後藤弘茂のWeekly海外ニュース



司法省はレフリー? Microsoftは常勝チーム?

●司法省の限界

 先週の、Microsoft対司法省関連記事ラッシュのなかで、すこぶる面白かったのは「Ex-Justice lawyer looks at Microsoft case」(San Jose Mercury News,10/27)だった。これは、司法省でMicrosoftに対する反トラスト法の調査を担当していた元検事に対するインタビューで、司法省の立場や目的などをかなり的確に語っていると思う。

 とくに興味深かったのは、司法省のMicrosoftに対する提訴が、'95年の同意審決への違反に限られているのは手ぬるいという批判(コンピュータ系雑誌のコラムなどでは、Microsoftの独占行為をもっと根本から突くべきだという声も多い)に対する答え。

 それによると、反トラスト法では、独占(あるいは寡占)を得たりそれを維持すること自体は原則として規制できず、規制できるのは独占を守る方法だけだという。つまり、合法的で公正な競争の結果、独占的を勝ち取ったなら、司法省は文句のつけようがないというわけだ。そのたとえとして取り上げていたのはフットボールの試合で、司法省の役割はゲームのルールを守るレフリーだそうだ。だから、片方のチームが強力で、弱い方をうち負かしていたとしても、ルールに従っている(あるいは従っているように見える)限り手を出せないわけだ。

 じつは、この話は、以前に別な取材をした時にも聞いたことがある。その時は、現状では、反トラスト法で取り締まる対象は、独占的な立場を利用して不公平な競争を行ったり、消費者に不利益を与える行為、つまり公共の利益などに反すると見られたものだと言われた。もちろん、Microsoftが公正な競争を行っているかどうかはまた別問題なのだが、司法省にとって反トラスト法で企業を追求することは、かなり制約があるらしい。

●米国の反トラストのこれまでの流れ

 さて、このSan Jose Mercury Newsの記事もそうだが、米国ではこの件に関して司法省の立場や意図という側面から取り上げた記事が目立つ。例えば、この提訴は、クリントン・ゴアの資金集め疑惑で攻めあぐねて、手ぬるいと批判を受けている司法省が、手っ取り早く成果を挙げるためにMicrosoftを標的にしたという論評は、結構見かけた。私自身も、CNNでこの司法省提訴のニュースを見たときに最初に考えたのはこれだったのだから、かなりポピュラーな見方なのだと思う。

 また、先週のNewsSite Watchで取り上げたように、政府の過剰な介入を警戒する声が新聞などでは意外と多い。この反応は、すこぶる米国的のような気がする。Microsoftのように攻撃的で独占的な企業に対して、せっかく政府がメスを入れようとしているのに、なんで文句をつけることがあるの、と日本にいると感じるのではないだろうか。そこには、米国に根強い、政府が経済に口を出すことへの反発があるようだ。

 歴史の話になってしまうが、英国の支配から独立した米国の最初の13州は、当初、州権主義の勢力が強かったこともあり連邦政府への権力集中を非常に恐れた。例えば、連邦政府の権限というのは、州あるいは人民に委託されたものであり、それ以外の権限は州と人民に属すると憲法に明記(これが有名な憲法修正第10条)された。そして、とくに恐れたことのひとつは経済活動に関する政府の介入だった。これは、独立した大きな理由のひとつが経済的なものだったからだ。その結果、この分野に関しては連邦政府は、州間の通商に関するものをのぞき、最初はほとんど力を持たされなかった。

 ところが、そうした野放し経済の結果、南北戦争のあと19世紀末までのギルデッドエイジ(金ぴか時代)と呼ばれる時期に、資本主義が進み鉄道を中心に独占企業が次々に登場してしまった。富の集中が起こり、トラストにより消費者が不利益を被るようになってしまったわけだ。だが、そこへ登場したセオドラ・ルーズベルト大統領は、政策を一転さて、反トラストを旗印に独占寡占企業を叩き始めた。それによって今日まで続く反トラストの流れができたわけだ。

 大まかに言えば、米国での反トラスト運動にはこういう経緯がある。つまり、経済活動に連邦政府は非介入が原則だったのが、工業化が進むと独占で公共の利益が損なわれるようになり、それを防ぐために反トラスト法が発展したというわけだ。だから、独占企業は警戒すべきだが、経済の領域での政府の力の拡大にはもっと警戒の目を向けるという風潮がある。また、ルーズベルトやタフトといったトラストバスターたちも、独占そのものを悪と見たというより、独占によって生じる社会的不平等の結果、社会不安が広がることを恐れた(ルーズベルトの前職者は無政府主義者に暗殺された)と言われている。

 今回の場合、とくに懸念されているのは、不公平競争が正されるのはいいが、その結果、政府がハイテク産業に必要以上に介入するようになり、現在の米国の活力源になっているハイテク産業全体をだいなしにしてしまうのでは、ということだ。とくに、こうした最先端産業では、現状を理解できない司法省が口を出すことで、米国製品が競争力を失うのが恐いという。たとえば、今回の場合、争点のひとつになっているのはWebブラウザとOSが別個の製品か、それともひとつにインテグレートされた製品化という点だが、もし、ソフトではインテグレーションが問題だということになり、ソフトメーカーが製品に新たな機能をインテグレートしようとするたびに、司法省の執ような調査を受けるとなると、自由な開発ができなくなるかも知れない、と見ているわけだ。

●Microsoftもこうした背景を利用

 そして、ここで話をさらにややこしくしているのは、こうした政府への警戒感が、Microsoft擁護にも使われている点だ。Microsoftの主張は基本的に、私企業は政府の干渉を受けずに製品を開発する権利があるという点にある。そして、'95年(Microsoftのリリースでは'94年)の同意審決でもそれは認められていると主張している。つまり、Internet ExplorerはWindowsという製品を発展させるために開発した機能で、このように製品を発展させることは企業の持つ権利だというわけだ。Windows 95をプレインストールするメーカーに、Internet Explorerの搭載を要求しているのも、OSを完全なカタチでユーザーに提供したいからということになる。

 Microsoftが立脚するのは、ソフトウェア製品は旧来の工業製品などとは異なり、さまざまな機能をインテグレートすることで進化するのであって、それが政府によって阻害されると発展はありえないという論だ。これは、政府への警戒感を持つ層には受け入れやすいし、Microsoftに対する反感が強い世論もある程度は引き寄せられる。実際に、Microsoftの擁護の論陣を張るような記事やコラムのほとんどは、この論にのっとっている。

 また、Microsoftとしても、争点をここにすれば法的にも裁判でも勝てる可能性がある。米国ではもともと連邦政府の役割は憲法に既定されたものだけなので、公共の利益を害したり、不当に競争を妨害していると立証できないと、私企業が製品を拡張するのを止めることは原則としてできない。だからこそ、Microsoftは、今回の件をビジネス習慣の問題に止めず、こちらへと発展させようとしているのだと思う。

●反トラスト法見直しの動きも

 しかし、話がさらに複雑になるのは、そうした動きを見て、この裁判を機に反トラスト法やその運用自体を問おうという動きも出始めたことだ。米上院で実際にそうした動きが起き始めているのは報道の通りだ。こうした論は、今の反トラスト法とその運用では、見る限り、Microsoftのような存在に対応できないという視点に立っている。

 昔の反トラストケースは単純明快だった。競争相手の販売を妨害したり、寡占後に不当に価格をつり上げたりといった明白な行為があって、それを叩けばよかった。しかし、ハイテク、それもソフトの場合はそういう単純な見極めがしにくい。しかも、これまでのケースを見ると消費者に不利益を直接与えないと立証しにくいそうで、今回のIEのようにどんどん高機能化してゆき、しかも消費者にOSの追加機能として無料で配布するような場合はなかなか難しいと言われる。もし、その寡占によって技術発展のペースが遅くなったり、技術と市場のオープン化が阻害される可能性があっても、それが問題だと立証するのは、今のところうまく行っていないようだ。

 つまり、さきほどの、フットボールゲームにたとえを借りると、現状では、圧倒的に強力なチームがひとつだけできてしまい、その結果ゲームが面白くない状態(プラットフォームが握られてコンペティションがない状態)になってしまっても、レフリー(司法省)にはどうしようもないわけだ。ゲームを面白くするというのは、レフリーの役割ではないからだ。そこで、いよいよゲームのルール(反トラスト法)を変えようという話も出てきた。これが最新の状況だ。

 だが、そうした独占状態を打破するのに、政府が積極的に介入すべきという意見にはおそらく今のところは異論が多いに違いない。しかし、Microsoftがこの攻撃性を維持する限り、こうした声は必ず上がってくるし、これから先はますます声が大きくなってゆくだろう。Microsoftがはたしてそれを将来もかわし続けることができるのか、なかなか興味深い。

('97/11/06)

[Reported by 後藤 弘茂]


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