【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

司法省提訴!--Windows 98の6月25日リリースが危機に!



●前回の提訴より重大な新提訴

 歴史的な提訴。米国では、今回の米Microsoft社に対する司法省&州検事総長らの提訴をこのように形容している。しかし、これは誇張ではない。今回の提訴は第一報から想像できる以上に重大で、Microsoftは厳しい状況に追い込まれつつあるように見える。

 まず、Microsoftが受けたのは昨年10月20日から始まっている提訴と比べると、より広範囲に及ぶ反トラスト法違反での提訴だ。Microsoftが戦わなければならない戦線は大きく広がり、敗訴した場合にMicrosoftが被る被害は大きくなった。また、裁判所の出す仮命令によっては、Windows 98の6月25日の出荷も危機に瀕する。最悪のケースでは、Windows 98の出荷がかなり遅れ、さらに、Microsoftは今後の戦略でもさまざまな制約を課せられ、製品開発でも大幅な変更を要求されるかもしれない。そうなった場合は、この提訴がMicrosoftのPCソフトウェア市場支配の終焉への分水嶺になるかも知れない。

 おおげさだと思うかもしれない。ところが、司法省などの訴状や発表資料を読むと、こうした事態に発展してもおかしくないように見える。裁判の結果がどうなるかは見当がつかないが、提訴の内容自体は、日本で一般的に受け止められている以上に深刻なようだ。PC業界にとってこれがいいことか悪いことかはともかく、この訴訟が業界にインパクトを与える可能性はかなり高いだろう。少なくとも、Microsoftにとって最凶の悪夢なのは確かだ。


●仮命令はたんなる前哨戦

 それでは、今回の“事件”で何がポイントなのかを整理しよう。提訴は司法省と全米20州の検事総長によって行なわれたが、ここでは司法省の提訴を中心に説明する。PC業界にとって重要なのは、次の3点だ。

(1)政府はMicrosoftに何を要求しているのか?
(2)Windows 98は6月25日に出荷できるのか?
(3)この先どうなるのか?

 まず(1)の要求の内容だが、ここに関しては、政府が米Netscape Communications社のNavigatorをWindowsにのバンドルするよう求めたことがクローズアップされており、これを呑めば(呑むとは思えないが)問題は解決すると受け止められがちだ。しかし、どうもそうではないようだ。というのは、Netscapeのバンドルは、仮命令で求めている暫定措置であり、裁判で争おうとしていることとは違うのだ。これを整理すると、今回の提訴に絡んで政府が求めていることは2つのパートに分かれる。

(a)裁判で求めていること
(b)仮命令として求めていること

 重要なのは、まず、この2つが分かれていて、仮命令はあくまでも(a)の判決が出るまでの仮措置として求めている内容だということだ。つまり、Netscapeをバンドルすれば解決ではなくて、さらに本質的な戦いがそのあとに待っていることになる。そして、司法省が(a)でMicrosoftに禁止しようとしていることは、これまでの提訴より範囲が広がっている。

(1)OSの独占を維持するために、排他的で略奪的なやり方をすること
(2)抱き合わせや排他的な契約などの、ビジネス慣習で競争を妨げること
(3)Webブラウザ市場を独占しようとすること


●より拡大した政府の提訴内容

 おおまかに言うと、政府は今回の裁判では以上の3つの点を、反トラスト法への違反ということで争おうとしているようだ。それに対して、昨年の10月の提訴は、「Windows 95に他の製品をバンドルしないという同意審決に違反した」ことによる法廷侮辱罪だった。つまり、司法省は裁判で完全な勝利を収めても、WindowsからInternet Explorer(IE)を外すくらいしかできなかった。ところが、今回の裁判では、範囲をOS全体にまで明確に広げて、しかもMicrosoftのビジネス慣習や行為に対して、直接反トラスト法違反を突きつけている。より突っ込んでいるわけだ。

 もっとも、前の提訴でも、MicrosoftがOSの独占的な立場を利用して、その独占を維持したり、拡大しようとしているという点を訴えてはいた。しかし、今回はそれをより直裁的に訴え、比重をそちらに移しているように見える。訴状の中では、IEの強制バンドルは、OSの支配力を利用して、インターネット市場も独占しようとしている行為という位置づけだ。そして、「もしソフトがマルチプラットフォームで走るならOSの競争が再活性化する。ブラウザとJavaの組み合わせにはこの可能性がある」ので、Microsoftはブラウザの独占を狙っていると関連づけている。

 このように、より提訴の内容が広がったため、Microsoftがもし裁判で負けた場合は、前の提訴の件よりも大きな影響を受ける可能性がある。例えていえば、今まではボヤだったのが、今度は本格的な火事になりかねない事態というわけだ。


●仮命令ではWebブラウザ市場の現状維持がポイントに

 そして、その上で、司法省は判決が出るまでの間の仮命令も求めている。これは裁判に時間がかかっている間に、Microsoftによる市場の寡占化が進んでしまうのを防ぐために、現状を維持するための手段として求めているものだ。つまり、裁判に時間がかかって、IE 4.0の一人勝ちが進んでしまい、Netscapeの救済が間に合わなくなってしまう、という事態を防ごうとしているわけだ。今回の仮命令で大きいのは、Windows 95に限定されている(と控訴審裁判所で判断された)仮命令と異なり、Windows 98を含むことだ。そして、その内容は次のようになっている。

(1)Navigatorのバンドル。なんと言っても話題になっているのはこの要求だ。正確には、NavigatorをIEと同様にWindowsにバンドルするか、でなければWindowsからIEを取り去ることを求めている。司法省によると「ベストなのは、MicrosoftにOSとブラウザをバンドルさせないことだが、Microsoftはそれは難しく時間がかかるという立場をとっている」そのため「政府はもっと限定的な処方、すなわちNavigatorをIEと同じ条件で含めることを求める」としている。つまり、IEを取り去ることができないと主張するなら、しょうがないから、それによって競争上不利になるNavigatorもIEと一緒にバンドルしなさいと言っているわけだ。

(2)それから、OEMメーカーやISP(インターネットサービスプロバイダ)に対して、IEの採用を強制することを、禁止することも求めている。ここで重要なのは、OEMメーカーが、IEを削除したり独自のインターフェイスを搭載する権利を制限しないことも求めていることだ。これは、MicrosoftがWindowsのライセンスで求めている「pristine Windows environment」という、Windowsのユーザーインターフェイスの変更を認めない規定を外すように求めているということだ。この問題は、以前、「インターネットマガジン」誌の「USA FRONT LINE」で小池 良次氏が取り上げていたが、MicrosoftにとってWindowsのインターフェイスを防衛する重要なポイントでもある。というのは、OEMが自由にデスクトップをかぶせられるようになると、他社のデスクトップ(またはWebトップ)にユーザーインターフェイスを乗っ取られる可能性が出てくるからだ。

(3)それから、IEを欲しくないOEMメーカーに、ロイヤリティ料金の適当な値引きをすることを求めている。つまり、IEとWindowsが分離できないというならそれは今のところ仕方ないが、IEを欲しくないメーカーに対しては、IEの分を割り引くように言っているわけだ。

 以上が仮命令として求めていることの大まかな内容だ。そして、これは政府が裁判で要求しようとしていることとイコールではない。あくまでも現状維持のための措置として求めていることであって、裁判で最終的に求めていることではない。司法省がこれだけを求めているように誤解されているが、仮命令は前哨戦に過ぎないようだ。


●Windows 98は6月25日に出荷できるのか?

 では、この仮命令が司法省の要求通りに裁判所から出されたら、Windows 98は米国での出荷予定日である6月25日に出荷できるのだろうか?

 司法省は「政府が要求する仮命令を裁判所が認めてもMicrosoftには危害はない。(仮命令は)Windows 98の予定通りの出荷を妨げることを求めているのではない。Windows 98をMicrosoftの望むとおりに、つまりブラウザとともに出すのを禁じようとしているのでもない」と仮命令の動議を支持する覚え書き「MEMORANDUM OF THE UNITED STATES IN SUPPORT OF MOTION FOR PRELIMINARY INJUNCTION」の中で断言している。そのため、司法省がWindows 98の出荷停止を求めていないと、大きく報道されている。

 では、Microsoftは仮命令の下でも何の問題もなくWindows 98を出せるのか。いや、そうでもなさそうだ。というのは、政府が言っているのは、“仮命令の中でWindows 98の出荷停止を求めていない”ということであって、“Microsoftが仮命令に従わなかった場合でも出荷停止を求めない”とは言っていない。

 司法省の発表を見る限り、仮命令に従った場合は、Windows 98を出荷してもいいと言っているが、従わなかった場合でもWindows 98を出荷していいとは言っていない。では、仮命令に従わなかった場合は出荷停止だと要求しているのか? ここが非常に微妙なのだが、司法省はこれも言っていない。この部分は、ただあいまいにされている。

 しかし、仮命令の覚え書きのなかでは、今のままのWindows 98が出荷されると、Microsoftの不当な支配がさらに進んでしまうとかなり強い語調で、しかも何回も繰り返して主張されている。そして、さし迫ったWindows 98のリリースのために、仮命令を緊急に出す必要があると言っている。つまり、今のままのWindows 98が出荷されるのはまずいので、仮命令が必要だと強く主張しているのだ。それを額面通りに受け止めれば、仮命令に従わないWindows 98の出荷を認めるというのはおかしい。

 では、ここで政府の仮命令要求とWindows 98出荷の関係を、平たい言葉で説明してみよう。司法省はMicrosoftに対して「仮命令に従うならWindows 98を出荷していいですよ。でも、それをもし呑めないというのなら……」と言っている。そして、この「……」の部分は明示されていないが、無言の圧力が加わっているようだ。

 司法省としては、この「……」部分はおそらく裁判所に言わせるというつもりなのだろう。もしかすると、司法省にWindows 98の出荷停止を求めないようにという圧力がかかっているのかも知れない。いずれにせよ、仮命令が裁判所からもし出されれば、この部分は明確になるだろう。


●仮命令が最初のハードル

 では、今回の提訴、今後の展開はどうなるのだろう。まず、連邦地裁は22日に最初のミーティングを行なうとしている。なにせ、Windows 98出荷を見据えた仮命令が求められているので、展開は急ピッチだ。では、仮命令を巡っての第1フェイズの戦いはどうなるのだろう。

 裁判所が、仮命令をMicrosoftがより呑みやすい内容にしたり、あるいは仮命令自体を出さない場合もありうるかも知れない。この場合は、何の問題もなくWindows 98を出荷できる。

 だが、もし、仮命令が、現在政府が要求しているようなカタチで出され、しかも仮命令に違反するならWindows 98を出荷できないという条件になった場合、Microsoftの可能な対応は限られる。ひとつは、(a)Netscapeのバンドルを含めた条件を呑んでCD-ROMを焼き直してなんとか間に合わせることだ。しかし、これはあまりあり得るとは思えない。もうひとつは、(b)MicrosoftがIEのアイコンを隠すなどの折衷案を提案することだ。それでOKが出れば問題はない。(c)しかし、Microsoftが仮命令の条件を呑まず、しかも妥協も成り立たなかった場合は、Windows 98が出せなくなるケースが出てくる。この場合、Microsoftは当然控訴をすると見られるが、控訴審裁判所の判断が迅速に出てこないと間に合わないかも知れない。このほかにもさまざまなケースが考えられるが、いずれにせよ、こちらはすぐに展開が見えるだろう。

 しかし、もしMicrosoftが仮命令のハードルを越えることができたとしても、そのあとも大変だ。Microsoftにとって、争点はよりクリティカルになり、負けた場合は、同社の戦略により大きな影響を及ぼす可能性が高くなったからだ。また、裁判が長引き、長期的にMicrosoft幹部の精力を削いでいってしまうかも知れない。そして、長引くと、Microsoftにとっての本命であるWindows NT 5.0にまで影響が及ぶかも知れない。Windows NT 5.0が出せないという事態にもしなったら、衝撃はWindows 98の比ではないだろう。

 もちろん、裁判がどうなるかは、今後、政府側が出してくる証拠や証人によって大きく変わるわけで、先行きは見えない。また、今出ているドキュメントだと、いまのところの力点はWindows 98に向けて仮命令を出させる方にあるように見える。司法省が、どれだけMicrosoftと本気でやりあうつもりなのかはわからない。だが、Microsoftにとって、これまでより状況が悪化したことだけは確かだ。はたして、Microsoftはこの危機を切り抜けられるのだろうか?

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('98/5/20)

[Reported by 後藤 弘茂]


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