●誰でも知っているMicrosoftのプロジェクト
派手な演出の発表会 |
ラジオから唐突に流れてきたこのトークに驚かされたのは、昨年11月、COMDEX Fall目指してロサンゼルスからドライブしている最中だった。それもちょうどロサンゼルスとラスベガスのど真ん中、ロサンゼルスのラジオ局はもう入らないし、ラスベガスのラジオ局もまだ入ってこない、入るのは砂漠の小さな町のローカル局だけというエリアだ。そして、そのローカル局のパーソナリティまでが、知っている。Microsoftが車載PCのプロジェクトは、これほど公然の事実だった。
実際、Microsoftの幹部もスピーチや雑誌のインタビューで、何度もクルマにWindows CEを載せる構想を語っていた。また、「A/PC」という略称や「Apollo(アポロ)」という開発コード名が漏れてくることもあった。ところが、そうして輪郭は見えているのに、車載PCの実物となると、これがなかなか登場しない。ベースになるWindows CE 2.0は発表されたというのに、COMDEXでも車載PCはとうとう姿を見せなかった。それは、Microsoftが家電系メーカーやバイヤーが集まる家電関連ショウ「Consumer Electronics Show (CES)」をお披露目の場に選んでいたからだ。
●Microsoftが車載コンピュータ「Auto PC」を発表
Microsoftのコンシューマ製品戦略を統括するクレイグ・マンディ上級副社長 |
実際に製品として登場するのはまだ先になるが、このAuto PCというのはなかなかインプレッシブだ。まず、たいていの人はAuto PC搭載車に乗っても、言われなければ気がつかないだろう。というのは、Auto PCはクルマのダッシュボードにちょうど収まるサイズで誰がどう見てもPCには見えないからだ。256×64ドットの小さなカラー液晶が目立つ程度で、あとはどこから見てもカーステ。ボタン類もごく単純なものしかついていない。
じゃあ、どうやって複雑な機能を操作するのかというと、コマンドは基本的に音声で与える。つまり、両手と視線はクルマの運転に専念させておくことができるというわけだ。発表会でマンディ氏は、このAuto PCの実際をイメージさせるデモビデオを見せた。そのビデオの中ではドライバーが「アドレスブック」と叫ぶとAuto PCがアドレスブックを起動する。「A」と言うと、Aの行に登録されている名前を次々に読み上げる。目当ての人物の名前が読み上げられたところで、ドライバーが「ストップ」というと止める。そして「ダイヤル」というと、その人物に携帯電話をかけ始めるといった具合だ。また、念のいったことに、このアドレスブックのデータも、クルマに持ち込んだPCとAuto PCの間でIrDAインターフェイスでワンタッチで交換されたものだ。
このAuto PCは、カーナビゲーション機能も備える。と言っても、日本のよくあるカーナビのように大型液晶を使うのではなく、これも音声ナビゲーションが基本(256×64ドット液晶に小さな地図も表示される)だ。Auto PCが「次は左です」などと指示を与えてくれるというわけ。もちろん、カーナビに対するコマンドも音声で与える。また、オプションの無線データ通信で交通情報を取ってくるということもやってくれる。ビデオの中では、電子メールも取ってきて、読み上げたりしていた。このほか、Auto PCはオーディオの制御だとか、CDプレイヤーだとか、クルマの状態のモニタリングだとか、エマージェンシーコールだとか、じつにさまざまなことをやってくれることになっている。
●アメリカ的なAuto PC
ダッシュボードのエアコンの下がAuto PC |
ちなみに、見た目が普通のカーステと変わらないというのも米国では利点だ。なにせ、ちょといいカーステになるとウインドを割られて簡単に盗まれる国(クルマを離れる時はカーステを持ち歩く人も多く、そのための取ってのついたカーステも売っている)だから、目立たないに越したことはないのだ。
というわけで、非常に非常にアメリカ的なAuto PCだが、誰しも疑問に思うのは、本当に音声コマンド認識がちゃんと機能するのだろうかという点だ。結局、ボタンを使って操作するという羽目になったら、Auto PCの価値が半減してしまう。それから、コストは1,000ドル程度とMicrosoftでは見積もっているが、この価格となると米国だとリテールで買う人はほとんどいないだろう。高級車のオプション装備というのが現実ラインで、なかなか浸透するのに時間がかかるのではないだろうか。もっとも、カーナビがばんばん売れる日本でなら、1,000ドルというのは十分許容範囲だが、しかし日本で売るならこのスタイルはちょっと厳しいかも知れない。カーナビなら、大きめの液晶ディスプレイで確認したいというのが道のごちゃついた日本に住むドライバーの心理だからだ。また、日本語の音声認識の方が英語より難しいという問題もある。
このように、ちょっと考えただけでもハードルはいろいろとありそうだが、とりあえず、'98年のトレンドのひとつが車載コンピュータであることだけは確かだ。CESではIntelも会場前のテントでIntel MPUのPCをインテグレートしたCar PCを展示している。また、2ヶ月前のCOMDEX Fallでは、IBMもAuto PCと似たようなコンセプトのネットワークビークルを出展していた。
●Palm PCはライバルとの激戦に突入
どこから見てもスタンダードなPDAのPalm PC |
しかし、Auto PCのように未開拓の市場を切り開くのではなく、すでにある程度できあがっている市場に参入するために、Palm PCにはそれなりのハードルが待ち受けている。それは、戦わなければならない覇者の存在だ。
米国では、それは3COMのPalmPilotだ。マンディ氏はPalm PCの発表の際にH/PCの実績にも触れ、最初の1年で33万台を出荷したことを誇った。しかし、その間にPalmPilotはその数倍の数を売っている。PalmPilotの人気の秘密は、これまでのPDAの常識を覆す低価格と、シンプルな使い勝手の良さだ。これはどちらもPalm PCにとって難物だ。
今年の第1四半期から第2四半期にかけて登場する予定のPalm PCは小売価格で399ドル近辺からスタートすると見られる。しかし、CESの展示会場であるPalm PCメーカーの説明員は「実売価格はすぐにぐっと下がるだろう」という見通しをもらした。それは、PalmPilotが廉価版なら250ドル以下、高級版でも350ドル以下で売られているからだ。「Palm PCのターゲットはPalmPilot。この市場ではPalmPilotがファーストランナーで、われわれはセカンドランナーだ。だから、Palm PCはPalmPilotより5~10%安くしないと売れないだろう。この市場で鍵を握るのはなんと言っても価格だからだ」と言う。
ただし、そう言いながらも、この戦略には問題があることも説明員は付け加えた。「PalmPilotの方がどうしても製造コストが安くなる。あちらの原価は100ドルをおそらく切っているが、Palm PCでは今のところどうしてもその2~3倍になってしまう。本格的な価格競争になったらどうなるのかは不安がある」
もちろん、Palm PCの方がPalmPilotより機能や拡張性が豊富で、全然違うレベルの製品と主張することはできる。実際に、無線データ通信でのさまざまな情報のプッシュを受けるチャネル機能とか、Palm PCには光る部分もある。しかし、問題はユーザーが機能を求めているのか、それとも安くて手軽なものを求めているのか、この市場はまだ見極めがつかないことだ。そのため、これからPalm PCを発売しようというメーカーまで、PalmPilotに勝てるか不安になっているというのが現実の姿だ。そして、日本では、ご存じの通り日本でもザウルスが独自の文化を築いている。こちらも、攻略には時間がかかりそうだ。
('98/1/9)
[Reported by 後藤 弘茂]