【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

MicrosoftのディジタルTV戦略 -WinHEC 98編-


●ディジタルTVは、WebTVかWindowsでMicrosoftが2段構えの提案

 米国では、いよいよ今年11月から地上波でディジタルTV放送が始まる(一部の大都市圏)。そのため、TV業界と家電業界はディジタル化にどう対応するかでてんやわんやの大騒動だ。もちろん、新市場参入のチャンスを見逃さないMicrosoftも、昨年春には「PCでディジタルTVを見よう」という戦略をぶち上げている。しかし、先週の「WinHEC 98(Microsoftのハードウェア開発者向けカンファレンス)」では、そのMicrosoft版ディジタルTV戦略での、方針転換が見えはじめた。

 方針転換と言っても、PCでディジタルTVを楽しめるようにしよう、PC 99のスペックに盛り込もうといった方針自体は変更はない。しかし、路線に微妙な変化が見えている。たとえば、ディジタルTVはPCが中心といった見方から、Windows CE/WebTVベースのSTB(セットトップボックス)とPCの2段重ねの戦略になったことが明確になった。もちろん、この方針は、昨年Microsoftが米WebTV Networks社を買収した時から見えていた展開だったのだが、今回のWinHECでは具体的に明確な路線が示された。

 まず、Microsoftによれば、ディジタルTVの受信では3つのタイプのボックスが考えられるという。ひとつは、ローコストな「キッチン」レシーバーと呼ぶタイプで、ディジタルTV放送は見ることができるが、データサービスはほとんど利用できないタイプ。実際に、この手のSTBやTVは計画しているメーカーがあり、その多くは既存のTVにディジタルTVを表示できるようにする製品だ。ディジタルTV放送開始の直後は、この手のTVやSTBが主流になると見られている。しかし、Microsoftでは、このタイプは、リビングルームのメインにはならないとして、キッチンレシーバーと決めつけているようだ。

 それに対して、2つ目のタイプはMicrosoftの持ち駒であるWebTVだ。何が違うかと言うと、ディジタルTVの再生だけでなく、ディジタルTVで想定されているデータ放送や双方向(インターネットなどを利用した)サービスなどをフルに利用できることだという。そのベースになっているのは、インターネット機能やEメール、さらにEPG(電子番組ガイド)、1GBのハードディスクによるキャッシング、TVと他のグラフィックスのアルファブレンディングといったWebTV Plus(2世代目のWebTV)のフィーチャだ。Microsoftは、これだけの機能が199ドルのコストで手に入るとしてWebTVをディジタルTV時代のレシーバーとしてアピールする。

 そして3つ目がPCスタイルのレシーバーだ。これは、基本ラインとしてPC 99世代のマシンで実現する予定で、「WebTVでできること以上」を提供するという。つまり、WebTVにできて現行のPCのにできないTVとグラフィックスのアルファブレンディングといった要素をサポートして、それ以上の機能を提供するというわけだ。

 それは、たとえばマルチビデオウィンドウや、高画質の映像、リプレイやより高度なEPG、それにAV機器との連携だという。たとえば、マルチビデオウィンドウなら、ビデオウィンドウを複数開いて、そのうちにプライマリのウィンドウだけをフルにデコードし、セカンドウィンドウやサムネイルなどは間引きデコードするなどで対応するという。これを使うと、EPGの中にリアルタイムに今やっている映像のサムネイルを挟み込むことなどができるという。また、EPGも、TVを見ている最中に自動的にデータを受信、それをハードディスクに貯蔵して見るという。ちなみに、これらの機能をつかさどるビューアはWebTV for Windowsという名前になっている。


●HD1フォーマットはどこへ行った?

 さて、これがMicrosoftの想定するディジタルTVレシーバーの構想だが、しかし、これはあくまでもMicrosoftが「HD0」と呼んでいる画像フォーマットと、Microsoftと連携したデータ放送サービスを前提としている。じつは、昨年Microsoftが米Intel社や米Compaq Computer社とともに、PCと融合しやすいディジタルTVの構想を発表した時には、このHD0のほかに「HD1」と「HD2」というより解像度の高いフォーマットも提案していたのだが、今回この2つは影もカタチもなくなってしまっている。

 これをもう少し詳しく説明すると、HD0は704×480ドットプログレッシブ(ノンインタレース)で60フレーム/秒か1,280×720ドットプログレッシブで24フレーム/秒の画像をサポートするフォーマットだ。HD1とHD2はそのHD0の上位互換になり、Microsoftの構想としてはまずHD0を実現してから、そのあと徐々に解像度を上げて行くことになっていた。また、その際に上位互換にできる圧縮アルゴリズムも開発することになっていた。どうしてこういう複雑な話になっているかというと、簡単なことでPentium IIでソフトウェア再生(グラフィックスチップによるハードウェア支援を含む)できるのが、現状ではHD0フォーマットまでだからだ。つまり、現行PCでまず低コストにディジタルTVレシーバーを実現できるように、最初は解像度を低く抑え、PCのスペックが上がるに連れてディジタルTVの画像フォーマットも上げて行こうという提案だったわけだ。

 ところが、今回のWinHECでは、HD1やHD2の話はまったく登場せず、それどころか、ディジタルTVのセッションはHD0でビデオのクオリティは十分という論で終始した。これは、HD1以降の路線の支持が得られないと見たためではないかと見られる。また、放送業界や家電業界の中にも、704×480ドットプログレッシブ(480P)を現実解として支持する動きがあり、それに乗じたと見ることもできる。

 一方、放送業界の一部が推進している1,920×1,080ドットインタレース(1,080iと呼ばれる)HDTV(High Definition TV)に対しては、Microsoftは必要がないと厳しく攻撃した。Microsoftは、セッションで1,080iとHD0を比較、同じ伝送帯域でマルチチャンネル化ができることやデータ放送がより多くできる(帯域のあまりが多いから)こと、ローコストなデバイスで再生できることなどを指摘。放送業界がディジタル化する際のコストをカバーできる、唯一のビジネスモデルだと主張した。Microsoftとしては、PCと融合させにくい1,080iには、なにがなんでも避けたいというところだろう。

 しかし、このようにMicrosoftの戦略自体は明快ではあるが、現実にはCBSや衛星ディジタルTVのDirecTVなどはHDTVに向かって進んでいるわけで、そうした放送側との折り合いをどうやってつけるのかは、WinHECでは不鮮明なまま残された。このあたりの展開が見えるとすれば、4月に開催される放送業界の展示会「National Association of Broadcasters Convention (NAB) 98」でということになるだろう。

 また、このほか、Microsoftは有料コンテンツを提供したい業者向けのソリューションも提案した。要はPCでソフト再生できるようになると、チューナーだけ手に入れてタダで視聴するユーザーが出てくることを放送側は恐れているわけだ。そこで、Microsoftはデバイスベイ向けにレシーバーを作り、その中にチューナーとスクランブル解除機能を入れるという解を提案した。デバイスベイなら、簡単にレシーバーユニットを抜き差しできるので、複数の放送を切り替えられるというわけだ。ただし、デバイスベイがコモンになっていないと意味はないが。


●PCシアター構想の終焉

 また、今回のMicrosoftのディジタルTV戦略の説明では、PCシアター構想の終焉も見えてきた。PCシアターというのは、昨年のWinHECでは「Entertainment PC 98」として大きなテーマになっていた構想だ。リビングルームに置き、大型ディスプレイや大型TVに接続、リモコンなどでも操作できる。筺体は完全な密閉型となり、DVDドライブを備えた、完全な家電PCだ。ところが、今回はディジタルTVをPCでという展開でもPCシアターという話は出てこなかった。

 これは、昨年のWinHEC以降、米国ではサブ1,000ドルPCの興隆でPC価格の下落が進み、4,000ドルもするPCシアターは市場での意義をなくしてしまったからだ。オーバースペックのコンシューマ向けPCと高価な高解像度大型ディスプレイなんて、そこそこのPCが999ドルで買えてしまう現在ではとんでもなくバブリーな話なわけだ。実際、先取りして発売されたPCシアターのほとんどは惨敗している。それどころか、一般の米家庭ではリビング用にPCをもう1台買うという発想すらない。そうした現実に、ようやくMicrosoftも気づきはじめたらしい。

 そこで、ディジタルTVのセッションでMicrosoftが提案したのが、PC自体は書斎に置いておいて、リビングのTVとはグラフィックスカードのNTSC出力でつなぐという構想だ。同じ発想のデモは、WinHEC初日のジム・オルチン上級副社長(Personal and Business Systems Group)のキーノートスピーチでも行われた。デュアル出力を持つグラフィックスカードを使い、リビングではTVでDVDを楽しみ、その間、同じマシンにつないだPCディスプレイを使い書斎で父親が持ち帰り仕事をするというわけだ。子どもが寝る時間になったら「ベッドの時間」だとワープロで書いてそのウィンドウを、DVDコンテンツを表示しているスクリーンに移すというデモだった。

 もちろん、ディジタルTVの場合も同じことが言える。この場合の利点は、ユーザーはDVDプレイヤもディジタルTVも、新しいPCも買わなくて済むということだが、この解が現実的かどうかは、なんともコメントしようがない。少なくとも、父親のアプリケーションが原因でPCがハングアップした場合、子どもたちからブーイングを浴びることだけは確かだろう。

□Windows Hardware Engineering Conference and Exhibition(WinHEC 98)のページ
http://www.microsoft.com/winhec/


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('98/4/1)

[Reported by 後藤 弘茂]


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