【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース
【ニュースサイトWatch 特別編】

Microsoft分割はありうるのか?



●Microsoftと政府のコーク戦争

 今回のニュースサイトウォッチは、Microsoft提訴関連を特集する。

 まず、ポイントとなるのは司法省と全米20の州&特別区が請願を出しているMicrosoftに対する仮命令。だが、その争点は、どうやらWebブラウザではなくコーラらしい。すでに、新聞などでも伝えられている通り、Microsoft側はこの問題をコーラに例えて、一般の支持を得ようとしている。どういうことかというと、政府側は、Internet Explorer(IE)を外さないならNetscape NavigatorをWindowsにバンドルするようにという条項を仮命令に加えているが、Microsoftはその要求を「コカコーラ社に、(コーラの)6本パックのうち3本をペプシにして出荷するように求めるようなもの」と非難しているのだ。

 「Microsoft, feds fight with colas」(The Seattle Times,5/19)によると、コーラのたとえは、Microsoftのスポークスマンのチームが頭をひねった結果出てきたのだという。ところが、司法省側も、このわかりやすいアナロジーを利用し始めているらしい。この記事のなかでは、司法省で反トラスト局を統括するジョエル・クライン氏が「適切なたとえは、コークがすべてのスーパーを持っていて、ペプシがその棚に製品を入れられないということ」ときめつけ、Netscapeのコンサルタントも「解決策はコークしか売らない八百屋に、政府がペプシも置くように言うことだ」と逆襲している。つまり、Microsoftがスーパーや八百屋(OS)を握っているのだから、その店でコーラ(ブラウザ)を売ろう(配布)と思ったら、強制的に置かせるしかない、というわけだ。


●Windowsは公共のユーティリティか

 しかし、今回の仮命令でのNetscapeのバンドル条項は、かなり論議を呼んでいるのは確かだ。「POINT OF VIEW: Remedy In Microsoft Case Is Extreme」(Dow JonesNewswires,5/18、会員制サービス)は、競争会社の製品をインストールせよというのは、法曹界からも反発があるという意見を紹介している。おそらく、日本のPC業界の受け止め方も「これはちょっとないんじゃないの」というものだろう。

 「Embattled Microsoft May Be No More Than a 'Public Utility'」(The WallStreet Journal,5/19、有料サイト http://www.wsj.com/ から検索)によると、これは、Windowsを公共のユーティリティと見なすかどうかという問題だと指摘する。つまり、鉄道の駅のような基本的な設備なら、競争相手ともシェアしなければいけないというわけだ。

 「Legal precedent available for use against Microsoft」(The SeattleTimes,5/19)では、そのように、独占企業が競争相手の製品やサービスを提供することを求められている例はいろいろあると指摘している。例えば、飛行機の予約システムをコントロールしている航空会社は、そのシステムで競争相手のフライトの情報も提供するように求められているという。また、長距離電話インフラを持つAT&Tは、競合する長距離電話会社MCIの通話も提供するように要求されているという。つまり、今回が特例というわけではないというわけだ。

 それに、司法省は原則としてはOSにWebブラウザを強制的にバンドルしないのが適切と言っている。IEを外せないとMicrosoftが主張するから、仕方ないので暫定的に、NetscapeもIEと一緒に提供するようにとしているのだ。


●なるべく目立たなくするNetscape

 もっとも、政府がNetscapeの肩を持ったことで、Netscapeが大喜びしているかというとそういうわけではないらしい。「Netscape Keeps Mum Over MicrosoftLawsuits」(San Francisco Chronicle,5/20)は、裁判が長引くと「政府が納税者の金を、Netscapeが競争上優位にするために費やす」ことで、アメリカ人がNetscapeに反感を抱くようになるかも知れないと警告する。

 Netscape自身もそれは十分承知しているようだ。「For Netscape, Probe ofMicrosoft Turns Image Into a Tangled Web」(The Wall Street Journal,5/20、有料サイト http://www.wsj.com/ から検索)のなかでは、Netscapeの幹部が、この措置がNetscape救済法に見えて、Netscapeが泣き言を言い過ぎているように見えるとしたら、それはぜんぜんいいことじゃないと言っている。Netscapeが大人しいのは、こうした状況が見えているからだ。Netscapeとしては、今回の訴訟が、Microsoft対Netscapeの対立として捉えられてしまって、Microsoftの反トラスト法違反という重大なポイントが薄れてしまっては、意味がないということでもあるだろう。


●Microsoftの絶対防衛ラインはpristine Windows environment

 このように白熱しているNetscape Navigatorのバンドル問題だが、意外なことに、Microsoft側が死守したい絶対防衛ラインはここではないらしい。つまり、Microsoftとしては、Navigatorをバンドルさせられるよりも、もっといやなことがあるようだ。

 この提訴の直前、司法省とMicrosoftは最後の和解交渉を行なった。この交渉の内容について、「Failure of Talks Opens A Window on Microsoft」(Washington Post,5/18)という記事が面白いことを伝えている。それによると、和解の障壁になったのはNavigatorのバンドルよりむしろ、Windowsを起動したときの「ファーストスクリーン」、つまり最初の画面をOEMメーカーが自由に変更できるようにするという要求だったそうだ。政府側の弁護士によると、Microsoftは当初、PCメーカーにファーストスクリーンの変更もOKだと提案してきたという。ところが、交渉が始まるとMicrosoftのビル・ゲイツ会長兼CEOが、この問題は議題にしないように交渉チームに命じてきたそうだ。それで交渉はあっという間に決裂してしまったという。「Gates: 'A Step Backwards'」(Washington Post,5/19)によると、ゲイツ氏は「ブートアップスクリーンに対して政府が要求している変更は、コカコーラ社にコーラ缶から名前を削れと言っているようなもの」と、これまたコーラで反論したらしい。

 ここからわかるのは、2日前のコラム「司法省提訴!--Windows 98の6月25日リリースが危機に!」で触れた「pristine Windows environment」条項という、Windowsのユーザーインターフェイスの変更を認めない規定が、Microsoftにとってそれほどまでに重要なものであることだ。そして、今回司法省はそのMicrosoftの痛いポイントを的確に突いてきている。今後は、これが大きな焦点になりそうだ。


●またもやジャクソン判事

 さて、PC業界をゆるがすMicrosoft反トラスト法裁判は、今週末から早くもスケジュールの話し合いなどに入る。裁判官は、昨年10月からの提訴も担当していたトーマス・ジャクソン判事だ。Microsoftはこれまでの裁判でジャクソン判事とは激しく対立してきた。「Break Up Microsoft? Hardly」(The Recorder,5/19)では、ジャクソン判事は、反トラスト法を過去の判例よりより広く解釈するかもしれないと見られていると伝えている。ジャクソン判事が受け持つと決まったことは、Microsoftにとってはかなり不利だ。ただし、「Critic of Software Giant To Hear AntitrustCases」(Washington Post,5/20)によると、Microsoftが別の判事を嘆願する可能性も残されている。


●何年もかかる大裁判に?

 「Microsoft wants 7 months in antitrust case」(San Jose Mercury News,5/21)などが伝えているように、Microsoftは現在、これだけ大きな反トラスト訴訟に対応するには6から7カ月の準備期間が必要だと申し立てている。これが通ると、裁判は来年にならないと本格的には始まらないことになる。これは、Windows 98のための時間かせぎ戦略であるが、それだけ準備期間が欲しいというのもMicrosoftの本音だろう。

 この裁判が長期戦になるというのは共通認識のようで、「Experts Don't SeeAntitrust Suit Hurting Microsoft in Near-Term」(The Wall Street Journal,5/19、有料サイト http://www.wsj.com/ から検索)など複数の記事が、数年続くと予測している。また、問題もWindows 98だけでなく、他の製品、たとえばWindows NT 5.0まで問題にされる可能性があると見ている。これは十分可能性があるだろう。

 以前、このコーナーで、Windows NT 5.0の方がWindows 98より、ずっとインテグレートする要素が多いから、そのためにMicrosoftはIEがWindowsのインテグレートされた一部という主張を譲れないと書いた。Windows NT Server 5.0 には、「IIS (InternetInformation Server)」から始まりオブジェクト指向TPモニター「MicrosoftTransaction Server(MTS)」、ディレクトリサービス「Active Directory」などさまざまな要素が融合される。これがすべて問題になりかねないのだ。


●Microsoft分割はありうるのか?

 ところで、過去の反トラスト法訴訟では、AT&Tのように企業分割までされた例もある。今回、Microsoftに対しては、分割の可能性はないのだろうか?

 その可能性はほとんどないという見方が主流だ。たとえば「Break Up Microsoft?Hardly」(The Recorder,5/19)では、「政府がMicrosoftを小さなピースに砕こうとするなら、また別なケースを待たないとならない」と指摘している。今回の提訴は、注意深く短期的な救済にマトを絞っており、Microsoftの基本的な構造改革は求めていないという。実際、訴状を読むとその通りで、Microsoftのビジネス習慣などを改革させようという提訴になっている。したがって、あくまでも今回の提訴に関してだが、Microsoft分割の可能性はないようだ。


●それでも、Microsoftには大きな影響が

 だが、それでも、長期的にはMicrosoftに大きな影響を与える可能性は高い。たとえば、「For Gates, Fight May Prove Costly」(Washington Post,5/19)では、IBMの例を持ち出している。IBMは司法省との裁判でいちおう勝ちは収めたものの、「何年もの間、決まり切ったものでも役員決定をするとき、訴訟への影響を考えなければならなかった」と元IBMの会長だったT.J.ワトソンJr.は自伝に書いているそうだ。この訴訟がMicrosoftの行動を縛ることは間違いがない。

 また、「Microsoft's Influence Unabated」(Washington Post,5/20)の分析も非常に面白い。この記事では、未来学者のポール・サッフォ氏が「(Microsoftは)金のためにMicrosoftを好きなパートナーをたくさん持っているが、彼らは忠誠心や愛情を持っていない。(この裁判が始まると)彼らは自問するだろう『これはボトムラインにどう影響するだろう、私に何か機会を開いてくれるだろうか』と」とコメントしている。つまり、MacintoshやJavaのように、そのプラットフォームを無条件に愛する忠誠心の高いパートナーを持たないWindowsでは、そのプラットフォームへの疑念が出てきたら、揺らぎ始める可能性があるということだ。そうなったら、パートナーはMicrosoftを進んで助けるよりも、Microsoftの力が弱まるチャンスをうかがい始めるだろう。

 サッフォ氏は続けて「もしビルがかつてなら実行したはずのことを、しないと決めるようなことがあれば、突然日光がかげり、ほかの者がチャンスを使うエリアを照らすだろう」と語っている。つまり、そういう状態になったら、Microsoftの力にかげりが見えたら最後、Microsoftから急速にパートナーが離れる可能性もあるということだ。この見方には異論もあるかも知れないが、説得力はかなりある。さすが、サッフォ氏の炯眼というところか。


バックナンバー

('98/5/22)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp