【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

PC 2000 - それはPC/ATとの決別?


●PC 2000の影が見えはじめた

 最初に断っておくと、PC 2000はまだMicrosoftが正式にアナウンスしたスペックではない。それどころか、まだそのスペックを策定していること自体が、アナウンスされていない。先週開催された、Microsoftのハードウェア開発者向けカンファレンス「WinHEC 98」でも、少なくともPC WATCHで出席したセミナーでは、Microsoftから公式にPC 2000に関してその内容が語られることはなかった。

 だが、それでも今回のWinHECでは、未知のこのスペックの影がちらつき初めていた。たとえば、「Designing Windows Platforms for Low Cost Markets(ローコストマーケット群のためのWindowsプラットフォーム群のデザイン)」と題したセッションでは、米Acer America社のスピーカーが、低コストPCに必要なスペックを説明。Acerと一緒にそのスペックをPC 2000のスタンダードに押し上げようと呼びかけた。

 もちろん、毎年ごとにPC 9xスペックが更新されてゆくという今の状況では、PC2000が来春に公開されるというのはほぼ確実だ。また、PC 99はどう見ても踊り場のスペックであり、その先の展開は容易に予想される。ということで、WinHECでの手がかりから、PC 2000の姿を予想してみよう。


●Acerが500ドルPCの実現のためのアプローチを説明

 まず、Acerのスピーチだが、そもそも、このDesigning Windows Platforms for Low Cost Marketsというセッションには、それなりに聴講者が集まった。というのも、米国のベンダーにとって、現在の最大のテーマはローコスト化であり、ここでMicrosoftが何か新しい可能性を示すという淡い期待があったからだ。たとえば、ローコストPC向けの機能削減をしたスペックのような。

 しかし、今回、Microsoftからは一切そうした提案はなく、同社のスピーチはWindows 98のリソース管理がWindows 95より優れているため、スワップの頻度などが少なく、ローコストシステムでも性能低下が少ない、つまりWindows 98がローコストPCに向いているという説明に終始した。ところが、次に登場したAcerのプレゼンテーションは、非常にアグレッシブだった。

 同社はまず、PC市場はこれまでコストが一定でパフォーマンスが向上するというモデルで展開してきたが、97年からはパフォーマンスが一定でコストを下げ、それによって市場が拡大するという新しいモデルに入ったと展望。その上で、ハードウェアとしてのPC価格は、まだ下げられると主張した。しかし、市場価格が500ドルのPCを実現するにはまだハードルもあるという。それはサービスコストだ。

 現在、今市場価格で1,000ドルのPCでサービスコストが50~70ドルはかかるという。それは、PCのアーキテクチャが同じままだと、PC価格を半分の500ドルのPCを実現しても変わらない。つまり、デバイスとしては500ドルは実現できるが、サービスコストの削減を削減しない限り、実際にそれをマーケットに出すのは難しいというわけだ。

 では、サービスコストを削減するにはどうすればいいのか。そこで、Acerが提示したのは、「サポートする要素が少なければ少ないほど、コストが下がる」という単純な原則だ。ようは、ハードウェアからサポートする必要が薄い要素を削減し、サポートしやすい技術だけを残せば、サポートコストがミニマムになりサブ500ドルPCも現実化できるというわけだ。


●過去との互換性を捨てればコストが下がる

 そして、その削除できる要素とは……、PC/ATなどこれまでのPCアーキテクチャのレガシー(資産)だという。つまり、シリアル、パラレルといったポート、オーディオやビデオといったハードウェア(のドライバなど)のDOS互換性、こうした要素をすべて切り捨てようと呼びかけたのだ。その結果誕生する新PCは、USBとIEEE 1394だけをポートとして備えた、じつにすっきりしたシロモノになる。Sound Blaster互換やエミュレーションといったような、DOS互換性もない。基本的に、Win32ビットアプリケーションだけを使って下さいという世界になる。

 Acerによると、ローコストPCの購入者の多くはファーストタイムバイヤー、つまり初めてPCを買う層だという。そして、こうしたユーザーは、レガシーのハードウェアやソフトウェアを持っていない。つまり、レガシーのサポートは必要としていないという。それなのに、これまでのPCでは、その互換性の維持を求められ、そのことがハードウェアのコストと、サポートコストを不必要に押し上げて来たという。

 もちろん、ユーザーにしてみれば、ポートが2つか3つ余計についたり、SoundBlaster互換が維持されていたからといって、それで大きくコストが上がるとは実感できない。しかし、メーカー側にとっては、USBやIEEE 1394のようにデバイスのディテクションやセッティングが容易なポートだけの方がサポートが容易になる。また、DOS互換性も「ない」と言い切れてしまえばサポートは楽になる。つまり、レガシーを切り捨てれば、PCが手離れのいい家電的な商品に近づけるということなのだ。

 Acerは、プレゼンテーションを展開したあと、こうしたスペックをPC 2000にしようと呼びかけた。Acerの言い方は、かなり思わせぶりで、それは、PC 2000を巡ってMicrosoftと一部のOEMメーカーの間の協議では、こうした方向で議論が進んでいることを示唆していた。PC 99でノーISAスロットをようやく打ち出せたMicrosoftが、その1年先では完全なレガシーからの脱却を目指すというのは何も不思議ではない。


●PC95から始まるWintel PC戦略のゴールがPC 2000?

 振り返ってみれば、MicrosoftはWindows 95を出して以来、Microsoft"製"PCの実現のために、ステップバイステップで進んできた。最初のPC 95は、ほとんど現状追認の規格だったが、PC 96ではそれを一歩前進させ、そしてPC 97/98では、USB/IEEE1394、ACPI/OnNowといった新技術の方向へとじりじりとメーカーを押してきた。その意味では、PC 99は最後のステップに向かう踊り場であり、PC 2000でついにレガシーを切り捨て新しい技術に入れ替えてしまおうという展開になる可能性は高い。これまでは、ともかくMicrosoft自身が新ハードウェアをサポートするOSを出せていなかったのだから、説得力がいまひとつ薄かったわけだが、Windows 98を出したあとのPC 99/2000では、レガシーの切り捨てをついにハードウェアメーカーに迫ることができる。

 また、Intelの開発計画も当然この動きと同期しているだろう。Intelは、もはやチップセットのサウスブリッジ(PCI-ISA)チップから下にぶら下がっている要素を盲腸のように感じているのではないだろうか。ISAから下の要素が、システムパフォーマンスやシステム管理など、さまざまな面での障害になっているのは確実だからだ。来年、もしMicrosoftがノーレガシーデバイスという路線でPC 2000を発表するなら、IntelもチップセットでISAの非サポートを言い出すのではないだろうか。実際、Intelが「Legacy-free PC」と呼ばれるイニシアチブを始めているという報道もある。

 そうなった時のシステム構成は、今とはかなり変わってくるかも知れない。たとえば、PCのメインメモリもDirect RDRAMになりノースブリッジ(CPU-PCI)チップのピンには余裕もできるし、チップセットの集積度も実装技術も上がるので、ノースブリッジチップにすべてを集約できるようになるかも知れない。つまり、この場合はサウスブリッジチップがなくなるわけだ。また、その時のIntelの戦略は、おそらくモデムとサウンドはCPUで実現する(共通のコーデックチップだけが残る)という形になる。そうなったら、マザーボードに残るのは、MPUとロジックチップ1個、グラフィックスチップ、コーデック1個、メモリ(とビデオメモリ)だけになる。デバイスの面でも、ローコストPCの実現は容易になるだろう。

 さて、もしPC 2000が本当にこうしたレガシーの完全切り捨てになるなら、それはPC/AT互換機の最終的な終焉を意味する。MicrosoftとIntelが中心となって作る「Wintel PC」への脱皮(あるいは変容)を意味するわけだ。そして、今回面白いのは、PCをローコストにしようという発想から、この方向を支持する声が挙がってきたことだ。PCがコモディティ(日用品)になるには、あいまいで複雑なPC/AT互換の世界は不要ということだろう。しかし、PC/AT互換機のオープンなプラットフォーム上に何でもありという、ホビー色が強く楽しかったかつてのPCワールドが好きなユーザーには、ちょっとつまらない未来になるかも知れない。


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('98/4/2)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp