後藤貴子の データで読む米国パソコン事情
 
第3回:「米政府が“デジタル立国”を宣言」ほか


米政府が“デジタル立国”を宣言

■日陰者だった情報技術産業が米国経済の柱に

 “これからのアメリカ経済はデジタルエコノミーだ!” これが、米政府が4月15日に発表した『台頭するデジタル経済』というレポートで伝えるメッセージだ。コンピュータ・通信関連の情報技術産業(IT産業)とEコマースを柱とするデジタルエコノミーが現在、そして今後の米国の繁栄のけん引役であり、ビジネスも政府ももっとこれに対応していこうと宣言したのだ。

 レポートは次々とデータをあげて、デジタルエコノミーの台頭ぶりを証明してみせた。

などなど。つまり、IT産業が米経済全体の浮揚と生産性の向上に寄与し、インフレを抑制し、高収入の雇用を創出したというのだ。

 これだけ数字を挙げられれば、なるほどおっしゃるとおりと思う。しかし、米政府はなぜ今あらためて、IT産業の好調ぶりを強調するレポートを出したのだろうか。
 今回のレポートが面白いのは、これがIT産業について米政府が初めて行なった本格的な報告だということだ。もっと言ってしまえば、米政府がIT産業の現状把握という遅れに遅れていた宿題をようやくやり遂げましたというしるしが、このレポートなのではなかろうか。

■イニシアチブを取りたい米政府

 従来、IT産業は政治の規制や指導とは最も遠いところで成長してきた。たとえば製薬業界なら、新薬を市場に出すためには必ず政府の許可がいる。ところがIT産業にはそのような制約は少ない。ここでは、ガレージで生まれた企業や大学の研究生が発明した技術が、産業内の競争だけで、市場を次々と塗り替えてきた。Microsoftなどは、「IT産業は政府や議会の干渉がなかったからこそ、ここまで成長したのだ」とことあるごとに強調しているが、それはある意味では正しいだろう。

 一方、政治側は、これまでIT産業をよく理解してこなかった。議員たちはいまだに連邦上院議場へのノートパソコンの持ち込みを禁止('97年11月の上院規則委員会の決定)する感覚の持ち主だ。また、'96年には、インターネットをポルノの温床と恐れるあまり、技術的に問題だらけと指摘されていた通信品位法(CDA)を成立させてしまった。「経済全体の2倍以上のスピードで成長」するIT産業とは意識がずれ、現状と合わない政策をとり続けてきたのだ。

 この状況は、米政府にしてみれば、手綱を御すことができないままに、米国経済という馬を走らせてしまっているようなものだ。政府たるもの、もっときちんとIT産業の手綱を握りたい、自分たちが経済の主導権を握りたいというのが本音だろう。そこでその第一ステップとして、まず急いで現状を分析し、そして現状把握ができたことをアピールしたわけだ。

 その証拠に、レポートは、デジタルエコノミーを栄え続けさせるための課題についてかなり言及している。商務長官もレポート発表時のスピーチで、米政府自身の今後の方針と同時に、政府が議会、業界にも望む方向についても強調していた。そこには、“もうIT産業は野放しではないよ”というメッセージが込められていると見ていいだろう。

 たとえばレポートは、コンピュータ・通信のインフラ整備はインターネットの初期を除き、民間主導型だった、と分析。これからも政府による税や検閲や規制のない、市場主導のEコマース(電子的商取引)が望ましいと述べ、政府の役割はインターネットビジネスの世界的法体系や人的資源を育成する政策を作ることにあるとした。

 また、商務長官はスピーチで、政府の暗号輸出規制が米国の業界を外国に対し不利な立場に置き「失敗」だったので政府は内部で妥協の努力をする、だから業界も同様の妥協を、と求めた。さらに米政府が諸外国にインターネット自由貿易圏作りを提唱し、オンライン著作権の国際的な保護も進めていることを強調して、議会や業界にも協力を要請した。

 IT産業にとっても、政府が現状把握と自分の役割認識をしたこのレポートは、とりあえず歓迎すべきものだろう。IT産業も今では教育や社会に影響を与えるまでに大きくなり、法や規制とまったく無関係にはいられなくなった。それなのに政治家に訳のわからない産業と思われたままでは、いつまたCDAの二の舞を踏まれるかもしれないからだ。

 ただし、用意が整い自信をつけた政府は、今後はもっと手綱を握ろうとする可能性がある。デジタルエコノミーの担い手と持ち上げられるのはいいが、IT産業にとっては、“大きなお世話”の始まりと言えるかもしれない。


移民頼みの米国経済

■コンピュータ技術者は346,000人不足?

 さて、バラ色の繁栄を約束するかのようなデジタルエコノミーだが、大きな障害がひとつある。それはIT産業の人手不足だ。

 商務省のレポートは、2006年までに130万人分のハイテク関連の仕事が新たにできる、つまり2006年までにそれだけのハイテク系人材が新たに必要となるとの予測を出した。IT業界団体Information Technology Association of America(ITAA)はもっとせっぱ詰まった数字を出している。昨年、19万人分の職が埋まらないでいるという調査結果を発表、今年はさらに多い34万6,000人分の職が埋まらないでいる(「MajorStudy Finds IT Worker Shortages Continue To Threaten U.S. Companies」 1/12)と発表したのだ。しかもコンピュータが2000年になると狂い出すという「2000年バグ問題」のために、今年に続き'99年も、大量のプログラマが必要だ。

 これからハイテク人材を育成したのでは間に合わないこの圧倒的な人手不足は、どうしたらよいのだろうか。
 これには、米国ならではの伝統的な解決策がある。外国人労働者の受け入れだ。IT産業もH1-Bビザ(高度熟練技術者の労働ビザ)を使って、外国人技術者を大量に雇い入れてきた。だがIT産業の場合、それでもまだ足りなかったのだ。申請増加に伴い、H1-Bビザは昨年初めて、移民法に定めた年間上限の65,000人枠に達してしまった。
 そこでIT産業がとったのが、上限を増やす法改正のロビー活動だ。

■ハイテク労働者ビザは増員の第一歩へ

 4月2日、米上院司法委員会は、H1-Bビザ枠を増やす法案(S.1723)http://thomas.loc.gov/ からS.1723のキーワードで検索>を通過させた。

 IT産業への反論がなかったわけではない。政府の査察機関GAOは、ITAAの出した346,000人不足という調査結果は数が多すぎると疑問を呈した。また、労働団体や労働問題に詳しい大学教授なども、IT業界は、賃金の高い高齢の米国人技術者より安く、しかもビザのスポンサーとなることで半拘束的に雇える若い外国人労働力を欲しがっているだけだと反発。そのため、上院の法案は米国人労働者にコンピュータスキルをつけさせる再訓練への助成や、低所得者層の科学専攻学生への奨学金などを盛り込みもした。しかしいずれにせよ、移民増の法案が委員会を通り成立への第一歩を踏み出したことは、IT産業がそれだけ重視されるようになってきた現れだろう。
 だが、まったく新しい経済への移行を高らかに宣言したにも関わらず、その根幹の産業を支えるのは昔と同じく移民。それがいかにも米国らしい点だ。

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp