【コラム】 |
●何が判事を怒らせたのか
「あなたが国内で最大の裁判のひとつの弁護士だったとして、怒った判事がもうあなたをこれ以上信じないと宣言したら。あなたは、次に一体何をする? これがMicrosoftの法務チームの直面している苦境だ」
先週の、Microsoft vs 司法省裁判の審理の様子をこのように見事に要約したのは「Is judge getting set to slam Microsoft?」(The Seattle Times,1/16)だ。1月13、14の両日行われたヒヤリングのあと、各ニュースサイトは一斉に、Microsoftの反トラスト訴訟を担当する米連邦地方裁判所(ワシントンDC)のトーマス・ジャクソン判事が、ついにMicrosoftに怒りだしたと伝え始めた。いったい何が、公平であるべき判事をそこまで怒らせたのか?
まず、今回のヒアリングの背景を、Microsoftや司法省のリリースをもとに説明しよう。昨年12月11日に地裁は判決が出るまでの仮命令として、Microsoftに対してWindows 95のライセンス供与の際に、Internet Explorer(IE)をバンドルすることを強制することを禁じた。つまり、MicrosoftはOEMメーカーにIEを含まないWindows 95を提供するという選択肢を与えなければならなくなったわけだ。
それに対し、Microsoftは仮決定を遵守するため、OEMメーカーに3つの選択枝を与えることを発表した。(1)はIEを含んだフルのWindows 95、(2)はMicrosoftの指示した方法に従ってIE関連ファイルを削除したWindows 95。ただしこの場合は「OEMメーカーはIE3.0の小売り版に含まれる“全ファイル”をWindows 95から除くことができる。しかしこのようにされたWindows 95はもともと設計されたとおりには動かないことを警告する」とMicrosoftは付け加えている。そして(3)は'95年に出荷した最初のWindows 95からIE 1.0を削除したものだ。これは(2)のパターンよりも削除によるダメージが小さいとMicrosoftは主張している。
さて、このMicrosoftの発表に司法省は猛反発して、すぐさま提訴した。それはどうしてかというと、(2)の場合はWindows 95が機能しなくなるとMicrosoftは主張しており、(3)は今では魅力がない古いWindows 95だ。となると、PCメーカーは必然的に(1)のIE込みのWindows 95を選択せざるをえなくなる、と司法省は訴えたわけだ。つまり、Microsoftは仮決定に従うと言いながら、そのじつは依然としてPCメーカーに選択肢を与えていないと文句をつけたことになる。特に、司法省が疑問を示したのは、IEをただアンインストールユーティリティ(アプリケーションの追加と削除)で削除すれば何も問題ないはずなのに、なぜわざわざWindows 95が動かなくなるようなファイルまで削除させるのかという点。そこで、今回の審理では、IEを“削除”してもWindows 95が機能するかどうか、そしてIEの“削除”とは何を指すかが焦点となった。
なんだか、ささいなことをあげつらった、ばかばかしいケンカに見えるかも知れないが、Microsoftはこれを足がかりに、IEがアプリケーションではなくWindows 95の一部であることを立証しようとした。そのため、この問題を巡って、2日間に渡って論争が繰り広げられたというわけだ。
●なぜアンインストールではいけないのか
では、各ニュースサイトの記事から、ヒヤリングの様子を見てみよう。まず、政府側は、IEをアンインストールユーティリティで簡単かつ安全に削除できることを立証しようとした。証人を立て実演させて、アンインストールで十分だと主張したという。
それに対してMicrosoftはIE担当のデビッド・コール副社長を証人として出した。「Microsoft suffers another bad day」(San Jose Mercury News,1/14)によると、コール氏は、アンインストールユーティリティで削除してもIEのプログラムのほとんどは残っていると証言。そして、IEとWindows 95は不可分にリンクしているから、OSにダメージを与えずにIEのファイルを削除することはできないと主張したという。コール氏は実際にIEをアンインストールしたあと、コードを数行書いて再びブラウザを立ち上げることができることを実演。勝ち誇ったように「ブラウザはまだここにある」と言ったと伝えている。
San Jose Mercury Newsは新聞にしては主観が入っていて、たとえば“勝ち誇ったように(triumphantly)”といった形容を入れてくる。こうした姿勢は、賛否あるだろうが、今回の記事に関してはリアルな状況が伝わって来て面白い。同紙の記者に、勝ち誇ったように聞こえたのなら、おそらく、法廷内の多くの人にもそう聞こえ、そしてMicrosoftへの反発がさらに高まった可能性が高いからだ。
Microsoftのこの主張に、もちろん司法省側は反論、アンインストールではこのソフトが自動的に削除されると表示されるのに、なぜ削除されないのかと質問している。それに対して、コール氏は「確かにもっといい言葉をダイアログボックスに選ぶことができたかも知れない」(「Microsoft Loses Bid to Bar Adviser Judge calls motion defamatory, trivial」(San Francisco Chronicle,1/15))とは認めている。
さて、Microsoftのこの一連のデモは、アンインストールは本当の“削除”ではなく、本当にIEを“削除”するなら、Windows 95で他の機能と共有しているファイルまで削除しなければならないという主張のために行われた。そして、本当の“削除”を行った結果、Windows 95が機能しなくなるなら、それはMicrosoftの責任ではないというわけだ。実際、「MS, judge differ on compliance」(CNET NEWS.COM,1/13)の中で、Microsoft代理人のリチャード・ウロウスキー氏は、同社は司法省が示唆(suggested)したこと、つまりIEに含まれているすべてのファイルを削除しただけだと言ったという。司法省は、自分が要求したことの結果を認識すべきで、それを実行したからといって法廷侮辱罪の問うのは筋違いというのがMicrosoftの主張だという。
●怒った判事がMicrosoft証人を詰問
こうしたMicrosoft側の強弁に、ついにジャクソン判事も切れたらしい。「Judge Questions Microsoft Compliance With Injunction」(The Wall Street Journal,1/14、有料サイト、http://www.wsj.com/から検索)によると、ジャクソン判事はコール氏に「君は、動かない製品を流通させるように要求する命令を私が出したことが明白だと、そういいたいわけだね?」と質問したという。それに対してコール氏は「平容な英語で言えば、その通りです」、「私は法廷の命令には従いました。それが与える結果を考えるのは私の役目ではありませんから」と答えたという。
これは、かなり険しいやりとりだ。ジャクソン判事が思わず感情を表したこのシーンは、ほとんどのニュースサイトが伝えているが、かなり緊迫した場面だったようだ。San Jose Mercury Newsは、判事が「明らかに怒っていた」とまで描写しているが、ここまでのMicrosoftの論の展開を見れば、それも無理がないという気がする。
さて、こういう展開になったため、次は、仮命令で要求されたIEの“削除”が、IEの“すべてのファイルを削除”することなのかどうかにポイントが移った。これについてのコール氏の証言は「(削除するのが)IEとしてリテールチャネルに流れているソフトウェアのコードに適用されることは明白だった」というものだ。「Microsoft-Justice battle set to resume Jan. 22」(InfoWorld,1/14)。つまり、司法省が問題にしているのはIEという製品のバンドルだ。となると削除を求めているのはIEのアイコンだけでなく、IEという製品(そのすべてのファイル)だと解釈したというわけだ。
ここで、司法省が「極端で非論理的なやり方」(「Pointed Exchanges Mark Day One Of Microsoft Hearing」(InformationWeek,1/14))と怒ったというのも、まあ、至極当然だろう。「Angry judge admonishes Microsoft」(San Jose Mercury News,1/13)によると、ジャクソン判事も、いらだって「司法省が求めたことと私が命じたことは同じではない」(仮命令は、司法省の要求ではなく、裁判所に要求したこと)と述べ。「法廷にガイドラインを尋ねるという気はなかったのか」とも迫ったという。この問題でもかなり緊迫したやりとりがあったことがうかがえる。
というわけで、今回の審理は、こうしたやりとりのあと、結局1月22日に最終の結論(今回の仮決定を巡る提訴に関するもので、同意審決違反に関するものではない)が出されることになった。
●Microsoftの裁判戦術が稚拙との批判が続出
さて、ここまでの報道を信じるなら、今回のヒヤリングで、Microsoftは終始アグレッシブな姿勢で、司法省のみならず判事とも全面的に対立したようだ。Microsoftの主張は、確かに論理は通っているが、一般的な感覚からすれば、相手の主張の隙をうまく利用して、仮命令を実質的に意味のないものにしようとしたと取られてもしょうがない。また、Microsoftが、今回の件を技術的に複雑な問題で、法律家たちの手には負えないというイメージを作ろうとしているように見える。ともかく、ニュースを読んでいると、だんだん判事がいらついて来る様子が手に取るようにわかる。冒頭で引用した、Seattle Timesの怒れる判事という表現は、おそらく誇張ではないだろう。
そこで、ここへ来て、Microsoftが倫理的に正しいかどうかという論議以前の問題として、Microsoftの裁判戦術があまりに攻撃的で稚拙ではないかという声が沸き上がっている。アグレッシブなことは必ずしもネガティブではない米国でさえ、こうした声があがるほどMicrosoftの攻撃性は過剰だと受け取られているのだ。
たとえば、「America Loves Microsoft」(Fortune,2/2号)では、PC業界のエグゼクティブが「われわれは、Microsoftは有利な立場にいると考えていた。しかし、Microsoftは司法省に行って早期の和解のための交渉をする代わりに、開いた傷口に酸を注いだ」とあきれている。このように、Microsoftがその攻撃的な態度で、自分の傷を深くしているというのは、この裁判の共通した見方になりつつある。とくに、経済紙や一般紙でこうした論調が目立つ。
たとえば、Businessweekを見てみよう。「IS MICROSOFT'S LAWYER TOO TOUGH FOR THE JOB?」(Businessweek,1/15)は、Microsoftで法務を担当するビル・ニューコム上級副社長の容赦ないスタイルが、反発を呼び、Microsoftを非常に傷つけるかもしれないと指摘している。この記事の中では、元検事が「Microsoftの態度はもっとも無分別」で「穏当な和解の交渉をあとで行うことに対する障害を作り上げるようなもの」と酷評している。実際、今回の提訴では、司法省は妥協を見せない態度で迫ってきているが、裁判が進めばどこかで和解のチャンスもあったかも知れない。しかし、今の衝突状況では、そうした交渉は難しそうだ。
●判事を敵に回したのは失策?
また、Microsoftの法廷戦術で多くのメディアが問題にしているのは、対司法省という点だけではない。むしろ、判事に挑戦していることを失策だとする声も多い。今回は、仮命令を下した判事の判断が誤っているとしているわけで、これではMicrosoftは司法省だけでなく判事まで敵に回すことになりかねない。というか、実際にそうなりつつあるようだ。
たとえば、Microsoftはジャクソン判事が今回の件の調査を行うスペシャルマスターとして選んだハーバード大学のローレンス・レッシング教授が不適当であるとも申し立てていた。判事はこれを拒否したが、「Judge Rejects Microsoft's Attempt To Remove Court's Special Master」(The Wall Street Journal,1/15、有料サイト、http://www.wsj.com/から検索)によると、判事はMicrosoftのレッシング教授に対する非難が中傷であり、誠実さを欠いたやり方だと文書でかなり強いトーンで非難したという。そして、もし彼らがもっとフォーマルなやり方を取ったなら、よりましな裁定だったかも知れないと指摘したそうだ。判事がこれだけ強い調子で非難するというあたりに、突っかかってくるMicrosoftの態度に、いらだっている様子が現れているようだ。判事が感情に流されないというのはあくまで建前。ここまで心証を悪くして、Microsoftは一体どうするつもりなのだろう?
カリフォルニア州の法律専門日刊紙The Recorderの記事「Microsoft Lawyer's Aggressive Tactics Are sparks in contempt hearing a question of style?」(The Recorder,1/16)では、法律専門家がこうした戦術のミスは、法廷でMicrosoftの代理を務めるウロウスキー氏に問題があると指摘している。この記事では「効果的な行動方針の価値をクライアント(この場合はMicrosoft)に伝えるのがコンサルト(ウロウスキー氏)というものだ」と反トラスト法専門弁護士が語っている。つまり、Microsoftは現場指揮官がまずいために、戦術を誤っていると言っているわけだ。
もっとも、この記事には'94年の司法省の調査の際に、同意判決に導いた弁護士サミュエル・ミラー氏が「テクノロジー産業に関する政府のほぼどんな規制にもアグレッシブなMicrosoftの姿勢が、ウロウスキー氏を窮地に追いやった」というコメントを寄せている。これも確かにその通りではないかと思う。Microsoftの基本方針が妥協を許さないものだから、現場の戦術も攻撃一辺倒になっているのではないだろうか。基本方針の決定はもちろんトップによって下されるわけだが、そこに問題があるのかも知れない。
●カギを握るMicrosoft幹部ニューコム氏
しかし、トップの意見も割れている可能性もある。新年になってから、スティーブ・バルマー氏を始めとするMicrosoftの最高幹部が、各所でMicrosoftは今後強硬な姿勢を改めると発言を始めた。たとえば、「Fight fails, so Microsoft tries slice of humble pie」(San Francisco Examiner,1/8)では、バルマー氏は顧客の認識がネガティブなものに変わったと認め、政府と司法手続きに深い敬意を払い、競争相手にも深い敬意を払うと語っている。
ところが、フタを開けてみればこの通り、裁判が再開されるとますますMicrosoftの攻撃性はエスカレートしている。これは、Microsoftの裁判戦略において、トップレベルで“ぶれ”があることを示しているのかも知れない。
この問題について、面白いヒントを与えてくれるのは「IS MICROSOFT'S LAWYER TOO TOUGH FOR THE JOB?」(Businessweek,1/15)だ。この記事によると、Microsoftで訴訟問題の指揮を取っているのはニューコム上級副社長で、この人物が非常にアグレッシブであり、またゲイツ氏の信任も厚いと報道している。ニューコム氏がMicrosoftにとって特別な幹部であるのには理由がある。Businessweekによると、ニューコム氏はゲイツ氏の父親の法律事務所のやり手だったという。それが、'79年にゲイツ氏の父から当時従業員12人だった息子の会社を見てくれないかと誘われ、それ以来Microsoftの法務を取り仕切って来たという。この記事は、重要な決定はゲイツ氏とバルマー氏とニューコム氏が決めるという関係者のコメントも載せており、ニューコム氏がMicrosoftでも非常に影響力のある幹部だと示唆している。つまり、Microsoft内部でも裁判戦略に関しては、ゲイツ氏以外の幹部はニューコム氏に影響を与えられない可能性が高いわけだ。
●Microsoftの本当の狙いは何か
では、ニューコム氏がゲイツ氏の基本方針のもとにこのアグレッシブな裁判戦略を取り仕切っているとして、それは何らかの策があってやっているのだろうか?
それとも、ただ力まかせに突破できると信じているのだろうか?
ここまで各ニュースを読んだ限りでは、Microsoftが稚拙な攻撃を繰り返し、裁判の流れをMicrosoftにとって不利な方向に持って行ってしまっているとしか思えない。実際に、米国のメディアの多くもそう指摘している。ほんとうに、Microsoftはそんなに裁判オンチの会社なのだろうか?
ここで面白いコメントを載せているのが「Has Microsoft thrown in the towel?」(InfoWorld,1/16)だ。この記事では、ある弁護士が「Microsoftはすでにこの件で負けが決まったかのようにふるまっている」、「彼らは、ジャクソン判事は諦め、そのために彼に敵対することが気にならないように見える」と指摘している。これはありうるかも知れない。しかし、それでもより厳しい判決が下る可能性があるのに、ひたすら敵対するというのも納得できない。
だが、Microsoftがこの裁判は捨てて、控訴裁判所での巻き返しにかけようとしているとすれば、ある程度は説明もつく。たとえば、「Microsoft-Justice battle set to resume Jan. 22」(InfoWorld,1/14)では、ロースクールの教授が、Microsoftは控訴裁判所に多い反トラスト法の執行に関して懐疑的な判事たちを頼みにしているとコメントしている。現在、Microsoftは仮命令を覆すために控訴裁判所に訴えているし、連邦地裁でMicrosoftに不利な判決が出れば、それも控訴する可能性がある。控訴審で有利に運ぶために、今の裁判で強硬にやっているという可能性もないわけではない。
いずれにせよ、Microsoftは今の裁判では力ずくで押し切る戦略を取り続けている。これは、判事をいらだたせるだけでなく、世間一般でのMicrosoftに対するネガティブイメージをどんどん拡大しつつある。この側面だけ取っても、この戦略にはかなり難があると言えそうだ。
「Is judge getting set to slam Microsoft?」(The Seattle Times,1/16)は、かつて同様に反トラスト法で標的にされたIBMの方がずっとスマートな反撃をしたと伝えている。IBMはタフに立ち回り、司法省をすり減らしたが、それでいてMicrosoftのような戦闘的なイメージは作らなかったという。この記事にコメントしている反トラストのスペシャリストは、もし、自分がニューコム氏の立場だったら、「これが長い長い本の最初の1章だということを考えるだろう」と言う。
長い戦いを根気強く戦い抜いたIBMと、長期戦の最初から全面衝突を選んだMicrosoft。この差は、Microsoftの未熟さからくるのか、それともMicrosoftの若さのパワーの証しなのか。どちらにせよ、あと数ヶ月で下る審判が、Microsoftの命運を大きく変える。
('98/1/21)
[Reported by 後藤 弘茂]