【コラム】

後藤弘茂のWeekly海外ニュース

Microsoftは判決前にWindows 98リリースを強行する


●仮命令が障害となっていたWindows 98のリリース

 おそらく、MicrosoftはWindows 98を、予定通り今年第2四半期に出すつもりだ。つまり、司法省との裁判の決着が着く前にリリースを強行する、と思われる。というのは、先週の、同社と司法省の“和解”が、そのための布石だと思われるからだ。Microsoftは裁判所からの差し止めを受けずにWindows 98を出すために、わざと司法省と判事を怒らせ、この和解を引き出したのではないだろうか。もしそうだとすると、Microsoftという企業は、予想以上に狡猾で裁判戦術にも長けていることになる。

 これまでも、Microsoftは「この法律上の問題(裁判)は、'98年前半のWindows 98のリリースには影響しない」(仮命令に対するMicrosoftのプレスリリース)という立場を貫いてきた。それは、司法省の提訴が、“Windows 95のリリースの際に結ばれた同意審決に違反した”というものだったからだ。この同意審決は、Windows 95に他のMicrosoft製品のバンドルを強要することを禁じたものであり、Microsoftは、Windows 98は別製品であるという解釈をとり続けてきた。

 しかし、これまでの裁判の流れでは、Internet Explorer(IE)を統合したWindows 98をそのまま約束の期日内に出荷するには困難があるという見方も強かった。それは、昨年12月11日にワシントンDC連邦地方裁判所が決定した仮命令が、Windows 95とその後継OSをPCメーカーにライセンスする際に、IEのバンドルを強制することを禁じているからだ。仮命令に従えば、MicrosoftはPCメーカーに対して、“IEを含まない(=削除した)”Windowsという選択肢を与えなければならない。そして、Windows 95の後継OSまで含めた表現は、地裁がWindows 98も念頭に置いて仮命令を下したためという可能性が強い。もしそうだとすると、Microsoftが仮命令の有効なうちに、IEをインテグレートしたWindows 98を出そうとした場合、裁判所から出荷中止の命令を受けるかも知れない。つまり、Microsoftがどう考えようとも、出すに出せない可能性が高かったわけだ。

 そして、この仮命令は、判決が出るまでは効力がある。地裁は、外部のスペシャルマスターに調査を依頼しており、その調査レポートが提出されるまでは判決は出されず、しかもレポート提出の期限は5月末だ。つまり、仮命令に従う限り、6月以降にならなければWindows 98の出荷は困難だという意見が強かったわけだ。そして、MicrosoftがPCメーカーにWindows 98を6月以降に出荷した場合、リテール版とプリインストール版の両方を、約束の6月末までに市場に出すのは難しくなる。


●仮命令を巡って司法省と火花を散らす

 こうした状況であったため、これまではMicrosoftがWindows 98を約束の期限通り出せるかはかなり疑問視されていた。そこへ出てきたのが、先週の「和解」である。

 まず、誤解のないように強調しておくと、この和解は司法省が同意審決違反で提訴したその本編の裁判そのものに関するものではない。Microsoftが仮命令に違反したとして、司法省が法廷侮辱罪で提訴した、いわばサイドショウとも言うべき裁判に関するものだ。もともとの同意審決違反に対する訴訟そのものは、何も和解せずそのまま残っており、今もまだ審理が続いている。では、この和解では何を合意したのだろう。

 今回和解した訴訟は、そもそもMicrosoftがPCメーカーに対して仮命令に従った選択肢を与えなかったとして始まった。ちょっとおさらいをしておくと、Microsoftは、仮命令を受けたあと、PCメーカーに3つの選択枝を与えることを発表している。(1)はIEを含んだフルのWindows 95、(2)はMicrosoftの指示した方法に従ってIE3.0の小売り版に含まれるファイルを削除したWindows 95。ただしこの場合は「このようにされたWindows 95はもともと設計されたとおりには動かないことを警告する」とMicrosoftは付け加えている。そして(3)は'95年に出荷した最初のWindows 95からIE 1.0を削除したものだ。

 これに対して、司法省は、この選択肢ではPCメーカーが必然的に(1)のIE込みのWindows 95を選択せざるをえなくなるため仮命令に従ったと言えないとして提訴した。そして、報道によると、先々週行われたこの提訴に関する審理では、司法省は、IEをただアンインストールユーティリティ(アプリケーションの追加と削除)で削除すれば何も問題なく削除できるということを、証人を立てて立証したという。

 それに対して、Microsoftはアンインストールユーティリティで削除できるのはごく一部のファイルに過ぎず、IE関連ファイルのほとんどはそのまま残っていることを立証した。そして、司法省が問題にしているのはIEという製品をWindows 95にバンドルしたことだから、IE関連ファイルをすべて削除しないとIEを含まないWindows 95にならないと判断した、と主張した。IEのアイコンだけを削除(アンインストールユーティリティを使う方法)するのは、司法省の要求に従ったことにならないというわけだ。

 この裁判の様子を伝える米国の各ニュースサイトの記事については「攻撃的過ぎるMicrosoftの裁判戦術は裏目に出るか?--ニュースサイトウォッチ特別編」で紹介したが、司法省や判事は、こうしたMicrosoftの主張にかなり感情的になったようだ。そして、最終的な結果は、1月22日に言い渡されることが通告されて、審理は終わった。


●和解を盾にWindows 98をリリースする?

 ところが、最終結果が伝えられる前日、つまり21日になって異変が起こった。Microsoftが司法省とこの件で和解したのだ。Microsoftの発表によると、同社はこの和解の結果、これまでの選択肢に加えて次の2つの選択肢を提供することになったと言う。ひとつは、「アプリケーションの追加と削除」ツールを使ってカスタマがWindows 95からIEアイコンと少数のファイルを削除できる選択肢、もうひとつは、Windows 95からIEアイコンだけを削除できる選択肢。前者の場合はIE関連のファイルのほとんどが、後者の場合はIE関連の全てのファイルが残ることになるとMicrosoftは言っている。ここで注意が必要なのは、これらの選択肢のなかに、IE製品版のファイルを含まず、しかもそれ以外は最新のファイルで、しかも完全に動くWindows 95という選択肢がないことだ。Microsoftは、すぐに仮命令に従うためには、そういう選択はできなかったと主張しているという。

 さて、このコラムの冒頭では、この和解がWindows 98出荷のための布石ではないか、と指摘した。それは、MicrosoftがWindows 98にも同じ選択肢を与えることで、仮命令の期間中に出荷を強行する可能性があるからだ。もし、この和解と同じ条件でWindows 98を仮命令のもとで出荷できるとなると、MicrosoftはWindows 98に大幅な変更(IE 4.0のファイルをすべて削除してなおかつ動くWindows 98を選択肢として用意する)は加えなくてすむ。完全なWindows 98か、IEを除いて動かないWindows 98か、IEアイコンとIE関連ファイルのごく一部だけを削除したWindows 98か、IEアイコンを削除したWindows 98という選択肢をPCメーカーに与えればすむからだ。この条件で、和解を盾に、仮命令を遵守していると主張することができることになる。少なくとも、強気のMicrosoftならそういう行動に出ても何の不思議もない。


●Microsoftはわざと司法省と判事を怒らせた?

 じつは、2週間前のコラムで、判事まで怒らせたMicrosoftの裁判戦術について、稚拙ではないかという意見が米国で噴出しているとレポートした。しかし、この展開を見ていると、そう単純な話でもなさそうだ。というのは、Microsoftがこの条件を疑念を抱かせることなく引き出すことを意図して、わざと相手を怒らせる戦術を取った可能性があるからだ。司法省側をさんざん挑発し、“アプリケーションの追加と削除を使えばすむじゃないか”と言質を取ってから、じゃあ、あなたの言うことに従いましょうと言い出したフシがある。

 この和解内容がMicrosoftの意図した通りの結果だと見る理由はいくつかある。たとえば、Microsoft会長兼CEOのビル・ゲイツ氏が今週火曜日に、サンノゼで行ったスピーチのトランスクリプト「A Conversation with Bill Gates Hosted by the Tech Musuem」を見てみよう。

 Q&A形式のこの講演で、司法省との裁判について尋ねられたゲイツ氏は、仮命令で求められたことをするとシステムが壊れると司法省に説明したと語り「そうしたら、政府は戻ってきて言った、いいです、ただ隠して下さい」、「すべてのフィーチャ、すべてのファイルはそのままで、それ(IE)を隠すことでわれわれを助けて下さい(と政府は言った)」と語っている。また、「彼ら(司法省)は、アイコンだけを削除するのはだめだと言っていた。彼らは、IEを削除することを望んでいたが、気を変えた。だから、われわれは、OK、われわれは隠すオプションを提供しましょうと言った」と言っている。

 このトランスクリプトで見る限り、ゲイツ氏の口振りは、裁判に負けそうになり、ぎりぎりのところで和解した敗者の負け惜しみには見えない。むしろ、司法省をうまく論理でからめ取り、自分に有利な条件を引き出した男の、満足げなトーンが感じられるような気がする。そして、重要なのは、この講演と前後して行ったスピーチやインタビューで、ゲイツ氏が「Windows 98をわれわれが計画した通りに、オンタイムで出す」(「Gates: Just leave us free to innovate」(San Jose Mercury News,1/28)と猛然と主張し始めていると伝えられていることだ。


●Microsoftはできる限りWindows 98を急ぐのでは

 では、仮命令という障害物をクリアする抜け道を手に入れたとして、一体、MicrosoftはいつWindows 98を出すつもりなのだろう?

 おそらく、Microsoftは内部的な開発状況が許す限り、できるだけ早く出荷しようとするのではないだろうか。これまでの経過で見る限り、Microsoftは今回の危機を、徹底的な強気路線で乗り切ろうとしている。そんなMicrosoftなら、判決が出る前にWindows 98を出荷して、その経済効果を見せつけ、圧力にしようとする可能性は高いだろう。また、Windows 98が熱狂で受け入れられれば、エンドユーザーがインターネット技術とWindowsの融合を求めているという主張の裏付けとなると、Microsoftは考えるかも知れない。こうしたことを考慮すると、Microsoftがリリースをこれまで以上に急ぐ可能性も高い。

 ただし、現在Microsoftは仮命令について控訴裁判所に控訴している。Microsoftは、この控訴により、仮命令自体をひっくり返そうとしており、事実そうなる可能性もある。というのは、Microsoftのケースを担当する判事のひとりは、かつて'95年6月に、今回問題になっている同意審決を拒否した判事の決定をくつがえし、Microsoftにとって受け入れ易い内容だった同意審決を決着させた人物だからだ。当時の記事「Court Overturns Sporkin On Microsoft」(NewsBytes,95/6/16)を読むと、この判事はMicrosoftに対してより厳しい審決を求めるのは疑問だと強く主張している。それだけ、政府の産業界への介入を嫌う保守派の色彩が濃い人物だということだ。'95年にMicrosoftの救世主だった判事が、またもや救世主になる可能性はある。もし、Microsoftの思惑通りに仮命令自体を無効にできれば、Windows 98の出荷には障害はなくなるわけだ。こちらの審理は4月に行われるため、どんなに早くても(開発が間に合ったとしても)、それ以前になることはないだろう。

 しかし、たとえ仮命令をクリアしてWindows 98を出荷できたとしても、まだ裁判の決着がどうつくかはわからない。和解が有効なのは裁判所の出した仮命令に対してであって、司法省の提訴はそれとは分離された問題のはずだからだ。最悪の場合は、Windows 95とその後継OS(Windows 98)からIE関連のファイルを削除して、しかも動作するバージョンも選択肢として用意するようにという決定が下るかも知れない。だが、判決前にWindows 98を出荷してしまえば、Windows 98を出荷し続けながら、そうした選択肢のバージョンを開発するという時間稼ぎができるかも知れない。その間に控訴するという手もある。

 というわけで、複雑怪奇な今回の裁判。強気のMicrosoftは、自社のイメージが損なわれるのもかまわず、論理で相手をからめ取り強行突破しようとしているように見える。同じように不利な裁判に引き出されていても、パブリックイメージをあまり気にしなくていい分だけ、クリントン大統領より立場は有利なのかも知れない。だが、こわもての企業イメージを染みつかせることが、Microsoftの将来をどう左右するのか、このあたりはまだ誰にもわからない。

('98/1/30)

[Reported by 後藤 弘茂 ]


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