法林岳之のTelecom Watch
第5回:1997年6月編
「本格的に動き出した国内の56kbpsモデム市場」ほか


本格的に動き出した国内の56kbpsモデム市場

 Telecom Watch連載開始以来、毎回ニュースを提供し続けている56kbpsモデムだが、立ち上がりが遅れていたK56flex陣営にも対応プロバイダが登場し、各メーカーも対応製品を投入し始めたため、国内市場もいよいよ本格的に両陣営の争いが激しくなりそうな気配だ。

 まず、6月の口火を切ったのは、国内最大手の1社であるサン電子だ。従来のMS288/336AF,EFのラインアップを受け継いだ『MS56KEF』を6月5日に発表し、6月28日に出荷を開始した。その製品名からもわかるように、56kbpsプロトコルはK56flex対応のもので、ITU-T勧告後のアップグレードも保証している。これに続いたのがPCカーモデムでは最大手のTDKだ。K56flex対応のPCカードモデム『DF5600』と外付けタイプのボイスモデム『DV5600』を発表し、7月末から発売を予定している。さらに、主にPCカードを手掛けてきたサイキューブもK56flex対応のPCカードモデムを6月11日から出荷し始めることをアナウンスした。

 一方、x2 Technology陣営はご本家USロボティックスに続き、6月11日にはソニーが『SMD-560』を、26日にはアイワが『PVBW-5600』と『PVBF5600』を発表した。ともに出荷は既に開始されており、店頭でも販売されている。USロボティックスからもMEGAHERTZブランドのPCカードモデム『XJ1560J』が発表されたが、こちらはITU-T勧告後の無償アップグレードサービスをアナウンスしている。

 ソニー、アイワの2社に加え、7月にはオムロンもx2 Technology対応製品を発表したため、国内市場の半分近いシェアはx2 Technology陣営が掌握したことになる。しかし、過去の経緯から考えて、必ずしも片方の対応製品しか出さないとは言い切れないので、あくまでも現時点での評価であることを間違えないで欲しい。

 ちなみに、USロボティックスと言えば、アメリカ本社が米3com社と合併することになっているが、アメリカでの合併作業は6月に完了し、日本法人も今秋には合併作業が完了する見込みとなっている。気になる56kbpsモデムの対応だが、新3comはコンシューマー向け製品では積極的にx2 Technology対応製品を販売するとしている。特定業務向けのアクセスサーバー(日本未発売)ではK56flex対応製品もラインアップしているが、あくまでも基本はx2 Technologyという考えだという。

 また、半導体関係ではロームが米PCtel社と提携し、HSP(Host Signal Processing)技術を応用したモデムチップを開発することを発表した。HSPモデムはパソコン本体のCPUをDSP(Digital Signal Processor)と同じように働かせ、ソフト的にモデムの機能を実現するというものだ。ただ、ソフト的と言っても最低限のパーツは必要になるが、従来のモデムチップセットを使ったモデムに較べれば、圧倒的にコストは安くなる。ロームでは当初33.6kbps対応として開発し、将来的に56kbpsにアップグレードできるようにするとしている。構造上、内蔵モデムに限られるが、年末以降のオールインワンモデルにはHSPモデムが組み込まれる例が多いとの見方もある。

 この6月の各社の動きで気になるのは、徐々に「ITU-T勧告後」に関するコメントが増えてきた点だ。56kbpsモデムの標準化についてはITU-TのStudy Group16で審議が重ねられており、早ければ来年早々にも勧告が出るのではないかと言われている。Study Group16での審議では、56kbpsモデムのことを『PCMモデム』と呼び、プロトコル名は『V.pcm』という仮称で呼ばれている。これは56kbpsモデムの符号化にPCM方式が使われていることに起因している。この審議の動向は各メーカーをはじめ、プロバイダやユーザーも注目しているが、最終的にはx2 TechnologyとK56flexのどちらでもない方式が採用される可能性がある。過去、28.8kbpsプロトコルが勧告されるとき、業界標準と言われたV.FCにシンボリックレートやスタートアップシーケンスを追加した形でV.34が勧告された経緯があり、必ずしも数の論理だけでは勧告されないとの予測があるからだ。

 こうした世界的な動きを考えれば、どちらに対応した製品を選ぶにしても、必ずITU-T勧告後のアップグレードを保証している製品を選ぶのが賢明と言えそうだ。幸い、JATEも今春、ユーザー自身がパソコンからモデムのアップグレードすることを認可したため、今後はアップグレードサービスの有無がモデム選びの重要なポイントになりそうだ。

【関連記事】
□サン電子、K56Flex対応の56kbps対応モデム「MS56KEF」を発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970605/sunel.htm
□TDK、K56flex準拠の56kbps対応モデムカードとボックス型モデムを発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970612/tdk.htm
□USロボティクス、56kbps対応の「メガヘルツ」モデム2種を発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970626/megaherz.htm
□サイキューブ、PCカード市場に参入、K56flexモデムカードなど16製品を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970611/cyqve.htm
□アイワ、x2規格準拠の56kbps対応FAXモデム2製品を発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970626/aiwa.htm
□ソニー、x2準拠の56kbpsモデム「パワーファクスモデム」を6月10日に発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970611/sony_x2.htm
□ローム、米PCtel社と提携、ノート内蔵用の56kbps対応HSPモデムチップを開発
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970625/rohm.htm
□米本社の合併を受け、3ComとUSロボティックスの日本法人の事業方針を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970626/3com.htm


ISDNターミナルアダプタは魅力的な3製品が登場

 5月は静かだったISDNターミナルアダプタ市場だが、6月に入り、各社から相次いで新製品が発売・出荷された。

 まず、こちらも先陣を切ったのはサン電子だった。従来のMS128GA2シリーズを大幅にリファインした『TS128JX/D』を発表し、6月28日から出荷を開始した。64/128kbps同期通信をはじめ、V.110/38.4kbps及びPIAFS/32kbps非同期通信モードなどに対応している点などは従来同様だが、液晶ディスプレイにバックライトが付き、前面にマルチファンクションキーを備えるなど、使い勝手にも配慮した製品だ。

 次に、登場したのがアイワの『TM-AD1280』だ。こちらも液晶ディスプレイを備えているが、縦置きと横置きのどちらでも見やすいように液晶部分が回転する形式になっている。デジタルポートのスペックも去ることながら、アナログポートの機能が非常に充実しており、アナログ専用としても十分利用価値のある製品と言えそうだ。

 そして、最後に登場したのが国内で最大のシェアを持つNECの『AtermIT65Pro』だ。最大の特長は何と言ってもUSBインターフェイスと液晶ディスプレイの搭載だろう。USBインターフェイスを利用するには、Windows95が動作するマシンで『USB Supplement to OSR2』が組み込まれていることが条件だが、従来通りRS-232Cインターフェイスにも接続することが可能だ。余談だが、国内で正式に発売されたUSB製品はAtermIT65Proでまだ2つめだ。USB対応製品と言うと、キーボードやマウスばかりが注目されていたが、ISDNターミナルアダプタに搭載してきたあたりはさすがNECと言えそうだ。

 この3つの製品はいずれもDSUを内蔵し、停電モード対応、液晶ディスプレイ搭載、アナログポートからの各種設定など、使い勝手を良くするための機能がしっかり網羅されている。スペック的な不満はほぼない製品と言ってもいいだろう。AtermITシリーズなどとともに日本のISDN市場を切り開いたMN128は、ISDNダイヤルアップルータとして進化したが、こちらはISDNターミナルアダプタとしてどうあるべきかという点をじっくりと分析して進化している。ISDNターミナルアダプタもようやく「安い、速い」の時代から本格的に「使いやすい、わかりやすい」を実現した製品が登場するようになり、1人のユーザーとしてもうれしい限りだ。

 一方、ISDNダイヤルアップルータでは、富士通がMN128-SOHOのライバルになりそうな『NetVehicle-EX3』を発表した。アナログポートを2つ備え、4ポートのハブを搭載し、NAT機能を搭載するなど、かなり意欲的な製品だが、致命的なのはDSUを内蔵しながらS/T点端子がないことだ。これでは1本の回線にNetVehicle-EX3しか接続できないわけで、パソコンで言えば、拡張スロットがないに等しいことになる。DSUを内蔵したISDN機器のS/T点端子については、昨年来、いろいろなところでチャンスがある度に書いてきているのだが、未だにこんな仕様の製品が登場するのかと、少々がっかりしてしまった。ハッキリ言って『買っちゃいけない製品』のひとつであることは間違いない。もし、買うならDSUのない『NetVehicle-I』、もしくはライバルの『MN128-SOHO』『同/DSU』ということになるだろう。

【関連記事】
□サン電子、PIAFS機能搭載、マルチファンクションキー採用のDSU内蔵型TAを発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970604/suntac.htm
□アイワ、回転式液晶パネルを搭載したDSU内蔵TAを発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970619/aiwa.htm
□NEC、国内初のUSB対応TA「AtermIT 65」を発表。DSU内蔵型も同時発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970623/aterm.htm
□富士通、アナログ2ポート、4ポートハブ、DSU内蔵のダイアルアップルータを発売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970602/nv3.htm


施設設置負担金の行方

 NTTは6月27日に『INSネット64ライト』というサービスを7月7日から開始することを発表した。通常、ISDN回線を新たに敷設するには72,000円の施設設置負担金をNTTに支払わなければならない。アナログ回線からの移行ならば、そのまま説設置負担金を移行することができるが、新規加入者にとっては足かせになる。このように考えたNTTは月々の基本料金を640円高にすることで、施設設置負担金を支払わなくてもいいというサービスを開始したわけだ。ただし、権利譲渡ができなかったり、局内工事費が必要になるなどの制約もある。

 一見、手軽そうに見えるINSネット64ライトだが、これは非常に微妙な問題をはらんでいる。NTTはアナログ回線でもISDN回線(INSネット)でも常に施設設置負担金を徴収してきた。しかし、INSネット64ライトが始まったことで、アナログ回線をINSネット64ライトにしたからと言って、従来のアナログ回線の施設設置負担金は戻らない。あくまでも権利が休眠するに過ぎない。取り返す方法があるとすれば、電話加入権業者に売却するだけだ。

 しかし、電話加入権業者はINSネット64ライトの登場で、電話加入権の存在意義そのものを危惧しているようだ。INSネット64ライトに続いて、アナログ回線でも『アナログ回線ライト』でも始めようものなら、電話加入権業者は廃業に追い込まれてしまうからだ。元々、電話加入権はひとつの資産と認められており、差し押えの時などもまず電話加入権から手がつけられる。しかし、施設設置負担金のないサービスが始まってしまうと、電話加入権に資産価値がなくなり、いろいろな面で不都合が出てくる可能性が高くなる。

 では、NTTが今までの施設設置負担金を返却できるかというと、ほぼ不可能に近い。既存のINSネット64の150万回線分の契約なら、1,000億円程度で済むが、アナログ回線では6,000万回線分で、4兆円もの支払いが必要になる。いくらNTTが大きな会社であるとは言え、こんな金額を支払うのは事実上不可能に近い。つまり、今回のINSネット64ライトのサービス開始は、NTTにとっても大きな賭けということになる。今回のサービス開始がどのような反応を持って受け入れられるのか、今後のISDNというサービスがどうなるのか、NTTの動向をしっかりと注視しておきたい。

【関連記事】
□郵政省、施設設置負担金不要の「INSネット64ライト」を認可、7月サービス開始
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/970627/ntt.htm

[Text by 法林岳之]


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