増加してしまう。そうすると、配線遅延が問題となって、ある程度以上高い動作周波数では、1クロックで通過できないようなパスができてしまう。つまり、動作周波数を、期待していたほど上げられなくなってしまうというわけだ。

 この問題を解決するには、配線抵抗を減らすか、配線間容量を減らせばいいことになる。そこで登場したのが、従来の銅配線技術だ。銅(Cu)は、従来のLSIの配線に使われているアルミニウム(Al)系と比べると、抵抗率が約半分。だから、抵抗を下げた分、高速化が可能になって来るそうだ。また、アルミニウム系材料だと、高速化にともない、電子流が金属原子を移動させてしまうエレクトロマイグレーション現象が、チップ内の回路を破壊してしまい、チップの寿命を縮めてしまう問題も将来出てくるが、銅配線では、これも起こりにくくなるという。


●銅配線には大きな障壁が

 このように、いいことばかりの銅配線技術だが、じつは、大きな問題も抱えている。それは、銅という素材がチップの素材のシリコン内部に、簡単に溶け込んでしまう、コンタミネーション(汚染)と呼ばれる現象を起こすからだそうだ。これは致命的な問題で、そのために、これまで銅配線は研究はされていても、微細なLSIでは実際には使われないという状況が続いてきたという。

 その状況が一変したのは、昨年夏だ。米IBMが、銅を配線に使用する次世代の半導体技術「CMOS 7S」を発表したことで業界は騒然となった。これは、メッキ技術を使うことで、銅配線を、商用のロジックチップに採用できるようにしたというものだ。IBMは、この技術を使ったPowerPCなども「ISSCC」などで発表し、話題を呼んだ。また、続いてMotorolaも銅配線技術を発表する。そして、これをきっかけに、急速に銅配線実用化への動きは活発化して行った。

 米国の業界誌などを見てみても、最初は懐疑的な意見(まだ実用化には早すぎるのでは、0.15ミクロン以降でいいのでは……)も多かったのが、段々トーンが変わってくる。今年の前半までには、大手LSIメーカーの半分や半導体製造機器メーカーが、銅配線に取り組み出すようになっていた。もっとも、業界の半分は、まだ歩留まりなどに懐疑的などの理由で、銅配線には乗り気でない状態だ。こうしたメーカーは、0.18ミクロンでは、従来より比誘電率の低い層間絶縁膜を採用する方法で乗り切るようだ。


●Intelはどうするのか?

 というわけで、銅配線で今や業界は半分に割れている。そうした状況で、AMDはMotorolaから銅配線技術を含めたクロスライセンスを結ぶことを発表したわけだ。この発表が、業績悪化で旗色の悪い両社にとって、カンフル剤になったことは間違いがないが、それ以上に重要なポイントがある。それは、これによって、「Intelはどうするのか」という疑問が浮かび上がったことだ。

 Intelは、じつは銅配線技術に関する態度を公式には明確にしていない。銅配線の研究をしてきていることはムーア氏などが認めているが、とりあえずこれまではIBMのように早急に銅配線を実用化しようという動きは見せてこなかった。Intelは、0.18の次に予定している0.13ミクロンで、銅配線や低比誘電率層間絶縁膜を一気に導入するというのが、大方の見方のようだ。これは、歩留まりを重視する今のIntelを考えれば、当然と言えるかも知れない。

 しかし、もしIBMやMotorolaといった銅配線陣営が主張するように、銅配線でなければ0.18以降の世代のMPUは性能が向上しないとしたら、1GHzを超えることができないとしたら、このレースでIntelは遅れを取る可能性も出てくるわけだ。しかも、その相手がPowerPCだけならまだしも、x86系のK7となったら、問題は大きい。もちろん、その逆に、AMDが歩留まりが向上しないという地獄にまた陥ってしまう可能性もあるわけで、これはフタを開けてみなければわからないが、Intelにとって不安材料が増えたことだけは確かだ。


●Mercedは銅配線で?

 もっとも、AMDも銅配線一本ではなく、アルミ系でも製造するという。ある関係者は、以前、AMDでは高性能が必要なハイエンドMPUは銅配線を採用し、ボリュームと省電力が必要な下のラインはアルミ系のままで行くと述べていた。もしそうなら、Intelだって同じことを考える可能性もある。

 ただし、Intelがもし銅配線を導入しようとして密かに用意していたとしても、それはおそらく来年前半の0.18ミクロンプロセスの立ち上げには間に合わないのではないだろうか。時期としては、おそらくAMDと同じ2000年頃になるのではないだろうか。

 じつは、こう考えると、Intelの次期MPU「Merced(コード名:マーセド)」のスケジュールの遅れも説明がつきやすい。Mercedは、'99年中に出荷の予定が、2000年中盤までずれ込んだが、それはもしかするとMercedを銅配線で作るために遅らせたのかも知れない。

 Mercedのスケジュールの遅れが発表されたのは、Mercedの論理設計が終わり、実際のチップ上でどう作るかという物理設計に入った段階だった。つまり、論理的には設計に問題がなかったのに、物理的な部分で問題が見えてきたという可能性が高いわけだ。そして、論理設計段階で見えにくくて、物理設計段階で顕在化してくる問題のひとつには配線遅延がある。つまり、Mercedでは、配線遅延が思ったよりも大きく、当初考えていた動作周波数では動かない可能性が出てきたのではないだろうか。

 このあたり、実際にはどうなのかはもちろんわからない。ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。それは、MPUメーカーは次のジェネレーションでは1GHzの戦いを繰り広げるつもりでいるということだ。

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('98/7/24)

[Reported by 後藤 弘茂]


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