【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Microsoftに政治の季節


●ゲイツ氏がついにキャピトルヒルへ

 キャピトルヒル(米国連邦議会議事堂の別称)の長い階段を上りながら、ビル・ゲイツ氏(米Microsoft社会長兼CEO)の心には何が浮かんだのだろう。自分をこんなところにまで引き出した上院司法委員会のオーリン・ハッチ委員長に対する憤りか?

 それとも公聴会で対決しなければならない米Sun Microsystems社のスコット・マクネリ会長兼CEOや米Netscape Communications社のジム・バークスデール社長兼CEOに対する戦略か?

 いや、ゲイツ氏の心をよぎったのは、きっと同社がこれまで政治にあまりに無関心だったことに対する後悔だったに違いない。

 ゲイツ氏が証人として呼ばれた今回の米上院の公聴会は、「Market Power and Structural Change in the Software Industry(ソフトウェア産業におけるマーケットパワーと構造変化)」と銘打ってはいるものの、その中身はMicrosoftの商習慣とソフト産業支配の合法性を追求するものであることは、始まる前から知られていた。というのも、公聴会を開いたハッチ委員長は、上院でも名うての反Microsoft派で、これまでも何度かMicrosoftをやり玉にあげてきたからだ。たとえば昨年10月、ハッチ氏は、米司法省がMicrosoftを提訴した際には、それを支持する声明「Statement on Department of Justice Charges」も発表している。また、今回の公聴会のオープニングのステートメント「Statement of Senator Orrin G. Hatch, Chairman」でも、ハッチ氏はMicrosoftの支配がテーマであると言っている。

 そんなわけで、公聴会はMicrosoftの市場支配の合法性をめぐって、かなり過熱したものになったようだ。公聴会の内容は、来週月曜日のニュースサイトウォッチででもまとめたいと思うが、ゲイツ氏にとってはかなり敵対的な舞台だったらしい。もっとも、この公聴会自体は、Microsoftを裁くといった結論を出すものではない。その先には、コンピュータ時代に向けた新たな(独占を制限する)立法といった展開もちらほら見えはするが、とりあえず今回はあくまでも証言を聴くだけのものだ。

 では、この公聴会にゲイツ氏を呼んだというのは、どういう意味があるのだろう。ありていに言ってしまえば、これは政治ショウだ。政治ショウというと、悪い響きに取られるかも知れないが、別に深い意味があるわけではない。言い変えれば、Microsoftの問題とゲイツ氏を、政治の舞台に引き出したということだ。そして、これはMicrosoftにとって、ますますいやな展開でもある。それは、Microsoftが自分のものではない土俵に引っぱり出されたことを意味するからだ。


●政治力がないMicrosoft

 今やちまたではMicrosoftといえば悪の帝国。当然、金の力で政治も牛耳っている……と見えるかも知れないが、じつはごく最近までのMicrosoftは政治力が皆無に等しかった。ワシントンとはほとんど没交渉で、政治家とのつきあいも薄く、政治献金にもあまり熱心ではなかった。政治資金の流れを追う非営利団体「Center for Responsive Politics」のデータを見ると、Microsoftが数年前までほとんど政治には金を使っていなかったことがわかる。これはコンピュータ業界全体がそうなのだが、政治の世界では、卑小な存在だったわけだ。

 もちろん、だからと言って、政治力がないからMicrosoftはぬれぎぬを着せられ糾弾されていると言っているわけではない。また、司法省の提訴が、政治的な後押しあってのことだと言っているわけでもない(そういう主張もある)。こういった反Microsoftのムーブメントが巻き起こる根本的な原因は、もちろんMicrosoftのアグレッシブな戦略によるあつれきにある。しかし、それが政治の場面にまで拡大してきた背景にはMicrosoftの政治力のなさがあるのは確かだろう。

 おそらく、Microsoftはこの点にかなり危機感を持ち始めているのではないだろうか。Microsoftが、市場での戦いはアグレッシブな戦略で勝ち抜けるし、法廷での戦いは論理で対抗できると考えていたとしても、政治という未知の世界にはそれらの手法は通用しない。ワシントンと言えば金とコネと策謀が支配する世界。Microsoftにとっては、まったく違うレベルでの戦いを展開しなければならない。Microsoftにしても、正直言って、政治の場面に引き出されると何が起こるかわからないのではないだろうか。ゲイツ氏を始めとするMicrosoft幹部が、最近しきりと、政治との関わりを深めるべきだと口にするようになり始めたのは、こうした危機感からではないかと思う。


●政治づき始めたMicrosoft

 こうした状況を予想していたわけではないだろうが、ここ1~2年のMicrosoftは政治に気を配り始めている。例えば、Microsoftの政治献金やロビー活動費はかなり増えてきている。'96年のロビー活動費は114万ドルでコンピュータ業界第4位になっている。さらに今回の裁判などもあって、Microsoftは昨年ワシントンオフィスを大幅に強化して契約したロビイストもさらに増やしたらしいので、この数字は'97年にはさらに増えているだろう。きっと、議会への影響力を増やす必要を再認識した'98年は、それがさらに増えるのではないだろうか。

 また、Microsoftは政治家との関係作りにも熱心になった。昨年5月に世界のトップ経営者100人を集めてCEOサミットを行ったときには、アル・ゴア米副大統領を呼んでいる。また、ゲイツ氏は、6月には暗号化製品の輸出規制問題などでホワイトハウスを訪れた。それから、最近は外国訪問の時も、ゲイツ氏は政治家と頻繁にミーティングしている。いい例が、日本を昨年末に訪れた時に橋本総理大臣と会談したことだが、日本だけでなく欧米から第3世界までどの国でも政治リーダーと会うことが多くなっている。

 もちろん、大企業トップと政治家が親しくつきあうこと自体は珍しくも何ともない。しかし、これまでMicrosoftを始めとするソフト業界だけは例外だった。西海岸のソフト会社は、政治や規制とは無縁の世界で、自由に振る舞ってきた。Microsoftのアグレッシブな戦略は、そうした世界だから成り立っていたのだと思う。誰にも気兼ねする必要がないから、市場でのパワーゲームに集中できたのだ。

 しかし、ゲイツ氏は、そうした政治的な孤立はもうやめ、これからは積極的に泥臭い政治の世界に顔を突っ込むことにしたらしい。おそらく、今回の公聴会のあとでは、その決意をさらに固くしただろう。かつてのナードも大人になった、ということだろうか。しかし、政治の世界と大人のつきあいを始めた時に、今のこのアグレッシブな戦略を維持してゆくことはできるのだろうか。


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('98/3/5)

[Reported by 後藤 弘茂]


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