後藤弘茂のWeekly海外ニュース


危機に直面するMicrosoft

●Microsoftを取り巻く困難

 米Microsoft社は危機に直面している。そうは見えない? でも、本当だ。

 これが、'95年11月頃なら、この警句は説得力があっただろう。あの時のMicrosoftは、誰の目にも明らかな危機にあった。Windows 95を出したものの、世の中の流れはインターネットへと急速に傾き、Microsoftはネットワーク時代に乗り遅れた恐龍のように言われ始めていた。コンピューティングのパラダイムが、ネットワーク中心へとシフトすると、HTMLやJavaのようなプラットフォームに縛られない技術がドミナントして、Microsoftが築き上げたWindows帝国が瓦解してしまうと見られていたわけだ。

 だが、Microsoftは'95年12月7日にインターネット宣言をしたことで状況は一変した。それ以降、Microsoftは次々とインターネット/イントラネット製品や戦略を精力的に発表、今は危機を脱したように見える。しかし、現実にはMicrosoftの危機状態はそれほど変わっていない。とりあえず最悪の事態を回避できたが、まだまだ危機は残っている。本当の戦いはまだこれからだ。

 たとえば、1年半前はばらばらだった米IBM社、米Sun Microsystems社、米Oracle社、米Netscape Communications社といった仇敵は、JavaやNC (Network Computer)、CORBAと、さまざまなレベルで結束を固めつつある。戦場は、企業の基幹システムから組み込みデバイスまで広がり、分散オブジェクト技術のアーキテクチャや家電OSのスタンダードまでかけた戦いに発展してしまった。そして、Microsoftは、この幅広い戦線で、ほぼ単独で戦わなくてはならない。しかも、もともと、ネットワークやオブジェクト指向技術は、Microsoftが苦手と見なされていた分野。言ってみればMicrosoftは、自分の土俵の外での全面戦争を強いられた格好だ。

●企業中核に浸透できないWindows NT

 激戦区のひとつは、企業情報システムだ。ここでは、MicrosoftはWindows NT Server Enterprise Editionを出すことで、いよいよ企業の基幹業務やデータウェアハウスといった中核の領域に本格的に攻め込むつもりだ。

 しかし、道は険しい。大企業の業務系システムは、メインフレームやミニコンがいまだ主流だ。クライアント/サーバーの波が日本より3~5年は早かった米国ですら、ようやくUNIXサーバーが情報系システムから、業務系の基幹システムや、業務系システムと情報系システムとの仲介となるデータウェアハウスに浸透してきたところだ。それに対して、Windows NT Serverは部門サーバーに浸透した段階。まだ信頼性やスケーラビリティで、企業のIS部門を納得させることはできていない。実際、Windows NTの導入したという事例を取材しても、業務系に使っている例はほとんどない。ほとんどが情報系で、それも部門止まり。全社規模の情報系システムを新たに構築する場合は、UNIXサーバーということが多い。つまり、OSそのものの安定度やセキュリティ、スケーラビリティといった点で、まだUNIXほど評価されていないのが現状だ。UNIXが20年以上かけて培ってきたものに、追いつくというのはさすがに難しいということだ。

 もちろん、Microsoftも手は打ってはいる。たとえば、クラスタリング(複数のサーバーを1システムとして扱えるようにする)やTPモニター(オンライントランザクション処理を実現する)技術を開発、Windows NT Serverのスケーラビリティを強化しようとしている。しかし、現状ではMicrosoftのクラスタリング技術はまだ制約が多く、サーバーの負荷を分散するロードバランシングまで実現する「フェーズ2」の出荷時期もアナウンスされていない。また、TPモニターのMicrosoft Transaction Serverは、Microsoftの分散オブジェクト技術「DCOM」をベースにしている。しかし、業界の多くはOMG標準の分散オブジェクト技術「CORBA」準拠にTPモニターを移行させようとしている。分散オブジェクト技術の主導権争いのようになってしまっているわけで、これも議論の的になっている。

 それでも、Windows NT Server自体は、導入実績はどんどん伸びている。問題は、サーバーアプリケーションだ。Microsoftはクライアント側のアプリケーションでは、Officeでシェアを握っている。ところが、サーバーアプリケーションではBackOfficeはかなり劣勢だというのが、システムインテグレータなどの間での共通した認識だ。

 それは、ここにはOracleとLotusという、2つの強力な敵がいるからだ。RDBMS(リレーショナルデータベース管理システム)ではOracleのシェアは圧倒的で、現状ではMicrosoftのSQL Serverは比較にはならない。また、グループウェアでは、米国ではLotusのNotes/Dominoが圧倒的で、Exchangeはまだ離されている。Notesの場合は、企業の中で情報共有のプラットフォームとして導入され、その上でカスタムアプリが運用されている例が多いので、ひっくり返すのはなかなか容易ではないと言われる。日本は、Notesにそこまでの神通力はないが、その代わり国産各社がグループウェアで手堅い展開をしているので、これもなかなかやっかいだ。この2つの分野では、Microsoftが主導権を握るとしても、それにはけっこう時間がかかりそうだ。

 企業での展開では、過去の資産もMicrosoftの重荷になっている。4~5年単位でリプレースする企業市場では、16ビット環境がインストールベースで多数残っており、これがMicrosoftの32ビット移行戦略の足かせになっている。また、Microsoftとしては、Windows NT Workstationをビジネスプラットフォームの主流にしたいのだが、それも過去との互換性のためになかなか進まないでいる。こうした資産の足かせは、Microsoftにとって進歩を停滞させる原因になりかねない。

●じわじわと浸透するNCとJava

 そこに、NCとJavaの脅威がのしかかる。現在、NCは試験導入フェイズにあり、NCメーカーは従来の顧客を中心にNCのトライアルを進めている。導入決定を発表したところや、入札を始めたところも出てきた。これは、Microsoftにとって大きな圧力になっている。

 以前にも書いたが、MicrosoftのNCけん制策「NetPC」では「TCO (Total Cost of Ownership)」削減効果を単純に比較した場合、NCにはおそらく勝てない。NetPCの利点は、Windows PCがすでに導入されている環境で使う時、PCと同じ周辺機器や同じ管理ツールが使える点。つまり、PCユーザー企業にとって、新規投資を抑えながらTCOもある程度引き下げることができるという点だ。逆に言えば、特定業務向けに端末を新規に大量導入するというような場合には、NetPCには利点を見い出しにくいだろう。そこで、MicrosoftはよりダムなWindows-based Terminalというアイデアを新たに持ち出してきたわけだが、それでNCの進出を抑止できるかどうかは疑問だ。

 もちろん、業務向け端末の市場をNCにとられただけでは、PC市場は直接食われない。しかし、ダム端末が、クライアント側でのアプリ実行能力があるNCにいったん置き換わってしまうと、そのあとはNCがじわじわとPCが今占めている業務分野に浸透してくる可能性は高い。PCやPCサーバーだって、こうやってじわじわと下の方からUNIXやミニコンの市場に浸食してきたわけだから、NCが同じことをできない理由はない。

 そうした流れを促進するのはもちろんJavaだ。Javaのクロスプラットフォームという特長は、Windowsが支配している今のPCを見ていると、あまり意味がないように見えるかも知れない。しかし、Javaによって、プラットフォームに縛られない新しいクライアントが繁栄できるとなると話は別だ。つまり、ネットワーク上のアプリがJavaにどんどんなってしまうと、重要なのはJavaの実行環境を備えているかどうかになり、その下のOSはどうでもよくなってしまう。するとWindowsである必要がなくなり、新しいデバイスが登場できるようになる。つまり、Javaバーチャルマシンやクラスライブラリなどの環境がミドルウェアOSのようになり、それに乗っ取られてしまうわけだ。

 こうした脅威に加えて、PC市場の先行きが見えないこともMicrosoftにとって不安材料だ。すでに、米国の大企業に関しては行き渡るべきところにはPCが普及してしまった。となると市場を拡大するには、SOHO(スモールオフィスホームオフィス)かホーム、あるいは海外を狙うことになる。最近、このあたりにMicrosoftが力を注いでいるのはそのためだ。しかし、もしかするとPCはこれ以上市場を開拓することができず、伸びが止まってプラトー状態になってしまう可能性もある。そうすると、それがPCに依存したMicrosoftの成長の止まる日になりかねない。

●パラノイドだけが生き残れる

 ざっと、企業市場を中心にMicrosoftの弱点を挙げたが、じつはここに書いたのはすべて受け売りに過ぎない。それも、MicrosoftのExecutive Vice President(Sales and Support Worldwide Business Strategy Group)、スティーブ・バルマー氏の受け売りなのだ。ウソだと思ったら「the Microsoft Analyst Summit 97」をちょっと覗いて欲しい。これは、Microsoftが7月24日に開催したアナリスト向けのセミナーでのバルマー氏の発言の記録だ。ここではバルマー氏自らが、このコラムで挙げたMicrosoftの直面する危機を細かく説明している。コラムでは、それに対して肉付けをし、事例などを加えただけなのだ。

 Microsoftの特徴は、よくも悪くもこのあたりにある。自社の弱点や困難をパラノイア的に掘り起こす。競争相手やその戦略を過大評価し、自社が追いつめられているという被害妄想を抱き、危機に過敏反応をする。ちょっとパラノイア(偏執症)的だが、それがMicrosoftの強烈な原動力の源になっていることは間違いがない。「Only the Paranoid Survive-パラノイドだけが生き残れる」というのは米Intel社のアンディ・グローブ会長兼CEOの著書のタイトルだが、これはそのままMicrosoftのモットーとしても通用するだろう。

 Microsoftは以前から内部ではこうしたパラノイア的ビューを示したメモが、最上級幹部から回ってくることが(時折メモが外部に漏れるために)知られている。このAnalyst Summit 97は、それを対外的に明らかにした(株価沈静のために)珍しい例だが、おそらく社内ではこれはそれほど珍しくないのだろう。全社にパラノイアを伝染させるというパターンが、一般化しているのではないかという気がする。

 もちろん、脅威を認識したとしても、それに対して、有効な対策を有効な時期に打てるかどうかはまた別問題だ。現在の困難に対しては、今のところ十分な手を打てたとは思えない。しかし、Microsoftがこれだけパラノイアで死にものぐるいだと、それに挑む企業もMicrosoftの慢心を突くことはあまり期待できない。Microsoftに勝つには、きっと競争相手もパラノイアになる必要がある。

('97/9/12)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp