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●Windows 98の6月25日発表の障壁はなくなった
Windows 98は、当初の予定である6月25日に、米国では発表される。これはほぼ確実になった。というのは、今回の米Microsoftに対する訴訟を担当する米連邦地方裁判所のトーマス・ペンフィールド・ジャクソン判事が、今回の件に関する初公判を9月8日に決定したからだ。同判事の決定では、Windows 98の出荷を遅らせる可能性がある仮命令の請願に関しても、その日付以降に審理される。つまり、6月25日より前に仮命令が出されて、Microsoftがその命令に従わないとWindows 98が出荷できなくなるという可能性はこれでなくなったわけだ。
このなりゆきに、ほっと胸をなで下ろしているのは、もちろんMicrosoftだろう。ともかく、今回の危機の、最初のハードルは乗り切った。6月25日にかかっていた暗雲は、とりあえず晴れ、Windows 98は、同社が最初に企画していた通りの姿で出せるようになった。
では、これで一件落着なのだろうか? Microsoftは危機を脱し、ふたたび順風に乗ることができるのだろうか?
どうもそう単純な話でもなさそうだ。その証拠に、今回のジャクソン判事の決定には、Microsoftだけでなく、司法省と20州の検事総長の一部も歓迎するステートメントを発表しているのだ。これはどういうことだろう?
●審理日程から対立する政府とMicrosoft
ジャクソン判事による裁判のスケジュールの決定は、米国時間で先週金曜日に行なわれた。政府側とMicrosoftは、このスケジュールからすでに大きく対立していた。
まず、司法省側は6月18日までに仮命令を出すようにと請願していた。Windows 98が今のままの形でいったん出てしまえば、Webブラウザ市場でのMicrosoftの優位が確定してしまうため、Windows 98出荷前に仮命令を出して、現状を保持することが必要だと訴えたのだ。もともと、司法省と州検事総長らがWindows 98出荷前のタイミングで提訴したこと自体、Windows 98の出荷に足かせをかけるのが目的だったのだからこれは当然の請願と言えるだろう。政府は、まず早々にこの仮命令でWindows 98の動きを抑えておき、それから本訴訟に入るという2段階のステップを考えていたようだ。
それに対して、Microsoftは審理を開始するには、7カ月の準備が必要だと申し立てた。つまり、年末近くまで待ってくれと言っていたわけだ。それ以前にはいかなる措置も取ることは適切ではないという立場だ。
Microsoftのこの申し立ては、Windows 98の出荷を守り、仮命令をあまり意味のないものにし、また訴訟に対する万全の準備を整えるためのものだ。製品サイクルと市場の変化が速いこの業界で、年末までと言えばかなりの猶予になる。その間には、Windows 98は数千万本が出荷され、Webブラウザ市場の優位は固まる可能性が高い。そうなれば、仮命令は事実上意味を持たなくなってしまうだろう。さらに、訴訟の方も長期化すれば、その間にMicrosoftの市場支配がさらに進んで、訴訟自体も意味が薄らいでしまうかも知れない。ともかく、Microsoftは引き延ばした方が有利と判断して、そのために7カ月という提案をしてきたわけだ。
●両者の間をとった判事の決定
この両者の申し立てを受けたジャクソン判事の判断はちょうど中間に位置するものだった。司法省と20州の検事総長たちが望んでいた、Windows 98出荷前の仮命令は認めなかった。だが、Microsoftの時間稼ぎ戦術も、最低限しか認めなかった。どういう配慮なのかを判断するのは難しいが、これは、両者の言い分を半分ずつ取り入れた形に見える。その結果、Microsoft側も政府側も、どちらもこの決定を部分的に評価する声明を出したというわけだ。
例えば、Microsoftの法務・企業問題担当上級副社長のビル・ニューコム氏は「Statement by William H. Neukom」の中で、「司法省と州は、法廷に6月25日より前に強制命令を求めていたが、法廷はWindows 98のコンシューマリリース前にどんな措置も取る必要がないと決定した」と歓迎している。
それに対して、ニューヨーク州検事総長のデニス・C・バコ氏は、「Vacco Applauds Ruling To Fast Track Microsoft Suit」の中で「忙しいクリスマスショッピングシーズンまでこのケースを遅らせようとするMicrosoftの最後の試みを拒否した」と評価、これを「大勝利(a major victory)」だと謳っている。
これを見ると、裁判所は、どちらにも妥協をさせることで、両者がともに受け入れやすいカタチに収めたようだ。昨年10月の訴訟のように、本格的な審理の前に仮命令を巡って争いになるのを避けたのかもしれない。
●政府側の方が後退は大きいが、Microsoftも優位に立ったわけではない
もっとも、短期的に見るならこれはMicrosoftの勝利だ。司法省は、仮命令でWindows 98を現状のまま出させないようにすることに、明らかに力を入れていた。その戦術が破れたことは、どう見ても大きな後退だ。しかも、判事は司法省と20州検事総長がそれぞれ別にしかけた提訴を、ひとつの裁判にまとめようとしている。両者の提訴の内容は非常に似ているのでこれは当然かもしれないが、これもMicrosoftが求めていた通りになる。
しかし注意が必要なのは、裁判所は、政府側が請願していた仮命令の内容が適切でないとして退けたわけではないことだ。裁判所は、これを審理日程の問題でかわしてしまっただけで、仮命令の内容に対する判断は下していない。つまり、Microsoftは、これで別に裁判で有利になるポジションにつけたわけでは決してないのだ。
今回の訴訟の中核部分の審理が始まると、司法省は幅広い反トラスト法違反でMicrosoftに迫ってくる。では、その戦いはどんな展開が予想されるのだろう。次回のコラムで、司法省の訴状の内容から、今回の提訴の内容をもう少し掘り下げてみたいと思う。
('98/5/28)
[Reported by 後藤 弘茂]