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●徐々に核心に迫る司法省
ひたひたと、着実に迫る足音。おそらく、Microsoftにすれば司法省の追求はこんなイメージになるのではないだろうか。というのは、司法省が提訴のたびに、Microsoftの戦略の核心にだんだんと迫ってきているからだ。
たとえば、Windows 95発売前は、政府はWindows 95へのMSNのクライアントソフトのバンドルにポイントを置いて、追求していた。次に、昨年10月に提訴した時は、今度は、MicrosoftがWindows 95にInternet Explorer(IE)を 抱き合わせ(tying)して、Webブラウザ市場での競争で優位に立とうとしているということがポイントになっていた。
ところが、今回の提訴では、司法省はMicrosoftがOSの支配を維持し、さらに拡張するために、Webブラウザの市場を制しようとしていると指摘している。それは、WebブラウザとJavaが、MicrosoftのOS支配を脅かす存在であるためで、OS支配を守るための手段として、WebブラウザのOSへの抱き合わせを行なったと位置づけているのだ。ここで、根元的な問題として指摘されているのは、MicrosoftがOS支配を違法な方法で維持・拡張しようとしたことだ。つまり、司法省は、MicrosoftのOS戦略という、同社にとって核心である部分にいよいよ触れてきたのだ。Microsoftは、ついにのど元に刃を突きつけられた格好だ。
●OS独占支配を維持するためにブラウザ制覇を狙っていると指摘
司法省の訴状を読むと、政府側が、Microsoftの戦略をかなり的確に理解していることがわかる。司法省は、OSはその上で走るアプリケーションの数がカギとなるため、いったんひとつのOSが市場を握ると他のOSが参入することは非常に難しいと分析。そのため、MicrosoftによるOS独占支配への脅威となるのは、別のOSからの直接的なものではなく、OSに縛られずに使えるような、新しいプラットフォームになると見通した。そして、Microsoftはその脅威が、インターネットとWebブラウザからやってくることに気がついたと訴状で述べている。
司法省によると、ブラウザはふたつの意味でMicrosoftのOS独占に脅威だったという。ひとつは、ソフトがマルチプラットフォームで走るなら、プラットフォームに縛り付けていることで成り立っているWindowsの支配が崩れて、OSの競争が再び活性化してしまうから。ブラウザとJavaの組み合わせにはこの可能性があると政府は指摘している。それから、ふたつ目に、Netscape Navigatorそれ自体が多くのアプリケーションが書かれるプラットフォームになっていたことにもMicrosoftは気がついたと司法省は言う。
つまり、複数のOSの上に被さって、その上でアプリケーションのプラットフォームになってしまうブラウザとJavaの組み合わせによって、マルチプラットフォームが実現する可能性がある。そして、それはOSにアプリケーションを縛り付けることで維持している、MicrosoftのOS支配を崩す脅威となる。Microsoftは、ブラウザとJavaをそのように捉えたと、司法省は認識したわけだ。
これは、ブラウザとJavaが急速に台頭した'95年から'96年当時に、盛んに言われたシナリオで、何も目新しいものではない。しかし、Microsoftがブラウザ市場を握ろうとする動機の根元にこれがあると、司法省が認識したというのは非常に重要だ。これによって、MicrosoftのOS独占支配の維持と、ブラウザ市場の制覇という2つの要素が、1本の線でつながったからだ。
●Netscapeにブラウザ市場の分割支配を提案
司法省は、MicrosoftにブラウザによってOS独占が脅かされるという認識があるため、ブラウザ戦争に勝つことを非常に重視したと指摘。そのため、Netscape Communicationsと、技術とマーケティングだけで競争しようとせずに、OSの優位を不当に利用して、ブラウザ市場を制覇しようとしたと分析した。米国の反トラスト法では、正当な競争の結果、市場を独占的に支配することはかまわないが、その市場支配力を利用して、不当に市場支配を維持・拡大しようとすることは罪に問われる。司法省は、Microsoftがそこに足を踏み込んでしまったと言っているわけだ。
司法省は、そのあと、MicrosoftがどのようにOS市場での優位を利用しようとしたかを、例を挙げて示している。なかでも興味深いのは、'95年5月、Microsoftの幹部がNetscapeのトップと会談し、ブラウザ市場を分けて競争しないようにしようと説得しようとしたと指摘していることだ。「MicrosoftがWindows 95と後継OS用で使うブラウザの単独供給者になり、Navigatorはそれ以外のOSで使うブラウザの単独供給者になる」ことで市場を分けようと、Microsoftは提案したという。この話は、提訴の直前に、Netscapeのマーク・アンドリーセン上級副社長がメディアのインタビューなどで語ったので、すでによく知られているが「Federal Prosecutors Are Pursuing New Antitrust Case vs. Microsoft」(The Wall Street Journal,4/24)によると、Microsoftとの会談はマフィアのボスに脅されたようだったそうだ。
●訴状でMicrosoftの内部メモやマスコミでの発言などを引用
しかし、この提案はNetscapeにより拒否される。そこで、MicrosoftはNetscapeからシェアを奪うために何億ドルもの開発費とプロモーション費をかけたIEを、無料で配布することにしたという。Microsoftはこれまで、IEを無料で配布するのは、もともとWindowsの一部として開発したものであるためだと主張してきた。司法省は、この論を突き崩し、無料配布がNetscapeをターゲットにした戦略だったことを立証しようとしている。そのために、マスコミで取り上げられたMicrosoft幹部のコメントや発言の伝聞などを多用している。
例えば、New York Timesに取り上げられたMicrosoftのグループ副社長ポール・マリッツ氏の「彼らの空気供給を断つつもりだ。彼らが売るものはなんでも、我々は無料で配る」という発言、Financial Timesに取り上げられたゲイツ氏の「我々のビジネスモデルはインターネットソフトウェアすべてを無料にしても機能する……我々はOSを売っているからだ。Netscapeのビジネスモデルはどうだ? あまりよくない」という発言などを引用している。
訴状は、次にMicrosoftが、PCメーカーにWindows 95ライセンスの条件としてIEをプリインストールすることを求めたことを挙げている。そして、Windows 98でIEをインテグレートしたのは、Windows 95よりもブラウザを外すのを難しくするためだと言っている。これも、前回の提訴の争点になった部分で、Microsoftはユーザーの利益のためにOSにブラウザをインテグレートする必要があると主張してきた。
司法省は、この抱き合わせと統合が、Netscapeを意識したものであることの証拠として、今回訴状の中で、Microsoftの内部メモを引用している。例えば、ジム・オルチン上級副社長がマリッツ氏に書いたEメールでは「今の方法では勝つと思わない……我々の強みを使っていないからだ。(強みとは)我々にはWindowsインストールベースがありWindowsの協力なOEMチャネルがあるということだ」、「私は我々がWindowsを使わねばならないと確信する、これが彼らの持っていない唯一のものだ」となっているという。
●Microsoftのデスクトップ支配も問題に
さらに司法省は、今回、MicrosoftがOEMメーカーに、Microsoftが決めたブートアップシーケンスやデスクトップを強制していることも、重要なポイントだとしている。司法省によるとOEMメーカーは、IEなどのソフトを自由に取ったり付け加えたりできなくなっている(厳しい制約が課せられている)という。これは、MicrosoftがWindowsのライセンスで求めている「pristine Windows environment」という、Windowsのユーザーインターフェイスの変更を認めない規定で、前回の提訴でも触れられていた。Microsoftがこうしているのは、ブラウザなどによって、インターフェイスなどを奪われる可能性があるからだ。司法省は、この契約が、OEMメーカーの自由なブラウザやソフトの選択を奪っているとしている。
また、Microsoftはデスクトップを支配することで、デスクトップに置くISP(インターネットサービスプロバイダ)やICP(インターネットコンテンツプロバイダ)へのリンクを支配。その結果、ISPは、Windowsのデスクトップに置かれることを求めるため、MicrosoftとIEだけをブラウザとして提供する契約を結ぶ結果となっていると司法省は言っている。つまり、デスクトップ支配を利用して、ブラウザ供給のもうひとつの重要なルートであるISPを抑えようとしているというわけだ。IE 4.0のチャネルも、この延長にあるという。
つまり、司法省が言おうとしているのは、WindowsとIEの統合などは、ユーザーを第一に考えて出てきたものではなく、OSの支配を守るための戦略的なものだということだ。そして、司法省は、Microsoftのこうした行為の結果、競争相手は正当な競争ができなくなっていると申し立てている。金をかけてブラウザを開発しても、この状況ではそのR&D費用を回収できないからだ。そして、その結果は、技術革新を阻害することになるとしている。
●9月からの公判に注目
さて、司法省がこの訴状の中で申し立てていることは、この業界で動向をウォッチしてきた人間には、しごく当たり前で、すでに何度も語られていることだ。だが、司法省がこうした見方に立ったことで、Microsoftにとって状況は前よりも深刻になった。ポイントが、MicrosoftのOS独占支配の維持・拡大のための違法な行為という、より広範なものになったために、Microsoftが敗訴した場合に及ぼす影響は大きくなった。
しかし、その反面、司法省は、MicrosoftがOSとその上のアプリケーションの両方を持っていることが構造的に問題だとはしていない。そのように訴えれば、MicrosoftをOSとアプリケーション部門やインターネット部門に分離することも、視野に入るのだが、そうはしなかった。司法省が、そこまで考えていたことがあるというのは、よくマスコミで語られているが、今回は分割までは攻めきれなかったということだろう。
問題は、今回の裁判で果たしてどちらに勝ち目があるかだが、法律的なことは門外漢には予想がつきにくい。内部メモやマスコミの記事などの、証拠としての能力・重みもわからない。もちろん、司法省と州の検事総長たちは、裁判になれば証人を立てて立証しようとしてくるだろうし、さらに隠し玉がある可能性もあるかもしれない。このあたりは、9月の公判に入ってから、また追ってみたい。
●Microsoftの体質が災い
それにしても、面白いのは、こうして司法省がMicrosoftの内部メモやEメール、そしてマスコミなどでの不用意な発言を大量に引用していることだ。Microsoftという会社は、とかく内部のメモやメールが漏れやすい会社だ。それに、マスコミでも、「こんなことをしゃべっていいの?」と思うような不用意に思える発言を、幹部が平気でしてしまう。だから、訴状がMicrosoft側の発言ばかりという事態が起こるのだ。
しかし、Microsoft内部の人間と会ったことがあると、こうした現象が起こるのは、しごく当たり前だという気がする。いい言葉で言えばフランクで、どんどん、言わなくていいようなこともしゃべってしまう。幹部もそうなら、下のスタッフもそう。それが、Microsoft人種の特徴のような気がする。取材をしていても、Microsoftというのはガードが低くて、聞き出しやすい相手だ。
Microsoftという企業の攻撃的な戦略に目を取られていると、意外な気がするだろうが、じつはこのふたつ-フランクさと攻撃性-はベンチャー企業では珍しくない特性だ。そして、Microsoftの場合、プログラマが集まって作った小さな会社のノリで、そのまま図体を巨大化することに成功してしまった。だから、ベンチャーの持つざっくばらんさと、アグレッシブさをそのまま持っているのではないだろうか。ところが、市場に与える影響力だけは巨大だから、それが大きな問題になるわけだ。攻撃性を隠して、じわじわと市場の支配を進める老獪さは、まだMicrosoftにはない。
ともかく、今回の訴訟では、Microsoftの軽いノリは完全に裏目に出て、不用意な発言やルーズな管理の内部メモが、司法省に証拠として使われた。こうやって振り返ると、ここまであらかさまなら、提訴されるのも当たり前という気がしてくる。市場支配を狙うにしても、もっと目立たないやりかたはいくらでもあったろうに、これ見よがしにやってしまったという感がある。
しかし、これに懲りてMicrosoftが、老舗企業のように老獪な戦略を立て、情報管理をしっかりし、幹部が発言に細心の配慮をする企業になってしまったら、それはそれで、また不気味な気がする。
('98/5/29)
[Reported by 後藤 弘茂]